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嫌われ令嬢とダンスを
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エミリア嬢の存在を認識するようになってから、彼女は王太子殿下が出席する夜会には必ず出席しているのが分かった。
今まで全く気付いていなかったのが不思議なほど、彼女の姿は会場の中で悪目立ちしている。あの空気の中ダンスを申し込みに行った自分を思い返すと苦笑するしかない。
そして、最近になってもう一つ分かったこと。
それは、彼女のまっすぐな視線の先にあるのが王太子殿下ではなく、その隣にいる彼女の姉、ミスリア嬢であること。
偶然気付いたそれは、他の誰にも話してはいないが、その後も何度か検証して自分の中では確かなものとなっている。
王太子殿下とその婚約者である姉は、夜会の間ほとんど行動を共にしているが、全てではない。その時、エミリア嬢の視線は必ず姉を追っている。
それはただひたむきに。
姉の視線が妹に返されたことは一度たりともなくとも、見ているこちらの胸を締め付けるほどに。
誰の誘いに応じることもなく、誰と歓談するでもなく、ただ真摯に視線を向ける先が、噂どおりではないことに気付くと、その噂自体の真偽が怪しいものに感じられた。
自分こそが王太子殿下に相応しいと思い上がっているから誰からの誘いにも応じないのだ、と皆が言う。
だけど、たまに彼女に絡む酔客への彼女の反応には思い当たるものがあった。……男から暴行を受けた、または受けそうになった被害者の女性の反応。警備の担当として、今までそういった女性を保護したことは幾度かあった。その時の様子に重なるものを感じ、噂で流れているものとは真逆の事実があるのではと勘繰ってしまう。
噂が驚くほど早く広く広まり、王家が黙認する。それが意図されたものだとすれば。
彼女が王太子殿下を誘惑したのではなかったとしたら。
口にすれば不敬罪にあたるのであろうそれは、彼女が黙って姉を見つめることを裏付けているような気がした。
きっと彼女は、自分が姉を裏切っていないことをどうにか伝えたい、その一心で遠くから見つめている。それは、姉の婚約者が姉を裏切ったということと表裏一体なのだけれど。
噂の真偽を確認する術など、俺にはない。だけどいつからか彼女は噂されるような女性ではない、と思うようになっていた。
噂を信じエミリア嬢のことを軽く見る輩を、トラブルになる前に排除する。中には文句を言い返してくる者もいるが、彼女に限らず誰に絡んで問題を起こすか分からないし、と自分に言い訳しながら、少しの越権行為を侵す。
彼女の視界には入らないギリギリの距離を保ち、彼女の思いが届くことを祈る。
ここ最近の警備の際は、自ら彼女に近い持ち場を担当している。物好きだな、と同僚たちには揶揄われるが、そんなのどうでもいい。俺はただ彼女が報われて欲しいと願っている。
いや、それだけではない。
もう既に自分は魅入られてしまっているのだ。あのまっすぐな瞳に。
ある夜会で、酒を飲み過ぎて気が大きくなった輩に帰宅を促している隙に、別の酔客にエミリア嬢が絡まれてしまった。
慌てて駆けつけ引き離す。同僚にその男を任せ、過呼吸に陥った彼女を近くのベンチに腰掛けさせる。咄嗟に掴んでしまっていた手を慌てて離し、「すぐに女性を呼んでまいります」と声をかけると、か細い声で礼を告げられた。
初めて聞いた自分に対する肯定的な言葉に、こんな時だというのに思わず口元が緩むのを抑えられなかった。
でも、もう次はない。もう誰も彼女には近付けさせない。心に固く誓った。
その日を境にだと思う。
俺は視線を感じるようになった。
振り返って心臓が跳ねる。
まさかのエミリア嬢だ。
いつも姉に向けられている視線が、今自分を捉えている。すぐに視線を逸らされたが、それから俺はその都度会釈をするようになった。
そうすると、いつしかエミリア嬢の方も軽く会釈を返してくれるようになった。
そして、少しずつ長く視線が合うようになった。
そして、一言二言の挨拶を交わすようになった。
どうやら、どちらかというと女性的な俺の容姿が威圧感を与えないことが要因のようで、「騎士様はお美しいですね」と頬を染めて褒められたりした。すぐに「美しいという言葉は貴女のためのものだ」と言えなかった自分が不甲斐ない。
