悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

文字の大きさ
272 / 332
第三部

七十八話 最高のショータイムを 後③

しおりを挟む
 黒い髪に灰色の目。十代半ばくらいに見えるその純朴そうな顔の少年は、魔の虚で俺を斬ったノアだった。

 黒髪の少年。
 グウェンの言葉を思い出す。そういえば、クルーズ船の招待状を彼に渡したのは知らない顔の少年だったと言っていた。

 俺が名前を口に出したら、周りを見回していたノアが顔を向けた。生成りのシャツを着たその姿はいたって普通の少年に見える。いまだに彼が俺を斬りつけたなんて信じられない。
 俺と目が合ったノアは猫のように目を細めた。

「あなたの光の精霊力があれほどだとは、ラムルにいたときは知りませんでしたよ? レイナルド様」

 にやりと笑ったノアが取ってつけたようなわざとらしい敬語を使い、まだ状況が飲み込めずに呆然としている俺を見てふん、と鼻を鳴らした。

「俺が苦労して集めた魔物の死体をああも簡単に片付けられちゃうと、さすがにムカつくよね」
「あのアンデッドは、ノアが……?」
「そうだよ。初めて作ったけど、よくできてたでしょ」

 得意げに口端を上げた少年を凝視する。

 アンデッドを作った? ノアが?
 それはつまり、ノアが禁術を使ったということか……?

 まさか黒幕の正体はノアだったのか、と思ったとき、俺の腕を掴んだままノアが忌々しそうに顔を歪めた。

「俺ならもっと早くあんたも騎士団長も殺せるって言ったのに、機を見るなんて慎重すぎるんだ、あの方は。まぁ、今回はあんたの実力がわかって結果よかったのかもしれないけど。連れてくのはあんたでもいいってわかったから」

 そう言ったノアのセリフに引っかかりを覚える。
 あの方? その言い方だと、ノアに命令する別の人間がいるというように聞こえる。

「君は一体……」
「でもおかしいな。俺の領域まで一気に転移したはずなのに、なんで途中で止まったんだ?」

 俺の疑問を無視してそう呟いたノアは、俺の腕を掴んだままもう片方の手を服の中に入れた。引き出された羊皮紙を見て俺は瞠目する。赤い血文字で描かれた、小ぶりの魔法陣。
 躊躇いなくその魔法陣に触れたノアは血をつけることもなく、何か呟くと羊皮紙の文字が赤く光った。

「っ」

 途端、身体が引っ張られるような感覚がして、また転移すると思った。

 バリッ

 その瞬間手首で何かが弾け、微かに浮いた足が再び地面を踏む。
 周りの景色は変わらなかった。

「なんで……? あんた何かしてる?」

 訝しげな顔になったノアが俺の手首を見た。
 つられて俺も自分の腕を見下ろす。

 ルシアの髪で作ったサエラ婆さんの組み紐が引っかかっていた。よく見たらさっきよりも紐の亀裂が大きくなっている。紫色の紐はもう今にも切れてしまいそうだった。

 ーーお婆ちゃんがおまじないをかけたって、ウィルが言ってたな。

 それを思い出したのは、ノアがその紐を見て舌打ちしたからだった。

「何かに邪魔されてると思ったら、それ? 国外に出られないようにしてあるのか。鬱陶しい」

 そう言って手を伸ばしたノアが、俺の手首にかろうじて引っかかっていた紐を引きちぎった。
 その拍子に腕を掴んだ力が微かに緩んだから、俺は彼の手を振り払って後ろに飛ぶ。すかさず上着のポケットに手を入れてグウェンの時計を掴んだ。

 転移しようと思ったが、そこで一瞬迷う。

 このまま転移していいのか?

