304 / 332
第四部
十五話 流浪の乙女、事件の始まりを告げよ 後②
しおりを挟む「で、一旦入れ替わりの件と宝剣の盗難については置いておこう。ヒューイの用事はなんだったんだ? 黒幕について何かわかった?」
俺の愚痴をダラダラ話していても仕方がない。ルシアの手を離してソファに座り直した。
本題に入ろう。
ヒューイには、魔石の売人の屋敷に残されていた怪しい紋章と禁術の魔法円について調べてもらっていた。このタイミングで報告があるということは、きっとそれに関して何かわかったに違いない。
「はい。あの魔法円ですが、やっぱり爺ちゃんのノートじゃなくて、両親のメモの中にありました」
「ほんとか? あの廃屋の壁に描かれてた魔法陣?」
身を乗り出すと、ヒューイは真面目な顔で頷いた。
ヒューイは両親を早くに亡くしている。
帝国の中では高名な医療魔法士だったらしい。医療魔法士というのは、治癒の精霊術を使う神官達とは違って研究者に近い。怪我や病気を治すとき、どんな治療を施す必要があるのか、医学の知識と魔法の観点から、新しい治療法を考案したり、病気の原因を特定したりする、ちょっと特殊な魔法士だ。
六年前、大陸中に風土病が流行ったのは記憶に新しい。
しかしそれより十年前、もっと致死率の高い病気が蔓延しかけたことがあったらしい。そのとき治療法を見つけて大流行を未然に防いだのはヒューイの両親だったそうだ。二人とも早くに亡くなってしまったが、今でも教会関係者や宮廷魔法士の中ではホフマンという名前は一目置かれている。
今日も俺を訪ねてきたにも関わらず、ヒューイが着ているのはいつもの白衣で、外出着には似つかわしくない。でも両親が着ていたという白衣を常に羽織っているヒューイに脱げなんて無神経なことは言えないし、多分安心毛布みたいなもんなんだろう。後輩のファッションには突っ込まないことにしている。
「でも、なんでヒューイの両親が魔界の術なんて知ってたんだ?」
「一時期呪術とか、呪いについても研究してたみたいです。それが影響して健康を害されるってこともなくはないみたいで」
「ああ、そういうことか」
アシュラフもつい最近まで悪魔に呪われてたし、ここは悪魔がいる世界だからな。不調の原因を探ろうとしたらそういうアプローチも必要なのかもしれない。
「それで、そのメモにはなんて?」
「あの魔法陣は、ヌイ・グノーシュのものだと」
「ヌイ……ん??」
初めて聞く名前に瞬きした。
横のルシアに目線で『知ってる?』と問いかけると、ルシアは首を横に振った。
この反応、つまりゲームの中にも出てこない単語なんだな。
俺達がぽかんとしているので、ヒューイは咳払いして話を続ける。
「その昔、まだ地上に悪魔が頻繁に現れていたとき、悪魔信仰を掲げて禁術を生み出した一族らしいです」
「禁術を生み出した……つまり、そのヌイなんとかっていう一族が召喚陣を作ったり、悪魔を使役する魔法陣を作ったりしたってこと?」
「おそらくそうです。一時はそれなりの勢力を誇る一族だったそうで。しかしながらデルトフィアに大聖女様が現れたり、ラムルに初代皇帝が現れたりと、英雄と呼ばれる方々の活躍が続き、大陸の国々は女神の光の力を支持し始めます。その流れでヌイ・グノーシュは散り散りになり、光に背く者として弾圧され、やがてその存在は消えていった。そう記された書をナミア教皇国を訪れたときに目にしたと、両親のメモには書いてありました」
「ナミアに……?」
「十六年前、デルトフィアで流行り始めた風土病を封じるために、すでに感染の波が収まっていたナミアまで治療法の調査に行ったときに見つけたそうです」
「ああ、なるほど」
俺は当時をよく知らないけど、大陸全土に流行った病気だったと聞いたことがある。
そのとき、ナミア教皇国で罹患者が大量に出て、当時の教皇が病を防ぐことができなかった責任を感じて退位したとか、歴史書に書いてあったような……
「ヒューイのご両親、わざわざナミアまで治療法を探しに行ったのか。それで帝国では犠牲者が少なかったんだな」
亡くなったヒューイの両親に改めて感謝の念を抱いた。確か、俺は小さかったけど母さんがかかってたんだ。ちゃんと治って元気になった母さんを見てすごく安心したという記憶が残っている。
ヒューイはなんとも言えないような微笑を浮かべて、小さく頷いた。
今のは無神経だったな。
「ごめん。もしかしてヒューイのご両親はそのせいで罹患したのか」
慌てて眉を下げたら、ヒューイはさっきよりも曖昧な笑みを浮かべた。
「多分、そうなのかもしれません。でも両親は正しいことをしたんだと思うので」
