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婚約前から恋人と思き女性がいる相手と結婚するのかと思うと、それはちょっと嫌だ。
でも、お断りしてしまったら、次があるかどうか、自信がない。
それならば、答えはひとつしかない。
ケイン様との関係を改善し、(できるならば両親のような夫婦のように仲良くなり、)今の恋人とは円満にお別れしてもらう。
私はそれを目標にすることにした。
月に2回定期的に設けられた交流に加え、私からデートに誘う。
街の散策、観劇、ピクニック、遠乗り、等々。幸いにも誘いを断られることはなかった。
でも、アリア嬢の気配は消えることはなかった。
ふとした時に香る香水。
妙に詳しい女性の衣装や装飾品の流行事情。
手作り感満載のランチボックス。
慣れないなりに頑張って用意した私のランチボックスとそれよりはるかに美味しそうなものを並べた時、思わず本音が溢れてしまった。
「どうしてケイン様は、アリア様と婚約なさらなかったのですか?」
しばらくの沈黙の後、彼の口から出たのは問いかけだった。
「それは、貴女は私とは婚約したくなかった、ということだろうか」
「そういうことではありません」
否定すると、彼はまた問いかけてくる。
「では、何故そのようなことを聞くのだろうか」
彼は本当に私の質問の意図がわからないらしい。
「私よりもアリア様との方が親密でいらっしゃるようだからです」
「彼女は幼馴染、いや姉のようなものだ」
最近少しは感情が出るようになったケイン様の顔には、困惑が見て取れた。
アリア嬢とは恋仲ではない?
少なくともケイン様は兄弟のようにしか思っていないの?
でも、アリア嬢の方は。
「では、ケイン様」
私はアリア嬢が作ったのであろうランチボックスを指差した。
「そちらは私にお譲りいただいて、私の作ったものを召し上がっていただけますか?」
「構わないが」
彼は不思議そうな表情で、でも躊躇うことなく了承してくれた。
私がどんな気持ちでそう言ったのか、全くわかっていないようで、苦笑いを浮かべるしかない。
だけど、彼の口から無意識に
「美味いな」
と溢れたのを聞いて、ちょっと嬉しくなった。
私が言うのも烏滸がましいが、私よりもケイン様は人の心の機微に疎いようだ。
ならば、ハッキリ告げた方が良いのだろう。
淑女らしくはないけれど、そういうのは割と得意な方だ。
「私の作った方のランチボックスを召し上がっていただけると嬉しいです」
「ケイン様から女性の香水の香りがすると、私よりその女性の方がお傍にいらっしゃるのかと思えて寂しくなります」
「流行りのものより、ケイン様が私のために選んでくださったものがいいです」
「私から刺繍入りのハンカチをお贈りしてもいいですか?」
事あるごとに言いまくった。
これはかなりウザい女だと引かれそう。
だけど、ケイン様は迷惑そうになさらなかった。
私のランチボックスを食べてくれたし、女性ものの香水を香らせてくることもなくなり、私の好みを聞いて自身で選んだドレスを贈ってくださった。
私はお礼にイニシャルと家紋を刺繍したハンカチを贈った。最近はそれをいつも使ってくれている。
彼は確実に歩み寄ってくれていると感じられた。相変わらず表情は乏しいのだけれど、これは彼の生い立ちなどから仕方ないのかも知れない。
ケイン様は、つい先日正式にウィズラート伯爵となられたばかりだ。
両親が不慮の事故で共に亡くなった際、12歳で伯爵家を継がれたのだけれど、ずっと後見人がついていたそうだ。幼いことを言い訳にせず、真摯に領政に向き合ってきたケイン様は、多感な子供時代を子供らしく過ごすことが出来ず、今に至る。
感情の起伏が少なく、仕事以外、色恋などにも興味がないケイン様が出来上がった。結婚はただの貴族の義務としか思っていないのだろう。
ちなみに、その後見人がアリア嬢の父親で、彼女たち家族はウィズラート家に居候しているらしい。
後見人の任期を終えたのなら、居候は解消するのだろうか。嫁入り先に、夫に懸想する女性が同居しているなんて、余り好ましくはない。いや、嫌なんだけど。
