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7.邂逅 二
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晴久は駅前広場のベンチで、わずかな残照の中、ただぼんやり人とビルと空を眺めていた。
今日の自分を消すためのいつもの習慣だ。だが、落合の言葉と目の前で揺れる鍵が頭から離れない。まだ胸が痛む。
潔癖症とかですか?
これまで、急に人に触られるのが苦手だと気づかれないようにしてきたつもりだ。だから潔癖症に見えたのかもしれないが、そもそも人と関わることが苦手だと知られてしまったのではないか……。
晴久は、自分を知られること自体が怖かった。
施設に入居する入居者とは毎日密に接している。職員どうしも常に密な連携を必要としており、職場の人間関係はかなり濃厚といえる。
晴久があえて過酷な接客業を選んだのは、人と深く関わりたいと切望したからだ。過去の反動もあって、慣れればいつか対人恐怖を克服できるはずだと強引に挑み続けている。
自分を追い込むとわかっていながら、今までに辞める選択肢はなかった。
職員という立場は個人的なつきあいではないから、自分の心に防護服を着ているような安心感がある。今日のタケのように綻びが出る瞬間が時にはあるが、晴久は入居者と積極的に関わることができていた。
一方で、職員相手だと仕事の関係だと割り切れるものでもなかった。自分がいくら距離を置いても、相手は意識せずに踏み込んでくる。互いの距離感が違うだけだから相手は気づかない。
だからこそ、晴久には解消されることのないストレスが溜まり続けていく。
慣れるしかない。そう自分に言い聞かせる。笑顔で自分を隠し、言葉で自分を守り、優しさで自分を偽る。
気を張って、疲れて、それでも人と関わることを諦めたくはなかった。
……楽しいことを考えよう。
キヨさんの南大東島、ちょっと行ってみたいな。でも、一人旅だと親切な人に声をかけられて困りそうだな。職場の人たちだったら賑やかに団体旅行するのだろうな。僕には絶対無理だな。
全然楽しい方に向かわない自分にがっかりする。
この前会った変な人は、そもそも南の島なんて全然似合わなそうだな……。
あれ?
突然、数日前の記憶がよみがえった。晴久が男と遭遇したのは今座っているのと同じベンチだ。
今日は誰にも迷惑をかけていない。仕事帰りに通るから駅前に寄っているだけで、何も悪いことはしていない。
誰に言うでもない言い訳が次々と出てくる。
……胸が、痛い。
こめかみに触れられたかすかな感覚と緊張を思い出す。
あれもこれも。いつも。いつも。
こんなにいちいち緊張していたら身が持たないな。
怖い。
拒絶されたら、無視されたら、全て自分が悪いと思い知らされる。自分を知られて否定されたくはない……。
ハッとして、晴久は考えるのをやめた。
ネガティブな思考に引きずられてはダメだ。僕は、大丈夫だ。そのためにここで自分をリセットしているのだから。
自分に嘘をつく。それで明日を生きられるなら、それでも構わないと晴久は思う。それで生きていけるなら、自分をだまし続ければいい。
大丈夫だ。
誰も僕を気にかけたりはしない。だから、大丈夫だ。
僕を知る人はどこにもいない。
怖がる必要はない……。
晴久は胸を押さえながら、滲んで歪んだ自分の膝を見つめた。
「君は、またここにいるのか」
晴久の前で一人の男が足を止めた。以前にも聞いた静かな声だ。
晴久が顔を上げると、見覚えのある男が無表情に見下ろしていた。
眩しいネオンや街灯が既に夜空を隠している。夜は始まっていた。
「え? なんで?」
晴久の鼓動が速くなる。
「仕事だ」
「……僕は、仕事帰りです」
「そうか」
黒。夜。闇。晴久は頭に浮かぶ言葉を拾った。挨拶もお礼も出てこない。緊張して体がこわばった。
通り過ぎる人たちが男を見て、晴久を見る。男は気にした様子もなく、晴久の隣に座った。
何か話でもあるというのか。晴久は困惑した。
「あのっ、僕はこれで……」
立ち上がった晴久を引き止めるように男の腕が伸びる。つかまれると思い身構えた晴久は、男の手が自分の体に触れる前に止まるのを見た。
「え?」
「ああ、すまない。苦手だろう」
男はまた同じことを言った。
「なんで……」
「前にここで君を心配した女性が君の肩に触れた時、ずいぶんな拒絶の仕方だった。さぞ嫌なのだろうと……何がおかしい? 違ったか?」
「いえ。そうなんですけど……」
落合にもバレバレだったのかな。
隠せていたと思った自分が滑稽だった。
トントン。
男がベンチの座面を軽く叩く。座れということか。
晴久が躊躇していると、男は小さく溜息をついた。
「今日は、叱ったりしない」
子供を諭すような言われ方をして、晴久は挙動不審になっているであろう自分が恥ずかしくなった。
きっと僕は不安そうな顔をしている。
こんなではダメだ。普通に話すくらいできないと。
そう思った途端、前に会った時から気になっていたことが口をついて出た。
「ア、アブダクションは……」
男は余程想定外だったのか、変な間があってから憮然として答えた。
「私は地球人だ」
今日の自分を消すためのいつもの習慣だ。だが、落合の言葉と目の前で揺れる鍵が頭から離れない。まだ胸が痛む。
潔癖症とかですか?
