悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第三部

七十九話 魔法が解けるとき 前①

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 二人とも気分が落ち着いてから、もう一度禁域の森に戻った。

 三角錐はグウェンが拾ってくれていたから受け取ってポケットに入れ、屋敷の庭から転移する。
 グウェンは俺の手をしっかり握りながら油断なく周囲を警戒していたが、ノアが再び現れることはなかった。
 平原はもとのまま焼け焦げた地面があるだけで、魔物の姿もない。

「アンデッドの方は問題なかったみたいだな。総帥達の方も見に行くか」

 グウェンと一緒に総帥達を探しに行き、飛んでいる途中で結界に引っかかっているアンデッドを見つけた。

「いたな。どうする? 燃やして灰にするか」

 魔石の破壊にどれだけ労力がいるかわからないが、一体ならなんとかなるだろう。
 そう思いグウェンを見ると、彼はそのときすでに氷でできた鞭を操ってその魔物を捕らえていた。鞭をしならせて勢いよく振り回し、後方にぶん投げる。

「えっ」

 俺が疑問を漏らす前に、宙を舞った魔物は綺麗な放物線を描き、禁域の森の上に飛んでいった。

 ……投げたな。
 お前が片付けろと言わんばかりに。

 隣に浮かぶグウェンの顔を見上げる。
 微かな奇声を残して森に消えたアンデッドを目で追った彼は、心なしかせいせいしたという表情をしていた。


 総帥達に合流するまでに、結界に捕らえられていた魔物を森に投げ入れること数十回。平原を逃げていた魔物は全て片付いた。
 総帥達を見つけて一緒に禁域の森に戻り、動物達を逃しながら蛇神に魔物を食べさせ、ウィル達を迎えに祠に行く頃にはもう日は完全に昇っていた。

「朝日が眩しい……」

 夜通し起きているせいで日の光が目に沁みる。
 目を擦っていたら、ベルが心配して癒しの光をかけてくれた。

 ーーママ大丈夫?

「ありがとうベル。疲れがとれたよ」

 疲れと眠気でぼんやりしていた頭がはっきりした。お礼を言うと、今度はベルの方が俺の足下にまとわりついて欠伸をしている。

 ーー僕もねむいのー。

「うん、すぐ帰ってごろんしような」

 自分も疲れてるのに俺の疲労を回復させてくれるなんて、ベルは本当に天使なの?
 うちの子にはそのうち翼が生えるんじゃないだろうか。そうなったら大変だ。この世に新たなる神獣が爆誕してしまう。俺はそれまでに絶対カメラを完成させなければ。
 抱きしめていい子いい子したら、ベルは『みんなにもやってあげるねー』と言って俺の隣にいたグウェンにも癒しの光をかけていた。更に離れたところにいる総帥達にもやってあげたから、神官長とリビエール上級神官は感激して、特にベルの信奉者である上級神官は膝をついて感涙した。ベルを見つめながら女神に感謝の祈りを捧げている。どうでもいいけどそこはチーリン達に捧げろよ。

 次にオズにもやるのかな、と思ったらベルはくるりと身を翻してウィルとメルの傍に戻っていったので、オズはえっという顔をしていた。

「ベルくん、俺は?」

 ーー疲れちゃったのー。もうできないの。

 ベルが欠伸をしながら「クルル」と答えてウィルの足下に帰った。
 オズ君一号を外してもらい、それを枕にしてごろんと横たわるベルを、オズはショックを受けた顔で見ていた。
 多分、本当に眠いんだろうから他意はないと思うよ。多分な。

 普通にスルーされた蛇神もオズの隣でややショックを受けていたが、お前はなんでやってもらえると思ってんだよ。ベルがお前を癒すわけねーだろ。

 最後まで付き合ってくれたベルのお婆ちゃん達にはお礼を言って、今度ラズリシエの森に果物をたくさん持っていくことを約束した。それを聞いた神官長達が自分達も献上すると申し出たので、多分とんでもない量の高級フルーツが届けられると思う。ベルのお婆ちゃんは尾を振って喜んでいた。

 三角錐の中に捕らえたアンデッドはまだそのままにしてある。それ以外に森の中と外にいたものを全て飲み込んだ蛇神はさすがに疲れた顔だった。人間の姿になって祠の前で浮いているが、いつにも増して青白い顔で生気がない。