夜会の間のほんの少しの関わりなのに、俺の気持ちは回数を重ねる度に浮き立っていく。彼女に一人の騎士として認識されていることだけで満足感を覚えるのだった。
今まで全く気付いていなかったのが不思議なほど、彼女の姿は会場の中で悪目立ちしている。あの空気の中ダンスを申し込みに行った自分を思い返すと苦笑するしかない。
そして、最近になってもう一つ分かったこと。
それは、彼女のまっすぐな視線の先にあるのが王太子殿下ではなく、その隣にいる彼女の姉、ミスリア嬢であること。
偶然気付いたそれは、他の誰にも話してはいないが、その後も何度か検証して自分の中では確かなものとなっている。
王太子殿下とその婚約者である姉は、夜会の間ほとんど行動を共にしているが、全てではない。その時、エミリア嬢の視線は必ず姉を追っている。
それはただひたむきに。
姉の視線が妹に返されたことは一度たりともなくとも、見ているこちらの胸を締め付けるほどに。
誰の誘いに応じることもなく、誰と歓談するでもなく、ただ真摯に視線を向ける先が、噂どおりではないことに気付くと、その噂自体の真偽が怪しいものに感じられた。
自分こそが王太子殿下に相応しいと思い上がっているから誰からの誘いにも応じないのだ、と皆が言う。
だけど、たまに彼女に絡む酔客への彼女の反応には思い当たるものがあった。……男から暴行を受けた、または受けそうになった被害者の女性の反応。警備の担当として、今までそういった女性を保護したことは幾度かあった。その時の様子に重なるものを感じ、噂で流れているものとは真逆の事実があるのではと勘繰ってしまう。
噂が驚くほど早く広く広まり、王家が黙認する。それが意図されたものだとすれば。
彼女が王太子殿下を誘惑したのではなかったとしたら。
口にすれば不敬罪にあたるのであろうそれは、彼女が黙って姉を見つめることを裏付けているような気がした。
きっと彼女は、自分が姉を裏切っていないことをどうにか伝えたい、その一心で遠くから見つめている。それは、姉の婚約者が姉を裏切ったということと表裏一体なのだけれど。
噂の真偽を確認する術など、俺にはない。だけどいつからか彼女は噂されるような女性ではない、と思うようになっていた。
噂を信じエミリア嬢のことを軽く見る輩を、トラブルになる前に排除する。中には文句を言い返してくる者もいるが、彼女に限らず誰に絡んで問題を起こすか分からないし、と自分に言い訳しながら、少しの越権行為を侵す。
彼女の視界には入らないギリギリの距離を保ち、彼女の思いが届くことを祈る。
ここ最近の警備の際は、自ら彼女に近い持ち場を担当している。物好きだな、と同僚たちには揶揄われるが、そんなのどうでもいい。俺はただ彼女が報われて欲しいと願っている。
いや、それだけではない。
もう既に自分は魅入られてしまっているのだ。あのまっすぐな瞳に。
ある夜会で、酒を飲み過ぎて気が大きくなった輩に帰宅を促している隙に、別の酔客にエミリア嬢が絡まれてしまった。
慌てて駆けつけ引き離す。同僚にその男を任せ、過呼吸に陥った彼女を近くのベンチに腰掛けさせる。咄嗟に掴んでしまっていた手を慌てて離し、「すぐに女性を呼んでまいります」と声をかけると、か細い声で礼を告げられた。
初めて聞いた自分に対する肯定的な言葉に、こんな時だというのに思わず口元が緩むのを抑えられなかった。
でも、もう次はない。もう誰も彼女には近付けさせない。心に固く誓った。
その日を境にだと思う。
俺は視線を感じるようになった。
振り返って心臓が跳ねる。
まさかのエミリア嬢だ。
いつも姉に向けられている視線が、今自分を捉えている。すぐに視線を逸らされたが、それから俺はその都度会釈をするようになった。
そうすると、いつしかエミリア嬢の方も軽く会釈を返してくれるようになった。
そして、少しずつ長く視線が合うようになった。
そして、一言二言の挨拶を交わすようになった。
どうやら、どちらかというと女性的な俺の容姿が威圧感を与えないことが要因のようで、「騎士様はお美しいですね」と頬を染めて褒められたりした。すぐに「美しいという言葉は貴女のためのものだ」と言えなかった自分が不甲斐ない。
夜会の間のほんの少しの関わりなのに、俺の気持ちは回数を重ねる度に浮き立っていく。彼女に一人の騎士として認識されていることだけで満足感を覚えるのだった。
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