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第十二章
閑話 『勇者』と準男爵
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今の所、《ジャガー町》は冒険者や冒険者相手の商売をする者。そして建築関係の人や職人などが多く、この町を拠点とする住民の数は思った程多くはない。
そんな《ジャガー町》の中で、裕福層をターゲットとして住居の建築ということも進んでいる。
将来的に大きな商会などを誘致する際に、必要となってくるからだ。
すでに目端の利いた商会や一部の稼いでいる高ランクの冒険者などは、こうした建物を抑えているが、裕福層向けの住宅の中には中期的に滞在するための貸家も存在する。
そうした裕福層向けの貸家のひとつ。
一つ一つの部屋がそれぞれ二十畳以上はある、メインの大通りから少し外れた静かな高級住宅地の貸家。
その部屋の中では二人の男が会話をしていた。
一人は『勇者』を自称するAランク冒険者のシルヴァーノ。
そしてもう一人は、中年のグレーの髪をした人族の男性で、左右に二つずつ横向きにカールした髪型をしている。
背は百七十センチ以下で、人族の平均身長からは若干低い。
上唇を覆うように伸ばしている髭は、これまた左右の先部分がカールしている。
「それで、そちらの進捗状況はどうなのだ?」
二人の男のうち、質問をしたのはカール男の方だ。
その口の利き方は、シルヴァーノ同様に自分を高く見せようとするかのようだ。
「まあ、順調に進んでおりますよ。すでにめぼしい冒険者は抑えてあります」
「ふむ、流石は"鑑定"持ちなだけはあるな」
「ブールデル卿。冒険者のスキルを無暗に口にするのは、聊か問題があるのではないかと思うのだが?」
「……そうであったな。許せ」
「ご理解いただけたなら結構です。私の"鑑定"スキルについては、特にベネティス様から直々に秘密にするようにと仰せつかっておりますので」
『勇者』シルヴァーノと、ベネティス領で準男爵の地位にあるアレクシオス・ブールデル。
この二人は同じベネティス辺境伯の配下のような立場でありながら、互いに相手を見下してもいた。
ブールデル準男爵はシルヴァーノの事を「所詮は冒険者」と見做しているし、シルヴァーノは『ロディニア王国』の正式な貴族ではない、準男爵という地位にいるブールデル準男爵を小者と思って見下している。
「……では、後は冒険者どもに声をかけていく段階という訳か」
「はい。しかし、思っていた以上に候補は見つかりませんでした」
「む? 今この町はダンジョンが見つかり、国外からも冒険者が集まって来ているのではないか?」
「左様です。しかし、人族で有望な冒険者となりますと、数が絞られるのですよ」
「なるほど。そう言えば亜人どもが我が領から抜け出して、グリーク領の方へと流れているのだったな」
「はい。いくら有力であったとしても、ケダモノ共を配下に加える訳にはいきません」
「それもそうだ」
二人は互いに相手を見下しており、生まれの違いから価値観なども異なる部分は多かったが、亜人に対する差別感情だけは完全に一致していた。
「それで、具体的に冒険者どもをどう勧誘するのだ?」
「ベネティス様の名前をちらつかせば、向こうからお願いしてくるものかと思っておりますが、基本は金で解決出来るかと」
「フンッ、下賤な輩は所詮金でどうとでもなるか」
「…………ただし、中ではそれだけでは動かない者もおりましょう」
「そのような奴らにはどうするのだ?」
「なあに、色々方法はありますよ。本人が拒もうとも、親しい人が懇願すれば、あっさりと従ってくれたりするものです」
「そうか、その辺りの事は任せた。この調子で順調に事が運ぶなら、ダンジョンの探索も行えそうだな」
「はい。そちらの方も足りてなかった面子は揃えてあるので、いつでも行けるでしょう」
「そうか、ご苦労」
ブールデル準男爵は、そこで会話は終わりだと言葉を切って、退出するように手ぶりでシルヴァーノを促す。
しかしシルヴァーノの方はまだ話があるらしく、引き続き話を続けようとする。
そんなシルヴァーノに対し、明らかに不機嫌な表情を見せるブールデル準男爵。
「私の方の進捗状況はお伝えしましたが、ブールデル卿の方は如何でしょうか?」
「む、それはだな……」
ブールデル準男爵が早々に話を打ち切ろうとしたのも、この質問をさせないが為だった。
プライドの高いブールデル準男爵にとって、事が上手く進んでいない事を見下している相手に伝えたくはない。
しかも相手の方が、自分より上手く計画を進めているとなれば猶更だ。
「それは?」
「その、私の手の者に噂を流させていたのだが、効果はイマイチのようでな」
「何か失敗でもしたのですか?」
