悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第二部

十五話 不精な若者の思惑 中②

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「ちょっ、でん、オズ様!!」
「隠さなくてもいいじゃないか。旅先なんだから」

 オズワルドが茶番を続けるから俺は彼を横目でキツく睨み付けた。

 嘘をつくにしてももっとましな嘘があるだろう。どうしてそう、わざわざ俺への嫌がらせになるところを器用に踏み抜くんだよ。

 俺たちの様子を見ていたおじさんは、驚いた顔をしながらも納得したように頷いた。

「ああ。それで見たかんじ良いところの方なのに護衛も連れずに歩いてる訳ですか。お忍び旅なんですね。大丈夫です。各地を転々としているのもあって、わりと慣れてますので」

 おい。おっさん納得しちゃったぞ。どうしてくれるんだ。

 王子を射殺さんばかりに睨みつけると、オズワルドはまだ笑いながら「そうなんです。こっそり出てきてまして」と合いの手を入れている。

「でもお兄さんの首のそれ、隷属の首輪ですか? 訳ありなんですね」
「ええ。彼はもともとうちの召使だったので」

 しゃあしゃあと嘘を吐き続ける王子。
 俺の首輪を見て奴隷が誓約する時に使うものだと勘違いしているらしい。確かに、魔力持ちがほとんどいないラムル神聖帝国の一般人からしたら、魔力封じの首輪なんて見たことがないだろう。逆にデルトフィアでは奴隷制度は廃止されているから、隷属の首輪なんて俺は見たことがない。どちらも同じような形なんだろうか。
 
「さすが、サーカス団の方はそういった事にもお詳しいですね。今日の演目も素晴らしかったですし、ずっとラムル神聖帝国で巡業を? 知らなかったなあ」
「ああ。そうですね、最近戻ってきたんです。以前はクレイドルにも居たんですが、近頃あそこは魔物が出るようになってみんな怯えてしまって」
「え? クレイドルには今魔物が出るんですか?」
「はい。それでラムルに避難してきたんです。昔この地にも滞在したことがあるので、しばらくここで巡業しようかと」

 オズワルドは既知であるはずの情報にも素知らぬ顔で頷いている。

「あれだけ素晴らしい演目が見られるなら、もっと早くラムルを訪れてみれば良かったと思いました。これからまだしばらくはこちらに?」

 王子がそう尋ねると、おじさんは少しだけ顔を曇らせた。

「いえ、クレイドル王国にいるよりはと思ってラムルに帰って来ましたが、なんだかこの国も怪しいかんじがするので近いうちにまた別のところへ移ろうかと思っています」

 それを聞いてオズワルドが意外そうに片眉を上げる。

「そうなんですか? 私たちはもう少し滞在する予定なんですが、何かまずそうなことでも? 観光を早めに切り上げた方がいいでしょうか」

 困ったような声音で声を落とした王子に、おじさんも軽く眉を寄せて声を顰めた。

「観光するくらいなら大丈夫だと思いますよ。いえね、私も噂で聞いただけなんですが、どうやら王都では今皇帝陛下が大変なことになっているそうで」
「皇帝陛下? 確か数年前に前帝が崩御されて、皇位を継承されたのはシャフリヤール皇家の長男でしたよね」
「そうです。お兄さん外国の方なのに皇家の名前までよくご存知ですね」

 おじさんが感心したように頷く。

「入国の許可証を取る時に、書面に皇家の紋章が入っていたので。皇帝陛下の名前までは記憶にありませんが」
「現在の皇帝はアシュラフ・アル=ラシード・シャフリヤール様です。数年前に先代皇帝が崩御されたのでそのままアシュラフ様が皇位を継承されました。その頃には我々もまだここにいたのですが、お若いながら陛下は宰相さまに支えられて立派に国を治めておられましたよ。ラムルの皇帝は代々寿命の長さと引き換えに強力な神聖力を持ち、国全体に魔除けの結界を張っているらしいんです。アシュラフ様も例に漏れず強力な神聖力をお持ちで、帝国の結界を維持してくれています。だからラムルの中では魔物の心配をする必要がありません」

 俺たちがラムル神聖帝国のことをほとんど知らないと思ったのか、おじさんは詳しく教えてくれた。お酒が回ってきたのか顔を少し赤らめながら俺たちの方を向いて話を続ける。

「皇帝陛下はお人柄も良く、庶民にも愛される気さくな方だったと聞きます。その後我々はクレイドル王国に移動しましたが、近頃はあちらも魔物の出現で安心して興行できなくなったので、アシュラフ様の治める国であれば魔物はいないだろうと最近避難してきたんです。ですが、どうやら陛下は最近人が変わってしまわれたようで」
「人が変わった?」