 これは黒幕の手がかりを掴む絶好のチャンスだ。
 俺をどこに連れていこうとしたのか、何故悪魔を召喚したのか、ノアを拘束して問い正せばその理由がわかるかもしれない。

 俺の逡巡を察したノアが笑った。

「いいの? 逃げちゃって」

 その余裕のある表情を見て躊躇ったとき、暗がりの中で右耳の結晶石が眩く光った。

『レイナルド!!』

 その声を聞いた瞬間、俺は時計の魔法陣に精霊力を流し込んだ。


 顔を上げて周りを見回すと、ノアはもういない。
 胸を落ち着かせながら目の前の景色を確認し、見慣れたグウェンの屋敷に続く道に転移したとわかって深く息を吐き出した。

『レイナルド!』

 またピアスから大声が聞こえて、俺は緊張を緩めてその声に応えた。

「グウェン、大丈夫。聞こえてる」
『っ、無事か。何があった。どこにいる』

 俺が返事をすると緊迫した彼の空気が少し和らいだが、矢継ぎ早に問いかけてくる。

「グウェンの家の道。時計の魔法陣で逃げた」

 そう言うと、一瞬後にグウェンが目の前に現れた。
 俺を見つけた彼は安堵を顔に浮かべ、俺の腰を掬うように素早く腕を回して抱きしめてくる。

「よかった。怪我はないか」
「うん。ありがとう。すぐに逃げられたから大丈夫」

 グウェンの背中に腕を回して厚い胸板に擦り寄った。まだ心臓がドクドクしていたが、グウェンの胸に頬をつけると彼も同じように鼓動が早かった。俺が突然目の前で攫われたのが衝撃だったのか、腰と背中に回った腕の力が強い。

「あれは何者だ。私に船の招待状を渡した少年だった」
「やっぱりそうだったのか。ノアっていう名前しか知らないけど、ラムルで会ったことがある。そのときちょっと色々あったんだ。多分、禁術を使ってる黒幕の手先だと思う」
「何故あなたを攫う必要がある? 突然目の前から消えて心臓が止まるかと思った」

 感情的になるとグウェンは言葉数が多くなる。俺をぎゅっと抱きしめたまま強張った声を出すから、そっと彼の背中を撫でた。

「俺を連れてった目的はわからなかった。もっと話せば黒幕の手がかりが掴めたかもしれないけど、それより先に逃げてきた。心配させてごめんな」
「……逃げて正解だ。どこかに連れ去られていたかもしれない」
「そうだな。名前を呼んでくれて助かったよ。ちょっと粘ろうとしちゃってたからさ」
「あなたの無茶には慣れたが、一人で危険な場所に踏み込むのはやめてほしい。どこにいるのかわからなくなると思うだけで恐ろしくなる。……絶対に離すなというのはこういうことなのか」

 最後に自問するような呟きを漏らしたグウェンの慌てぶりに、小さく笑って頷いた。

「心配させてごめん。グウェンがいないときはちゃんと逃げるから大丈夫」

 そう言うと、グウェンは深く息を吐いて、波立った気持ちを落ち着かせるように目を閉じた。
 暖かい胸に抱きついていたら張り詰めていた気が緩んで、俺も動揺していた頭がだいぶ持ち直してくる。

「手がかりは掴めなかったけど、仕方ないな。今回の犯人はノアだったみたいだ。あれだけの禁術をどうやって操ってるのかは謎だけど、目的がわからないから多分また来ると思う」

 頭の中で考えを整理しながら口に出す。

 俺達の実力を試したというような言い方だった。そしておそらく、ノアに禁術を使うように命令している別の人間がいる。
 俺を連れていこうとした理由はわからないが、俺でもいい、と意味深なことを言っていた。何か目的があるんだと思うが、今はそれを推測するだけの手がかりが少ない。向こうが仕掛けてくるのを待つしかないのか。

 俺がぶつぶつ呟いているのをグウェンは黙って聞いているが、まだ落ち着かないのか俺の身体に巻きついた腕の力は緩まない。

 ノアが再び現れる様子はないし、今回はこれで終わりなんだろうか。
 しかしまた、厄介な案件が押し寄せてくる予感がする。
 俺は内心でため息をついて、グウェンの胸にもたれて目を閉じた。

 この世界の因果律とやらに言いたい。
 少しは休憩しようよ。
しおりを挟む
感想 531

あなたにおすすめの小説

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。