悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第三部

二十七話 エンジュの香る庭 後

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 その日の魔力暴走は、私が目を覚ましたら終わっていた。
 肩に暖かく触れるものがあると視線を落とすと、彼が頭をソファの座面に乗せ、私の肩に額をもたせるようにして眠っていた。眠りながらも私の手は離さず、しっかりと握られている手のひらを見て、私はまた何かが胸に込み上げるような気がした。

 声をかけると彼はハッと顔を上げて、私を見て恥ずかしそうに笑った。

「ごめん、見守ってようと思ったのに」

 決まりが悪いのを誤魔化すように照れて笑った彼の顔が可愛らしいと、私はそのとき初めて彼の顔に客観的な評価以外の気持ちを抱いた。

 彼は魔力暴走が終わっていることを確認すると、慌ててマーサに連絡を取り、駆けつけてきた彼女と一緒に屋敷の復旧について打ち合わせし始めた。私は慣れているからしばらく一階の客間で寝れば問題ないと言ったが、二人は明日にでも家具を入れ換えて元の状態に戻るようにと段取りを取り付けてしまった。
 それから夜まで彼は私の屋敷で過ごし、ごく自然に夕食まで食べてから帰っていった。寝室を簡単に整理してから応接室に移動して時間を過ごしたが、彼は私にしつこく話しかけてくるようなことはなく、リラックスした様子で本を読んだり、時々手帳に何かメモして、魔法陣の構造について私に意見を求めたりした。
 精神上では、彼は私よりも五年分歳上であるが、彼の魔法に関する知識は想像以上に豊かで、私は思わず彼の話に聞き入っていた。
 
 彼は私が回復したことを確認してから帰っていき、その後数日は私の様子を見に毎日夜屋敷を訪れた。
 それで私の魔力が完全に安定したことを確認して安心したのか、またしばらく姿を見せなくなった。

 五日ほど経って、彼がどうしているのか気になった。
 禁域の森の蛇神とは魔石の売人を見つけ出すということで折り合いがついたらしいが、彼は相変わらず蛇神のところに通っているのだろうか。
 私は騎士団の詰所の雰囲気に少しは馴染み、団員達に敬語を使わずに話をするようになっていた。
 魔石の売人について情報共有するために、彼はカシス副団長とは定期的に連絡を取っているらしい。最後に会ってから数日経って彼のことが気にかかり、詰所で副団長に尋ねた。

「レイナルド様ですか?」
「彼は最近どうしている」
「ええ。相変わらず禁域の森の主神様のところには通っているようですが……。なかなか説得は上手くいっていないみたいですね。確か、この数日は夜通し祠の前でキャンプファイヤーしてるって聞きました。夜に団長のところに来ないのはそのせいかと」

 言われたことが理解できずにカシス副団長の顔を見つめた。彼も書類を捲る手を止めて私の顔を見ている。
 詰所にある執務室の机にそれぞれ座っている私たちは、しばらく無言で顔を見合わせた。

「なんと?」
「レイナルド様は、禁域の森の祠で夜な夜な盛大な焚き火をしているそうです」
「何故」
「なんでも、『祠の周りで動物たちとまいむまいむを踊って蛇の安眠を妨害する』って息巻いてましたけど」
「まい……?」

 聞いたことのない単語を聞いて疑問を覚えたが、それを聞き返す前に別のことが気になった。

「そんなことをしたら、彼も蛇神の怒りを買って記憶を抜かれるのではないか」
「はい。私もそう思ったんですけど、どうやらそれは大丈夫らしいんですよ」
「……何故」
「蛇神が一度レイナルド様に手を出さないって決めた以上は、自分は安全だって言ってました。現に夜のキャンプファイヤーは始まってから四日経ちますけど、レイナルド様は無事です。味をしめて毎日嫌がらせに行ってるらしいです」
「……」

