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9 君以外が。君だけを。
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無表情で淡々と応えたアメリアの言葉を聞いた瞬間、セオドアの顔が歪んだ。
あれが『つけ入る隙』。
よりにもよってシャルがお姉様と慕って憧れているミラに、あれを、利用されたのか。
「待って、待ってアメリア、それは」
焦ったように、悲痛そうに、途方に暮れた顔をしているシャーロットへ、セオドアは顔を向ける。
自分の不甲斐なさと、彼女への愛を込めた眼差しを向ける。
「完全に僕の不手際だ。君の姉に利用されたんだな、あれが」
あれ、と言われ、シャーロットの喉がヒュッと鳴った。
名前すら、言わない。
花の名前すら。
なら、やっぱり、あなたがあたしに向けている感情は。
「シャル。聞いてくれ。言い訳に聞こえるだろうが、聞いてくれ。大前提として、僕は君が好きだ。愛してる。最初から。だから贈ったんだ」
絶望しかけたシャーロットの心は、真摯に言うセオドアの言葉で、浮上ではなく再びの混乱に陥った。
混乱しているシャーロットへ、セオドアは必死に言葉を紡ぐ。
「その、今まで誰かに何かを贈るなど、友人同士でもしたことがなかったんだ。だから君に何を贈れば良いか、さっぱり分からなくて。これでもかと悩んで、友人にも相談した」
ジュリアンが「相談に乗った友人その一です」と手をひらひらと振る。
「ついでに言うと、相談に乗った友人その二はソフィア様の自称弟子なアイツです。この三人で話し合いました」
『初めての、ということなら、無難かつ好印象な、を狙うべきかと』
だからそれはどういったモノだ。
『どう思います?』
『俺、貴族の贈り物とかわかんねーし。平民庶民は手作りの何かとか』
……手作り……手製の品は、貴族じゃ重い。
『えー? じゃ、花は?』
花?
『ああ、良いんじゃないですかね。花なら無難で好印象かと』
それなら、どんな花が良いんだ? 彼女の好きな花を誰かに調べさせれば良いのか?
『ご本人の好みに合わせるのも良いでしょうけど、最初、ということで、ご自分で選んだものを渡してみては? 自分も、系統は偏りますが詳しいほうかと思うので、協力しますよ』
『貴族の花はしんねーけど、安い花とかその辺に生えてる花なら俺もわかる』
そうやって、調べに調べ、悩み抜いて考え抜いて選んだのが。
「イベリスのフラワーバスケットなんだ。シャル」
「え、えぇ、と」
混乱から抜けきれないシャーロットは、
「君に喜んで欲しかった。君の笑顔が見れたらと願った」
セオドアから次々と聞かされる言葉でさらに混乱し、
「少しでも僕の気持ちが伝わるだろうかと、伝わってほしいと、そんな願いも込めたんだ」
それを聞いて、波が引くように混乱は鎮まり、諦めの思考へ変わった。
「あなたの気持ちは、イベリスの花言葉、ですか」
言ったら、セオドアは少し驚いたように目を見開いたあと、照れたように視線を彷徨わせる。
なんで照れるの?
どこに照れる要素あった?
