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めでたく婚約者となったウィズラート伯爵、ケイン様との関係を良好なものにすべく(向こうはどう思ってるのか知らないけれど)、婚約者としての交流を始めた。
婚約期間は世間的にも最短の1年の予定だ。
しかし、始まってすぐ、想定外のことに気付いてしまった。
どうやら彼には、親密な女性がいるようなのだ。
直接聞いた訳でも、実際に目にした訳でもないのだけれど。
それは、ふとした時に彼から香る女性用の香水の香りだったり。
何気なく手にするハンカチにイニシャルが刺繍されていたり。
流石の私でも直接問うには情報が少なく、尋ねるタイミングも逸して、ただモヤモヤしている状態で迎えた今日は、初めて伯爵家の屋敷に招待されていた。
共にお茶をするために庭園に設けられた東屋に案内されたのだけれど、華美でない落ち着いた建物や内装、そして几帳面に整えられた庭園の風情は好感がもてる。
だけど、その道中のあちらこちらに、彼の趣味ではなさそうな、華やかな色彩の生花が活けてあったり、東屋の周辺にだけ最近植えられたと思われる可愛らしい花々が咲いていたりする。
それらは存在を主張している。婚約者の私に向けて。
ティーテーブルの上に並ぶのは、最近若い令嬢たちの間で話題に上る有名店の新作菓子とハーブティー。
これも何だか彼のイメージではない。彼が私のために調べて取り寄せてくれた、とも考えられなくもないけれど、目の前の無表情の彼からは想像は難しい。仕える執事や侍女の差配だという方がしっくりくる。
でも、それも違うような気がする。
考えていても仕方ない。こんな時に聞かないのは私らしくない。
「ケイン様、今日のお茶の準備は、どなたか身近な女性にお任せになられたのですか?」
席に着くなり開口一番問えば、彼は一瞬面食らったようだったが、頷いた。
「ぜひ、彼女が任せて欲しいと言うので」
「それはどなたですか?」
「それは」
「ケイン!」
彼の言葉の先を若い女性の声が遮った。
屋敷から通じる小道から姿を現したのは、美しい令嬢だった。
「こちらにいらっしゃったのね」
今日のお茶とお菓子、そして飾られた花、それらを手配したのは彼女だと思った。
ならばこの東屋に彼と私がいるのは分かっていたはず。
ケイン様に向けられていた笑みが私に向けられる。
「貴女がケインの婚約者?」
「はい、お初にお目にかかります。ブラハ家三女、レイニアと申し」
「私は、アリア。ウィズラート伯爵家の遠縁にあたるの」
こちらの自己紹介を遮られ、唖然とする。かなり自由な方のようだ。
笑顔ではあるのだけれど、こちらを値踏みするような視線を向けられ、あまり気分は良くない。
ケイン様とは年が近そうなので、私よりは年上だと思う。纏う大人の女性の魅力は私にはまだ備わっていないもので、ダークブロンドに紫の瞳、白い肌、華奢でいながら女性特有の箇所はふくよかな彼女は、とても魅力的な女性だった。
「私とケインは幼い頃からずっと一緒なの。彼のことは私が一番知っているから、何でも聞いてね」
いきなり喧嘩を売ってきたけれど、とりあえず有り難く辞退しておく。
「ご親切にありがとうございます。でも、ケイン様に直接お聞きするので大丈夫です」
返事が気に食わなかったらしく、彼女の眉間に深い皺が刻まれる。
「人の親切は有難く頂戴しておくものよ」
まだまだお子様のようね、と呆れたように溜息をつく。どの口が言うのだろうか。ちょっと口がウズウズしてきた。
「まあ、いいわ。気が向いたらお話に来てね。私、こちらのお屋敷でお世話になっているから」
そう言って、ようやく彼女は立ち去った。
ケイン様の傍にあった女性の気配は、あのアリア嬢のもので間違いないだろう。
遠縁の幼馴染で、一緒に生活していて、名前を敬称なしで呼ぶ妙齢の女性。
ケイン様にとって彼女はどういった存在なのか。
嫌な想像をしながら、ケイン様に向き直る。この時初めて、彼はアリア嬢がいる間、一言も話さなかったことに気付く。
彼は私に彼女のことを説明もせず、また非常識なアリア嬢の言動を、肯定も否定もせず、ただ黙っていた。
本当に、私も、私との結婚も、どうでもいいことなのね。
