怪物どもが蠢く島

湖城マコト

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第5話 人間を辞めてやがる

「援護しましょうか?」
「一体だけなら俺だけで十分だ。こいつの威力も試してみたいしな」

 岩場へと向かう途中。一体のゾンビと遭遇した。体の腐敗が進んでいる動きの鈍いタイプのようだ。黎一はバールを左手に持ち替え、右手でお手製のブラックジャックを構えた。今の内に、この武器がどこまでゾンビに通用するのかを試しておきたい。
 
 渾身の力で振るったブラックジャックは緩慢なゾンビの側頭部を見事に捉え、殴った勢いでゾンビを吹き飛ばし転倒させた。転倒後もゾンビはまだ僅かに動いており、黎一は止めを刺すべくバールを右手に持ち替えたが、それを使うまでもなく、ゾンビは身体活動を停止した。

 ブラックジャックは体の内部に衝撃が伝わり、外傷が残りにくい武器とされている。頭部を粉砕しないため、ゾンビに対して有効なのか不安があったが、内部に伝わる衝撃はゾンビを仕留めるだけの威力を持っているようだ。玲於奈の援護がある有利な状況で検証しておくことが出来て良かった。例えばぶっつけ本番の乱戦で不発だったら洒落にならない。

「とはいえ、当面はやっぱりバールだな」

 やはり取り回しが利き、強度もあるバールが一番手に馴染む。ブラックジャックはあくまでも予備武装だ。

 その後も二度ゾンビの襲撃があったが、全て黎一が先手必勝で頭部を潰したため、体力の消耗を最小限に抑え、目的地である岩場まで到着した。二人は早速、武器を回収をするために周辺の探索を始める。

「見当たりませんね。誰かが回収したんでしょうか?」
「地図が開示されてから、それ程時間は経っていない。たぶん俺らが一番のりだとは思うが」
 
 地図の開示前に偶然この場所へと辿り着いた者がいて、先に武器を回収していった可能性もあるが、黎一のバールが入っていた布袋が半ば砂に埋まっていたように、見つけにくい場所に隠されている可能性もある。黎一と玲於奈は岩と岩の間など、細かい場所も注意深く探索していくが、お客様の来場がその作業を一時中断させた。

「ぞろぞろとファンが集まってきました。可愛すぎるのも考えものですね」
「言うね。だったら俺は握手会の警備員として、厳正に対処することにしよう」

 岩場の周辺には、近くの森から姿を現した四体のゾンビが集まってきた。その中の一体。黎一の正面で小刻みに震える新鮮な小太りのゾンビ。このゾンビの生前の姿に二人は見覚えがあった。

「あの小太りのゾンビ。デモンストレーションで犠牲になった方ですかね?」
「故人を悪く言いたくはないが、死後に迷惑をかけないでもらいたいものだ」

 やり難い相手だなと思い、黎一は苦い顔をする。決して哀れだからとか同情的な意味ではない。このゲームが始まってからゾンビ化した存在。すなわち他のゾンビよりも新鮮ということになる。馬鹿力を持ったゾンビが人並み以上の速さで襲ってくる。十分に驚異的だ。幸いなことに他の三体のゾンビは腐敗が進み動きが鈍くなっているタイプなので、小太りのゾンビさえ仕留めれば、後は流れ作業でいける。

「俺が速攻であの小太りのゾンビを潰す。必要に応じてボウガンで援護してくれ」
「了解です」

 玲於奈は軽い身のこなしで一際高い岩場に飛び乗り、姿勢を低くし狙撃の構えを取る。

「粗っぽい弔いだが勘弁しろよ」

 黎一は小太りのゾンビとの間合いを詰めるため、岩肌を蹴って一気に駈け出す。得物はメイン武器として右手にバール。左手にブラックジャック。
 小太りのゾンビの前で手下のように二体のゾンビが待ち構えていたが、一体はすれ違いざまに頭部をバールで粉砕。もう一体のゾンビは玲於奈が狙撃で頭を射抜いた。
 残る二体のゾンビはまだ距離が離れているうえに動きも緩慢だ。単なる賑やかしで、小太りのゾンビとの戦闘の邪魔にはならない。
 小太りのゾンビに迫った初手で左側頭部を狙う。小太りのゾンビは生前に首筋が噛み千切られていたため首回りに安定感が無い。重い一撃を叩きこめば頭ごとを吹き飛ばせると考えたのだが。