「その通りだが……いや、待ってくれ。伝わっていたなら、君の姉はあれでどうやって、」
「無関心。どうでもいい。お姉様は嘘なんか言ってなかった」
諦めの笑顔で言ったら、セオドアは不可解そうな表情をし、ややあって口を動かした。
「まさか、シャル。イベリスの──」
「シャルって呼ぶな!」
愛称なんかで呼ばないで。
あたしのこと、好きでもなんでもないくせに。
シャーロットは怒鳴るように叫び、セオドアの膝から乱暴に降り、セオドアへ笑顔を向ける。
怒りと悲しみと諦めの色を乗せた、冴え冴えとしているのにどこまでも冷たい笑顔を。
「シャル、違う、イベリスの花言葉が無関心なのはその通りだが──」
「だが? 何? だから愛してます? それこそ矛盾してるでしょ」
泡を食ったようにイスから立ち上がったセオドアを見上げ、冴え冴えとした冷たい笑顔で。
「お姉様はちゃんと教えてくれた。あなたも今、それを認めた。なのに『愛してます』? 笑わせるな」
それとも、腹を抱えて笑ってやろうか。
周りが自分を嗤ったように、見世物の道化みたいに。
目にした者の心を美しく凍てつかせる笑顔を、無へと変えたシャーロットは、
「とんだ茶番の茶会だった。アメリアたちの話まで嘘だとは思わないけど」
顔色を蒼白にさせていくセオドアから視線を外し、
「この人とあたしの間に愛とか恋とか情だとかがないなら、前提ってのが、変わるんだよね?」
アメリアへ顔を向け、セオドアを親指で示す。
「無いのなら、変わります」
いつもと変わらず淡々に応えたアメリアへ、「あの、流石に、それは、あの」と珍しく慌てた様子を見せているジュリアンが、何かを切れ切れに言っている。
それももう、どうでもいい。
「そ。じゃ、そういうことだったって叔母様に伝えておいて」
姿勢を直して見上げると、セオドアは、空気を求めて水面に顔を出す観賞魚のように口を動かしていた。
蒼白の顔色で。
絶望しているような表情で。
「国の未来についての話はあたしも考えますけど、叔母様と話したほうが早そうなので、そうします。あなたには今後、極力関わらないようにするので」
未練を断ち切るように言い放ち、
「あたし、帰ります。婚約解消手続き、お願いします」
あえての皮肉を込めて、
「有意義なひとときでした。時間もそろそろでしょうから、辞させていただきます」
完璧な所作で淑女の礼をして、
「帰るよ、アメリア」
引かれる後ろ髪を切り落とす思いでセオドアへ背を向け、歩き出そうとした、のに。
「誤解だ」
今にも死にそうな声のセオドアに後ろから抱きしめられ、足が止まる。
「……離してください」
止まるな。歩け。
「急にすまない。全て言い終えて、それでも君の気持ちが今と変わらないと分かったら、手を離す」
「何を言うつもりですか。あたしの気持ちがどう変わると?」
腕の中から抜け出せ。
自分を愛するどころか関心さえ向けていない彼の腕から、抜け出せ。
「太陽に向かって伸びていくんだ。太陽だけを求めて、太陽しか目に入らない」
「聞こえてました? 何勝手に話し始めてるんです?」
振りほどけ。
怪我を、……させてしまっても、彼が婚約解消を進めやすくなるから、大丈夫。大丈夫。
落ち着いて動けば、怪我だってさせなくて済む。
「太陽以外はどうでもいい。そういう植生だから、無関心。太陽だけを求めて、太陽しか目に入らなくて、太陽以外はどうでもいい」
「……だから、なに、を……」
声を震わせるな。
希望を見出そうとするな。
言葉の意味を考えるな。
この人の言葉に「そういう意味」があると、砂粒ほども考えるな。
「イベリスにとっての太陽が、僕にとっての君なんだ」
シャル。
「っ……だから、その、呼び方……」
やめて。やめて。愛してないんでしょ。愛してないのに、『愛称』で呼ばないで。
好きな人の声で、呼ばないで。
