20 / 20
第20話 戴冠式と永遠の誓い
しおりを挟む
その日は、ガルガディア帝国の歴史書に、最も輝かしい一日として刻まれることになる日だった。 雲ひとつない蒼穹。 帝都アイゼンガルドの街並みは、朝から祝祭の興奮に沸き立っていた。 街路樹には色とりどりのリボンが飾られ、すべての建物の窓から帝国旗が振られている。 工場の蒸気さえも、今日は特別に色付けされた七色の煙となって空に昇り、まるで虹のアーチを描いているようだった。
皇城の「白薔薇の間」。 私は大きな姿見の前で、最後のお支度を整えていた。
「……はぁ。緊張で胃が痛くなりそう」
私が小さく呟くと、専属メイドのリズが笑いながら背中のリボンを結んでくれた。
「何を仰いますか、リーゼロッテ様。昨日の夜は『楽しみで眠れない』って、子供みたいに目を輝かせていらしたのに」 「それはそうだけど……。だって、これほど大掛かりな式典になるなんて聞いていなかったもの」
私が身に纏っているのは、帝国の威信と技術の粋を集めて作られた、純白のウェディングドレスだ。 素材は、南方の幻獣から採取されたという「月光シルク」。 その名の通り、光を浴びると淡く発光し、動くたびに流れるようなドレープが幻想的な輝きを放つ。 胸元と袖口には、無数のダイヤモンドと真珠が、雪の結晶のような幾何学模様を描いて縫い付けられている。 そして何より特徴的なのは、長いトレーン(裾)だ。 五メートルにも及ぶその布地には、防御結界と浮遊魔法の術式が金糸で刺繍されており、見た目の重厚さとは裏腹に、驚くほど軽く、歩くたびにふわりと宙を舞うように設計されている。
「リーゼロッテ様、メイクも完璧です。……本当に、お綺麗です」
リズがうっとりとため息をついた。 鏡の中の私は、自分でも見惚れるほど美しく変身していた。 透き通るような肌、紅を差した唇、そして期待と決意に満ちた瞳。 かつて王国の地下牢で薄汚れていた「悪役令嬢」の面影は、もうどこにもない。
コンコン、と控えめなノックの音がした。
「……リーゼ。入ってもいいかい?」
父の声だ。 扉が開くと、正装に身を包んだ両親が入ってきた。 父は私を見た瞬間、目を見開き、そしてすぐに手で口元を覆った。
「う……うぅ……っ」 「まあ、あなたったら。まだ式も始まっていないのに」
母が苦笑しながら、ハンカチを父に渡す。 父は涙ぐみながら、震える声で言った。
「綺麗だ……。本当に綺麗だ、リーゼ。……世界一の花嫁だよ」 「お父様、泣かないでください。メイクが崩れてしまいます」 「だって……お前がこんなに立派になって……。あの国で苦労ばかりかけてしまった分、これからは世界で一番幸せにならなきゃいけないんだぞ……」
父の不器用な愛情に、私も涙腺が緩みそうになる。 私は深呼吸をして、涙をこらえた。 今日は「嬉し涙以外流させない」という、ジークハルトとの約束の日なのだから。
「ありがとうございます、お父様、お母様。……私、絶対に幸せになります」 「ええ。……ジークハルト陛下なら安心よ。あの方は、あなたのことを誰よりも大切に思ってくださっているもの」
母が優しく私の頬を撫でてくれた。 その手の温かさを胸に刻み、私は立ち上がった。
「さあ、行きましょう。……私の皇帝陛下が待っています」
◇
式典の会場となるのは、皇城に隣接する「聖ガルガディア大聖堂」。 数千人を収容できる巨大なゴシック様式の建築物だ。 その長いバージンロードを、私は父の腕に支えられて歩き出した。