 気になる言い方に俺が思わず横から口を出すと、おじさんは俺を見て軽く頷くと、また一段と声を落とした。

「なんでも、まつりごとに全く関心を示されなくなったとか。それどころか、政務すら放棄されて日がな一日狩りをされたり、暴食に耽ったり、どこぞへ姿をくらませては捕まえてきた猛獣と戯れて遊んでいるとか。噂では浪費のかぎりを尽くしているとも聞きますし、私が知っている頃の陛下と同一人物とはとても考えられません」

 話を聞いて俺は自然と眉根を寄せた。
 おいおい。
 他所の国とはいえ、とんでもないのが皇帝の席に座ってるな。
 どうりでさっきオズワルドが部屋で皇族の話をする時に言葉を濁したわけだ。

「それではこの国の政治はどうなっているんでしょうか」

 オズワルドが心配そうな顔をして聞くと、おじさんは腕を組んで首を傾げた。

「おそらく、宰相様が全て回しているんだと思いますよ。とにかく王様は人が変わってしまったようだと、私はそれだけ噂に聞きました。だからそのうちこちらの下街にも何らかの悪影響が出るのではないかと思いましてね。万が一陛下の結界が崩れたら砂漠にある魔の虚に比較的近いこの街は危ないでしょう。早めに次の場所へ移動しようと思います。何やらうちのテントの周りも騒がしいですし」
「騒がしいというと、今日のオークションのことをご存知ですか」

 王子が直球を投げた。
 俺はぎょっとしてオズワルドを見ると、おじさんも一緒にぎょっとした顔になり、俺たちを黙って見すえる。
 いきなり闇オークションの話を持ち出して警戒されたんじゃないかと思った時、おじさんの顔色を観察していた王子が突然側に立っていた俺の腰に腕を回して強く引き寄せた。

「うわ」

 不意をつかれて彼の方に倒れ込んだ。座面が俺の腰よりも高い椅子に座っていた王子に抱き止められて目の前のシャツに顔が埋まる。馴染みのない匂いと体温を感じて狼狽えた。すぐにオズワルドの肩を掴んで離れようとしたら、彼は俺の抵抗を封じて引き寄せた腕で腰を軽くつねってきた。

「いっ、オズ様!」
「今日のオークションで、珍しい宝石が出品されると聞きましてね。彼が欲しがったので、買いに来たんですよ」

 オズワルドがおじさんに困ったような声を出して笑いかけた。
 俺はそんな猿芝居は知らん、とまだ抵抗して掴んだ肩に力を入れるが、彼は俺を見下ろした後魔法で俺の動きを封じた。
 昨日のように肩から下が動かなくなる。なすすべなくオズワルドの腕の中に収まってしまった。

 クソ王子。
 俺が今精霊術を使えないからって力でねじ伏せやがってせこいんだよ。

 俺たちの攻防に何も気づいていないおじさんは、ほっと緊張を解いたように見えた。

「ああ。そういうことでしたか。いえ、私達も広場の横を借りる手前、領主様の依頼を断れなくて少し天幕のスペースを貸したりしてるんですが、本当は関わりたくないんですよね。あまり公になるとよろしくない催しのようですから。お兄さん達は楽しい旅の気分が削がれないように、ほどほどにお気をつけください」
「ありがとうございます。ええ。面白いものが見られるかもしれないと気軽な気持ちで来てしまったんですが、十分気をつけます。ご忠告ありがとうございます」

 そう言って、オズワルドはおじさんに強めの酒をもう一杯奢ると、そのグラスの下に紙幣を一枚敷いた。

「お兄さん、そんなに気を遣わなくていいですよ」
「いえ。奢らせてください。彼と初めてのラムルなので、私も気分が良いんです」

 そう言ってオズワルドは、まだ固まったままじっとしている俺をじっと見下ろして、おでこに軽く口付けてきた。

 てめえ、王子。
 俺はそんなことしていいなんて言ってねぇ。

 心の中でどんどん口が悪くなるが、仕方がない。
 今すぐこのセクハラ男の胸ぐら掴んで殴りたい気持ちを抑えているんだ。そろそろ一発くらい殴っても許されるんじゃないか? 王子だからって何しても良いわけがない。俺は納得いかないことには徹底抗戦するぞ。

「座長! 見つけましたよ!」

 その時、後ろから高い声が響いた。
 王子に支えられたまま顔だけでなんとか振り向くと、さっきサーカスの最後の演目で歌を歌っていたあの水色の髪の双子の女の子達がこちらに歩いてくるところだった。

「またこんなところで油売ってる! 私達まで片付けの手伝いをしているのに抜け出して自分だけ休憩してるなんて信じられない。早く戻ってきてください!」

 片方の子がそう言って腰に手を当てておじさんに凄んできた。
 もうお面をしていないから、二人とも同じ色の白いスカーフを頭にかけて、地味なワンピースを着ていると全く見分けがつかない。

