50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

文字の大きさ
184 / 280
第十章 混沌の呼び声

第184話 歪んだ願いの魔術師

しおりを挟む
 魔族の老師との対話で、俺たちはこの谷の悲劇が魔族本来の性質とは相容れない『喧騒けんそう』に起因することを知った。だが、その『喧騒けんそう』を誰が、どのようにして引き起こしているのか。その核心に迫るには、さらなる情報が必要だった。

 俺たちは再び、争いの絶えない谷の中心部へと足を進めた。そこで、ひときわ激しい戦闘が繰り広げられている一画から少し離れた場所に、崩れかけた古い塔が建っているのに気づいた。

「あそこ……老師のいた祈りの場とは違う。だが、争いの輪からは外れているな」

 レオナルドが鋭い目で塔を指し示す。

「うん、変な感じ。静かだけど、さっきの老師様みたいに澄んだ感じじゃない。なんか、空気がねじくれてるみたい」

 ルナの言葉に俺たちは顔を見合わせた。意を決し、その塔へと向かう。

 塔の内部は雑然としていた。床には読みかけの魔導書が散らばり、壁には意味の分からない術式がいくつも描きなぐられている。そして、最上階の窓辺に一人の若い魔族の男が座っていた。彼は窓の外で繰り広げられる同族同士の殺し合いを、まるで面白い芝居でも眺めるかのように片肘をついて見下ろしている。

「……何の用だ? 正義の味方ごっこにしちゃ、来るのが遅かったじゃないか」

 男は俺たちを振り返りもせずに皮肉のこもった声で言った。
 彼の声音こわねには諦めと、この世の全てをあざけるかのような冷たさがにじんでいた。

「お前はこの争いの原因を知っているのか?」

 俺が問うと、男は初めてこちらを振り向き、ふっと鼻で笑った。

「原因? 原因なんてそこら中に転がってるさ。隣の奴の食い物が自分より多いことへの『ねたみ』。自分より強い奴への『嫉妬しっと』。かつて自分を侮辱した相手への『恨み』。……こいつらはただ、心の中のささやかな願いを叶えているだけだ」

 その言葉にエルンが反論する。

「ですが、それは負の感情です! そのようなものを肯定すれば世界は破滅へ向かうだけです!」

「破滅? それは光の精霊に仕えるお前たちの理屈だろう」

 男――魔術師は立ち上がると俺たちに近づいてきた。

「我らが信じる闇のことわりは違う。恨みも、ねたみも、そねみも、すべては『こうありたい』『こうしてやりたい』という純粋で力強い『願い』だ。闇の精霊はその願いの清濁せいだくを問わぬ。生あるものが抱く当然の感情として肯定し、その成就に力を貸す」 

 その哲学は老師が語った『静寂』とは、まるで対極にあるように思えた。だが、どちらも『闇のことわり』なのだと俺は直感的に理解した。静寂による救済と、願いの成就による肯定。闇とは、光のように一つの方向を照らすのではなく、あらゆる可能性を内包する、深淵しんえんそのものなのかもしれない。

「じゃあ、この谷の争いは……みんなの『願い』が叶った結果だって言うの?」

 ルナが信じられないというように問う。

「そうだ。もっとも、少しばかり『増幅』されてはいるがな」

 魔術師は窓の外を指差した。争いの中心で、ひときわ凶暴に暴れ回る二人の魔族がいる。

「あの二人が、この『熱病』の発生源だ。奴らが心に秘めていた、ちっぽけな憎悪や嫉妬を何者かが極限まで増幅させた。その結果、周囲の者たちも、その狂気に当てられて、自らの『願い』を暴走させている。……今のこの谷は巨大な『願いの成就装置』ってわけさ」

 彼の説明に俺は自分の内なる闇の力を思った。この闇の力は『願い』に応えるものなのかもしれない。だとしたら、その制御を誤れば俺もまた……。

「……お前はそれをただ、眺めているだけか?」

 レオナルドが静かに問うた。

「ああ。俺の願いは『平穏な研究生活』だけだ。面倒はごめんだからな。だが……」

 魔術師はにやりと口の端を吊り上げた。

「お前たちが、あの『増幅された願い』の主である、谷一番の愚か者二人を黙らせてくれるというなら話は別だ。そうすれば、俺の望む『静寂』も、少しは早く戻ってくるだろうからな」

 彼は争いの中心にいる二人の魔族の居場所と、その特徴を驚くほど正確に俺たちに教えた。
 それは彼なりの『願いの成就』への協力なのかもしれない。
 俺たちは魔族という種の、そして闇という力の、あまりにも複雑な在り方に言葉を失いながら、次の戦いの舞台へと向かう覚悟を決めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

1つだけ何でも望んで良いと言われたので、即答で答えました

竹桜
ファンタジー
 誰にでもある憧れを抱いていた男は最後にただ見捨てられないというだけで人助けをした。  その結果、男は神らしき存在に何でも1つだけ望んでから異世界に転生することになったのだ。  男は即答で答え、異世界で竜騎兵となる。   自らの憧れを叶える為に。

鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる

書仙凡人
ファンタジー
俺の名は桜木小次郎。 鬼一法眼を祖とする鬼一兵法の令和の伝承者。 だがある時、なぜか突然死してしまったのだ。 その時、自称神様の変なペンギンが現れて、ファンタジー世界の転生を持ちかけられた。 俺はヤケになって転生受け入れたら、とんでもない素性の奴にログインする事になったのである。 ログイン先は滅亡した国の王子で、従者に毒盛られて殺されたばかり。 なにこれ? クーリングオフねぇのかよ!

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

英雄の孫は今日も最強

まーびん
ファンタジー
前世では社会人だったが、死んで異世界に転生し、貧乏貴族ターセル男爵家の3男となった主人公ロイ。 前世のギスギスした家庭と違い、家族の皆から愛され、ロイはすくすくと3歳まで育った。 中でも、毎日一緒に遊んでくれるじいじは爺馬鹿全開で、ロイもそんなじいじが大好き。 元将軍で「英雄」と呼ばれる最強のじいじの血を引いたロイは、じいじ達に見守られながら、今日も楽しく最強な日々を過ごす。

処理中です...