でも、お断りしてしまったら、次があるかどうか、自信がない。
それならば、答えはひとつしかない。
ケイン様との関係を改善し、(できるならば両親のような夫婦のように仲良くなり、)今の恋人とは円満にお別れしてもらう。
私はそれを目標にすることにした。
月に2回定期的に設けられた交流に加え、私からデートに誘う。
街の散策、観劇、ピクニック、遠乗り、等々。幸いにも誘いを断られることはなかった。
でも、アリア嬢の気配は消えることはなかった。
ふとした時に香る香水。
妙に詳しい女性の衣装や装飾品の流行事情。
手作り感満載のランチボックス。
慣れないなりに頑張って用意した私のランチボックスとそれよりはるかに美味しそうなものを並べた時、思わず本音が溢れてしまった。
「どうしてケイン様は、アリア様と婚約なさらなかったのですか?」
しばらくの沈黙の後、彼の口から出たのは問いかけだった。
「それは、貴女は私とは婚約したくなかった、ということだろうか」
「そういうことではありません」
否定すると、彼はまた問いかけてくる。
「では、何故そのようなことを聞くのだろうか」
彼は本当に私の質問の意図がわからないらしい。
「私よりもアリア様との方が親密でいらっしゃるようだからです」
「彼女は幼馴染、いや姉のようなものだ」
最近少しは感情が出るようになったケイン様の顔には、困惑が見て取れた。
アリア嬢とは恋仲ではない?
少なくともケイン様は兄弟のようにしか思っていないの?
でも、アリア嬢の方は。
「では、ケイン様」
私はアリア嬢が作ったのであろうランチボックスを指差した。
「そちらは私にお譲りいただいて、私の作ったものを召し上がっていただけますか?」
「構わないが」
彼は不思議そうな表情で、でも躊躇うことなく了承してくれた。
私がどんな気持ちでそう言ったのか、全くわかっていないようで、苦笑いを浮かべるしかない。
だけど、彼の口から無意識に
「美味いな」
と溢れたのを聞いて、ちょっと嬉しくなった。
私が言うのも烏滸がましいが、私よりもケイン様は人の心の機微に疎いようだ。
ならば、ハッキリ告げた方が良いのだろう。
淑女らしくはないけれど、そういうのは割と得意な方だ。
「私の作った方のランチボックスを召し上がっていただけると嬉しいです」
「ケイン様から女性の香水の香りがすると、私よりその女性の方がお傍にいらっしゃるのかと思えて寂しくなります」
「流行りのものより、ケイン様が私のために選んでくださったものがいいです」
「私から刺繍入りのハンカチをお贈りしてもいいですか?」
事あるごとに言いまくった。
これはかなりウザい女だと引かれそう。
だけど、ケイン様は迷惑そうになさらなかった。
私のランチボックスを食べてくれたし、女性ものの香水を香らせてくることもなくなり、私の好みを聞いて自身で選んだドレスを贈ってくださった。
私はお礼にイニシャルと家紋を刺繍したハンカチを贈った。最近はそれをいつも使ってくれている。
彼は確実に歩み寄ってくれていると感じられた。相変わらず表情は乏しいのだけれど、これは彼の生い立ちなどから仕方ないのかも知れない。
ケイン様は、つい先日正式にウィズラート伯爵となられたばかりだ。
両親が不慮の事故で共に亡くなった際、12歳で伯爵家を継がれたのだけれど、ずっと後見人がついていたそうだ。幼いことを言い訳にせず、真摯に領政に向き合ってきたケイン様は、多感な子供時代を子供らしく過ごすことが出来ず、今に至る。
感情の起伏が少なく、仕事以外、色恋などにも興味がないケイン様が出来上がった。結婚はただの貴族の義務としか思っていないのだろう。
ちなみに、その後見人がアリア嬢の父親で、彼女たち家族はウィズラート家に居候しているらしい。
後見人の任期を終えたのなら、居候は解消するのだろうか。嫁入り先に、夫に懸想する女性が同居しているなんて、余り好ましくはない。いや、嫌なんだけど。
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