パイプオルガンの荘厳な音色が、高い天井に響き渡る。 ステンドグラスからは、極彩色の光が降り注ぎ、堂内を神聖な空気で満たしている。 参列席には、帝国の貴族たち、軍の高官たち、そして周辺諸国の王族や使節たちがずらりと並んでいた。 彼らは一斉に立ち上がり、私に向かって敬意を表して頭を下げる。 その視線には、かつてのような侮蔑や憐れみは微塵もない。 あるのは、帝国の繁栄を支える「叡智の女神」への、純粋な崇敬の念だけだった。
(……不思議ね)
私は一歩一歩踏みしめながら、過去を思い出していた。 あの日。王国の処刑台へと向かったあの日。 足元は砂利道で、浴びせられるのは罵声と石ころだった。 隣には誰もいなかった。 絶望と孤独だけが、私の友達だった。
けれど、今は違う。 足元には真紅の絨毯。浴びせられるのは祝福の拍手と花びら。 隣には頼もしい父がいて、そしてその先には――
祭壇の前。 光の中に、彼が立っていた。
ジークハルト・ヴォルフ・ドラグーン。 漆黒ではなく、今日は純白の軍礼装に身を包んでいる。 肩には皇帝の象徴である真紅のマント。腰には国宝の聖剣。 その姿は、この世の誰よりも気高く、美しく、そして強そうだった。
彼は私を認めると、その氷のような青い瞳を、陽だまりのように細めた。 その表情を見た瞬間、私の緊張はすべて溶けて消えた。 ああ、大丈夫だ。 あの人がいる。 それだけで、世界は完璧なのだから。
父の足が止まる。 ジークハルトが一歩進み出て、父に向かって深く一礼した。 皇帝が、一介の公爵に頭を下げる。 会場から、小さなどよめきが起きた。 しかし、ジークハルトは意に介さず、父の手から私の手を受け取った。
「……娘を、頼みます」 「我が命に代えても」
短く、しかし重い誓いが交わされる。 父は涙を堪えて頷き、席へと戻っていった。 私の手は、ジークハルトの大きな手に包み込まれた。 温かい。 魔力過多症の冷たさはもうない。健康で、力強い、人間の体温だ。
「……待たせたな」 「いいえ。……迎えに来てくれて、ありがとうございます」
私たちは並んで祭壇へと進んだ。 司教が、厳かに聖書を開く。
「汝ら、神と精霊の御前において、永遠の愛を誓うか」
形式的な問いかけ。 しかし、ジークハルトは司教の言葉を遮るように、私のほうを向いた。
「神になど誓わない」
彼の声が、大聖堂に朗々と響く。
「私は、私自身の魂にかけて誓う」
彼は私の両手を握りしめ、真っ直ぐに瞳を覗き込んだ。
「リーゼロッテ。……貴様は私の光だ。凍てついた心を溶かし、暗闇を照らしてくれた唯一の存在だ」
彼の言葉一つ一つが、魔力となって空気を震わせる。
「私が皇帝である限り……いや、私が私である限り、貴様を愛し、守り、敬うことを誓おう。……貴様が笑えば世界は輝き、貴様が泣けば世界は凍る。それほどまでに、貴様は私の全てだ」
なんて情熱的で、そして重い愛の言葉だろう。 参列者の中には、感動ですすり泣く貴婦人たちの姿も見えた。 私は胸がいっぱいになりながら、精一杯の愛を込めて答えた。
「私も、誓います。……ジークハルト様」
私は彼を見つめ返した。
「貴方が寒さに震える夜は、私が暖めます。貴方が道に迷う時は、私が照らします。貴方の背中を守り、貴方の隣で共に歩み続けることを誓います」
私は少し悪戯っぽく微笑んだ。
「貴方は最強の皇帝ですが、私にとっては、ただ一人の愛する『ジーク』です。……一生、私のメンテナンスを受けてもらいますからね?」 「……望むところだ」
ジークハルトは破顔し、私を引き寄せた。 司教が慌てて「ち、誓いの口づけを……」と言う前に、私たちの唇は重なっていた。
その瞬間。 ドォォォォンッ!!