「君がどうでもいいんじゃない。君以外が、どうでもいいんだ。シャル。シャーロット。愛してる」
君だけを、愛してる。
回されていた腕に、少しだけ力が込められた。
優しく、包み込むように。
イベリスのフラワーバスケットに留められていた、彼の瞳と同じ翡翠の色をしたリボンのように。
「シャル」
好きな人に、セオ様に、愛称で呼ばれて。
「……なんですか」
無視なんて、したくない。
「その、気持ちが変わらなければ、離すと、言ったから。僕の話を聞いて──」
「変わってない」
セオドアが息を呑んだのが、背中越しに伝わってきた。
「変わってない。ずっと変わってない。変わりっこない」
回されていた腕から力が抜けていくのが分かったから、シャーロットは緩んだセオドアの腕の中で体を反転させる。
セオドアと向かい合う。
この世の終わりを目にしたようなセオドアの顔が、自分へと振り向いたシャーロットを見て、死を覚悟した表情へと変わった。
「変わるわけないでしょ」
だから、言ってやる。
彼の襟を掴んで、怒りを込めて。
「ずっとずっとずーっと! セオ様が好きで好きで大好きなんだよあたしは!」
あれが『つけ入る隙』。
よりにもよってシャルがお姉様と慕って憧れているミラに、あれを、利用されたのか。
「待って、待ってアメリア、それは」
焦ったように、悲痛そうに、途方に暮れた顔をしているシャーロットへ、セオドアは顔を向ける。
自分の不甲斐なさと、彼女への愛を込めた眼差しを向ける。
「完全に僕の不手際だ。君の姉に利用されたんだな、あれが」
あれ、と言われ、シャーロットの喉がヒュッと鳴った。
名前すら、言わない。
花の名前すら。
なら、やっぱり、あなたがあたしに向けている感情は。
「シャル。聞いてくれ。言い訳に聞こえるだろうが、聞いてくれ。大前提として、僕は君が好きだ。愛してる。最初から。だから贈ったんだ」
絶望しかけたシャーロットの心は、真摯に言うセオドアの言葉で、浮上ではなく再びの混乱に陥った。
混乱しているシャーロットへ、セオドアは必死に言葉を紡ぐ。
「その、今まで誰かに何かを贈るなど、友人同士でもしたことがなかったんだ。だから君に何を贈れば良いか、さっぱり分からなくて。これでもかと悩んで、友人にも相談した」
ジュリアンが「相談に乗った友人その一です」と手をひらひらと振る。
「ついでに言うと、相談に乗った友人その二はソフィア様の自称弟子なアイツです。この三人で話し合いました」
『初めての、ということなら、無難かつ好印象な、を狙うべきかと』
だからそれはどういったモノだ。
『どう思います?』
『俺、貴族の贈り物とかわかんねーし。平民庶民は手作りの何かとか』
……手作り……手製の品は、貴族じゃ重い。
『えー? じゃ、花は?』
花?
『ああ、良いんじゃないですかね。花なら無難で好印象かと』
それなら、どんな花が良いんだ? 彼女の好きな花を誰かに調べさせれば良いのか?
『ご本人の好みに合わせるのも良いでしょうけど、最初、ということで、ご自分で選んだものを渡してみては? 自分も、系統は偏りますが詳しいほうかと思うので、協力しますよ』
『貴族の花はしんねーけど、安い花とかその辺に生えてる花なら俺もわかる』
そうやって、調べに調べ、悩み抜いて考え抜いて選んだのが。
「イベリスのフラワーバスケットなんだ。シャル」
「え、えぇ、と」
混乱から抜けきれないシャーロットは、
「君に喜んで欲しかった。君の笑顔が見れたらと願った」
セオドアから次々と聞かされる言葉でさらに混乱し、
「少しでも僕の気持ちが伝わるだろうかと、伝わってほしいと、そんな願いも込めたんだ」
それを聞いて、波が引くように混乱は鎮まり、諦めの思考へ変わった。
「あなたの気持ちは、イベリスの花言葉、ですか」
言ったら、セオドアは少し驚いたように目を見開いたあと、照れたように視線を彷徨わせる。
なんで照れるの?
どこに照れる要素あった?
