怪物どもが蠢く島

湖城マコト

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第6話 主役のご登場

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 黒い半袖のカットソーにダメージデニムというシンプルな衣服に包まれた、190センチ近い長身と鍛え抜かれた強靭な肉体。その筋肉は決して見せかけではなく、過酷な環境で磨き抜かれた実用的な肉体であることが見て取れる。

 醸し出す余裕は慢心には映らない。彼の余裕は経験に裏打ちされた確かな胆力から来るものだ。ただ者ではない。それが黎一が兜頼弘に抱いた第一印象だった。

 マチェーテでゾンビの首を易々と両断したことからも、兜は相当な実力者であると分かる。協力は実にありがたい申し出だ。何者なのかを問うことも、感謝を述べることもせず、黎一はもう一体の緩慢な動きのゾンビへとバールを振り下ろし、頭を潰した。

「良い返事だ」

 黎一の行動で示す姿勢を兜も気に入った。残る一体。小太りのゾンビの首を狙い、背後からマチェーテを振るう。狙いは正確だったが、新鮮なゾンビの身体能力はやはり高く、咄嗟に腰を折り首への直撃を回避する。それでも状況はすでに三対一。回避行動そのものが小太りのゾンビにとっては大きな隙となった。小太りのゾンビの回避の軌道を読んでいた黎一が、腰を折り前かがみになっていた小太りのゾンビの顎を蹴り上げ、間髪入れずに今度はバールを渾身の力で振り下ろす。衝撃のプレスで頭部は無残に粉砕された。

 あれだけ厄介だと感じた小太りのゾンビは、あっけなく身体活動を停止した。恐らく兜は、黎一の行動を予測したうえで、回避直後という隙を作り出すために、あえてあのタイミングで小太りのゾンビへと攻撃をしかけたのだろう。まだまともに言葉も交わしていないのに、その場の状況判断で簡易的な連携を生み出す。兜という男は戦場をよく知っている。

「鮮やかな一撃だった。やるじゃないか」
「あなたには負けますよ。主役のご登場だ」

 謙遜ではなく、黎一は本気でそう思った。技量や身体能力以前に経験値が圧倒的に違う。
 恐らくは戦場を生きてきたタイプの人間。死と隣り合わせの世界に身を置き、死を力づくで跳ね除けてきた経験に裏打ちされた圧倒的な胆力。
 敵同士というわけではないので無意味な想像ではあるが、正面切っての戦闘で兜に勝てるビジョンが黎一には想像出来なかった。不意打ち込みでギリギリ互角ところだろうか。殺し屋なので不意打ち上等ではあるが。

「何者なの?」

 遠目に戦闘を見届けた玲於奈も、兜のただ者ではない雰囲気を敏感に感じ取っていた。兜という存在に意識を向けていたためだろう。この瞬間、玲於奈は油断していた。

 背後の海面から突如として聞こえた水音。玲於奈が驚き振り向くと、海面から飛び出した一体のゾンビが玲於奈へと迫り、彼女のセーラー服を掴んだ。

「きゃあああああ!」

 ゾンビは玲於奈の首に噛みつこうとしたが、玲於奈は咄嗟に装填前だった矢をゾンビの右目に突き立てて動きを鈍らせる。しかし彼女の細腕では、怪力のゾンビの拘束から逃れることは叶わない。

「玲於奈!」

 玲於奈の悲鳴が聞こえると同時に黎一はバールを片手に駈け出したが、距離的に救出は間に合わない。このままでは、玲於奈はゾンビに食い殺されてしまう。

「動くなお嬢さん!」

 叫ぶと同時に、兜がナイフをダーツのようにダガーナイフを投擲。正確無比な一撃はゾンビの額のブルを捉え、玲於奈に噛みつく寸前に全ての活動を停止した。幸いなことに玲於奈に怪我は無かったのだが。

「わわわわわ!」

 活動を停止したゾンビがバランスを崩し海中へと落下。ゾンビにセーラー服を握られていた玲於奈も一緒に落下してまった。

「おい、大丈夫か!」

 玲於奈のいた岩場へ駆けつけた黎一が水面を覗き込む。

「ひどい目に遭いました……」

 ゾンビは水中へと沈んでいく中、玲於奈は自らの力で海面に浮上し、濡れた髪を後ろに持っていきながら苦笑いを浮かべていた。

「怪我はしてないか?」
「大丈夫です。服を掴まれただけでしたから」
「眼鏡も無事みたいだな」
「はい。これが無いと戦えませんから」

 黎一が手を差し伸べ玲於奈を海から引き上げると、どういうわけか陸へと上がった玲於奈の上半身は、水色のブラジャーを身に着けているのみだった。

「セーラー服はどうした?」
「ゾンビの手だけを引き剥がすことは出来なかったので、脱ぎ捨ててきました」
「たくましいね」
「生きるために、なりふり構っていられませんから」

 口ではそう言いながらも乙女の恥じらいは存在しており、玲於奈は黎一に背を向けていた。

「……服を貸していただいてもよろしいですか? 確か、ティーシャツとハーフパンツを持っていましたよね」
「お安いご用だが、体を乾かさないとどうにもならんぞ」

 海へとダイブした玲於奈の身体はずぶ濡れだ。髪や肌はもちろん、スカートもびっちりと肌に張り付き、不快な上に動きにくそうだ。

「私のリュックからハンカチを取ってきてもらっても?」
「ハンカチじゃ追いつかないだろう」
「お困りのようだなお嬢さん」

 好青年な笑みを浮かべた兜が二人の元へと現れ、そっと一枚のロングタオルを差し出した。

「俺の私物だ、良かったら使ってくれ」
「いいんですか?」
「こういう時に使ってこそのタオルだろ」
「ありがとうございます」

 深々と頭を下げると、玲於奈は乱れた三つ編みを解き、濡れた頭をタオルで拭き始めた。
 
「一度着替えて来るといい」
「それでは遠慮なく」

 黎一から着替えを受け取ると、玲於奈は目隠しとなる大きな岩の影へと入り、スカートや下着を全て脱ぎ捨て、タオルで全身を拭き始めた。玲於奈の位置は男性陣から見て死角ではあるが、配慮のために背中を向けて、彼女が戻るのを待つことにした。

「お待たせしました」

 黎一の私物であるグレーの半袖ティーシャツとジャージ素材の黒いハーフパンツへと着替えた玲於奈が岩陰から姿を現した。髪は、三つ編みを作り直すのが面倒だったようで、後ろで括るだけに留めている。手には黎一の服が入っていたナップサックを持ち、代わりに玲於奈の脱いだ濡れた服が収められている。

「すみません。下着もびしょびしょだったので、一度全て脱いで直穿きさせていただきました」
「安物だし気にするな」

 非情事態だしそもそも生死のかかった状況だ。そんなことは些末な問題に過ぎない。

「お嬢さんも戻って来たし、そろそろ腰を落ち着けて話をしないか」

 流木のベンチに腰掛けた兜がそう提案し、彼と向かい合う形で黎一と玲於奈も地面へ腰を下ろした。
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