大聖堂の鐘が一斉に鳴り響いた。 それだけではない。 天窓から差し込む光が、七色のオーロラとなって堂内を満たしたのだ。 それは演出ではない。 ジークハルトの喜びの魔力と、私の幸福の魔力が共鳴し、奇跡のような光景を作り出したのだ。
「おお……なんと美しい……」 「精霊の祝福だ!」
光の粒子が雪のように舞い散る中、私たちは長い口づけを交わした。 世界が祝福している。 私たちの新しい門出を。
◇
式の後は、皇城のバルコニーでの「お披露目」だ。 私たちが姿を現すと、広場を埋め尽くした十万の民衆から、大地を揺るがすほどの大歓声が上がった。
「皇帝陛下万歳!!」 「皇后陛下万歳!!」 「ガルガディア帝国に栄光あれ!!」
ジークハルトが手を挙げると、歓声がさらに大きくなる。 彼は私を前に押し出し、肩を抱いて言った。
「見ろ、リーゼロッテ。……これが、私たちが守るべき国だ」
眼下には、平和で豊かな帝都の風景が広がっている。 かつて私が夢見ていた「誰もが笑って暮らせる国」が、ここにある。
「……はい。とても綺麗です」 「だが、これで完成ではない。……貴様が作る学校から、新しい技術者たちが巣立ち、この国をもっと豊かにしていく。私たちはその礎(いしずえ)を作るのだ」
彼は未来を見据えていた。 ただ領土を広げるだけの覇王ではなく、国を育てる名君としての顔。 その横顔を見て、私は改めて惚れ直した。
「ジーク。……私、今、すごく幸せです」 「……知っている」
彼は私を見て、ニヤリと笑った。
「貴様の顔を見れば分かる。……私も同じだ」
そう言って、彼は民衆の前にもかかわらず、再び私にキスをした。 今度は頬に、軽く、愛おしむように。 広場から、冷やかしと祝福の口笛が嵐のように巻き起こった。
◇
夜。 祝賀パーティも終わり、私たちはようやく二人きりになった。 場所は、皇城の最上階にある皇帝の私室。 窓からは、祝砲の魔法花火が夜空を彩っているのが見える。
私は重たいドレスを脱ぎ、軽やかなナイトガウンに着替えていた。 ジークハルトもまた、軍服を脱ぎ、リラックスした姿でソファに座り、ワイングラスを傾けている。
「……疲れたか?」 「少しだけ。……でも、心地よい疲れです」
私は彼の隣に座り、肩に頭を預けた。 彼は自然に私の腰に手を回し、引き寄せる。
「今日は、いい式だったな」 「はい。……お父様ったら、最後はずっと泣きっぱなしでしたけど」 「フランツも泣いていたぞ。……あいつ、意外と涙脆いからな」
私たちはクスクスと笑い合った。 静かな、満ち足りた時間。 時計の針が、深夜零時を回ろうとしている。
「……リーゼロッテ」
ジークハルトが真面目な声で私を呼んだ。
「ん?」 「改めて、礼を言う」
彼はグラスを置き、私の両手を取った。
「貴様を拾ったあの日……処刑台の上で震えていた貴様を見つけたあの日が、私の人生で最高の幸運だった」
彼の瞳が、花火の光を受けて揺らめく。
「あの時、私はただ便利な道具を手に入れたつもりだった。……だが、貴様は私の予想を遥かに超えて、私に『心』というものを教えてくれた」 「……ジーク」 「貴様がいなければ、私は今もただの『氷の皇帝』だっただろう。……貴様が私を人間に戻してくれたのだ」
彼の言葉に、胸が熱くなる。 それは私の台詞でもあった。 彼がいなければ、私は今も「都合のいい女」として搾取され、最後には捨てられていただろう。 彼が私を「誇り高い女性」にしてくれたのだ。
「私の方こそ、感謝しています。……私を見つけてくれて、私を必要としてくれて、ありがとう」
私は彼の手のひらに頬を擦り寄せた。
「『君が必要だ』と言われても、今さら国には戻りません。……だって、私が必要な場所は、ここにあるのですから」
私がかつての決め台詞を口にすると、彼は満足げに頷いた。
