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19話.迷子を探し、フラグを折る
しおりを挟む知人──しかも男同士のキスシーンを目撃してしまい、気まずくて思わず現実逃避してしまった。脳内に浮かんだアニメ風の次回予告を手で振り払ってると、時雨も我に返ったようだ。慌てたように「やめろ!」と叫び、狂犬を突き飛ばす。
狂犬はよろめきながらも踏みとどまり、すぐに再び時雨との距離を詰めていく。
「嫌っす! オレ、本気で時雨さんのことが好きなんすよ! あんたの『最初』が欲しいし『最後』もオレがいい! オレだけのもんになってください!!」
「やめろっ……三ノ宮。離せってっ……あっ……!」
ガシッと抱きしめられて、まさかの二度目のキス、入りましたー。
うわ、うわぁ、うわぁー……。
気の所為じゃなければ、わずかに舌を絡める音まで聞こえた気がする。
やめろぉ。ここは外で、人様の敷地だぞ。こんな場所で盛り始めたりするなよ……。
目の前で、もがいている時雨を助けてやりたい気持ちはある。あるけど……下手したら狂犬と一条が手を組んで、二人がかりでおっ始める可能性もある訳で。
最悪、俺の前で公開プレイされたら、たまったもんじゃない。俺的にも時雨的にも地獄でしかないが?!
もういっそ、見なかったことにして帰りたい……。
そもそも時雨もさぁ、自分が狙われてるの分かってるんだから、もっと警戒してくれよ。相手を傷付けてでも、キッパリと拒絶した方が良い時だってあるんだぜ!
「し……ぐれ…………」
ふと、横から聞こえたかすかな声に視線を向けると、一条が傷ついたような表情で立ち尽くしていた。
てっきり怒って二人の邪魔をしに行くか、喜んで混ざりに行くかのどっちかだと思っていたのに……。予想外の反応に驚いて、思わず声をかけてしまった。
「一条さま?」
一条はハッとした顔でこっちを見ると、何故か俺を突き飛ばしてきた。顔面から地面にダイブして「ぶべっ!」という情けない声が漏れる。……いや、なんでだよ。おかしいだろ!
倒れた音で、漸くこっちに気付いたらしい時雨が、隙をついて再び狂犬を突き飛ばす。口元をごしごしと拭いながら、駆け寄って来た。
「葉っ、大丈夫か!」
「ぺっ、おえっ……最悪。口の中に土が入った……」
「転んだのか? 怪我してないか?」
差し伸ばされた手を見て、少しばつが悪くなりながらもその手を握る。時雨は迷わずに俺を助けてくれるっていうのに、俺ときたら……。
「あー……うん。俺は平気だけど、お前の方は……だいじょばなかったな」
「うっ……見てたなら、助けてくれても良かっただろ……」
「いや、ごめん。衝撃的過ぎて、体が動かんかったわ……」
ほんとごめん、あの状況で助けに行くのはちょっと無理だって。今も、俺の存在に気付いた狂犬がすっげぇ目で睨んできてるし。あの顔は『キスしていたのに邪魔しやがって殺す』だ。
やだ怖い。今すぐ白旗を振って、ここから逃げ出したいよ、ひえー。
「おい、一条。いくら葉と仲良くないからって、目の前で転んでるんだから、手ぐらい貸してやっても……」
時雨は、俺の転んだ原因が一条だとは思ってないらしい。俺の扱いについて注意しようとしたが、すぐに口を閉ざした。一条の顔を見て何かを察したのだろう。
普段とは違う一条の様子に気付いた狂犬も、その表情には目を見開き、切なそうに顔を歪める。そして、勢い良く頭を下げた。
「一条さん、ごめんなさい! オレも……気付いたらガチで時雨さんを好きになっちゃったみたいっす。あんたにも譲りたくないくらいに……オレ、本気っすから!」
「っ!」
「一条っ!」
その言葉を聞いた一条は、時雨の制止も聞かず、元来た道を駆け出し、そのまま暗い道へと消えて行った。
あいつ、ずっと足元ばっか見て歩いてたのにちゃんと帰れるのか?
