68 / 326
第二部
十六話 不精な若者の思惑 後①
しおりを挟むバシンッ
気を抜いていた彼の頬にまともに当たり、オズワルドは目を丸くして数歩よろけた。
やっちまったわ。
王子様殴った。
でももういい。
うちの実家には末の息子を心配して世話を焼きたがるモンペ予備軍の両親と、なんだかんだ俺には甘い切れ者の兄がいる。
それに俺には俺を溺愛する人間兵器の恋人がいるんだ。不敬罪で訴えられても負ける気はしない。絶対に勝訴してやる。
頭の中で一瞬でそう考えてから、頬を押さえて俺を見つめるオズワルドを睨んだ。
「あんた、いい加減にしろよ。いくら周りの人間が自分のことを忘れるからって、やっていいことと悪いことがあるだろう」
そう冷たく言うと、彼は瞬きした。
「みんな忘れるからって、あんたがしたことは無かったことにはならない。些細なことでも、人を傷つけたことは、無かったことにはならないんだ。それはやったあんたが一番よくわかってるだろう。面白半分に我を通すあんたのやり方は、俺には不快だ。人に嫌なことをするなって子供の頃に教わんなかったのか。やる前に思いとどまれよ。じゃなきゃこの先あんたはもっと孤独になる」
怒りを込めて言い捨てる俺の声を、目を見開いたまま聞くオズワルドは真顔だった。いつもの調子の良い笑顔がなりを顰めて、やけに静かな素の表情で俺を黙って見ていた。
「人が忘れるからって、何やってもいいなんて思うな。忘れられたくないからって、何でも大袈裟にしようとするなよ。協力してほしいならそう言え。無理矢理やらせるんじゃなくて、ちゃんと言葉に出して言えよ」
大声で怒鳴らないようになるべく苛立ちを抑えて怒ったが、それでも言葉の端々に刺は出る。気づいたら敬語はどこかに飛んでいってしまった。
相手は王子だが、これだけ迷惑かけられてるんだから少しくらいキツく言ったって許されるだろう。王子の事情もそれなりに汲みたいとは思った。さっきのが単なる俺への嫌がらせや面白半分に遊んでるだけなら俺だって容赦なくもう十発くらいは殴ってるが、王子の場合半分はそうじゃない。ふざけていても、彼の人の反応を見る目は時々妙に冷静だ。
きっと、本心では忘れられたくないんだろう。あれだけ軽口を言っていても結局人から忘れられるのが怖いんだ。だから人の印象に残りたくて、抗おうとする。でもそれに巻き込まれるこっちはいい迷惑なんだ。
「あんな茶番に毎回付き合わされるのは御免だ。あんたが内心でどんな葛藤があるのか俺は知らないけど、あんたはもう少しやり方を考えろ。俺はマジでムカついてる」
そう言うと彼はしばらく黙って、ぼんやりと俺を見つめた。
「だって、君は俺を忘れるだろう」
だからだよ、というような返事にまたイラッとした。
「知らねーよ。あんたの心象なんか。こっちは巻き込まれて来たくもない国に拉致されてんだよ。その上いちいちおかしな茶番に付き合わされたら誰だってキレるだろう。あんたは、皆にすぐ忘れられるもんだから人との接し方忘れかけてるだろ。人の気持ちを推し量れよ。嫌われたくなきゃ人が嫌がってることすんなって言ってんの」
王子様相手にこんなに言っていいのか? と頭の中で一瞬思ったが、ここまできたらもう気が済むまで言ってやれという心境だった。
複雑な葛藤があるなら俺が見ていないところで膝でも抱えて思う存分浸ってくれればいい。
それなのに本人も無自覚なのか、明るく振る舞う素振りの端っこにそうした葛藤が透けて見えてくる気がするからタチが悪い。悪ふざけするにしても、彼に根っからの悪意がないようなのも腹立たしい。本当に、よくわからない男だ。笑顔で無理を通してくるくせに、時々こちらをやけに冷静な目で見てくる。
そしてこの王子の心情なんか見ない振りをしてさっさと見捨てられない俺も俺だ。
「レイナルド、俺のこと嫌い?」
ぽつりとそう言ったオズワルドの顔は何となく幼い子供のような顔をしていた。
その顔を見て、俺は眉を寄せる。
もしかして、この人は幼い頃からだんだん周りに忘れられていったから、正常な人間関係を築く方法を知らないんじゃないのか。だから変に強引だったり笑って誤魔化そうとしたりするのか。
そう考えると、同じくらい幼少期から正常な人間関係を築くのに困難をきたしたはずのグウェンは無口だがまともだし、優しいし、出来た奴だと思う。さすが俺のグウェン。ちょっと執着気味で偶に天然なところはあるが、そこもかわいい。
少し脱線した思考を戻して、俺はオズワルドを冷たく見つめた。
「好きとか嫌いとか、判断できるほどあんたのこと知らないし、興味ない。まぁ、言うなれば嫌いの方に傾いてるけど」
そうバッサリ言うと、ガーンという文字が頭の上に見えるような顔で目を見開いた王子は見るからに肩を落とした。
今までの飄々とした態度がどこかへ消えて、急に十歳くらい若返った子供のような顔で泣きそうに眉尻を下げる。
「不快にさせて、ごめん、レイナルド。俺、本当は、久しぶりに俺のこと忘れないでいてくれるレイナルドを見つけて、嬉しかっただけなんだ」
小さな声でそう言うと、オズワルドはその場にしゃがみ込んでしまった。
呆気に取られた俺の耳に、ぐすっと鼻を啜る音が聞こえる。
彼は泣きそうな顔をして、目に涙を浮かべて俺を見上げてきた。
「だから、嫌いだなんて言わないで」
は?
どういうこと?
1,074
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら兄たちに溺愛されました~
液体猫(299)
BL
毎日投稿だけど時間は不定期
【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸にクリスがひたすら愛され、大好きな兄と暮らす】
アルバディア王国の第五皇子クリスは冤罪によって処刑されてしまう。
次に目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。
巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。
かわいい末っ子が過保護な兄たちに可愛がられ、溺愛されていく。
やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな気持ちで新たな人生を謳歌する、コミカル&シリアスなハッピーエンド確定物語。
主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ
⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌
⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。
⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。