50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第七章 森のざわめき

第143話 賢者の神殿

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 夜が明け、朝の冷たい光が森に差し込む頃、俺たちはルナの周りに集まっていた。彼女はまだ少し震えながらも、必死に言葉を紡いでいた。

「それで……その、災厄の中心にあった建物はどんな様子だったんだ?」

 俺が膝をついてルナの目線に合わせると、彼女は目を閉じて、必死に記憶をたどる。

「すごく……すごく古くて、大きくて……一番大きな枝が、まるで建物を抱きしめるみたいに伸びてる巨木が、すぐ後ろにあった。それに大きな扉には紋様が……渦を巻く風と、一枚の葉っぱみたいな……」

 その言葉にエルンとセリスがハッとして顔を見合わせた。

「その紋様……まさか」

「森で最も古いと伝わる『エルメノスの神殿』のことでは?」

 エルンがセリスの言葉を引き継ぐ。

「ええ。初代の賢者が初めて精霊と交信したと伝えられる、最も神聖な場所です。今は儀式の時以外、誰も近づきませんが……」

 未来視で示された場所が特定された。俺たちの目的地は決まった。

「よし、さっそく行ってみよう」

 神殿は森の他のどの建物よりも古く、荘厳な空気をまとっていた。だが、今はその静寂にどこか不穏なおりが混じっている。

「精霊たちの声が……ほとんど聞こえない。まるで、この場所を恐れて避けているみたいだわ」

 エルンが眉をひそめ、杖を強く握りしめた。

「うん……なんか、空気がピリピリしてる。奥に行けば行くほど嫌な感じが強くなるよ」

 ルナもまた、警戒するように周囲を見回している。

 神殿の内部は広く、高い天井には星々を模した装飾が施されていた。だが、その輝きも今は鈍い。俺たちは未来視で示された地下への入り口を探して、本殿の奥へと進んだ。

「ただの壁にしか見えないが……」

 俺は壁に近づき表面をなぞった。風化した石には、かろうじて古代語の文字が読み取れた。

「……エ……メ……ス……。エルメノス、と刻まれているのか?」

 セリスが壁の一角いっかくを指差す。そこには他の場所とは異なる、微かな魔力の流れがあった。隠された扉だ。

「カズエル、何か分かるか?」

「古代の封印術式だ。物理的な鍵穴はない。特定の魔力パターン、それも高位の『鍵』がなければ開かない仕組みになっている」

 カズエルの言葉に俺は自らの腕にはめられた『賢者の印』に視線を落とした。

「……俺がやる」

 俺は一歩前に出て腕輪に意識を集中する。脳裏にはエルドレアの言葉が蘇る――『印がお前を選ぶのではなく、お前が印に選ばれるのだ』。

 この森を守るという意志を込め、魔力を腕輪へと注ぎ込んだ。

「開け――!」

 腕輪の宝石が眩い光を放ち、その光が壁に刻まれた見えない紋様と共鳴する。ゴゴゴ……と重い石が擦れる音が響き、壁の一部がゆっくりと沈み込んでいった。現れたのは闇へと続く長い石の階段だった。

 階段から吹き上がってくる空気はひどく淀んでいた。濃密で重い魔力の圧力が肌を刺す。

「……これは想像以上だ。魔力の淀みがこの地下に凝縮されている」

 カズエルが険しい表情でつぶやいた。その場の空気に俺の心もざわついた。
 俺たちは光魔法で足元を照らしながら、慎重に階段を下りていく。

 ***

 どれくらい下っただろうか。やがて、開けた空間に出た。
 そこは巨大な円形の祭壇の間だった。そして、その中央に鎮座する光景に俺たちは息を呑んだ。

 黒曜石のような祭壇。その上には無数の光の鎖のようなものにつながれた、巨大な精霊の姿があった。
 人の形をしているが、その体は半ば光と化し、安らかだが、どこかはかなげで消え入りそうな表情で静かに眠っている。祭壇に刻まれた魔法陣が、その体から穏やかに魔力を引き出し、光の粒子として森の隅々へ届けられていく。

「なんて……気高い……」

 エルンは、その光景に畏敬いけいの念を抱き、絶句した。

「これは……自らの意志による魂の献身。あまりに崇高で……そして、あまりに悲しい契約……」

「大精霊を……森そのもののいしずえにしている……! これが『古の契約』か……!」

 カズエルが驚愕きょうがく畏怖いふに震える声で言った。祭壇に刻まれた古代語が、その壮大な自己犠牲の契約を物語っていた。

 ――森の創始者たるエルフは、自らの身を捧げ大精霊となり、その存在そのものをかてとして、未来永劫、この森に豊穣と魔力の恩恵を与え続ける――

「この森の豊かさは……この方の尊い犠牲の上に成り立っていたのですね……」

 セリスの声もまた、静かな衝撃に震えていた。

「だから森は死にかけてたんだ……この人が……もう、消えそうだから……」

 ルナが悲しそうにつぶやく。その瞳には大精霊の魂が燃え尽きようとしている、そのはかない光が映っていた。

 これが森の繁栄の真実。あまりにも気高く、そして終わりを迎えようとしている自己犠牲。

 ルナの未来視はこの大精霊の魂の灯火が消えゆく時が近いことを示していたのだ。そうなれば、いしずえを失った森もまた、共に滅びる。

 俺は拳を強く握りしめた。胸の奥から込み上げてくるのは怒りではなく、深い、深い哀しみだった。

 長老たちは、この真実をどこまで理解していたのか。そして、この尊い意志を忘れ、ただ恩恵だけを受け取ってきた自分たちの歴史に、どう向き合うべきなのか。

 今はそれを問う時ではない。

 俺たちにできることは何か。どうすれば、この消えゆく魂と、滅びの瀬戸際にある森を救えるのか。

 俺は祭壇に眠る大精霊を見つめた。その安らかな寝顔が、まるで助けを求めることなく、ただ静かに森の未来を案じているように見えた。

 賢者としての最初の試練が、今、始まろうとしていた。
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