13 / 70
14話
しおりを挟む
「まぁ、あちらの方、とてもお洒落ですわね……」
帝都の夕暮れ時、ルゥナ=フェリシェは、人の流れに乗って歩いていた。
地図はない。目的もない。ただ目についた素敵なドレスの婦人の後ろを、なんとなく追いかけていただけ。
「ついて行けばきっと、美味しいお茶のお店にでも辿り着けますわよね」
そう思っていた。心から、そう思っていたのだ。
だが、婦人が入っていったのは――
「ご招待状を……はい、どうぞ」
煌びやかな衣装の人々が出入りする、大理石の階段の先。王宮主催、帝国貴族限定の夜会。
それを理解しないまま、ルゥナもそのまま扉の中へ。
「まあ、綺麗な会場ですわね。天井が高くて、壁が光って……あ、ケーキがございますわ」
入場を止められなかった理由はただ一つ。
ルゥナの佇まいが、あまりにも優雅で自然だったからだ。
「……あれは、どこの家のご令嬢だ?」
「聞いたことがない……が、あの雰囲気、只者ではないぞ」
「“帝都の貴婦人”では……?」
「いや、貴婦人というより……女神?」
噂がささやかれ始めた頃、当の令嬢はすでにケーキコーナーに立っていた。
「これは……ベリーのタルトですわね。ミントの香りも混ざっていて……まぁ、おかわりできますかしら?」
侍従が慌てて差し出す皿を受け取り、紅茶とともに席へ。
その様子を見ていた周囲の貴族たちは、勝手に解釈を始める。
「あれほど自然にケーキを手に取る姿……!」
「甘味の配置から外交的意図を読み取っているのでは……?」
「座る姿さえも、詩になる……!」
そのうち、名家の若者たちが順に挨拶に来始めた。
「本日は、どちらのご縁で……?」
「まあ、わたくし、ちょっと後ろを歩いておりましたら」
「……なるほど。謎めいたご登場、まさに運命」
「お席を共に……」
「いいえ、今ちょうどケーキが佳境ですの」
すべての誘いを、笑顔でケーキの一言で断る。
それがまた、“他を寄せ付けぬ高貴さ”と勘違いされる。
*
夜会の終盤、ルゥナは食後のデザート皿を見つめていた。
「……あと一口、ですわね。おかわり……は、やはり三皿目はご無礼かしら」
その思考をしている間にも、噂は急拡大。
「正体不明の美しき貴婦人が夜会に現れた」
「彼女が視線を送った男爵令息は、翌日に昇進したらしい」
「“帝都の貴婦人”――新たな伝説が始まったのだ」
帰り際、案内係が慌てて訪ねた。
「お嬢様……どちらにご案内を?」
「ええと、南の甘味処に……いえ、風が西を向いておりますので、やはり左ですわね」
その一言をもって、彼女は去っていった。
夜会に迷い込んだ令嬢は、ケーキだけを手に、誰よりも印象を残して。
帝都の夕暮れ時、ルゥナ=フェリシェは、人の流れに乗って歩いていた。
地図はない。目的もない。ただ目についた素敵なドレスの婦人の後ろを、なんとなく追いかけていただけ。
「ついて行けばきっと、美味しいお茶のお店にでも辿り着けますわよね」
そう思っていた。心から、そう思っていたのだ。
だが、婦人が入っていったのは――
「ご招待状を……はい、どうぞ」
煌びやかな衣装の人々が出入りする、大理石の階段の先。王宮主催、帝国貴族限定の夜会。
それを理解しないまま、ルゥナもそのまま扉の中へ。
「まあ、綺麗な会場ですわね。天井が高くて、壁が光って……あ、ケーキがございますわ」
入場を止められなかった理由はただ一つ。
ルゥナの佇まいが、あまりにも優雅で自然だったからだ。
「……あれは、どこの家のご令嬢だ?」
「聞いたことがない……が、あの雰囲気、只者ではないぞ」
「“帝都の貴婦人”では……?」
「いや、貴婦人というより……女神?」
噂がささやかれ始めた頃、当の令嬢はすでにケーキコーナーに立っていた。
「これは……ベリーのタルトですわね。ミントの香りも混ざっていて……まぁ、おかわりできますかしら?」
侍従が慌てて差し出す皿を受け取り、紅茶とともに席へ。
その様子を見ていた周囲の貴族たちは、勝手に解釈を始める。
「あれほど自然にケーキを手に取る姿……!」
「甘味の配置から外交的意図を読み取っているのでは……?」
「座る姿さえも、詩になる……!」
そのうち、名家の若者たちが順に挨拶に来始めた。
「本日は、どちらのご縁で……?」
「まあ、わたくし、ちょっと後ろを歩いておりましたら」
「……なるほど。謎めいたご登場、まさに運命」
「お席を共に……」
「いいえ、今ちょうどケーキが佳境ですの」
すべての誘いを、笑顔でケーキの一言で断る。
それがまた、“他を寄せ付けぬ高貴さ”と勘違いされる。
*
夜会の終盤、ルゥナは食後のデザート皿を見つめていた。
「……あと一口、ですわね。おかわり……は、やはり三皿目はご無礼かしら」
その思考をしている間にも、噂は急拡大。
「正体不明の美しき貴婦人が夜会に現れた」
「彼女が視線を送った男爵令息は、翌日に昇進したらしい」
「“帝都の貴婦人”――新たな伝説が始まったのだ」
帰り際、案内係が慌てて訪ねた。
「お嬢様……どちらにご案内を?」
「ええと、南の甘味処に……いえ、風が西を向いておりますので、やはり左ですわね」
その一言をもって、彼女は去っていった。
夜会に迷い込んだ令嬢は、ケーキだけを手に、誰よりも印象を残して。
115
あなたにおすすめの小説
逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした
ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。
なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。
ザル設定のご都合主義です。
