悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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13話

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「……おかしいですわね。香辛料の通りは、右ではございませんでしたの?」

帝都の中心に位置する巨大市場――迷路のように入り組んだ屋台と通りが交差し、日々何千人もの人で賑わう。  
その活気の中に、一人、地図を逆さに持ったまま立ち尽くす令嬢の姿があった。

「先ほどは左でしたけれど……あちらは果物屋ばかり。ですのに、右は靴と鞄ばかり……」

顔をしかめるでもなく、ただきょろきょろと優雅に見回すルゥナ=フェリシェ。  
道に迷っていることは確実だが、本人は楽しげで、少しも焦っていない。

「……では、上から見れば全体が分かるのではありませんこと?」

この発想が、帝国史に新たな誤解を刻むとは、誰も予想していなかった。



市場の中心に建つ時計塔。高官専用の見張り台だが、今その階段を、ドレス姿の令嬢がのぼっていた。  
軽やかな足音。誰にも止められなかったのは、あまりにも堂々とした態度だったからだ。

「まあ、ここからなら……市場のすべてが見渡せますのね」

遥か下には、屋根の波と人の流れ。  
ルゥナは目を細め、指を立てて風を読みながら、ゆっくりと腕を伸ばす。

「南南東、あちらにスパイスの香りが漂っておりますわ……きっと、香辛料通りはあちらですわね」

その瞬間、下の市場の一角にいた香辛料商人が、なぜかルゥナの視線に気づいた。

「……!? あの方、こちらを見て……まさか、商運を占っておられるのか……!?」

「いや、あの立ち姿……まるで神の眼差し……!」

「時計塔の頂きより市場を導く、商いの巫女じゃ……!」

勝手に始まる信仰の兆し。噂は数分で広まり、塔の下にはいつの間にか人だかりができていた。

「お願いです! 今日の仕入れは東でよろしいでしょうか!?」

「嫁の誕生日に何を贈ればいいかご神託を――!」

「お願い、うちの店だけを見て……!」

塔の上では、令嬢がただ風を感じていた。

「まあ、良い風ですわね。少し乾いた香りも混じって……あちらには干し肉かしら?」

それを聞いた肉屋の店主が、泣きながら叫んだ。

「ありがたや! 見捨てられてなかった!」



その後、ルゥナが階段を降りてきたときには、なぜか左右の屋台が跪いて道をあけた。

「え……皆さま、どうかされましたの?」

「ご加護をありがとうございました!」

「本日の売上、史上最高でした!」

「……ご加護? 売上?」

「いえ、わたくしただ道に迷っていただけですのよ?」

だがその一言がまた、神秘的と誤解される。

「“道に迷っていただけ”=迷いの中から導かれた奇跡……!」

「深い……!」

こうして令嬢は、“市場の神眼”として一部商人たちに信仰されることとなる。  
彼女はその日、望んだ香辛料を無事に買い、帰り道もまた迷っていった。
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