時雨も慌てて後を追いかけようとしたが、急に立ち止まり顔を俯かせる。どうしたのかと眺めていると、ばっと俺に視線を向けてきた。
「葉、悪いけどさ。一条のこと、追いかけてくれないか? 俺が行っても、今は気まずいだろうし……」
「は、俺ぇ?」
いやいや、そこは時雨が追いかけてイベント回収するところでしょ。……あ、恋愛フラグを折りたがってるから、別にイベントは回収しなくて良いのか。
……じゃなくって!
当事者じゃない俺が行っても、逆に気まずくね? 何話せば良いんだよ。
まぁ、確かに迷子になってないかって、少し心配ではあるんだけどさ。
「あー……うん。分かった」
「見つけたら、連絡くれ。俺たちも、少ししたら一条を探してみるよ」
「おっけー」
とは軽く返事したものの、どうせ時雨が見つけるだろうな。なんて他人事みたいに思ってたんだけど……。
「なんで、時雨ではなく貴様が来んだよ」
「俺も、自分が見つけるとは思ってませんでした。なんか、意外と近くにいたから……」
「黙れ。迷子になったら困るだろうが!」
「えー……」
木の根本にしゃがみ込んだ一条を、俺は呆れ気味に見下ろす。
まさか、来た道を少し戻って、脇に生えた木々の陰にいるとは思わなかった。姿が見えた時、こんな所に地蔵なんてあったっけ? と確認したら、一条だったんだよな。
多分、一人で暗い森の中を進むのが怖かったんだろう。
「んーと、その……俺に見つかってしまったのは残念でしょうけど、早くみんなの所に戻りましょうよ」
「俺様は……暫くここにいる」
一度立ち上がろうとする素振りをみせたが、やめたのは、俺が草を掻き分けた音でビビって腰を抜かしたのかも。近付く前に、一声かけてあげるべきだったか?
「そうですか。じゃあ、帰る気になるまで俺もここにいますね」
「……そこじゃなくて、もっと近くに来い」
その場に腰を下ろすと、一条が隣の地面をポンポンと叩くので、素直に移動する。
特に会話がある訳でもなく、暫く無言のまま時間が流れた。
今のうちに連絡だけしとこうと、スマホを取り出し、時雨へとメッセージを送る。
『一条見つけたけど、ビビって腰抜かしてた。落ち着いたら戻るな』
『OK。気を付けて帰ってこいよ』
もし一条を見つけたのが時雨だったら、突然スマホが圏外になったり、急に雨が降り出して、雨宿りしようとして遭難。とかになるんだろうなぁ。あいつ主人公属性っぽいから。うん、絶対そうなりそう。
そう考えると、一条を見つけたのが俺で逆に良かったのか? 普通に何事もなく別荘へ帰れそうだもん。
「……貴様は、平気なんだな」
ポツリと呟かれた言葉に、首を傾げる。
「俺様は無理だ。時雨が他の誰かに触れられるなど……耐えられん」
おいこら、自分がされて嫌なことをするんじゃありません!
自分の行動を振り返ってみろよ。俺と時雨が本当に付き合ってたら、お前ら毎回、恋人同士を引き裂くような真似してんだからな!
「時雨はしゅじ……」
危なっ。さっきまでそんなこと考えてたから、主人公って言いかけた。うーん……さっきからちょっと漫画脳だったわ、現実に戻ろう。
誤魔化すように咳払いをして、俺はニコリと笑って返す。
「いえ、時雨は優しいので人に好かれやすいみたいです」
じゃなきゃ、本人の意思を無視して強引に迫るレガフォーメンバーと普通に接するなんて無理だろ。
「それはあいつの長所でもあり、短所でもあると思うけど……俺はそんな時雨が好きです。それに、好きな人には一途っぽいので、安心できるんですよ」
ソースはバラエティ番組を観ながら、お互いの恋愛観を語った時な。
万年金欠のことさえ目を瞑れれば、時雨の彼女になった子は絶対幸せになれると思うんだ。顔良し、頭良し、たまに意地悪だけど基本優しくてノリも良い。掃除も苦にならないタイプだし、簡単な料理なら一通り出来る。優良物件じゃね?