最初はほぼ状況説明的文章です・・・
病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】
藤原遊
恋愛
病弱な王女として生きてきたけれど、実は転生者。
この世界は、私が前世で読んだ小説の中――そして、弟こそが私の“推し”だった。
本来なら、彼は若くして裏切られ、命を落とす未来。
そんなの、見過ごせるわけない。
病弱を装いながら、私は政敵を操り、戦争を避け、弟の道を整えていく。
そして、弟が王になった時。
「姉さんは、ずっと僕のそばにいて」
囲われることも、支配されることも、甘い囁きも……本望だった。
禁忌の距離で紡がれる、姉弟×謀略×溺愛の異世界転生譚。
拾った指輪で公爵様の妻になりました
奏多
恋愛
結婚の宣誓を行う直前、落ちていた指輪を拾ったエミリア。
とっさに取り替えたのは、家族ごと自分をも売り飛ばそうと計画している高利貸しとの結婚を回避できるからだ。
この指輪の本当の持ち主との結婚相手は怒るのではと思ったが、最悪殺されてもいいと思ったのに、予想外に受け入れてくれたけれど……?
「この試験を通過できれば、君との結婚を継続する。そうでなければ、死んだものとして他国へ行ってもらおうか」
公爵閣下の19回目の結婚相手になったエミリアのお話です。
元王太子妃候補、現王宮の番犬(仮)
モンドール
恋愛
伯爵令嬢ルイーザは、幼い頃から王太子妃を目指し血の滲む努力をしてきた。勉学に励み、作法を学び、社交での人脈も作った。しかし、肝心の王太子の心は射止められず。
そんな中、何者かの手によって大型犬に姿を変えられてしまったルイーザは、暫く王宮で飼われる番犬の振りをすることになり──!?
「わん!」(なんでよ!)
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。
ラディ
恋愛
一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。
家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。
劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。
一人の男が現れる。
彼女の人生は彼の登場により一変する。
この機を逃さぬよう、彼女は。
幸せになることに、決めた。
■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です!
■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました!
■感想や御要望などお気軽にどうぞ!
■エールやいいねも励みになります!
■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。
※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。
婚約破棄を希望しておりますが、なぜかうまく行きません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のオニキスは大好きな婚約者、ブラインから冷遇されている事を気にして、婚約破棄を決意する。
意気揚々と父親に婚約破棄をお願いするが、あっさり断られるオニキス。それなら本人に、そう思いブラインに婚約破棄の話をするが
「婚約破棄は絶対にしない!」
と怒られてしまった。自分とは目も合わせない、口もろくにきかない、触れもないのに、どうして婚約破棄を承諾してもらえないのか、オニキスは理解に苦しむ。
さらに父親からも叱責され、一度は婚約破棄を諦めたオニキスだったが、前世の記憶を持つと言う伯爵令嬢、クロエに
「あなたは悪役令嬢で、私とブライン様は愛し合っている。いずれ私たちは結婚するのよ」
と聞かされる。やはり自分は愛されていなかったと確信したオニキスは、クロエに頼んでブラインとの穏便な婚約破棄の協力を依頼した。
クロエも悪役令嬢らしくないオニキスにイライラしており、自分に協力するなら、婚約破棄出来る様に協力すると約束する。
強力?な助っ人、クロエの協力を得たオニキスは、クロエの指示のもと、悪役令嬢を目指しつつ婚約破棄を目論むのだった。
一方ブラインは、ある体質のせいで大好きなオニキスに触れる事も顔を見る事も出来ずに悩んでいた。そうとは知らず婚約破棄を目指すオニキスに、ブラインは…
婚約破棄をしたい悪役令嬢?オニキスと、美しい見た目とは裏腹にド変態な王太子ブラインとのラブコメディーです。
引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~
浅海 景
恋愛
オッドアイで生まれた透花は家族から厄介者扱いをされて引きこもりの生活を送っていた。ある日、双子の姉に突き飛ばされて頭を強打するが、目を覚ましたのは見覚えのない場所だった。ハウゼンヒルト神聖国の王子であるフィルから、世界を救う御子(みこ)だと告げられた透花は自分には無理だと否定するが、御子であるかどうかを判断するために教育を受けることに。
御子至上主義なフィルは透花を大切にしてくれるが、自分が御子だと信じていない透花はフィルの優しさは一時的なものだと自分に言い聞かせる。
「きっといつかはこの人もまた自分に嫌悪し離れていくのだから」
自己肯定感ゼロの少女が過保護な王子や人との関わりによって、徐々に自分を取り戻す物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる