67 / 332
第二部
十五話 不精な若者の思惑 中②
しおりを挟む
「ちょっ、でん、オズ様!!」
「隠さなくてもいいじゃないか。旅先なんだから」
オズワルドが茶番を続けるから俺は彼を横目でキツく睨み付けた。
嘘をつくにしてももっとましな嘘があるだろう。どうしてそう、わざわざ俺への嫌がらせになるところを器用に踏み抜くんだよ。
俺たちの様子を見ていたおじさんは、驚いた顔をしながらも納得したように頷いた。
「ああ。それで見たかんじ良いところの方なのに護衛も連れずに歩いてる訳ですか。お忍び旅なんですね。大丈夫です。各地を転々としているのもあって、わりと慣れてますので」
おい。おっさん納得しちゃったぞ。どうしてくれるんだ。
王子を射殺さんばかりに睨みつけると、オズワルドはまだ笑いながら「そうなんです。こっそり出てきてまして」と合いの手を入れている。
「でもお兄さんの首のそれ、隷属の首輪ですか? 訳ありなんですね」
「ええ。彼はもともとうちの召使だったので」
しゃあしゃあと嘘を吐き続ける王子。
俺の首輪を見て奴隷が誓約する時に使うものだと勘違いしているらしい。確かに、魔力持ちがほとんどいないラムル神聖帝国の一般人からしたら、魔力封じの首輪なんて見たことがないだろう。逆にデルトフィアでは奴隷制度は廃止されているから、隷属の首輪なんて俺は見たことがない。どちらも同じような形なんだろうか。
「さすが、サーカス団の方はそういった事にもお詳しいですね。今日の演目も素晴らしかったですし、ずっとラムル神聖帝国で巡業を? 知らなかったなあ」
「ああ。そうですね、最近戻ってきたんです。以前はクレイドルにも居たんですが、近頃あそこは魔物が出るようになってみんな怯えてしまって」
「え? クレイドルには今魔物が出るんですか?」
「はい。それでラムルに避難してきたんです。昔この地にも滞在したことがあるので、しばらくここで巡業しようかと」
オズワルドは既知であるはずの情報にも素知らぬ顔で頷いている。
「あれだけ素晴らしい演目が見られるなら、もっと早くラムルを訪れてみれば良かったと思いました。これからまだしばらくはこちらに?」
王子がそう尋ねると、おじさんは少しだけ顔を曇らせた。
「いえ、クレイドル王国にいるよりはと思ってラムルに帰って来ましたが、なんだかこの国も怪しいかんじがするので近いうちにまた別のところへ移ろうかと思っています」
それを聞いてオズワルドが意外そうに片眉を上げる。
「そうなんですか? 私たちはもう少し滞在する予定なんですが、何かまずそうなことでも? 観光を早めに切り上げた方がいいでしょうか」
困ったような声音で声を落とした王子に、おじさんも軽く眉を寄せて声を顰めた。
「観光するくらいなら大丈夫だと思いますよ。いえね、私も噂で聞いただけなんですが、どうやら王都では今皇帝陛下が大変なことになっているそうで」
「皇帝陛下? 確か数年前に前帝が崩御されて、皇位を継承されたのはシャフリヤール皇家の長男でしたよね」
「そうです。お兄さん外国の方なのに皇家の名前までよくご存知ですね」
おじさんが感心したように頷く。
「入国の許可証を取る時に、書面に皇家の紋章が入っていたので。皇帝陛下の名前までは記憶にありませんが」
「現在の皇帝はアシュラフ・アル=ラシード・シャフリヤール様です。数年前に先代皇帝が崩御されたのでそのままアシュラフ様が皇位を継承されました。その頃には我々もまだここにいたのですが、お若いながら陛下は宰相さまに支えられて立派に国を治めておられましたよ。ラムルの皇帝は代々寿命の長さと引き換えに強力な神聖力を持ち、国全体に魔除けの結界を張っているらしいんです。アシュラフ様も例に漏れず強力な神聖力をお持ちで、帝国の結界を維持してくれています。だからラムルの中では魔物の心配をする必要がありません」