 嫌がらせ?
 つまり彼は蛇神に嫌がらせをして、神に根を上げさせようとしているということか。

「今朝ご実家にいるご用聞きのウィル君に連絡を取ったら、今日は『神を倒すには悪魔を召喚するしかない』って呟きながら教会本部の図書館に向かわれたそうで……」
「……彼は大丈夫なのか」
「何がですか? 頭ですか?」
「いや、精神的に追い詰められているのではないか。私は彼のことを詳しく知らないが、彼は落ち着きのある人柄で、荒唐無稽なことをしでかすような人間には見えなかった」
「ぶはっ、おち、落ち着きのある? 本当に? レイナルド様、十五歳のグウェンドルフ様に相当猫かぶってるんじゃないですか、それ」

 吹き出したカシス副団長を怪訝に見返すと、彼は明るく笑って「大丈夫です」と頷いた。

「レイナルド様がむちゃくちゃなのは今に始まったことではないので、問題ありません。今は団長というストッパーがいないので少し心配ですが、レイナルド様もご自身でしっかりしなければと気をつけているようなので、きっと引き際は見定めていると思いますよ」

 そう言いながらまた口元を緩めている副団長を見て、私は内心で首を傾げた。

 彼は一体どういう人物なのか。
 蛇神の祠で焚き火をするなど、弾け飛んだことをするような人間には見えなかった。
 私を見つめる彼の理知的な眼差しを思い出す。
 いつの間にか、私は彼のことを時おり考えるようになっていた。





 次の日、カシス副団長が団員を連れて小規模な魔物の討伐に向かったので、私は幽霊屋敷と呼ばれる廃屋に一人で来ていた。今の私は訪れたことがないが、ここは私が魔石の売人を追って調査をしていたときに見つけた洋館らしい。
 雑草が伸びて荒れた庭には、季節外れに咲いているエンジュの花があった。

 騎士団と警備隊で屋敷の中も外も調査したが、壁に描かれた絵以外で怪しいものは見つからなかったという。
 私も離れの建物の壁に描かれた絵を見て、しばらく考えたが何も手がかりになりそうなものは見出せなかった。

 もう一度庭に戻り、屋敷の中を見てみようと思い歩き出したとき、傾いた館の門の向こうに人が立っているのに気づいた。ごく普通の白いシャツと地味な色のズボンを履いた十代くらいの少年で、短い髪は黒かった。
 じっと私に視線を向けている顔に見覚えがなく、黙ったまま見返していると、その少年は感心したような声を漏らした。

「へぇ。記憶がないっていうのは本当なんだ」

 その言葉を聞いて警戒した。
 鋭く見据えた私の視線を気負いなく受け止めて、見知らぬ少年は口端を上げた。

「俺を見たら殺しにかかってくると思ったのに、どうやら本当に記憶がないの? 面白いね」

 そう言った少年の言葉の意味はわからなかった。
 その言い振りからすると、五年後の私は目の前の少年に恨みでも抱いていたのだろうか。

 しかし見覚えもなく、正体もわからない相手に斬りかかることなどできない。記憶がない以上は相手の出方を見る以外に術がなかった。
 私が動かないのを見た少年はニヤッと笑い、シャツのポケットからカードのような紙を取り出して柵の間から落とした。

「近衛騎士団長さん、俺からのプレゼント。明日開かれるそのパーティーに一人で来てみたらいい。もしかしたら、あなたとあなたの大事な人が追っていた相手の手がかりが見つかるかもね」

 愉快そうな口ぶりでそう告げた少年は、私が地面に落ちた紙切れに一瞬視線をずらした瞬間に姿を消し、もう一度柵の外を見たときにはどこにもいなかった。

 パーティー……?

 警戒しながら数歩進み、少年が落としたその紙を拾った。
 それは見た限り何の変哲もない招待状で、二つ折りになった紙の内側を見ると知らない名前の貴族が主催する交流会の案内が書いてあった。記された日付は確かに明日の夜である。
 不審に思いながらも、その会場となる場所の名前を目で追った。

 巡航客船 ヴォルファンゴ・ネラ

 乗船場として記載されているのは、エリス公爵領の港だった。
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