そう感じて、言いたい言葉、「アリア嬢はケイン様の恋人なのですか?」という質問を口にすることなく、飲み込んだのだった。
婚約期間は世間的にも最短の1年の予定だ。
しかし、始まってすぐ、想定外のことに気付いてしまった。
どうやら彼には、親密な女性がいるようなのだ。
直接聞いた訳でも、実際に目にした訳でもないのだけれど。
それは、ふとした時に彼から香る女性用の香水の香りだったり。
何気なく手にするハンカチにイニシャルが刺繍されていたり。
流石の私でも直接問うには情報が少なく、尋ねるタイミングも逸して、ただモヤモヤしている状態で迎えた今日は、初めて伯爵家の屋敷に招待されていた。
共にお茶をするために庭園に設けられた東屋に案内されたのだけれど、華美でない落ち着いた建物や内装、そして几帳面に整えられた庭園の風情は好感がもてる。
だけど、その道中のあちらこちらに、彼の趣味ではなさそうな、華やかな色彩の生花が活けてあったり、東屋の周辺にだけ最近植えられたと思われる可愛らしい花々が咲いていたりする。
それらは存在を主張している。婚約者の私に向けて。
ティーテーブルの上に並ぶのは、最近若い令嬢たちの間で話題に上る有名店の新作菓子とハーブティー。
これも何だか彼のイメージではない。彼が私のために調べて取り寄せてくれた、とも考えられなくもないけれど、目の前の無表情の彼からは想像は難しい。仕える執事や侍女の差配だという方がしっくりくる。
でも、それも違うような気がする。
考えていても仕方ない。こんな時に聞かないのは私らしくない。
「ケイン様、今日のお茶の準備は、どなたか身近な女性にお任せになられたのですか?」
席に着くなり開口一番問えば、彼は一瞬面食らったようだったが、頷いた。
「ぜひ、彼女が任せて欲しいと言うので」
「それはどなたですか?」
「それは」
「ケイン!」
彼の言葉の先を若い女性の声が遮った。
屋敷から通じる小道から姿を現したのは、美しい令嬢だった。
「こちらにいらっしゃったのね」
今日のお茶とお菓子、そして飾られた花、それらを手配したのは彼女だと思った。
ならばこの東屋に彼と私がいるのは分かっていたはず。
ケイン様に向けられていた笑みが私に向けられる。
「貴女がケインの婚約者?」
「はい、お初にお目にかかります。ブラハ家三女、レイニアと申し」
「私は、アリア。ウィズラート伯爵家の遠縁にあたるの」
こちらの自己紹介を遮られ、唖然とする。かなり自由な方のようだ。
笑顔ではあるのだけれど、こちらを値踏みするような視線を向けられ、あまり気分は良くない。
ケイン様とは年が近そうなので、私よりは年上だと思う。纏う大人の女性の魅力は私にはまだ備わっていないもので、ダークブロンドに紫の瞳、白い肌、華奢でいながら女性特有の箇所はふくよかな彼女は、とても魅力的な女性だった。
「私とケインは幼い頃からずっと一緒なの。彼のことは私が一番知っているから、何でも聞いてね」
いきなり喧嘩を売ってきたけれど、とりあえず有り難く辞退しておく。
「ご親切にありがとうございます。でも、ケイン様に直接お聞きするので大丈夫です」
返事が気に食わなかったらしく、彼女の眉間に深い皺が刻まれる。
「人の親切は有難く頂戴しておくものよ」
まだまだお子様のようね、と呆れたように溜息をつく。どの口が言うのだろうか。ちょっと口がウズウズしてきた。
「まあ、いいわ。気が向いたらお話に来てね。私、こちらのお屋敷でお世話になっているから」
そう言って、ようやく彼女は立ち去った。
ケイン様の傍にあった女性の気配は、あのアリア嬢のもので間違いないだろう。
遠縁の幼馴染で、一緒に生活していて、名前を敬称なしで呼ぶ妙齢の女性。
ケイン様にとって彼女はどういった存在なのか。
嫌な想像をしながら、ケイン様に向き直る。この時初めて、彼はアリア嬢がいる間、一言も話さなかったことに気付く。
彼は私に彼女のことを説明もせず、また非常識なアリア嬢の言動を、肯定も否定もせず、ただ黙っていた。
本当に、私も、私との結婚も、どうでもいいことなのね。
そう感じて、言いたい言葉、「アリア嬢はケイン様の恋人なのですか?」という質問を口にすることなく、飲み込んだのだった。
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