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第六章 ロルディアの動乱
第122話 深淵より来たる声
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焚き火の火がぱちりと弾けた音で俺は目を覚ました。遠征の二日目、街道沿いの廃村で宿営を取っていた。
周囲には人気がない。だが、——違和感がある。静かだ。そう、静かすぎる。
俺は立ち上がり、剣の柄に手をかけた。月は雲に隠れ、光は焚き火の赤だけだった。
「よく眠っていたな、剣士殿」
その声は闇の中から響いた。
瞬間、剣を抜いて振り返る。そこにいたのは——漆黒のマントに包まれた長身の男。黒髪に蒼白の肌、真紅の瞳。そして、人ならぬ気配。
「……誰だ?」
「自己紹介を急がれるのは久しいな。ならば名乗ろう。私はマルヴェス・ブラッドロック。さしあたっては使者とでも思ってくれればいい」
「マルヴェス……?」
その名を口にした瞬間、後方で足音が聞こえた。エルンだ。
彼女は俺が誰かと話している事に気付き、駆け寄ってきていた。
「……その名、その風貌……まさか……伝説の吸血鬼?」
マルヴェスは、ふっと口角を上げた。
「伝説とは過大評価だが……まぁ、そう記録されているのなら否定はしない」
「吸血鬼……? まさか実在するのか? そんなものが」
俺の問いにすぐさま答えたのは——頭の中に響く声だった。
『気をつけろ、カイン。やつは本物の怪物だ』
「カイラン……?」
『ああ、間違いない。吸血種の始祖であり、「混沌時代」最後の魔術師……』
カイランの言葉が続く。
『あやつは真に中立だった。魔族にも人間にも組せず、ただ「理の運命」を見届ける者として闇に潜んできた。……だが、今こうして現れたということは——』
「俺たちが、それに関わる『何か』になったということか」
マルヴェスは、まるで俺の頭の中で行われていた会話のすべてを聞いていたかのように、にこりと笑った。
「話が早くて助かる」
「何の用だ。敵か味方か、それすらもわからない奴が突然現れて、俺たちに何を求めてる?」
「求める、というより知らせに来たと言った方が正しいな」
彼は静かに焚き火に手をかざした。
「戦争は始まった。そして……その戦争を長引かせる最大の要因がヴィンドールだと知っているか?」
「知っているとも。だからこそ俺はレオンハルト陣営に加わった」
「なら話が早い。そのヴィンドールに取り憑く『影』がいる。お前にとってはそちらの方が重要だろう」
「影……?」
「名はネフィラ・ヴァレリオ。かつてのエルフ。だが今は闇と精神を操る禁術の使い手にして、ダークエルフ。ヴィンドールに心酔し、彼の理想を守るためなら何でもする女だ」
「……ネフィラとやらは俺たちを狙っているのか?」
「正確にはお前の未来を排除するために動いている。彼女は『異常因子』を潰そうとしているのだ。その対象が——お前だ。ヴァルディスやグロム、心当たりがあるだろう」
俺は唇を噛んだ。連続する襲撃。それら全てが繋がった気がした。
「なぜ今、それを俺に話す?」
「ヴィンドールの排他的な思想は最終的に大きな戦争を引き起こし、世界の静寂を乱す。それは私の望む『理の運命』ではない。ネフィラはその尖兵……放置すれば世界の理そのものを汚染しかねん。だから、お前が潰せ。私にとってはそれが最も効率が良い」
彼の口調はふざけたような調子だったが俺は笑えなかった。
この男の存在そのものが世界の重さそのものを感じさせる。
「ネフィラの居場所は?」
「『ヴァルディノア』。かつて魔族が築いた実験都市の廃墟だ。闇の魔力が渦巻く地で彼女は『精霊との絆』を断ち切る準備をしている」
「……俺たちが戦う理由をそこまで明確に与えてくれるとはな」
「礼はいらん。——これ以上、お前のせいで巻き添えとなる者が出ないよう、彼女を止めろ」
マルヴェスが言い終わった瞬間、風が走った。彼のマントがはためき、次の瞬間にはその姿が夜の闇に溶けて消えていた。
静寂。焚き火の音だけが、ぽつり、ぽつりと空気を焼く。
ふと、自分の手が汗で湿っているのに気づいた。いや——手どころじゃない。背中も、額も、服が張り付くほどの冷たい汗。
「……なんだ、この……」
言葉にできなかった。ただ立っていただけなのに、剣も振るっていないのに、全身が疲労で重い。
「カイン……」
震える声がして振り向くと、エルンがそこに立ちすくんでいた。膝がわずかに震えている。
「……足に……力が……入らない……」
彼女ほどの魔力制御者が、立っていられないほどの威圧感——。
さらに、その背後からルナが半泣きで顔を覗かせた。
「……ずっと声も出せなかったよ……怖くて、見れなかった……なに、あの人……おかしいよ……!」
