50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第二章 ロルディアの影

第54話 封じられた墓標

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 ギルド本部の治療室には清潔な麻布の匂いと、かすかに混じる血の気配が漂っていた。
 ヴェルナーは無言のままベッドに横たわり、左腕を押さえている。
 ガルドは鎧を外し、左肩を包帯で固定され、ミリアは胸に巻かれた白い包帯を気怠そうに撫でていた。

「やれやれ……治癒魔法が効きにくいとはな。あの影の異形、ただの化け物じゃない」

 ヴェルナーがそうつぶやいた。

「影の魔法の干渉……?」

 俺が問いかけるとヴェルナーは静かにうなずいた。

「そうだ。あの影の力には相手を侵蝕する性質があるようだ。傷口に浸食した影が治癒魔法と衝突する。例えるなら魔毒みたいなものか」

 俺たちは言葉を失った。

 ガルドとミリアはギルドの精鋭だ。彼らがここまで追い込まれたという事実が、ヴァルディスの魔術の恐ろしさを物語っていた。

 一方その頃、セリスはギルド中庭のベンチで一人、剣を膝に置いて静かに座っていた。俺もそっと隣に腰を下ろす。

「……疲れは?」

「少しだけ。けど、心はまだ前に進めます」

 セリスの答えは短く、しかし、芯の通ったものだった。盾と剣。シンプルでいて彼女の覚悟を象徴する武器だ。
 ふと、ルナがその場に現れた。ふさふさの尾を揺らしながら俺の膝にちょこんと乗る。

「カイン……この前の仮面の人……いる場所、たぶん、わかった」

「……感知できたのか?」

 ルナはこくりとうなずき、俺の荷物の上に置いてあった地図に小さな前足でとんとんと触れた。

「ここ……『テュールの墓標』って書いてある」

 俺は地図をのぞき込む。スレイン丘陵きゅうりょうから北へそう遠くない場所に確かにその名が刻まれていた。
 『テュールの墓標』——封鎖された古遺跡。かつて王家の魔導師たちが禁術の研究をしていたとされ、長らく出入りが禁じられていた場所だ。
 その後、ルナの感知と地図の位置情報をもとに俺たちは治療室のヴェルナーへ報告を行った。

「……『テュールの墓標』だと?」

 ヴェルナーの顔色が一変した。

「あそこは危険すぎる。魔術結界が解かれていない上に王家の管理下にある。……とはいえ、仮面の男の気配があるとなれば無視はできん」

 彼はしばらく思案し、そして言った。

「討伐隊を組み、突入したいところだが……ガルドとミリア、そして俺自身も満足に動けん。今は戦力の補充が必要だ」

「補充はどこから?」

「レオンハルト殿下に連絡を入れる。あの方なら、王家の許可と軍を動かせる。だが……手続きにどれほど時間がかかるか、正直分からん」

 その言葉に部屋の空気が沈んだ。俺たちが、いまここにいても何もできないという現実——。
 だが、俺は決断した。

「……なら、俺たちが行きます」

 ヴェルナーが目を見開く。

「無理をするな、カイン。お前たちはおとり作戦でも十分に働いて——」

「わかっています。でも、だからこそです。セリスとエルンがずっと歯がゆそうな顔をしていた。俺だって何もできずに待つのは嫌だ」

 俺は二人の方を見る。セリスはしっかりと目を見返してきた。エルンもまた、迷いのないうなずきを返してくれる。

「もちろん、許可が必要な場所なら正規の手続きを踏みます。でも、行くと決めたら準備はしておきたい。影の異形に対抗する力を——今のうちに、もっと強く」

 ヴェルナーは深く考えるように押し黙ったままだった。

 ***

 その夜、俺たちはギルドの演習場にいた。
 月明かりに照らされた静かな空間に俺とエルン、セリス、そしてルナが集まっている。
 ルナは俺の足元で静かに座り込み、耳をぴんと立てていた。

 俺はふたりを正面に見据えて口を開いた。

「……エルン、セリス。ちょっと話がある」

 ふたりの表情が引き締まる。俺は少し間を置いてから続けた。

「スレイン丘陵きゅうりょうでの戦い、あの影の異形……あいつは明らかにエルフには攻撃してこなかった」

「……確かに」

 セリスが小さくうなずく。

「私に向かってくる気配はほとんど感じませんでした」

「ヴァルディスはおそらく、エルフを無傷で捕らえたいんだ。俺たちには素材としての価値があるんだろう。それは裏を返せば——こちらが主導権を握るチャンスでもある」

 エルンが静かに息を呑む。

「じゃあ、私たちが本気で攻め込めば……?」

「そう。こちらから動けば、あいつらにとっては予想外の事態になる。だからこそ、今のうちに対抗手段を考えておきたいんだ」

 俺は視線をふたりに向けたまま続けた。

「異世界の知識をもとに、二人に新しい魔法を教えたいと思っている。もっと強く、もっと決定的に、やつらを打ち倒せる魔法を」

 セリスとエルンが顔を見合わせる。

「エルンには破壊的な力を持つ光魔法の概念を教える……闇を焼き払う不可視の光、紫外線というんだ。それを魔法として組み込む。影を操るヴァルディスに対抗するにはこれが一番だと考える」

「紫外線……」

 エルンはその響きを転がすように口にしてから瞳をきらめかせた。

「なんだか……すごく強そう。それに光の精霊ならきっと応えてくれる……」

「セリスには風魔法を応用した技術を提案したい。戦士として前線に立つ君には魔術師の詠唱を妨げる真空の力が有効だ。詠唱は声に依存することが多い。なら、それを封じてしまえばいい」

 セリスの表情が変わる。わずかに口角が上がり、いつもの厳しさの中に好奇心が見えた。

「……声を遮断する風、ですか。なるほど、それは……実に面白いです」

 ふたりの反応に俺は少し安堵する。突飛な発想に驚かれるかと思ったが、むしろ前向きな姿勢を見せてくれた。

「賢者様って、やっぱりただ者じゃないんですね」

 エルンが少しだけ茶化すように笑った。

「本当に……まるで魔術の導き手って感じです、カイン殿」

 セリスも笑いながら、きちんとした言葉で賛意を示してくれた。

 すると、その様子を見ていたルナが、ぽふんと俺の膝に乗ってきて、首をかしげながら尋ねてきた。

「ねぇ、カイン。ルナには新しい魔法……おしえてくれないの?」

 俺は一瞬、返答に迷ったが、すぐに笑って言った。

「ルナにも……何か考えてみるよ。ちゃんと、ルナに合うものを」

 ルナは嬉しそうに耳をぴくぴくさせた。

 月光の下で俺たちは小さく拳を重ねて結束を示した。戦いに挑む準備を着実に進めていこうと。
 異世界の知識とこの世界アルヴェントの魔法の融合——俺の心は溢れる好奇心にざわついていた。
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