俺たちがラムル神聖帝国のことをほとんど知らないと思ったのか、おじさんは詳しく教えてくれた。お酒が回ってきたのか顔を少し赤らめながら俺たちの方を向いて話を続ける。
「皇帝陛下はお人柄も良く、庶民にも愛される気さくな方だったと聞きます。その後我々はクレイドル王国に移動しましたが、近頃はあちらも魔物の出現で安心して興行できなくなったので、アシュラフ様の治める国であれば魔物はいないだろうと最近避難してきたんです。ですが、どうやら陛下は最近人が変わってしまわれたようで」
「人が変わった?」
気になる言い方に俺が思わず横から口を出すと、おじさんは俺を見て軽く頷くと、また一段と声を落とした。
「なんでも、政に全く関心を示されなくなったとか。それどころか、政務すら放棄されて日がな一日狩りをされたり、暴食に耽ったり、どこぞへ姿をくらませては捕まえてきた猛獣と戯れて遊んでいるとか。噂では浪費のかぎりを尽くしているとも聞きますし、私が知っている頃の陛下と同一人物とはとても考えられません」
話を聞いて俺は自然と眉根を寄せた。
おいおい。
他所の国とはいえ、とんでもないのが皇帝の席に座ってるな。
どうりでさっきオズワルドが部屋で皇族の話をする時に言葉を濁したわけだ。
「それではこの国の政治はどうなっているんでしょうか」
オズワルドが心配そうな顔をして聞くと、おじさんは腕を組んで首を傾げた。
「おそらく、宰相様が全て回しているんだと思いますよ。とにかく王様は人が変わってしまったようだと、私はそれだけ噂に聞きました。だからそのうちこちらの下街にも何らかの悪影響が出るのではないかと思いましてね。万が一陛下の結界が崩れたら砂漠にある魔の虚に比較的近いこの街は危ないでしょう。早めに次の場所へ移動しようと思います。何やらうちのテントの周りも騒がしいですし」
「騒がしいというと、今日のオークションのことをご存知ですか」
王子が直球を投げた。
俺はぎょっとしてオズワルドを見ると、おじさんも一緒にぎょっとした顔になり、俺たちを黙って見すえる。
いきなり闇オークションの話を持ち出して警戒されたんじゃないかと思った時、おじさんの顔色を観察していた王子が突然側に立っていた俺の腰に腕を回して強く引き寄せた。
「うわ」
不意をつかれて彼の方に倒れ込んだ。座面が俺の腰よりも高い椅子に座っていた王子に抱き止められて目の前のシャツに顔が埋まる。馴染みのない匂いと体温を感じて狼狽えた。すぐにオズワルドの肩を掴んで離れようとしたら、彼は俺の抵抗を封じて引き寄せた腕で腰を軽くつねってきた。
「いっ、オズ様!」
「今日のオークションで、珍しい宝石が出品されると聞きましてね。彼が欲しがったので、買いに来たんですよ」
オズワルドがおじさんに困ったような声を出して笑いかけた。
俺はそんな猿芝居は知らん、とまだ抵抗して掴んだ肩に力を入れるが、彼は俺を見下ろした後魔法で俺の動きを封じた。
昨日のように肩から下が動かなくなる。なすすべなくオズワルドの腕の中に収まってしまった。
クソ王子。
俺が今精霊術を使えないからって力でねじ伏せやがってせこいんだよ。
俺たちの攻防に何も気づいていないおじさんは、ほっと緊張を解いたように見えた。
「ああ。そういうことでしたか。いえ、私達も広場の横を借りる手前、領主様の依頼を断れなくて少し天幕のスペースを貸したりしてるんですが、本当は関わりたくないんですよね。あまり公になるとよろしくない催しのようですから。お兄さん達は楽しい旅の気分が削がれないように、ほどほどにお気をつけください」
「ありがとうございます。ええ。面白いものが見られるかもしれないと気軽な気持ちで来てしまったんですが、十分気をつけます。ご忠告ありがとうございます」
そう言って、オズワルドはおじさんに強めの酒をもう一杯奢ると、そのグラスの下に紙幣を一枚敷いた。
「お兄さん、そんなに気を遣わなくていいですよ」