「ああ。……ここが貴様の国であり、貴様の家だ。そして、私の胸の中こそが、貴様の安住の地だ」
ジークハルトは私を抱き上げ、寝室のベッドへと運んだ。 天蓋のレース越しに、月明かりが差し込んでいる。
「愛している、リーゼロッテ。……これから先、何百年経っても」 「私も愛しています、ジーク。……永遠に」
私たちは口づけを交わし、互いの温もりの中に溶けていった。 窓の外では、最後の花火が大きく打ち上がり、夜空に大輪の花を咲かせた。 それは、私たちの物語のハッピーエンドを祝うファンファーレであり、これから始まる長い長い幸せな日々の、始まりの合図でもあった。
処刑されるはずだった悪役令嬢は、敵国の冷徹皇帝に拾われ、そして世界で一番幸せな皇后となった。 その伝説は、ガルガディア帝国の歴史の中で、いつまでも語り継がれていくことになるだろう。
【完】
皇城の「白薔薇の間」。 私は大きな姿見の前で、最後のお支度を整えていた。
「……はぁ。緊張で胃が痛くなりそう」
私が小さく呟くと、専属メイドのリズが笑いながら背中のリボンを結んでくれた。
「何を仰いますか、リーゼロッテ様。昨日の夜は『楽しみで眠れない』って、子供みたいに目を輝かせていらしたのに」 「それはそうだけど……。だって、これほど大掛かりな式典になるなんて聞いていなかったもの」
私が身に纏っているのは、帝国の威信と技術の粋を集めて作られた、純白のウェディングドレスだ。 素材は、南方の幻獣から採取されたという「月光シルク」。 その名の通り、光を浴びると淡く発光し、動くたびに流れるようなドレープが幻想的な輝きを放つ。 胸元と袖口には、無数のダイヤモンドと真珠が、雪の結晶のような幾何学模様を描いて縫い付けられている。 そして何より特徴的なのは、長いトレーン(裾)だ。 五メートルにも及ぶその布地には、防御結界と浮遊魔法の術式が金糸で刺繍されており、見た目の重厚さとは裏腹に、驚くほど軽く、歩くたびにふわりと宙を舞うように設計されている。
「リーゼロッテ様、メイクも完璧です。……本当に、お綺麗です」
リズがうっとりとため息をついた。 鏡の中の私は、自分でも見惚れるほど美しく変身していた。 透き通るような肌、紅を差した唇、そして期待と決意に満ちた瞳。 かつて王国の地下牢で薄汚れていた「悪役令嬢」の面影は、もうどこにもない。
コンコン、と控えめなノックの音がした。
「……リーゼ。入ってもいいかい?」
父の声だ。 扉が開くと、正装に身を包んだ両親が入ってきた。 父は私を見た瞬間、目を見開き、そしてすぐに手で口元を覆った。
「う……うぅ……っ」 「まあ、あなたったら。まだ式も始まっていないのに」
母が苦笑しながら、ハンカチを父に渡す。 父は涙ぐみながら、震える声で言った。
「綺麗だ……。本当に綺麗だ、リーゼ。……世界一の花嫁だよ」 「お父様、泣かないでください。メイクが崩れてしまいます」 「だって……お前がこんなに立派になって……。あの国で苦労ばかりかけてしまった分、これからは世界で一番幸せにならなきゃいけないんだぞ……」
父の不器用な愛情に、私も涙腺が緩みそうになる。 私は深呼吸をして、涙をこらえた。 今日は「嬉し涙以外流させない」という、ジークハルトとの約束の日なのだから。
「ありがとうございます、お父様、お母様。……私、絶対に幸せになります」 「ええ。……ジークハルト陛下なら安心よ。あの方は、あなたのことを誰よりも大切に思ってくださっているもの」
母が優しく私の頬を撫でてくれた。 その手の温かさを胸に刻み、私は立ち上がった。
「さあ、行きましょう。……私の皇帝陛下が待っています」
◇
式典の会場となるのは、皇城に隣接する「聖ガルガディア大聖堂」。 数千人を収容できる巨大なゴシック様式の建築物だ。 その長いバージンロードを、私は父の腕に支えられて歩き出した。
