死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角

文字の大きさ
4 / 52

第四話:漆黒の皇帝と、勘違いの王子様

しおりを挟む
友好式典当日。
王宮の大広間はまばゆいシャンデリアの光と、着飾った貴族たちの熱気で満ち溢れていた。

私は深紅のドレスに身を包み、壁際の目立たない場所に佇んでいた。
この一ヶ月、私は父の用意した専門家たちの下で徹底的な教育を受けた。
帝国の歴史、文化、そして何より皇帝ゼノンに関するあらゆる情報を脳に叩き込んできた。

今日の私はただの悪役令嬢スカーレットではない。
ヴァーミリオン公爵家の切り札として全てを賭けてこの場にいる。

「……見つけた」

人々の輪の中心、一段高くなった玉座に座る人物に私の視線は釘付けになった。

皇帝ゼノン・カフカ。

噂に違わぬ圧倒的な存在感。
夜の闇を溶かして固めたような漆黒の髪。
磨き上げられた黒曜石のごとき瞳。
寸分の隙もなくあつらえられた軍服は彼の鍛え上げられた体躯を完璧に際立たせている。

そしてその表情はまるで精巧な氷の彫刻のようだ。
周囲の喧騒などまるで意に介さず退屈そうに肘をついている。
誰もが彼を恐れ遠巻きに眺めているだけで、迂闊に近づこうとする者は一人もいない。

(あの人が、皇帝……)

ゴクリと喉が鳴る。
想像以上の威圧感に足がすくみそうだ。

私が彼に近づくにはこの人垣を抜けて衆人環視の中、真正面から進み出るしかない。
考えただけで心臓が早鐘を打つ。

(落ち着きなさいスカーレット。覚悟は決めたはずでしょう)

自分にそう言い聞かせ深呼吸をした、その時だった。

「――スカーレット!こんな所にいたのか!」

聞きたくもない声がすぐ側から聞こえた。
振り返るとそこには案の定アルフォンス殿下がセレスティアを伴って立っていた。

アルフォンス殿下は白を基調とした豪奢な礼服を身に纏い、今日も今日とて王子様然としている。
隣のセレスティアは純白のドレスでまるで本物の天使のような可憐さだ。

(うわ……来たわよ、勘違いカップルが)

心の中で悪態をつきながらも私は完璧な淑女の笑みを顔に貼り付けた。

「ごきげんよう、アルフォンス殿下、セレスティアさん。本日はお日柄も良く……」

「そんな挨拶はどうでもいい!」

アルフォンス殿下は私の言葉を遮ると仁王立ちで私を見下ろした。

「君が公爵邸で療養していると聞いて僕もセレスティアも、どれほど心配したか分かっているのか!」

「まあアルフォンス様。スカーレット様もきっと深く反省なさっていたのですよ。お顔の色も少し優れないようですし……ねえ、スカーレット様?」

セレスティアが心底心配しているという表情で私の顔を覗き込んでくる。
その瞳の奥に嘲るような光が宿っているのを私は見逃さない。

こいつら、私がやつれて惨めになっている姿を見に来たんだわ。
そして「可哀想なスカーレットを心優しい私たちが許してあげる」という自己満足に浸りたいだけ。

本当に胸糞が悪くなる。

「ご心配には及びませんわ。おかげさまで今はすっかり回復いたしましたので」

「そうか、それなら良かった!君もようやく己の過ちを悔い改める気になったのだな!」

アルフォンス殿下はなぜか満足げに頷いている。
話が全く噛み合っていない。

「スカーレット、君に良い知らせがあるんだ。卒業パーティーでは僕とセレスティアが、君が皆と和解できるよう取り計らってあげることにした!だからそれまで大人しくしているんだぞ!」

「ええスカーレット様。わたくしたちがついていますからもう何も心配いりませんわ」

(…………はぁ?)

もう開いた口が塞がらない。
この人たち本気で言ってるの?
私がお前たちの茶番劇にこれからも付き合ってやるとでも?

怒りを通り越してもはや哀れみすら感じてしまう。

ああ、なんて可哀想な人たち。
自分たちの見たいものしか見えず、自分たちの信じる『正義』が世界で唯一の真実だと思い込んでいる。

彼らの『悪役』はもうとっくに、彼らの手の届かない場所へ行こうとしているのに。

「……大変ありがたいお申し出ですわ。ですが」

私はそこで言葉を切り、ゆっくりと彼らの背後――玉座に座る漆黒の皇帝へと視線を移した。

「わたくしには少々野暮用がございまして」

「野暮用だと?僕の話を遮ってまで優先することがあるとでも言うのか!」

アルフォンス殿下が再び声を荒らげる。
周囲の貴族たちが何事かとこちらに注目し始めている。

好都合だわ。
注目は多ければ多いほどいい。

私はもはやアルフォンス殿下とセレスティアには目もくれず、ただ一点、玉座の皇帝だけを見据えた。

そしてゆっくりと一歩、踏み出した。

「スカーレット!?どこへ行く気だ!」

背後でアルフォンス殿下が叫んでいるが、もう私の耳には届かない。

人垣がモーゼの十戒のように割れていく。
誰もが信じられないという顔で私を見ている。
王太子殿下を無視して皇帝陛下の元へ向かうなど、狂気の沙汰だと。

分かっている。
これは大博打だ。
ここから先はもう引き返せない。

私の足音だけがやけに大きく広間に響く。

ついに玉座の前までたどり着いた。
見上げる先にいる皇帝ゼノンは、先ほどと変わらず退屈そうな表情のまま私を見下ろしていた。

いや、違う。

その黒曜石の瞳の奥に、ほんのわずかな――興味の色が浮かんでいるのを私は確かに見た。

彼は私とアルフォンス殿下のやり取りを全て見ていたのだ。

心臓が喉から飛び出しそう。
でももう後戻りはできない。

私は震える足を叱咤し、深紅のドレスの裾を優雅につまむと、帝国式の最も丁寧な礼をした。

「――謁見の栄を賜り、恐悦至極に存じます、皇帝陛下」

私の声は震えていなかっただろうか。
冷や汗が背中を伝うのが分かる。

一体何が始まるのか。
広間にいる全ての人間が固唾を飲んで私たちを見守っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

公爵令息様を治療したらいつの間にか溺愛されていました

Karamimi
恋愛
マーケッヒ王国は魔法大国。そんなマーケッヒ王国の伯爵令嬢セリーナは、14歳という若さで、治癒師として働いている。それもこれも莫大な借金を返済し、幼い弟妹に十分な教育を受けさせるためだ。 そんなセリーナの元を訪ねて来たのはなんと、貴族界でも3本の指に入る程の大貴族、ファーレソン公爵だ。話を聞けば、15歳になる息子、ルークがずっと難病に苦しんでおり、どんなに優秀な治癒師に診てもらっても、一向に良くならないらしい。 それどころか、どんどん悪化していくとの事。そんな中、セリーナの評判を聞きつけ、藁をもすがる思いでセリーナの元にやって来たとの事。 必死に頼み込む公爵を見て、出来る事はやってみよう、そう思ったセリーナは、早速公爵家で治療を始めるのだが… 正義感が強く努力家のセリーナと、病気のせいで心が歪んでしまった公爵令息ルークの恋のお話です。

悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました

ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。 王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている―― そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。 婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。 けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。 距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。 両思いなのに、想いはすれ違っていく。 けれど彼は知っている。 五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、 そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。 ――我儘でいい。 そう決めたのは、ずっと昔のことだった。 悪役令嬢だと勘違いしている少女と、 溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。 ※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

処理中です...