「いえ。奢らせてください。彼と初めてのラムルなので、私も気分が良いんです」
そう言ってオズワルドは、まだ固まったままじっとしている俺をじっと見下ろして、おでこに軽く口付けてきた。
てめえ、王子。
俺はそんなことしていいなんて言ってねぇ。
心の中でどんどん口が悪くなるが、仕方がない。
今すぐこのセクハラ男の胸ぐら掴んで殴りたい気持ちを抑えているんだ。そろそろ一発くらい殴っても許されるんじゃないか? 王子だからって何しても良いわけがない。俺は納得いかないことには徹底抗戦するぞ。
「座長! 見つけましたよ!」
その時、後ろから高い声が響いた。
王子に支えられたまま顔だけでなんとか振り向くと、さっきサーカスの最後の演目で歌を歌っていたあの水色の髪の双子の女の子達がこちらに歩いてくるところだった。
「またこんなところで油売ってる! 私達まで片付けの手伝いをしているのに抜け出して自分だけ休憩してるなんて信じられない。早く戻ってきてください!」
片方の子がそう言って腰に手を当てておじさんに凄んできた。
もうお面をしていないから、二人とも同じ色の白いスカーフを頭にかけて、地味なワンピースを着ていると全く見分けがつかない。
「見つかったか……。今日は早かったなあ」
「早かったなあじゃなくて、早く行きますよ。もう。みんな怒ってるんですから」
さっき発言したのと同じ子が頬を膨らませておじさんを見上げた。さっきの説明では、たまたま教会からこの地に派遣されて特別に演目に出演したのかと思っていたが、意外にもこの双子はサーカス団の中に溶け込んでいるらしい。舞台での大人びた雰囲気とは違って話し方は子供らしく無邪気なかんじだし、もしかしたら今日までの間に何回か一緒に公演して仲良くなったのかもしれない。
そしてその子は俺とオズワルドの方を見て瞬きした。少し頬を染めて、なんとなく困ったような顔になり首を傾げる。
「お兄さん達、座長がご迷惑をおかけしました。お話中すみませんが、連れて帰ります。それであの、なんていうか、見た感じお兄さん達がそういう関係なのは私でもわかるんですけど、でもなんで抱き合って座長と話してるんですか?」
それを聞いてオズワルドが俺を見る。
「オズ様、早く、離してください」
俺の機嫌がマックスまで悪くなった声を聞いて、王子は薄い笑みを浮かべた顔で軽く首を捻りながら俺の身体にかけていた魔法を解いた。
その瞬間俺はオズワルドの手が届かないところまで下がる。
それを見て水色の髪のその子は怪訝そうな顔をした。さっきから話をして表情が良く変わるのは手前にいる子の方で、後ろにいるもう一人は静かに俺たちのやり取りを見守っている。歌を歌っていた時はそっくり同じに見えたけど、こうして見ると性格は結構違うのかもしれない。
「ライラ、何をしているの」
そう思っていたら後ろにいた子の方が双子の片割れに声をかけた。
声まで本当にそっくりだ。
「私たちもう戻ろ。王都に帰る馬車に乗らないといけないんだから、早く座長を連れ戻そう」
よく聞いたら、後ろにいる子の方が落ち着いたトーンで気持ち声が低いかもしれない。琵琶を弾いていた子はこちらだろうか。
そう言われてライラと呼ばれた子が片割れを振り返り、こくりと頷いた。
「そうね。私たちまで油を売るのはやめよう。じゃあ座長、早く戻りますよ」
そう言ってその子はおじさんに近寄ると腕を掴み、強引に引っ張って立たせた。
「お兄さん達、突然でごめんなさい。急いでいるのでこの人は連れて帰ります」
「ああ、気を遣わせてすいません。私たちのことは気にせず、こちらが彼に話しかけてしまったのでどうか座長さんにはお手柔らかに」
オズワルドが爽やかに笑って二人の女の子に手を振った。
「二人とも、非常に優美で美しい舞と歌を見せてもらいました。幻想的で感動しましたよ。お前もそう思うよな?」