パイプオルガンの荘厳な音色が、高い天井に響き渡る。 ステンドグラスからは、極彩色の光が降り注ぎ、堂内を神聖な空気で満たしている。 参列席には、帝国の貴族たち、軍の高官たち、そして周辺諸国の王族や使節たちがずらりと並んでいた。 彼らは一斉に立ち上がり、私に向かって敬意を表して頭を下げる。 その視線には、かつてのような侮蔑や憐れみは微塵もない。 あるのは、帝国の繁栄を支える「叡智の女神」への、純粋な崇敬の念だけだった。
(……不思議ね)
私は一歩一歩踏みしめながら、過去を思い出していた。 あの日。王国の処刑台へと向かったあの日。 足元は砂利道で、浴びせられるのは罵声と石ころだった。 隣には誰もいなかった。 絶望と孤独だけが、私の友達だった。
けれど、今は違う。 足元には真紅の絨毯。浴びせられるのは祝福の拍手と花びら。 隣には頼もしい父がいて、そしてその先には――
祭壇の前。 光の中に、彼が立っていた。
ジークハルト・ヴォルフ・ドラグーン。 漆黒ではなく、今日は純白の軍礼装に身を包んでいる。 肩には皇帝の象徴である真紅のマント。腰には国宝の聖剣。 その姿は、この世の誰よりも気高く、美しく、そして強そうだった。
彼は私を認めると、その氷のような青い瞳を、陽だまりのように細めた。 その表情を見た瞬間、私の緊張はすべて溶けて消えた。 ああ、大丈夫だ。 あの人がいる。 それだけで、世界は完璧なのだから。
父の足が止まる。 ジークハルトが一歩進み出て、父に向かって深く一礼した。 皇帝が、一介の公爵に頭を下げる。 会場から、小さなどよめきが起きた。 しかし、ジークハルトは意に介さず、父の手から私の手を受け取った。
「……娘を、頼みます」 「我が命に代えても」
短く、しかし重い誓いが交わされる。 父は涙を堪えて頷き、席へと戻っていった。 私の手は、ジークハルトの大きな手に包み込まれた。 温かい。 魔力過多症の冷たさはもうない。健康で、力強い、人間の体温だ。
「……待たせたな」 「いいえ。……迎えに来てくれて、ありがとうございます」
私たちは並んで祭壇へと進んだ。 司教が、厳かに聖書を開く。
「汝ら、神と精霊の御前において、永遠の愛を誓うか」
形式的な問いかけ。 しかし、ジークハルトは司教の言葉を遮るように、私のほうを向いた。
「神になど誓わない」
彼の声が、大聖堂に朗々と響く。
「私は、私自身の魂にかけて誓う」
彼は私の両手を握りしめ、真っ直ぐに瞳を覗き込んだ。
「リーゼロッテ。……貴様は私の光だ。凍てついた心を溶かし、暗闇を照らしてくれた唯一の存在だ」
彼の言葉一つ一つが、魔力となって空気を震わせる。
「私が皇帝である限り……いや、私が私である限り、貴様を愛し、守り、敬うことを誓おう。……貴様が笑えば世界は輝き、貴様が泣けば世界は凍る。それほどまでに、貴様は私の全てだ」
なんて情熱的で、そして重い愛の言葉だろう。 参列者の中には、感動ですすり泣く貴婦人たちの姿も見えた。 私は胸がいっぱいになりながら、精一杯の愛を込めて答えた。
「私も、誓います。……ジークハルト様」
私は彼を見つめ返した。
「貴方が寒さに震える夜は、私が暖めます。貴方が道に迷う時は、私が照らします。貴方の背中を守り、貴方の隣で共に歩み続けることを誓います」
私は少し悪戯っぽく微笑んだ。
「貴方は最強の皇帝ですが、私にとっては、ただ一人の愛する『ジーク』です。……一生、私のメンテナンスを受けてもらいますからね?」 「……望むところだ」
ジークハルトは破顔し、私を引き寄せた。 司教が慌てて「ち、誓いの口づけを……」と言う前に、私たちの唇は重なっていた。
その瞬間。 ドォォォォンッ!!