俺が女だったら、レガフォーより断然時雨を選ぶね!
でも……女性が言う『可愛い子』は男にとってそんな刺さらないのと同じように、男性が紹介する『おすすめな男』も同様に女にとってピンとこない可能性だってあるよな? 気になるから、帰ったら姉ちゃんに聞いてみるか。
まぁでも俺、姉ちゃん(と借りた少女漫画)のおかげで、そこらの男より女心が分かってる自信あるし。今は男子校だけど、大学とかで出会った女子に「葉くんって他の男より女心分かってて素敵~♡」なんて言われちゃったりして!? へへっ、照れるぜ!
「……そうか。時雨とお前は、信頼し合ってるんだな」
俺が脳内で勝手に盛り上がってる横で、一条は「羨ましい」とぽつりと零す。その横顔は、どこか寂しげだ。
これが主人公やヒロインなら、うまい言葉をかけて抱きしめてあげるんだろうけど。俺は気の利いたセリフなんか言えないし、言えても漫画の受け入りで気持ちの籠った言葉じゃない。こいつを抱きしめて慰めたいとも、思わないし……。
だから、ただ肯定した。
「そうですね。まだ出会って二ヶ月ちょっとだけど、それよりもっと長く一緒にいる気がします」
「チッ……見ていろ。俺様が貴様などよりも時雨の一番になってみせる」
「へぇ……」
「余裕ぶってんじゃねぇよ!」
いや、立ち直るのが早いなとか思ってたわ。
「……まぁいい。そろそろ戻るぞ」
「もう大丈夫なんですか?」
「あぁ。三ノ宮が本気になったのなら、俺様はそれ以上の本気で時雨を奪いにいくだけだ。そして、貴様よりも深い信頼関係を築いてみせる!!」
さっきまでのしょんぼり顔から、普段通りの見事なドヤ顔に変わる。
話している内に気持ちも落ち着いたのか、足腰も動くようになったらしい。
それなら帰るかと俺が立ち上がると、続いて一条も立ち上がり──
パキン、と何かを踏んだ音がした。
「ひ、ひぃっ!! な、なんか絡まってきやがった!?」
少し考えれば枝だと予想できるだろうに、ビビった一条がこっちに飛びかかってくる。鍛えてない俺に、ガタイの良い男を受け止められる筋力なんてあるワケなく。二人揃って地面へと倒れる羽目になった。
「い゛っ!」
口元にガツンと鈍い痛みが走る。
思わず涙が目に浮かぶ痛さ! そして本日二度目の地面ダイブ!!
同じくぶつけたらしい口を押さえて、一条が俺を睨みつけてくる。
「き、貴様っ……この、ビッチが!! 俺様のくち……げっ」
「え、なんです?」
「わ、わざとじゃない。な? ただの……事故だ。そうだろ?」
なんて言いながら、一条はジーパンのポケットからハンカチを取り出し、俺の口元をごしごしと拭き始めた。
素材は柔らかいのに、擦る力が強いので痛い。
「あっ、いたたっ! ちょっ、痛いですってば!」
「……チッ。もういい、自分で押さえてろ」
「はぁ……」
おうふ。奴の肩にぶつかった拍子で、唇切れたのかも。でもキスにならなくてセフセフ!
俺に一条とのイベントなんていらないし、フラグもいらねぇ。例えそれが、時雨とこいつの恋を引き立てるための当て馬フラグだとしても、だ!
そんなもん即へし折って、ゴミ箱へポイしてやるよ!
なので、借りたハンカチで口を押さえつつ、気まずそうにチラチラこっちを見てくる一条を無視して、黙って別荘に戻った。
触らぬフラグに祟りなし。
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