王子が離れたところに立っている俺に真面目な顔で同意を求めてきたので、俺は双子に向かって素直に頷いた。
オズワルドに腹は立つが、先ほどの歌が素晴らしかったのは紛れもない事実だ。
「本当に、とても素晴らしかったです。今日が最後だったなんてもったいないくらい」
心からそう言うと、ライラという子の方が恥ずかしそうに照れて笑った。「ありがとうございます。お兄さん達にも女神様のご加護がありますように」と微笑んでぺこりとお辞儀をする。
それから片割れの女の子と共に渋るおじさんを引っ張って酒屋から出て行った。
「レイナルド、機嫌が悪いのか?」
おじさん達が居なくなると、その姿を黙って見送ったオズワルドはさっさとカウンターの椅子から立ち上がり、酒屋から出た。俺も彼と並んで終始無言で歩いていると俺の顔をチラリと見た王子が怪訝そうに聞いてくる。
機嫌が悪いなんてもんじゃない。
こっちはほとんどキレてんだよ。
俺は先ほど着替えた宿屋への帰り道を歩きながら、オズワルドを横目で見た。
「いい加減にしてください」
冷たく吐き捨てると、王子は飄々とした顔のまま肩をすくめる。
「勝手に触ったからキレてんの? それとも座長に恋人だなんて嘘ついたこと?」
全然悪びれない彼の能天気な態度にイラッとして俺は小さく舌打ちした。
「両方です。もうやめてくださいよ」
俺が怒りのボルテージを下げずに言い捨てると、彼はまた肩をすくめて歩くスピードを緩め、俺の視界から消えた。横からはいなくなったが、すぐ後ろからついてくる気配と足音はする。その足音はやっぱり軽い。反省する気はないと見た。
そっちがその気なら、俺はもうキレてもいいよな。
「悪かったって。そんなに嫌だった? 面白そうだったからああいう流れにしただけなのに」
俺は足を止めて勢いよく振り返り、すぐ後ろを歩いていたオズワルドの顔に裏拳をきめた。
「隠さなくてもいいじゃないか。旅先なんだから」
オズワルドが茶番を続けるから俺は彼を横目でキツく睨み付けた。
嘘をつくにしてももっとましな嘘があるだろう。どうしてそう、わざわざ俺への嫌がらせになるところを器用に踏み抜くんだよ。
俺たちの様子を見ていたおじさんは、驚いた顔をしながらも納得したように頷いた。
「ああ。それで見たかんじ良いところの方なのに護衛も連れずに歩いてる訳ですか。お忍び旅なんですね。大丈夫です。各地を転々としているのもあって、わりと慣れてますので」
おい。おっさん納得しちゃったぞ。どうしてくれるんだ。
王子を射殺さんばかりに睨みつけると、オズワルドはまだ笑いながら「そうなんです。こっそり出てきてまして」と合いの手を入れている。
「でもお兄さんの首のそれ、隷属の首輪ですか? 訳ありなんですね」
「ええ。彼はもともとうちの召使だったので」
しゃあしゃあと嘘を吐き続ける王子。
俺の首輪を見て奴隷が誓約する時に使うものだと勘違いしているらしい。確かに、魔力持ちがほとんどいないラムル神聖帝国の一般人からしたら、魔力封じの首輪なんて見たことがないだろう。逆にデルトフィアでは奴隷制度は廃止されているから、隷属の首輪なんて俺は見たことがない。どちらも同じような形なんだろうか。
「さすが、サーカス団の方はそういった事にもお詳しいですね。今日の演目も素晴らしかったですし、ずっとラムル神聖帝国で巡業を? 知らなかったなあ」
「ああ。そうですね、最近戻ってきたんです。以前はクレイドルにも居たんですが、近頃あそこは魔物が出るようになってみんな怯えてしまって」
「え? クレイドルには今魔物が出るんですか?」
「はい。それでラムルに避難してきたんです。昔この地にも滞在したことがあるので、しばらくここで巡業しようかと」
オズワルドは既知であるはずの情報にも素知らぬ顔で頷いている。
「あれだけ素晴らしい演目が見られるなら、もっと早くラムルを訪れてみれば良かったと思いました。これからまだしばらくはこちらに?」
