死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

第十一話：皇帝陛下へのお返しは、まさかの『膝枕』！？

「お前は私に、何を返してくれる？」

悪魔のように甘い囁きが私の鼓膜を震わせる。
吐息がかかるほどの至近距離。
皇帝陛下の黒曜石の瞳が私を捕らえて離さない。

（な、何をって……言われても……！）

私の頭は完全に沸騰状態だ。
お返し？
この状況で私に何を差し出せというの？

金品？
そんなものこの方には何の価値もないだろう。
情報？
それはすでに取引で渡している。

まさか……まさか、その……。
いわゆる**『夜の、お勤め』**的な……！？

「ひぃっ……！」

顔がカッと熱くなる。
ダメダメダメ！何を考えているの私は！
でもこの流れはどう考えても……！

「わ、わわ、わたくしに、何をしろと……おっしゃるのですか……！？」

しどろもどろになりながら必死で言葉を絞り出す。
潤んだ瞳で上目遣いに彼を見つめてしまったのは完全に計算外だ。

そんな私の必死な様子を陛下は心底面白そうに眺めていた。
しばらく私のうろたえる姿を楽しんだ後、ふっと表情を緩め大きなため息をついた。

「……少し、疲れた」

「え？」

突然の言葉に私はきょとんとする。
彼は私から体を離すとそのままソファにごろんと横になった。
そして私の膝をとんと人差し指で指し示す。

「これを貸せ」

「……へ？」

私の頭の上に巨大なクエスチョンマークが浮かぶ。
これを貸せ、とは？
私の膝を？

「ひ、膝枕ですの！？」

思わず叫んでしまった私に陛下は「そうだ」と短く答える。
その声はどこか眠たげだ。

（膝枕ァ！？）

この漆黒の皇帝に？
私が？
心臓がまたしても危険な音を立て始める。
しかし皇帝陛下の命令は絶対だ。
逆らえるはずもない。

私は意を決しソファに座り直すと自分の膝を差し出した。
陛下は慣れた仕草で私の膝の上に頭を乗せる。

サラリとした彼の黒髪が私のドレスに触れる。
その感触に体がびくりと震えた。

「……っ」

「動くな。静かにしていろ」

「は、はい……」

なんてこと。
私の膝の上であの皇帝陛下が眠ろうとしている。
こんな状況誰が想像できただろうか。

彼の整った顔がすぐそこにある。
閉じられた長い睫毛。
通った鼻筋。
少しだけ開かれた形の良い唇。

起きている時は威圧感と冷たさで近寄りがたいのに。
眠っている彼はどこか無防備で年相応の青年のように見えた。

（この人、本当に心臓に悪い……）

ドキドキ、ドキドキ。
うるさい心臓の音を彼に聞かれてしまうのではないかと気が気じゃない。
でも彼の美しい寝顔からどうしても目が離せない。

まるで時間が止まったかのようだ。
部屋には穏やかな静寂が満ちている。
さっきまでの緊張感が嘘のようだった。

このまま朝までこうしているのだろうか。
それはそれで足が痺れて大変なことになりそうだ。

そんなことを考えていた、その時。

「……母上……」

「え？」

私の膝の上で彼が寝言のようにそう呟いた。
その声はひどくか細く、幼い子供が母を求めるような切ない響きを持っていた。

私の動きが止まる。
母上……？
あの冷酷非情な皇帝が見せるはずのない弱さの片鱗。
彼の心の中には一体どんな過去が眠っているというのだろう。

私は彼の髪にそっと触れたい衝動に駆られた。
でもできなかった。
彼の心の最も柔らかな部分に踏み込んでしまったような気がして。

ただ彼の寝顔を見つめることしかできない。
胸の奥がきゅうっと締め付けられるような甘くて苦しい気持ち。
それは私の中に新しい感情が芽生えた確かな兆しだった。