ああ、これが『深淵』。
マルヴェス・ブラッドロック。その名が伝説ではなく、今に生きる存在だという現実。
夜は静かだった。だが、俺たちの中に残ったのは、—生涯忘れられない異質な恐怖だった。
周囲には人気がない。だが、——違和感がある。静かだ。そう、静かすぎる。
俺は立ち上がり、剣の柄に手をかけた。月は雲に隠れ、光は焚き火の赤だけだった。
「よく眠っていたな、剣士殿」
その声は闇の中から響いた。
瞬間、剣を抜いて振り返る。そこにいたのは——漆黒のマントに包まれた長身の男。黒髪に蒼白の肌、真紅の瞳。そして、人ならぬ気配。
「……誰だ?」
「自己紹介を急がれるのは久しいな。ならば名乗ろう。私はマルヴェス・ブラッドロック。さしあたっては使者とでも思ってくれればいい」
「マルヴェス……?」
その名を口にした瞬間、後方で足音が聞こえた。エルンだ。
彼女は俺が誰かと話している事に気付き、駆け寄ってきていた。
「……その名、その風貌……まさか……伝説の吸血鬼?」
マルヴェスは、ふっと口角を上げた。
「伝説とは過大評価だが……まぁ、そう記録されているのなら否定はしない」
「吸血鬼……? まさか実在するのか? そんなものが」
俺の問いにすぐさま答えたのは——頭の中に響く声だった。
『気をつけろ、カイン。やつは本物の怪物だ』
「カイラン……?」
『ああ、間違いない。吸血種の始祖であり、「混沌時代」最後の魔術師……』
カイランの言葉が続く。
『あやつは真に中立だった。魔族にも人間にも組せず、ただ「理の運命」を見届ける者として闇に潜んできた。……だが、今こうして現れたということは——』
「俺たちが、それに関わる『何か』になったということか」
マルヴェスは、まるで俺の頭の中で行われていた会話のすべてを聞いていたかのように、にこりと笑った。
「話が早くて助かる」
「何の用だ。敵か味方か、それすらもわからない奴が突然現れて、俺たちに何を求めてる?」
「求める、というより知らせに来たと言った方が正しいな」
彼は静かに焚き火に手をかざした。
「戦争は始まった。そして……その戦争を長引かせる最大の要因がヴィンドールだと知っているか?」
「知っているとも。だからこそ俺はレオンハルト陣営に加わった」
「なら話が早い。そのヴィンドールに取り憑く『影』がいる。お前にとってはそちらの方が重要だろう」
「影……?」
「名はネフィラ・ヴァレリオ。かつてのエルフ。だが今は闇と精神を操る禁術の使い手にして、ダークエルフ。ヴィンドールに心酔し、彼の理想を守るためなら何でもする女だ」
「……ネフィラとやらは俺たちを狙っているのか?」
「正確にはお前の未来を排除するために動いている。彼女は『異常因子』を潰そうとしているのだ。その対象が——お前だ。ヴァルディスやグロム、心当たりがあるだろう」
俺は唇を噛んだ。連続する襲撃。それら全てが繋がった気がした。
「なぜ今、それを俺に話す?」
「ヴィンドールの排他的な思想は最終的に大きな戦争を引き起こし、世界の静寂を乱す。それは私の望む『理の運命』ではない。ネフィラはその尖兵……放置すれば世界の理そのものを汚染しかねん。だから、お前が潰せ。私にとってはそれが最も効率が良い」
彼の口調はふざけたような調子だったが俺は笑えなかった。
この男の存在そのものが世界の重さそのものを感じさせる。
「ネフィラの居場所は?」
「『ヴァルディノア』。かつて魔族が築いた実験都市の廃墟だ。闇の魔力が渦巻く地で彼女は『精霊との絆』を断ち切る準備をしている」
「……俺たちが戦う理由をそこまで明確に与えてくれるとはな」
「礼はいらん。——これ以上、お前のせいで巻き添えとなる者が出ないよう、彼女を止めろ」
マルヴェスが言い終わった瞬間、風が走った。彼のマントがはためき、次の瞬間にはその姿が夜の闇に溶けて消えていた。
静寂。焚き火の音だけが、ぽつり、ぽつりと空気を焼く。
ふと、自分の手が汗で湿っているのに気づいた。いや——手どころじゃない。背中も、額も、服が張り付くほどの冷たい汗。
「……なんだ、この……」
言葉にできなかった。ただ立っていただけなのに、剣も振るっていないのに、全身が疲労で重い。
「カイン……」
震える声がして振り向くと、エルンがそこに立ちすくんでいた。膝がわずかに震えている。
「……足に……力が……入らない……」
彼女ほどの魔力制御者が、立っていられないほどの威圧感——。
さらに、その背後からルナが半泣きで顔を覗かせた。
「……ずっと声も出せなかったよ……怖くて、見れなかった……なに、あの人……おかしいよ……!」
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