王子がそう尋ねると、おじさんは少しだけ顔を曇らせた。
「いえ、クレイドル王国にいるよりはと思ってラムルに帰って来ましたが、なんだかこの国も怪しいかんじがするので近いうちにまた別のところへ移ろうかと思っています」
それを聞いてオズワルドが意外そうに片眉を上げる。
「そうなんですか? 私たちはもう少し滞在する予定なんですが、何かまずそうなことでも? 観光を早めに切り上げた方がいいでしょうか」
困ったような声音で声を落とした王子に、おじさんも軽く眉を寄せて声を顰めた。
「観光するくらいなら大丈夫だと思いますよ。いえね、私も噂で聞いただけなんですが、どうやら王都では今皇帝陛下が大変なことになっているそうで」
「皇帝陛下? 確か数年前に前帝が崩御されて、皇位を継承されたのはシャフリヤール皇家の長男でしたよね」
「そうです。お兄さん外国の方なのに皇家の名前までよくご存知ですね」
おじさんが感心したように頷く。
「入国の許可証を取る時に、書面に皇家の紋章が入っていたので。皇帝陛下の名前までは記憶にありませんが」
「現在の皇帝はアシュラフ・アル=ラシード・シャフリヤール様です。数年前に先代皇帝が崩御されたのでそのままアシュラフ様が皇位を継承されました。その頃には我々もまだここにいたのですが、お若いながら陛下は宰相さまに支えられて立派に国を治めておられましたよ。ラムルの皇帝は代々寿命の長さと引き換えに強力な神聖力を持ち、国全体に魔除けの結界を張っているらしいんです。アシュラフ様も例に漏れず強力な神聖力をお持ちで、帝国の結界を維持してくれています。だからラムルの中では魔物の心配をする必要がありません」
俺たちがラムル神聖帝国のことをほとんど知らないと思ったのか、おじさんは詳しく教えてくれた。お酒が回ってきたのか顔を少し赤らめながら俺たちの方を向いて話を続ける。
「皇帝陛下はお人柄も良く、庶民にも愛される気さくな方だったと聞きます。その後我々はクレイドル王国に移動しましたが、近頃はあちらも魔物の出現で安心して興行できなくなったので、アシュラフ様の治める国であれば魔物はいないだろうと最近避難してきたんです。ですが、どうやら陛下は最近人が変わってしまわれたようで」
「人が変わった?」
気になる言い方に俺が思わず横から口を出すと、おじさんは俺を見て軽く頷くと、また一段と声を落とした。
「なんでも、政に全く関心を示されなくなったとか。それどころか、政務すら放棄されて日がな一日狩りをされたり、暴食に耽ったり、どこぞへ姿をくらませては捕まえてきた猛獣と戯れて遊んでいるとか。噂では浪費のかぎりを尽くしているとも聞きますし、私が知っている頃の陛下と同一人物とはとても考えられません」
話を聞いて俺は自然と眉根を寄せた。
おいおい。
他所の国とはいえ、とんでもないのが皇帝の席に座ってるな。
どうりでさっきオズワルドが部屋で皇族の話をする時に言葉を濁したわけだ。
「それではこの国の政治はどうなっているんでしょうか」
オズワルドが心配そうな顔をして聞くと、おじさんは腕を組んで首を傾げた。
「おそらく、宰相様が全て回しているんだと思いますよ。とにかく王様は人が変わってしまったようだと、私はそれだけ噂に聞きました。だからそのうちこちらの下街にも何らかの悪影響が出るのではないかと思いましてね。万が一陛下の結界が崩れたら砂漠にある魔の虚に比較的近いこの街は危ないでしょう。早めに次の場所へ移動しようと思います。何やらうちのテントの周りも騒がしいですし」
「騒がしいというと、今日のオークションのことをご存知ですか」
王子が直球を投げた。
俺はぎょっとしてオズワルドを見ると、おじさんも一緒にぎょっとした顔になり、俺たちを黙って見すえる。
いきなり闇オークションの話を持ち出して警戒されたんじゃないかと思った時、おじさんの顔色を観察していた王子が突然側に立っていた俺の腰に腕を回して強く引き寄せた。