「うん。でもごめん。無神経だった」
「大丈夫ですよ。今更先輩にデリケートな気遣いとか求めてませんから」
「え?」
「それで、今は廃れたはずの禁術をそのノアという人物が使っているのだとすれば……」
ヒューイは俺の呟きを無視して顎に指をかけ、ルシアを真っ直ぐに見つめた。
「この身体の持ち主は、もしかしたらヌイ・グノーシュの末裔なんじゃないですか」
そう言われて、俺も隣に座るノアの身体をまじまじと見た。
そうだな。
ノアがその謎の一族の生き残りだというなら、失われたはずの禁術を何故使えるのかという疑問は解消する。
「その中に入れ替わりの術もあるってことか」
「聞くだけで怪しいですけど、現にルシア嬢が身体を盗られたと言うからには、あるんでしょうねぇ」
「一体そのために何人犠牲にしたのかは考えたくねーな」
禁術は自分の魔力や精霊力ではなく、他人の命を使って発動する。それが非常に厄介な点だ。
「それから、壁に描いてあった魔法陣は、転移魔法陣と組み合わせてあったでしょう。五芒星のところと悪魔みたいな絵について言えば、あれはアシュタルトを表すみたいですね」
「あいつを? てことは、魔石の売人はやっぱりノアの仲間だったのか」
「根城にしてた空き家に描いてあったということは、そう考えるのが妥当かと」
「待てよ……あの魔法陣には五芒星があったか」
幽霊屋敷の壁に隠されていた魔法陣を思い浮かべて、俺は上着の内ポケットからロケットペンダントを取り出した。
昨日ルシアと確かめたバレンダール公爵のペンダントには、三角が二つ合わさったような図形が描かれていたが、三角を二つ組み合わせると星にもなる。
もしかしてと思ったが、星の図形は形が違う。
「これは五芒星とは違うな……」
「何の話ですか?」
ヒューイが不思議そうな顔をして俺の手元を覗いてきたので、ペンダントを開いて中を見せた。写真の部分は取り外したままにしてあって、内側の金属に浮かび上がった赤い図形だけが確認できる。
「ちょっと訳あって、黒幕の手がかりになるものを持ってるんだ。この図形、どっかで見覚えがあるんだけど、思い出せなくて」
「えっ、これって」
ペンダントを覗いたヒューイが俺の顔を見た。
「知ってるのか?」
思わず乗り出すと、後輩は難しそうな顔で頷いた。
「ナミアのマークです」
「え?」
「ナミア教皇国の、聖杯会議の徽章です。その簡略形に見えます」
「聖杯会議……?」
また初めましての言葉が出てきたな。
俺はきょとんとしたが、横にいるルシアがその単語に反応した。
「確かに、そう言われればあのマークに似てますね。昨日は思いつきませんでした」
ぽん、と手を打ったルシアを見て俺は首を傾げる。
「ルシアも知ってるの?」
「はい。聖女修練宮にいたとき、ナミア教皇国の聖杯会議については簡単に教えてもらいました。正式な徽章は聖杯の絵ですが、簡略化したらこんな形です」
ルシアが空中に指で三角を二つ、上下に描く。
上の三角は頂点が下に向いていて、下の三角は上を向いていた。
そう言われてみると、二つの頂点が繋がった三角形は、上は盃で、下は台座に見えないこともない。
「その聖杯会議っていうのは何なの?」
聖杯といえば、前世だったら中世の物語にそんなアイテムが出てくるんじゃなかったか。ヨーロッパの王様の話とか、宗教関連の逸話とかで。
この世界で聖杯って何を表すんだろう。
俺が腕を組んで考え込んでいたら、ヒューイがルシアの後を繋いで続けた。
「ナミア教皇国の神殿に、女神の聖杯があるらしいんです。かつて女神がナミアの土地に祝福を与えた証の聖物だそうで。代々の教皇と、聖杯会議と呼ばれる組織のメンバーが守護しているとか」
「聖杯会議……っていうのは、どういう組織なんだ? 神官達がいっぱいいるのかな」
純粋な疑問を口に出したらヒューイは視線を上に向けて数秒考え込んだ。
それから首を捻りつつ、眉間に皺を寄せて答える。
「そうですねぇ。確か……構成員は枢機卿二名と大司教、司教から選ばれる代表者二十名ほどじゃなかったかな」
「へぇ」
よくそんなことまで把握してるな。
感心しながら相槌を打った。
その聖杯会議ってやつのマークが、バレンダール公爵のロケットに記されている。
つまり、公爵はそれを俺に託して、何か示唆したいことがあった。
「ナミア教皇国が怪しいってことか……?」
701
あなたにおすすめの小説
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新!
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。