「その通りだが……いや、待ってくれ。伝わっていたなら、君の姉はあれでどうやって、」
「無関心。どうでもいい。お姉様は嘘なんか言ってなかった」
諦めの笑顔で言ったら、セオドアは不可解そうな表情をし、ややあって口を動かした。
「まさか、シャル。イベリスの──」
「シャルって呼ぶな!」
愛称なんかで呼ばないで。
あたしのこと、好きでもなんでもないくせに。
シャーロットは怒鳴るように叫び、セオドアの膝から乱暴に降り、セオドアへ笑顔を向ける。
怒りと悲しみと諦めの色を乗せた、冴え冴えとしているのにどこまでも冷たい笑顔を。
「シャル、違う、イベリスの花言葉が無関心なのはその通りだが──」
「だが? 何? だから愛してます? それこそ矛盾してるでしょ」
泡を食ったようにイスから立ち上がったセオドアを見上げ、冴え冴えとした冷たい笑顔で。
「お姉様はちゃんと教えてくれた。あなたも今、それを認めた。なのに『愛してます』? 笑わせるな」
それとも、腹を抱えて笑ってやろうか。
周りが自分を嗤ったように、見世物の道化みたいに。
目にした者の心を美しく凍てつかせる笑顔を、無へと変えたシャーロットは、
「とんだ茶番の茶会だった。アメリアたちの話まで嘘だとは思わないけど」
顔色を蒼白にさせていくセオドアから視線を外し、
「この人とあたしの間に愛とか恋とか情だとかがないなら、前提ってのが、変わるんだよね?」
アメリアへ顔を向け、セオドアを親指で示す。
「無いのなら、変わります」
いつもと変わらず淡々に応えたアメリアへ、「あの、流石に、それは、あの」と珍しく慌てた様子を見せているジュリアンが、何かを切れ切れに言っている。
それももう、どうでもいい。
「そ。じゃ、そういうことだったって叔母様に伝えておいて」
姿勢を直して見上げると、セオドアは、空気を求めて水面に顔を出す観賞魚のように口を動かしていた。
蒼白の顔色で。
絶望しているような表情で。
「国の未来についての話はあたしも考えますけど、叔母様と話したほうが早そうなので、そうします。あなたには今後、極力関わらないようにするので」
未練を断ち切るように言い放ち、
「あたし、帰ります。婚約解消手続き、お願いします」
あえての皮肉を込めて、
「有意義なひとときでした。時間もそろそろでしょうから、辞させていただきます」
完璧な所作で淑女の礼をして、
「帰るよ、アメリア」
引かれる後ろ髪を切り落とす思いでセオドアへ背を向け、歩き出そうとした、のに。
「誤解だ」
今にも死にそうな声のセオドアに後ろから抱きしめられ、足が止まる。
「……離してください」
止まるな。歩け。
「急にすまない。全て言い終えて、それでも君の気持ちが今と変わらないと分かったら、手を離す」
「何を言うつもりですか。あたしの気持ちがどう変わると?」
腕の中から抜け出せ。
自分を愛するどころか関心さえ向けていない彼の腕から、抜け出せ。
「太陽に向かって伸びていくんだ。太陽だけを求めて、太陽しか目に入らない」
「聞こえてました? 何勝手に話し始めてるんです?」
振りほどけ。
怪我を、……させてしまっても、彼が婚約解消を進めやすくなるから、大丈夫。大丈夫。
落ち着いて動けば、怪我だってさせなくて済む。
「太陽以外はどうでもいい。そういう植生だから、無関心。太陽だけを求めて、太陽しか目に入らなくて、太陽以外はどうでもいい」
「……だから、なに、を……」
声を震わせるな。
希望を見出そうとするな。
言葉の意味を考えるな。
この人の言葉に「そういう意味」があると、砂粒ほども考えるな。
「イベリスにとっての太陽が、僕にとっての君なんだ」
シャル。
「っ……だから、その、呼び方……」
やめて。やめて。愛してないんでしょ。愛してないのに、『愛称』で呼ばないで。
好きな人の声で、呼ばないで。
「君がどうでもいいんじゃない。君以外が、どうでもいいんだ。シャル。シャーロット。愛してる」
君だけを、愛してる。
回されていた腕に、少しだけ力が込められた。
優しく、包み込むように。
イベリスのフラワーバスケットに留められていた、彼の瞳と同じ翡翠の色をしたリボンのように。
「シャル」
好きな人に、セオ様に、愛称で呼ばれて。
「……なんですか」
無視なんて、したくない。
「その、気持ちが変わらなければ、離すと、言ったから。僕の話を聞いて──」
「変わってない」
セオドアが息を呑んだのが、背中越しに伝わってきた。
「変わってない。ずっと変わってない。変わりっこない」
回されていた腕から力が抜けていくのが分かったから、シャーロットは緩んだセオドアの腕の中で体を反転させる。
セオドアと向かい合う。
この世の終わりを目にしたようなセオドアの顔が、自分へと振り向いたシャーロットを見て、死を覚悟した表情へと変わった。
「変わるわけないでしょ」
だから、言ってやる。
彼の襟を掴んで、怒りを込めて。
「ずっとずっとずーっと! セオ様が好きで好きで大好きなんだよあたしは!」
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