大聖堂の鐘が一斉に鳴り響いた。 それだけではない。 天窓から差し込む光が、七色のオーロラとなって堂内を満たしたのだ。 それは演出ではない。 ジークハルトの喜びの魔力と、私の幸福の魔力が共鳴し、奇跡のような光景を作り出したのだ。
「おお……なんと美しい……」 「精霊の祝福だ!」
光の粒子が雪のように舞い散る中、私たちは長い口づけを交わした。 世界が祝福している。 私たちの新しい門出を。
◇
式の後は、皇城のバルコニーでの「お披露目」だ。 私たちが姿を現すと、広場を埋め尽くした十万の民衆から、大地を揺るがすほどの大歓声が上がった。
「皇帝陛下万歳!!」 「皇后陛下万歳!!」 「ガルガディア帝国に栄光あれ!!」
ジークハルトが手を挙げると、歓声がさらに大きくなる。 彼は私を前に押し出し、肩を抱いて言った。
「見ろ、リーゼロッテ。……これが、私たちが守るべき国だ」
眼下には、平和で豊かな帝都の風景が広がっている。 かつて私が夢見ていた「誰もが笑って暮らせる国」が、ここにある。
「……はい。とても綺麗です」 「だが、これで完成ではない。……貴様が作る学校から、新しい技術者たちが巣立ち、この国をもっと豊かにしていく。私たちはその礎(いしずえ)を作るのだ」
彼は未来を見据えていた。 ただ領土を広げるだけの覇王ではなく、国を育てる名君としての顔。 その横顔を見て、私は改めて惚れ直した。
「ジーク。……私、今、すごく幸せです」 「……知っている」
彼は私を見て、ニヤリと笑った。
「貴様の顔を見れば分かる。……私も同じだ」
そう言って、彼は民衆の前にもかかわらず、再び私にキスをした。 今度は頬に、軽く、愛おしむように。 広場から、冷やかしと祝福の口笛が嵐のように巻き起こった。
◇
夜。 祝賀パーティも終わり、私たちはようやく二人きりになった。 場所は、皇城の最上階にある皇帝の私室。 窓からは、祝砲の魔法花火が夜空を彩っているのが見える。
私は重たいドレスを脱ぎ、軽やかなナイトガウンに着替えていた。 ジークハルトもまた、軍服を脱ぎ、リラックスした姿でソファに座り、ワイングラスを傾けている。
「……疲れたか?」 「少しだけ。……でも、心地よい疲れです」
私は彼の隣に座り、肩に頭を預けた。 彼は自然に私の腰に手を回し、引き寄せる。
「今日は、いい式だったな」 「はい。……お父様ったら、最後はずっと泣きっぱなしでしたけど」 「フランツも泣いていたぞ。……あいつ、意外と涙脆いからな」
私たちはクスクスと笑い合った。 静かな、満ち足りた時間。 時計の針が、深夜零時を回ろうとしている。
「……リーゼロッテ」
ジークハルトが真面目な声で私を呼んだ。
「ん?」 「改めて、礼を言う」
彼はグラスを置き、私の両手を取った。
「貴様を拾ったあの日……処刑台の上で震えていた貴様を見つけたあの日が、私の人生で最高の幸運だった」
彼の瞳が、花火の光を受けて揺らめく。
「あの時、私はただ便利な道具を手に入れたつもりだった。……だが、貴様は私の予想を遥かに超えて、私に『心』というものを教えてくれた」 「……ジーク」 「貴様がいなければ、私は今もただの『氷の皇帝』だっただろう。……貴様が私を人間に戻してくれたのだ」
彼の言葉に、胸が熱くなる。 それは私の台詞でもあった。 彼がいなければ、私は今も「都合のいい女」として搾取され、最後には捨てられていただろう。 彼が私を「誇り高い女性」にしてくれたのだ。
「私の方こそ、感謝しています。……私を見つけてくれて、私を必要としてくれて、ありがとう」
私は彼の手のひらに頬を擦り寄せた。
「『君が必要だ』と言われても、今さら国には戻りません。……だって、私が必要な場所は、ここにあるのですから」
私がかつての決め台詞を口にすると、彼は満足げに頷いた。
「ああ。……ここが貴様の国であり、貴様の家だ。そして、私の胸の中こそが、貴様の安住の地だ」
ジークハルトは私を抱き上げ、寝室のベッドへと運んだ。 天蓋のレース越しに、月明かりが差し込んでいる。
「愛している、リーゼロッテ。……これから先、何百年経っても」 「私も愛しています、ジーク。……永遠に」
私たちは口づけを交わし、互いの温もりの中に溶けていった。 窓の外では、最後の花火が大きく打ち上がり、夜空に大輪の花を咲かせた。 それは、私たちの物語のハッピーエンドを祝うファンファーレであり、これから始まる長い長い幸せな日々の、始まりの合図でもあった。
処刑されるはずだった悪役令嬢は、敵国の冷徹皇帝に拾われ、そして世界で一番幸せな皇后となった。 その伝説は、ガルガディア帝国の歴史の中で、いつまでも語り継がれていくことになるだろう。
【完】
45
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。
er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
いいえ、ただ私は婚約破棄されたいだけなんです!