「で、結局犯人がどうやって森に侵入したかは心当たりがないってことか」

 さっきは話の途中で魔物騒ぎになったから、改めて聞いた。さっきノアに会ったことは、まだ総帥達には伝えていない。
 蛇は眉間に皺を寄せた。

「確かに、火事が起きる前に妙な気配はあった。しかし、あれは人間ではない」
「人間じゃない……?」

 意味深な言葉に首を傾げる。
 てっきり黒幕かノアが禁術を使って悪魔を呼び出したのだと思ったが、人間ではないというのはどういうことなのか。ノアは明らかに人間だろう。

「まさか魔物ってことか?」
「そうではない。以前、不死鳥の卵が盗まれたときに感じた気配と同じものだ」
「ってことはやっぱり人間だよな」
「違う」
「はあ?」
「人間であれば、私にはすぐにわかる」

 要領を得ない蛇の説明に疑問符がいっぱいになって黙った。
 人間ではない、というのはどういう意味なんだ?
 首を捻りつつ隣にいたグウェンの反応を見ようと 顔を上げたら、グウェンはそのとき地面を蹴っていた。

「え?!」

 剣を抜いたグウェンが蛇神に斬りかかる。
 即座に反応した蛇が着流しの裾を尾に変化させ、刃を弾いた。しかし消耗しているのかグウェンを吹き飛ばすようなことはせず、続けて振り下ろされた剣を尾の先で受け止める。身体は人間のまま、眉を寄せた蛇神が剣を引かないグウェンを睨む。

「なんのつもりだ」

 蛇が険のある声を出した。
 呆気に取られていた俺の耳に、背を向けたグウェンの低い声が届く。

「私の記憶を返せ」

 重く響く声音。
 俺からはグウェンの背中しか見えないが、彼がこの上なく怒っていることはその声から伝わった。
 オズと神官長達も、ようやくひと段落したところでグウェンが森の守り神に斬りかかったので、何事かと驚いて蛇と彼に注目している。
 蛇神は尾で剣を押し返しながら不機嫌そうに顔を顰めた。

「返すのは売人とやらを捕まえてからだと」
「悪魔を封じたのはレイナルドだ」

 蛇の言葉を遮りグウェンが言い捨てる。その声は夜明けの空気を裂くように鋭い。剣の柄を強く握る彼の手の甲にはくっきりと血管が浮いていた。

「貴様を助けたのは彼だ。彼が悪魔を封じたのは貴様を救うためではない。人の世を守り、私の記憶を取り戻すためだったということを忘れるな。そうでなければ貴様が悪魔に乗っ取られようが殺されようが、私達は捨て置いた。恩に報いる気があるなら、守り神の矜持とやらを説く前に記憶を返せ」

 彼の背中から、冷たい怒気が立ち昇っている。聞いている俺達が威圧を感じて息を呑むほどの、本気の怒りだった。

「貴様が戯れに奪ったものは、暇つぶしに弄んでいいものでも、軽々しく悪魔の目に蹂躙されていいものでもない」

 低い声でグウェンがそう言ったのを聞いて、俺は目を見開いてその背中を見つめた。
 蛇は無表情で黙っていたが、やがて口を開いた。

「……ふむ。今回ばかりは、お前達に理がある。私が助けられたのは事実。願いを叶えよう」

 その言葉に、俺ははっと蛇に顔を向けた。
 
 ……今なんて?

 まじまじと蛇を凝視する。
 こちらに視線を向けた蛇神は、瑠璃色の瞳で俺を見据えた。

「礼を言う。私を助けたお前の望みを一つ叶えよう」
「……本気か?」
「言え。この者の記憶を戻せばいいのか。他の望みでも構わぬが、何がほしいのだ。寿命か、魔力か」

 好きなものを言え、と言う蛇神を呆然と見つめた。

「……返して」

 気づいたら掠れた声が勝手に出ていた。

 寿命なんていらない。魔力も。お金も。そんなもの俺だけ持ってても何の意味もない。

 グウェンがいなかったら、何も意味がない。

「他には何もいらないから、グウェンの記憶を返して」

 自分でも思わないうちに、そう言葉に出したら喉の奥が熱くなって声が震えた。
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