「人間を辞めてやがる」

 そんな皮肉も口にしたくなる。恐れていた通り、新鮮なゾンビというのは一筋縄ではいかない。黎一の振るったバールを、小太りのゾンビは左腕を盾にして防いだ。その一撃で前腕部が不自然な方向に曲がったが、痛みを感じぬゾンビは怯みすらしない。小太りのゾンビは折れたままの腕でバールを押し返し、黎一はその衝撃で一瞬よろめく。

 小太りのゾンビはその隙を見逃さず、バールを持つ手が伸び切り、すぐさま反撃に転じれない黎一の首筋目掛けて噛みついてきた。黎一を援護すべく、玲於奈はボウガンの矢を小太りのゾンビ目掛けて放ったが。

「なんて反応速度なの」

 風切り音だけで矢の軌道を感じ取り、小太りのゾンビは右の掌を盾にそれを防ぐ。矢は手の肉を貫通しているが、動く死者は決して痛みで怯むことはない。

「これでも齧っとけ」

 眼前まで迫った小太りのゾンビの大口に、黎一は無理やりブラックジャックをねじ込んで身を守る。
 小太りのゾンビが強靭な顎の力で布を噛み切り、飛び散った砂がゾンビの口内を砂まみれにした。そのことに驚いたのか小太りのゾンビの動きが鈍くなり、黎一は渾身の蹴りで相手の体を突き飛ばし、辛うじて距離を取ることに成功した。

「流石に分が悪いか」

 小太りのゾンビの想像以上の身体能力に手間取っている間に、賑やかしだった緩慢な動きの二体のゾンビが、小太りのゾンビに合流してしまった。
 厄介な小太りのゾンビがいる中で、他のゾンビにも気を配らねばいけないのはあまり気持ちの良い状況ではない。小太りのゾンビさえいなければ、例えゾンビが十体いても何とかなりそうなのだが。

 緩慢なゾンビを先に片づけ、玲於奈と二人がかり小太りのゾンビを攻めるのが一番無難だが、緩慢なゾンビを攻撃している間に隙を突かれる可能性は高い。
 戦闘中ではこれ以上悩んでいる暇も無い。小太りのゾンビの動きに注意しつつ、まずは緩慢なゾンビを確実に仕留める。やはりこれがベストだ。黎一の考えを玲於奈も瞬時に察して、すでに照準を片方のゾンビの頭部に合わせている。

「苦戦しているようだな」

 唐突に響く第三者の声。瞬間、刃物が肉と骨を断つ音が聞こえ、一体のゾンビの首が飛んだ。

「手を貸してやるよ」

 屈強な肉体を持つ長身の男性が、軍用のマチェーテ(山刀)を片手に黎一に笑いかけた。
 この出会いは、ゲーム開始より三時間二十一分頃の出来事である。

 ※※※

「あの男と出会うとはなかなかの強運だ。彼らの布陣は盤石だな」

 同時刻。黎一たちの様子をモニタリングしていた面繋が、愉快そうに口角を釣り上げる。突如として参戦した男性もまた、面繋が期待を寄せる参加者の一人だ。三人の初期配置はあくまでもランダムだったが、そんな彼らが引き寄せられるように集結した。面白い風向きだ。

 かぶと頼弘よりひろ。二十九歳。
 職業傭兵。各国の紛争地を渡り歩き、半月前にアフリカの戦地より帰国。戦闘経験豊富で一対多数の状況にも強く、精神的にも強靭。ゲーム開始から三時間の時点で単独でのゾンビ撃破数トップを誇る。彼もまた怪物の一人であった。
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