これまで、急に人に触られるのが苦手だと気づかれないようにしてきたつもりだ。だから潔癖症に見えたのかもしれないが、そもそも人と関わることが苦手だと知られてしまったのではないか……。
晴久は、自分を知られること自体が怖かった。
施設に入居する入居者とは毎日密に接している。職員どうしも常に密な連携を必要としており、職場の人間関係はかなり濃厚といえる。
晴久があえて過酷な接客業を選んだのは、人と深く関わりたいと切望したからだ。過去の反動もあって、慣れればいつか対人恐怖を克服できるはずだと強引に挑み続けている。
自分を追い込むとわかっていながら、今までに辞める選択肢はなかった。
職員という立場は個人的なつきあいではないから、自分の心に防護服を着ているような安心感がある。今日のタケのように綻びが出る瞬間が時にはあるが、晴久は入居者と積極的に関わることができていた。
一方で、職員相手だと仕事の関係だと割り切れるものでもなかった。自分がいくら距離を置いても、相手は意識せずに踏み込んでくる。互いの距離感が違うだけだから相手は気づかない。
だからこそ、晴久には解消されることのないストレスが溜まり続けていく。
慣れるしかない。そう自分に言い聞かせる。笑顔で自分を隠し、言葉で自分を守り、優しさで自分を偽る。
気を張って、疲れて、それでも人と関わることを諦めたくはなかった。
……楽しいことを考えよう。
キヨさんの南大東島、ちょっと行ってみたいな。でも、一人旅だと親切な人に声をかけられて困りそうだな。職場の人たちだったら賑やかに団体旅行するのだろうな。僕には絶対無理だな。
全然楽しい方に向かわない自分にがっかりする。
この前会った変な人は、そもそも南の島なんて全然似合わなそうだな……。
あれ?
突然、数日前の記憶がよみがえった。晴久が男と遭遇したのは今座っているのと同じベンチだ。
今日は誰にも迷惑をかけていない。仕事帰りに通るから駅前に寄っているだけで、何も悪いことはしていない。
誰に言うでもない言い訳が次々と出てくる。
……胸が、痛い。
こめかみに触れられたかすかな感覚と緊張を思い出す。
あれもこれも。いつも。いつも。
こんなにいちいち緊張していたら身が持たないな。
怖い。
拒絶されたら、無視されたら、全て自分が悪いと思い知らされる。自分を知られて否定されたくはない……。
ハッとして、晴久は考えるのをやめた。
ネガティブな思考に引きずられてはダメだ。僕は、大丈夫だ。そのためにここで自分をリセットしているのだから。
自分に嘘をつく。それで明日を生きられるなら、それでも構わないと晴久は思う。それで生きていけるなら、自分をだまし続ければいい。
大丈夫だ。
誰も僕を気にかけたりはしない。だから、大丈夫だ。
僕を知る人はどこにもいない。
怖がる必要はない……。
晴久は胸を押さえながら、滲んで歪んだ自分の膝を見つめた。
「君は、またここにいるのか」
晴久の前で一人の男が足を止めた。以前にも聞いた静かな声だ。
晴久が顔を上げると、見覚えのある男が無表情に見下ろしていた。
眩しいネオンや街灯が既に夜空を隠している。夜は始まっていた。
「え? なんで?」
晴久の鼓動が速くなる。
「仕事だ」
「……僕は、仕事帰りです」
「そうか」
黒。夜。闇。晴久は頭に浮かぶ言葉を拾った。挨拶もお礼も出てこない。緊張して体がこわばった。
通り過ぎる人たちが男を見て、晴久を見る。男は気にした様子もなく、晴久の隣に座った。
何か話でもあるというのか。晴久は困惑した。
「あのっ、僕はこれで……」
立ち上がった晴久を引き止めるように男の腕が伸びる。つかまれると思い身構えた晴久は、男の手が自分の体に触れる前に止まるのを見た。
「え?」
「ああ、すまない。苦手だろう」
男はまた同じことを言った。
「なんで……」
「前にここで君を心配した女性が君の肩に触れた時、ずいぶんな拒絶の仕方だった。さぞ嫌なのだろうと……何がおかしい? 違ったか?」
「いえ。そうなんですけど……」
落合にもバレバレだったのかな。
隠せていたと思った自分が滑稽だった。
トントン。
男がベンチの座面を軽く叩く。座れということか。
晴久が躊躇していると、男は小さく溜息をついた。
「今日は、叱ったりしない」
子供を諭すような言われ方をして、晴久は挙動不審になっているであろう自分が恥ずかしくなった。
きっと僕は不安そうな顔をしている。
こんなではダメだ。普通に話すくらいできないと。
そう思った途端、前に会った時から気になっていたことが口をついて出た。
「ア、アブダクションは……」
男は余程想定外だったのか、変な間があってから憮然として答えた。
「私は地球人だ」
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