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第九章
第207話 『リノイの果てなき地平』 × 『流血の戦斧』
しおりを挟む「長井さん……」
「でやがったな、このくそババア! 今日はぎっちょんぎっちょんにしてやるぜ」
「和泉さんっ! しっかりしてください!」
満を持しての登場といった風情の長井らに、メアリー達の声が注がれる。
しかし長井も和泉も、それに対してこれといったリアクションを取ることはない。
「君たちとは、最初にこの村に一緒に来た時から、どこかこうなるような予感がしていたよ」
「ワシの同胞に対するこれまでの仕打ち。ここで全て晴らさせてもらうぞ」
「アタシらがグリークで活動してた頃から、アンタ達の事は気に食わなかったんだ。これまでしてきた行いを悔いながら死にな!」
『リノイの果てなき地平』の面々も、一緒にダンジョンの調査依頼に来て以来、久々に対面する事になった『流血の戦斧』へと言葉を投げかける。こちらはコルトやドヴァルグらから人を煽るような返事があって、ますますディズィーやガルドらが歯をむき出しにして敵意を見せる。
「長井さんっ! 北条さんは無事なんですか?」
「ああん? アハハハハハッ……」
メアリーの必死な問いかけに、思わずといった様子で笑い出す長井。
このように楽しそうな彼女の様子は、この場にいる他の異邦人達は誰も見た事がなかった。
ただ笑っている。それだけなのに、それは酷く邪悪な笑い声のように聞こえてくる。
「死んではいないわよ。まあ、今もあの陰気なクズ男が何してるか分からないケドねえ」
その長井の言葉に、すぐにピンときたものはこの場に一人しかいなかった。
そしてその者は、口を出さずにいられないといった様子で、会話に加わってくる。
「おい! 石田の奴はどこにいる?」
「……アンタ誰よ?」
話に割り込んできたツヴァイに、訝し気な視線を送る長井。
しかし、質問には答える気はあるようで、あっさり石田の居場所を明かした。
「アイツならそこのアジトにいるわよ。北条と一緒に、ね」
そう意味深に言って、長井は山小屋の方へ顔を向ける。
丁度今話しているこの場所から、長井らがアジトとしていた山小屋までは、近い場所に位置していた。
しかし当然ながらそこに向かうには、目の前の障害を取り除かなければいけない。
「それなら君たちを排除して、ここを通らせてもらうとしようか。ヨーコさん達は先に彼の救出を。彼らは僕たちが引き受ける」
「いや、オレもここに残るぜ。あのオバハンには一発入れてやらんと気がすまねーし、リーダーを……和泉の奴を正気に戻してやらねーといけねーしな!」
「そ、それなら僕もここに残ります!」
シグルドの発言に、龍之介や慶介がこの場に残ると意思表明をする。
他にもメアリー、芽衣、由里香らもこの場に残る決断をした。
これは事前に組んでいた臨時パーティーのメンバーでもある。
ヒーラーのメアリーと咲良を分けて、何かあった際に北条救出を優先する咲良班と、足止めをするメアリーの班という内訳だ。
「っつー訳だから、ここは俺たちに任せて北条のオッサンの事は頼んだぜ!」
そう言って龍之介がツヴァイを含む、残る四人に声を掛ける。
こんな場面ではあるが、一度は言ってみたかったセリフが言えて、龍之介のテンションは爆上がりしている。
「おっとお。はいそーですかと通す素直に通すとでも思ってんのかあ?」
両陣営がにらみ合う中、北条の救出に動こうとするツヴァイ達に、ツヴァイらを制しようとドヴァルグが動きを見せる。と、そこに、
「ウル、クック、ゴリ。アイツを止めて」
〈従魔の壺〉から解放された、ラミエスの三体の魔獣がツヴァイらの行動を手助けしようと、ドヴァルグの進路上に立ちふさがった。
狼、大鳥、ゴリラの三体の魔獣は、魔獣であるというのに各々が変わったデザインの服を身に着けている。
「ウォォォンッ!」 「クァクァッ!」 「ゴリゴリッ!」
三体の魔獣はそれぞれ雄たけびのような声を上げながら、主人の命を忠実に実行しようと動き出す。
「さあ、戦闘開始といこうか」
そのシグルドの声と共に、本格的な戦闘が始まった。
「ヴァスダ、ソリア! お願い!」
ディズィーの声に従い、まずは精霊石に宿っていた火の精霊『ヴァスダ』と、風の精霊『ソリア』を呼び出すディズィー。
精霊を呼び出した後は、弓を手に持ちコソコソと動き回ってるコルトなどに狙いをつけていく。
そして残るシグルドがヴァッサゴに、ガルドがドランガランへと向かっていった。
「でろでろでろ~。【呪い付呪】」
そして従魔を出し終えたラミエスは、中級"呪術魔法"の【呪い付呪】をドヴァルグとヴァッサゴにかけていく。