鏡おもち
恋愛
伯爵令嬢ロニエ・エヴァンズには、ささやかな野望があった。それは、ハイスペックすぎて重すぎる愛を持つ婚約者、第一王子アレンから「婚約破棄」を突きつけられ、実家の離れで一生ダラダラと昼寝をして過ごすこと。
ロニエは学園入学を機に、あの手この手で「嫌われる努力」を開始する。
婚約破棄されたはずなのに、溺愛が止まりません!~断罪された令嬢は第二の人生で真実の愛を手に入れる~
sika
恋愛
社交界で名高い公爵令嬢・アイリスは、婚約者である王太子に冤罪をでっち上げられ、婚約破棄と同時にすべてを失った。
誰も信じられず国外に逃れた彼女は、名を偽り辺境の地で静かに生きるはずだった――が、そこで出会った青年将軍が、彼女に異常なまでの執着と愛を向け始める。
やがて明らかになる陰謀の真相、そして王都から彼女を探す“元婚約者”の焦燥。
過去を乗り越え、愛を選ぶ彼女の物語は、痛快な逆転劇と甘く濃密な溺愛とともに幕を開ける。
婚約破棄された地味伯爵令嬢は、隠れ錬金術師でした~追放された辺境でスローライフを始めたら、隣国の冷徹魔導公爵に溺愛されて最強です~
ふわふわ
恋愛
地味で目立たない伯爵令嬢・エルカミーノは、王太子カイロンとの政略婚約を強いられていた。
しかし、転生聖女ソルスティスに心を奪われたカイロンは、公開の舞踏会で婚約破棄を宣言。「地味でお前は不要!」と嘲笑う。
周囲から「悪役令嬢」の烙印を押され、辺境追放を言い渡されたエルカミーノ。
だが内心では「やったー! これで自由!」と大喜び。
実は彼女は前世の記憶を持つ天才錬金術師で、希少素材ゼロで最強ポーションを作れるチート級の才能を隠していたのだ。
追放先の辺境で、忠実なメイド・セシルと共に薬草園を開き、のんびりスローライフを始めるエルカミーノ。
作ったポーションが村人を救い、次第に評判が広がっていく。
そんな中、隣国から視察に来た冷徹で美麗な魔導公爵・ラクティスが、エルカミーノの才能に一目惚れ(?)。
「君の錬金術は国宝級だ。僕の国へ来ないか?」とスカウトし、腹黒ながらエルカミーノにだけ甘々溺愛モード全開に!
一方、王都ではソルスティスの聖魔法が効かず魔瘴病が流行。
エルカミーノのポーションなしでは国が危機に陥り、カイロンとソルスティスは後悔の渦へ……。
公開土下座、聖女の暴走と転生者バレ、国際的な陰謀……
さまざまな試練をラクティスの守護と溺愛で乗り越え、エルカミーノは大陸の救済者となり、幸せな結婚へ!
**婚約破棄ざまぁ×隠れチート錬金術×辺境スローライフ×冷徹公爵の甘々溺愛**
胸キュン&スカッと満載の異世界ファンタジー、全32話完結!
『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ
夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」
華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる