第二王女と次期公爵の仲は冷え切っている

山法師

文字の大きさ
23 / 29

9 君以外が。君だけを。

しおりを挟む
 無表情で淡々と応えたアメリアの言葉を聞いた瞬間、セオドアの顔が歪んだ。

 あれが『つけ入る隙』。
 よりにもよってシャルがお姉様と慕って憧れているミラに、あれを、利用されたのか。

「待って、待ってアメリア、それは」

 焦ったように、悲痛そうに、途方に暮れた顔をしているシャーロットへ、セオドアは顔を向ける。
 自分の不甲斐なさと、彼女への愛を込めた眼差しを向ける。

「完全に僕の不手際だ。君の姉に利用されたんだな、あれが」

 あれ、と言われ、シャーロットの喉がヒュッと鳴った。

 名前すら、言わない。
 花の名前すら。

 なら、やっぱり、あなたがあたしに向けている感情は。

「シャル。聞いてくれ。言い訳に聞こえるだろうが、聞いてくれ。大前提として、僕は君が好きだ。愛してる。最初から。だから贈ったんだ」

 絶望しかけたシャーロットの心は、真摯に言うセオドアの言葉で、浮上ではなく再びの混乱に陥った。
 混乱しているシャーロットへ、セオドアは必死に言葉を紡ぐ。

「その、今まで誰かに何かを贈るなど、友人同士でもしたことがなかったんだ。だから君に何を贈れば良いか、さっぱり分からなくて。これでもかと悩んで、友人にも相談した」

 ジュリアンが「相談に乗った友人その一です」と手をひらひらと振る。

「ついでに言うと、相談に乗った友人その二はソフィア様の自称弟子なアイツです。この三人で話し合いました」


『初めての、ということなら、無難かつ好印象な、を狙うべきかと』

 だからそれはどういったモノだ。

『どう思います?』
『俺、貴族の贈り物とかわかんねーし。平民庶民は手作りの何かとか』

 ……手作り……手製の品は、貴族じゃ重い。

『えー? じゃ、花は?』

 花?

『ああ、良いんじゃないですかね。花なら無難で好印象かと』

 それなら、どんな花が良いんだ? 彼女の好きな花を誰かに調べさせれば良いのか?

『ご本人の好みに合わせるのも良いでしょうけど、最初、ということで、ご自分で選んだものを渡してみては? 自分も、系統は偏りますが詳しいほうかと思うので、協力しますよ』
『貴族の花はしんねーけど、安い花とかその辺に生えてる花なら俺もわかる』

 そうやって、調べに調べ、悩み抜いて考え抜いて選んだのが。

「イベリスのフラワーバスケットなんだ。シャル」
「え、えぇ、と」

 混乱から抜けきれないシャーロットは、

「君に喜んで欲しかった。君の笑顔が見れたらと願った」

 セオドアから次々と聞かされる言葉でさらに混乱し、

「少しでも僕の気持ちが伝わるだろうかと、伝わってほしいと、そんな願いも込めたんだ」

 それを聞いて、波が引くように混乱は鎮まり、諦めの思考へ変わった。

「あなたの気持ちは、イベリスの花言葉、ですか」

 言ったら、セオドアは少し驚いたように目を見開いたあと、照れたように視線を彷徨わせる。

 なんで照れるの?
 どこに照れる要素あった?

「その通りだが……いや、待ってくれ。伝わっていたなら、君の姉はあれでどうやって、」
「無関心。どうでもいい。お姉様は嘘なんか言ってなかった」

 諦めの笑顔で言ったら、セオドアは不可解そうな表情をし、ややあって口を動かした。

「まさか、シャル。イベリスの──」
「シャルって呼ぶな!」

 愛称なんかで呼ばないで。
 あたしのこと、好きでもなんでもないくせに。

 シャーロットは怒鳴るように叫び、セオドアの膝から乱暴に降り、セオドアへ笑顔を向ける。

 怒りと悲しみと諦めの色を乗せた、冴え冴えとしているのにどこまでも冷たい笑顔を。

「シャル、違う、イベリスの花言葉が無関心なのはその通りだが──」
「だが? 何? だから愛してます? それこそ矛盾してるでしょ」

 泡を食ったようにイスから立ち上がったセオドアを見上げ、冴え冴えとした冷たい笑顔で。

「お姉様はちゃんと教えてくれた。あなたも今、それを認めた。なのに『愛してます』? 笑わせるな」

 それとも、腹を抱えて笑ってやろうか。
 周りが自分を嗤ったように、見世物の道化みたいに。

 目にした者の心を美しく凍てつかせる笑顔を、無へと変えたシャーロットは、

「とんだ茶番の茶会だった。アメリアたちの話まで嘘だとは思わないけど」

 顔色を蒼白にさせていくセオドアから視線を外し、

「この人とあたしの間に愛とか恋とか情だとかがないなら、前提ってのが、変わるんだよね?」

 アメリアへ顔を向け、セオドアを親指で示す。

「無いのなら、変わります」

 いつもと変わらず淡々に応えたアメリアへ、「あの、流石に、それは、あの」と珍しく慌てた様子を見せているジュリアンが、何かを切れ切れに言っている。

 それももう、どうでもいい。

「そ。じゃ、そういうことだったって叔母様に伝えておいて」

 姿勢を直して見上げると、セオドアは、空気を求めて水面に顔を出す観賞魚のように口を動かしていた。
 蒼白の顔色で。
 絶望しているような表情で。

「国の未来についての話はあたしも考えますけど、叔母様と話したほうが早そうなので、そうします。あなたには今後、極力関わらないようにするので」

 未練を断ち切るように言い放ち、

「あたし、帰ります。婚約解消手続き、お願いします」

 あえての皮肉を込めて、

「有意義なひとときでした。時間もそろそろでしょうから、辞させていただきます」

 完璧な所作で淑女の礼をして、

「帰るよ、アメリア」

 引かれる後ろ髪を切り落とす思いでセオドアへ背を向け、歩き出そうとした、のに。

「誤解だ」

 今にも死にそうな声のセオドアに後ろから抱きしめられ、足が止まる。

「……離してください」

 止まるな。歩け。

「急にすまない。全て言い終えて、それでも君の気持ちが今と変わらないと分かったら、手を離す」
「何を言うつもりですか。あたしの気持ちがどう変わると?」

 腕の中から抜け出せ。
 自分を愛するどころか関心さえ向けていない彼の腕から、抜け出せ。

「太陽に向かって伸びていくんだ。太陽だけを求めて、太陽しか目に入らない」
「聞こえてました? 何勝手に話し始めてるんです?」

 振りほどけ。
 怪我を、……させてしまっても、彼が婚約解消を進めやすくなるから、大丈夫。大丈夫。
 落ち着いて動けば、怪我だってさせなくて済む。

「太陽以外はどうでもいい。そういう植生だから、無関心。太陽だけを求めて、太陽しか目に入らなくて、太陽以外はどうでもいい」
「……だから、なに、を……」

 声を震わせるな。
 希望を見出そうとするな。
 言葉の意味を考えるな。

 この人の言葉に「そういう意味」があると、砂粒ほども考えるな。

「イベリスにとっての太陽が、僕にとっての君なんだ」

 シャル。

「っ……だから、その、呼び方……」

 やめて。やめて。愛してないんでしょ。愛してないのに、『愛称』で呼ばないで。
 好きな人の声で、呼ばないで。

「君がどうでもいいんじゃない。君以外が、どうでもいいんだ。シャル。シャーロット。愛してる」

 君だけを、愛してる。

 回されていた腕に、少しだけ力が込められた。

 優しく、包み込むように。
 イベリスのフラワーバスケットに留められていた、彼の瞳と同じ翡翠の色をしたリボンのように。

「シャル」

 好きな人に、セオ様に、愛称で呼ばれて。

「……なんですか」

 無視なんて、したくない。

「その、気持ちが変わらなければ、離すと、言ったから。僕の話を聞いて──」
「変わってない」

 セオドアが息を呑んだのが、背中越しに伝わってきた。

「変わってない。ずっと変わってない。変わりっこない」

 回されていた腕から力が抜けていくのが分かったから、シャーロットは緩んだセオドアの腕の中で体を反転させる。
 セオドアと向かい合う。

 この世の終わりを目にしたようなセオドアの顔が、自分へと振り向いたシャーロットを見て、死を覚悟した表情へと変わった。

「変わるわけないでしょ」

 だから、言ってやる。

 彼の襟を掴んで、怒りを込めて。

「ずっとずっとずーっと! セオ様が好きで好きで大好きなんだよあたしは!」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

不愛想な婚約者のメガネをこっそりかけたら

柳葉うら
恋愛
男爵令嬢のアダリーシアは、婚約者で伯爵家の令息のエディングと上手くいっていない。ある日、エディングに会いに行ったアダリーシアは、エディングが置いていったメガネを出来心でかけてみることに。そんなアダリーシアの姿を見たエディングは――。 「か・わ・い・い~っ!!」 これまでの態度から一変して、アダリーシアのギャップにメロメロになるのだった。 出来心でメガネをかけたヒロインのギャップに、本当は溺愛しているのに不器用であるがゆえにぶっきらぼうに接してしまったヒーローがノックアウトされるお話。

【完結】王命の代行をお引き受けいたします

ユユ
恋愛
白過ぎる結婚。 逃れられない。 隣接する仲の悪い貴族同士の婚姻は王命だった。 相手は一人息子。 姉が嫁ぐはずだったのに式の前夜に事故死。 仕方なく私が花嫁に。 * 作り話です。 * 完結しています。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?

睡蓮
恋愛
セレスとクレイは婚約関係にあった。しかし、セレスよりも他の女性に目移りしてしまったクレイは、ためらうこともなくセレスの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたクレイであったものの、後に全く同じ言葉をセレスから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。 ※全6話完結です。

愚か者が自滅するのを、近くで見ていただけですから

越智屋ノマ
恋愛
宮中舞踏会の最中、侯爵令嬢ルクレツィアは王太子グレゴリオから一方的に婚約破棄を宣告される。新たな婚約者は、平民出身で才女と名高い女官ピア・スミス。 新たな時代の象徴を気取る王太子夫妻の華やかな振る舞いは、やがて国中の不満を集め、王家は静かに綻び始めていく。 一方、表舞台から退いたはずのルクレツィアは、親友である王女アリアンヌと再会する。――崩れゆく王家を前に、それぞれの役割を選び取った『親友』たちの結末は?

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜

桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」 私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。 私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。 王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした… そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。 平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか? なので離縁させていただけませんか? 旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。 *小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

処理中です...