「うわ」
不意をつかれて彼の方に倒れ込んだ。座面が俺の腰よりも高い椅子に座っていた王子に抱き止められて目の前のシャツに顔が埋まる。馴染みのない匂いと体温を感じて狼狽えた。すぐにオズワルドの肩を掴んで離れようとしたら、彼は俺の抵抗を封じて引き寄せた腕で腰を軽くつねってきた。
「いっ、オズ様!」
「今日のオークションで、珍しい宝石が出品されると聞きましてね。彼が欲しがったので、買いに来たんですよ」
オズワルドがおじさんに困ったような声を出して笑いかけた。
俺はそんな猿芝居は知らん、とまだ抵抗して掴んだ肩に力を入れるが、彼は俺を見下ろした後魔法で俺の動きを封じた。
昨日のように肩から下が動かなくなる。なすすべなくオズワルドの腕の中に収まってしまった。
クソ王子。
俺が今精霊術を使えないからって力でねじ伏せやがってせこいんだよ。
俺たちの攻防に何も気づいていないおじさんは、ほっと緊張を解いたように見えた。
「ああ。そういうことでしたか。いえ、私達も広場の横を借りる手前、領主様の依頼を断れなくて少し天幕のスペースを貸したりしてるんですが、本当は関わりたくないんですよね。あまり公になるとよろしくない催しのようですから。お兄さん達は楽しい旅の気分が削がれないように、ほどほどにお気をつけください」
「ありがとうございます。ええ。面白いものが見られるかもしれないと気軽な気持ちで来てしまったんですが、十分気をつけます。ご忠告ありがとうございます」
そう言って、オズワルドはおじさんに強めの酒をもう一杯奢ると、そのグラスの下に紙幣を一枚敷いた。
「お兄さん、そんなに気を遣わなくていいですよ」
「いえ。奢らせてください。彼と初めてのラムルなので、私も気分が良いんです」
そう言ってオズワルドは、まだ固まったままじっとしている俺をじっと見下ろして、おでこに軽く口付けてきた。
てめえ、王子。
俺はそんなことしていいなんて言ってねぇ。
心の中でどんどん口が悪くなるが、仕方がない。
今すぐこのセクハラ男の胸ぐら掴んで殴りたい気持ちを抑えているんだ。そろそろ一発くらい殴っても許されるんじゃないか? 王子だからって何しても良いわけがない。俺は納得いかないことには徹底抗戦するぞ。
「座長! 見つけましたよ!」
その時、後ろから高い声が響いた。
王子に支えられたまま顔だけでなんとか振り向くと、さっきサーカスの最後の演目で歌を歌っていたあの水色の髪の双子の女の子達がこちらに歩いてくるところだった。
「またこんなところで油売ってる! 私達まで片付けの手伝いをしているのに抜け出して自分だけ休憩してるなんて信じられない。早く戻ってきてください!」
片方の子がそう言って腰に手を当てておじさんに凄んできた。
もうお面をしていないから、二人とも同じ色の白いスカーフを頭にかけて、地味なワンピースを着ていると全く見分けがつかない。
「見つかったか……。今日は早かったなあ」
「早かったなあじゃなくて、早く行きますよ。もう。みんな怒ってるんですから」
さっき発言したのと同じ子が頬を膨らませておじさんを見上げた。さっきの説明では、たまたま教会からこの地に派遣されて特別に演目に出演したのかと思っていたが、意外にもこの双子はサーカス団の中に溶け込んでいるらしい。舞台での大人びた雰囲気とは違って話し方は子供らしく無邪気なかんじだし、もしかしたら今日までの間に何回か一緒に公演して仲良くなったのかもしれない。
そしてその子は俺とオズワルドの方を見て瞬きした。少し頬を染めて、なんとなく困ったような顔になり首を傾げる。
「お兄さん達、座長がご迷惑をおかけしました。お話中すみませんが、連れて帰ります。それであの、なんていうか、見た感じお兄さん達がそういう関係なのは私でもわかるんですけど、でもなんで抱き合って座長と話してるんですか?」