「見つかったか……。今日は早かったなあ」
「早かったなあじゃなくて、早く行きますよ。もう。みんな怒ってるんですから」

 さっき発言したのと同じ子が頬を膨らませておじさんを見上げた。さっきの説明では、たまたま教会からこの地に派遣されて特別に演目に出演したのかと思っていたが、意外にもこの双子はサーカス団の中に溶け込んでいるらしい。舞台での大人びた雰囲気とは違って話し方は子供らしく無邪気なかんじだし、もしかしたら今日までの間に何回か一緒に公演して仲良くなったのかもしれない。
 そしてその子は俺とオズワルドの方を見て瞬きした。少し頬を染めて、なんとなく困ったような顔になり首を傾げる。

「お兄さん達、座長がご迷惑をおかけしました。お話中すみませんが、連れて帰ります。それであの、なんていうか、見た感じお兄さん達がそういう関係なのは私でもわかるんですけど、でもなんで抱き合って座長と話してるんですか?」

 それを聞いてオズワルドが俺を見る。

「オズ様、早く、離してください」

 俺の機嫌がマックスまで悪くなった声を聞いて、王子は薄い笑みを浮かべた顔で軽く首を捻りながら俺の身体にかけていた魔法を解いた。
 その瞬間俺はオズワルドの手が届かないところまで下がる。
  
 それを見て水色の髪のその子は怪訝そうな顔をした。さっきから話をして表情が良く変わるのは手前にいる子の方で、後ろにいるもう一人は静かに俺たちのやり取りを見守っている。歌を歌っていた時はそっくり同じに見えたけど、こうして見ると性格は結構違うのかもしれない。
 
「ライラ、何をしているの」
 
 そう思っていたら後ろにいた子の方が双子の片割れに声をかけた。
 声まで本当にそっくりだ。

「私たちもう戻ろ。王都に帰る馬車に乗らないといけないんだから、早く座長を連れ戻そう」

 よく聞いたら、後ろにいる子の方が落ち着いたトーンで気持ち声が低いかもしれない。琵琶を弾いていた子はこちらだろうか。
 そう言われてライラと呼ばれた子が片割れを振り返り、こくりと頷いた。

「そうね。私たちまで油を売るのはやめよう。じゃあ座長、早く戻りますよ」

 そう言ってその子はおじさんに近寄ると腕を掴み、強引に引っ張って立たせた。

「お兄さん達、突然でごめんなさい。急いでいるのでこの人は連れて帰ります」
「ああ、気を遣わせてすいません。私たちのことは気にせず、こちらが彼に話しかけてしまったのでどうか座長さんにはお手柔らかに」

 オズワルドが爽やかに笑って二人の女の子に手を振った。

「二人とも、非常に優美で美しい舞と歌を見せてもらいました。幻想的で感動しましたよ。お前もそう思うよな?」

 王子が離れたところに立っている俺に真面目な顔で同意を求めてきたので、俺は双子に向かって素直に頷いた。
 オズワルドに腹は立つが、先ほどの歌が素晴らしかったのは紛れもない事実だ。

「本当に、とても素晴らしかったです。今日が最後だったなんてもったいないくらい」

 心からそう言うと、ライラという子の方が恥ずかしそうに照れて笑った。「ありがとうございます。お兄さん達にも女神様のご加護がありますように」と微笑んでぺこりとお辞儀をする。
 それから片割れの女の子と共に渋るおじさんを引っ張って酒屋から出て行った。





「レイナルド、機嫌が悪いのか?」

 おじさん達が居なくなると、その姿を黙って見送ったオズワルドはさっさとカウンターの椅子から立ち上がり、酒屋から出た。俺も彼と並んで終始無言で歩いていると俺の顔をチラリと見た王子が怪訝そうに聞いてくる。

 機嫌が悪いなんてもんじゃない。
 こっちはほとんどキレてんだよ。
 
 俺は先ほど着替えた宿屋への帰り道を歩きながら、オズワルドを横目で見た。

「いい加減にしてください」

 冷たく吐き捨てると、王子は飄々とした顔のまま肩をすくめる。

「勝手に触ったからキレてんの? それとも座長に恋人だなんて嘘ついたこと?」

 全然悪びれない彼の能天気な態度にイラッとして俺は小さく舌打ちした。

「両方です。もうやめてくださいよ」

 俺が怒りのボルテージを下げずに言い捨てると、彼はまた肩をすくめて歩くスピードを緩め、俺の視界から消えた。横からはいなくなったが、すぐ後ろからついてくる気配と足音はする。その足音はやっぱり軽い。反省する気はないと見た。

 そっちがその気なら、俺はもうキレてもいいよな。

「悪かったって。そんなに嫌だった? 面白そうだったからああいう流れにしただけなのに」

 俺は足を止めて勢いよく振り返り、すぐ後ろを歩いていたオズワルドの顔に裏拳をきめた。
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