その結果、ドヴァルグは魔法に抵抗して何も効果は発揮しなかったが、ヴァッサゴの方には「状態異常:呪い」がかけられる。
これによって、ヴァッサゴはステータスを一定割合量低下させられる事になった。
「呪いか……厄介な」
忌々しそうに吐き捨てるヴァッサゴであったが、その動きは長井の支配下に着く前とそう大きく変わってはいなかった。
その理由はヴァッサゴの胸元に刻まれた悪魔の契約によるものである。
この悪魔の契約は、最終手段として一時的に契約した悪魔から力を授かり、大きくステータスを上昇させる効果がある。
だが余り知られていないが、それ以外の最終手段を使っていない通常状態であっても、若干のステータス強化効果が含まれていた。
「……"クラッシュ"」
「おっと。【シールドガード】」
互いに斧と盾の闘技スキルを使い、相手の手を窺うようにして、シグルドとヴァッサゴの戦いは静かに始まった。
一撃でも貰えば、重傷は免れないと思われるヴァッサゴの斧による攻撃を、シグルドは手にした大きなタワーシールドで全て防いでいく。
攻撃重視のヴァッサゴに対し、『聖騎士』と『重盾士』という防御重視のシグルドの戦いは、両者決め手にかけたまま膠着状態が続く。
しかし、一対一の戦いならともかく、ここは幾人もが戦う戦場真っただ中だ。
ディズィーの召喚した精霊による魔法攻撃が、ヴァッサゴに飛んでいったかと思えば、三方から現れた集団の誰かが放ったのか、鋭く風を切るような矢がシグルドに襲い掛かりもしている。
その周囲三方から現れた敵集団も、それぞれ最寄りの相手へと襲い掛かっており、後衛のディズィーやラミエスに襲い掛かろうとするアンデッドに対処するため、盗賊職のケイトリンが防波堤となって後衛を守る。
しかし、思いの他数が多くて全てをカバーしきることが出来ず、一体のアンデッドが後衛の方に近づいていく。
「そっちに一体行ったよ! チッ、こいつらただのゾンビじゃねえぞ。ドラウグルや食人鬼ばかりだ!」
スラム育ちの蓮っ葉な口調でケイトリンが警告を促す。
それに対し、ケイドルヴァは魔法ではなく、特殊能力系に分類される"炎上衣"のスキルを使用した。
これは全身に炎を纏う効果があるが、使用者本人は全く焼ける事なく、他の相手だけを焼くことができる。
「ハハッ。ケイドルヴァの"炎上衣"があれば、アンデッドなんて一瞬でカリカリだよ」
それは少し大げさな物言いではあったが、確かにケイドルヴァに近寄ってきた食人鬼は、全身を炎に焼かれその場で苦しそうにのたうち回っている。
「このまま目障りなアンデッドを燃やしていくとするかな。【火連弾】」
そう言ってケイドルヴァは中級"火魔法"の【火連弾】を放つ。
これは【ファイアーボール】より威力も低く、大きさも小さい火球を多数生み出す数量重視の攻撃魔法だ。
彼の放った小火球は三十程にも及び、それらが一斉に近くにいるアンデッドへと降り注いでいく。
この小火球の操作には緻密な魔力操作が必要になるのだが、ケイドルヴァはほとんど外しもせず、見事敵へと着弾させていく。
「緻密な魔力の操作力、特殊なスキル、強い意志。間違いない、ケイドルヴァは――」
「余計な事くっちゃべってないで、敵の魔術士をどうにかしな!」
ケイトリンの声に視線を這わすと、『流血の戦斧』の青白い顔をした男が何か大きな魔法を発動させようとしている所だった。
「アレはっ、あん時のか! あれをまともに食らったらマズイぞ」
ケイトリンの声に反応を見せたのはケイドルヴァだけでなく、少し離れた場所で信也と戦闘を繰り広げていた龍之介もだった。
かつて流血と戦った際に、龍之介も一度あの"闇魔法"は味わっている。
その時の事を思い出し、龍之介が冷や汗をかきながら声を張り上げた。
しかし、あの時は味方もろとも強力な範囲魔法を放ったデイビスだったが、これだけ敵味方の入り乱れた戦闘中に、あの範囲魔法を使用する事はなかった。
代わりに使用されたのは、【闇槍】という中級"闇魔法"だ。
「サア、ワタシの魔法をとくと味わいなさイ」
そう言うと真っ黒い、非物質的な形をした槍が数本形成され、無造作に辺りの者に向かって投擲されていく。
「おわわわっ!」
それをすんでの所で躱した龍之介だったが、メアリーと芽衣は回避に失敗してしまい、まともに敵の魔法を食らってしまっていた。
幸い即死するようなダメージではなかったが、二人の回復が終わるまで龍之介は目の前の相手と、援護なしでの戦いを強いられる事になる。
「ナガイ……お前の為なら俺はなんでも出来る……」」
その戦いの相手――信也は、長井への愛の言葉を語りながら、再び龍之介へと襲い掛かってきた。
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