それを聞いてオズワルドが俺を見る。
「オズ様、早く、離してください」
俺の機嫌がマックスまで悪くなった声を聞いて、王子は薄い笑みを浮かべた顔で軽く首を捻りながら俺の身体にかけていた魔法を解いた。
その瞬間俺はオズワルドの手が届かないところまで下がる。
それを見て水色の髪のその子は怪訝そうな顔をした。さっきから話をして表情が良く変わるのは手前にいる子の方で、後ろにいるもう一人は静かに俺たちのやり取りを見守っている。歌を歌っていた時はそっくり同じに見えたけど、こうして見ると性格は結構違うのかもしれない。
「ライラ、何をしているの」
そう思っていたら後ろにいた子の方が双子の片割れに声をかけた。
声まで本当にそっくりだ。
「私たちもう戻ろ。王都に帰る馬車に乗らないといけないんだから、早く座長を連れ戻そう」
よく聞いたら、後ろにいる子の方が落ち着いたトーンで気持ち声が低いかもしれない。琵琶を弾いていた子はこちらだろうか。
そう言われてライラと呼ばれた子が片割れを振り返り、こくりと頷いた。
「そうね。私たちまで油を売るのはやめよう。じゃあ座長、早く戻りますよ」
そう言ってその子はおじさんに近寄ると腕を掴み、強引に引っ張って立たせた。
「お兄さん達、突然でごめんなさい。急いでいるのでこの人は連れて帰ります」
「ああ、気を遣わせてすいません。私たちのことは気にせず、こちらが彼に話しかけてしまったのでどうか座長さんにはお手柔らかに」
オズワルドが爽やかに笑って二人の女の子に手を振った。
「二人とも、非常に優美で美しい舞と歌を見せてもらいました。幻想的で感動しましたよ。お前もそう思うよな?」
王子が離れたところに立っている俺に真面目な顔で同意を求めてきたので、俺は双子に向かって素直に頷いた。
オズワルドに腹は立つが、先ほどの歌が素晴らしかったのは紛れもない事実だ。
「本当に、とても素晴らしかったです。今日が最後だったなんてもったいないくらい」
心からそう言うと、ライラという子の方が恥ずかしそうに照れて笑った。「ありがとうございます。お兄さん達にも女神様のご加護がありますように」と微笑んでぺこりとお辞儀をする。
それから片割れの女の子と共に渋るおじさんを引っ張って酒屋から出て行った。
「レイナルド、機嫌が悪いのか?」
おじさん達が居なくなると、その姿を黙って見送ったオズワルドはさっさとカウンターの椅子から立ち上がり、酒屋から出た。俺も彼と並んで終始無言で歩いていると俺の顔をチラリと見た王子が怪訝そうに聞いてくる。
機嫌が悪いなんてもんじゃない。
こっちはほとんどキレてんだよ。
俺は先ほど着替えた宿屋への帰り道を歩きながら、オズワルドを横目で見た。
「いい加減にしてください」
冷たく吐き捨てると、王子は飄々とした顔のまま肩をすくめる。
「勝手に触ったからキレてんの? それとも座長に恋人だなんて嘘ついたこと?」
全然悪びれない彼の能天気な態度にイラッとして俺は小さく舌打ちした。
「両方です。もうやめてくださいよ」
俺が怒りのボルテージを下げずに言い捨てると、彼はまた肩をすくめて歩くスピードを緩め、俺の視界から消えた。横からはいなくなったが、すぐ後ろからついてくる気配と足音はする。その足音はやっぱり軽い。反省する気はないと見た。
そっちがその気なら、俺はもうキレてもいいよな。
「悪かったって。そんなに嫌だった? 面白そうだったからああいう流れにしただけなのに」
俺は足を止めて勢いよく振り返り、すぐ後ろを歩いていたオズワルドの顔に裏拳をきめた。
935
あなたにおすすめの小説
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新!
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。