「わ、私が直接ヘマをした訳ではない! そのだな……ホージョーとかいう冒険者に、噂を流していた事を逆手に取られてしまったようでな……」
語尾に近づくにつれ声量が下がっていくブールデル準男爵。
人を馬鹿にしたような顔つきで、嫌味の言葉でも言われるかと思っていたブールデル準男爵は、思っていた反応がない事で少し訝し気な視線でシルヴァーノを見る。
「ホージョー……。あの悪魔を倒したという、『サムライトラベラーズ』のリーダーですか」
少し間を空けて、平坦な口調で答えるシルヴァーノ。
その顔はどこか表情が抜けたようかのようだ。
しかし注意深く見れば、僅かに顔の筋肉がヒクヒクと動いているのが分かるだろう。
「うむ。私は冒険者に詳しい訳ではないが、この町に来てからは私も名前を何度か耳にしていた。巷では悪魔殺しなどと呼ばれてる男だ。お前の任務の対象であろうから、説明するまでもないな?」
「勿論。しかし、厳密にいえば奴自身は対象には入りませんよ」
「ほう、それはどういう事かね?」
「ホージョーという男は、リーダーという立場に治まってはいますが、実力は伴っていないという事です」
「何? しかし悪魔と一騎打ちして打倒したのだろう?」
「それも恐らくはホージョーが自身の名を上げるために、口裏を合わせるよう画策したのでしょう。確かに奴の周りにいる連中は異彩を放った者が多いのですが、ホージョーに関して言えばまさに平凡中の平凡といったものでしたよ」
自信満々に言い放つシルヴァーノだが、シルヴァーノの持つ"鑑定"スキルでは、相手の詳細なステータスまでを知る事は出来ない。
知る事が出来るのは、ギルドの鑑定の魔法装置と同じ程度の情報。
すなわち、名前などのパーソナルデータに、現在のレベル。それから所有スキルを見る程度しか出来ない。
とはいえ、スキル構成から相手の戦力をある程度推し量る事は出来る。
スキルの数や、レアスキルの有無。上位スキルを覚えているかいないのか。
そういったスキル情報とレベルを見れば、概ね十分相手の力量を量れるとシルヴァーノは思っている。
「なるほど、ホージョーとやらは上手くやっているようだな」
「ええ、ですが所詮は虎の威を借る狐。奴自身は大したことはありません」
「確かに……。些細な事だが、今回の件でも私の策を利用して、上手い事民衆に取り入っていたようだ」
「恐らくはそういった目端だけは利く男なのでしょう。して、これからどうするつもりなのですか?」
「む、むむう、それなのだがな。幾つか他にも工作は行っているが、前もって工作しておいた件が上手くいったという報告があった」
「前もって…………。それは王家派閥の貴族を懐柔するという件ですか?」
「そうだ。すでに話自体は通してあって、向こうで色々動いてくださっているらしい。それが終わり次第、こちらに向かうとの事だ」
「……そうですか。では、先にダンジョンの探索を進めてもよろしいでしょうか?」
「ダンジョンの探索? 確かにそれも目的の一つではあったが、優先度は低い。それにお前が行ってしまったら、私の護衛はどうするのだ?」
「その件に関しては問題ありません。実はすでにCランクの冒険者パーティーに話を通してあります。護衛は彼らに任せればいいでしょう」
「む……。しかし、その、Cランク程度で大丈夫なのか?」
(チッ、態度とプライドだけは大きい癖に、肝の小さい男め!)
シルヴァーノは内心でそう毒を吐きながらも、出来るだけそれを顔に出さないように努める。
「Cランクと言えば、一人前の冒険者です。未開の地や、貴族同士の陰謀が渦巻いているような都市ならともかく、このような場所で護衛として使うなら十分ですよ」
「そ、そうか。いや、万が一の事もありえるからな」
「大丈夫ですよ。私が雇ったのは、Cランクの中でも中々の実力者揃いですから」
「分かった、ダンジョンの探索を許そう。しかし、お前のメインの目的の方も忘れずにな」
「承知しております。貴族の方が到着された後は、ダンジョンに潜っている余裕も無さそうですし、今のうちに探索してみたいと思ったのです」
「それもそうか。その方が到着されるのはまだまだ先になるであろうが、余りダンジョンで長居せぬようにな」
「はい……。では、失礼します」
シルヴァーノは最後に短く返事をすると、今度こそ部屋から出ていく。
途端、静まり返った部屋に残されたブールデル準男爵は、不安や苛立ちを鎮めるかのように、部屋の中を当てもなくウロウロと行ったり来たりする。
やがて歩くのにも疲れたのか、そこそこ質の良いソファーに腰を下ろすブールデル準男爵。
のっけから北条に妨害されてしまった事も含め、今後どう動いていくのか、悪知恵をフルに働かせるのだった。
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