悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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15話

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「……あら、あそこにお花が咲いておりますわ」

帝都から離れた北の小領地、フェルゼン辺境伯領。  
広場の片隅に咲く可憐な野草に気づいたルゥナ=フェリシェは、ふわりとスカートを揺らして近づいた。

「これは……星の形ですわね。昨日のとは少し花弁が厚めで……」

夢中で眺めていると、足元にぬるりとした感触。

「……あっ」

ツルッ。

見事に滑った。

「――っ!」

転びかけたルゥナの身体を支えたのは、突然飛び込んできた一人の男だった。  
背は高く、黒髪を後ろで束ね、泥まみれの袖をまくっている。

「大丈夫ですか、お嬢さん」

落ち着いた声。真面目で武骨な印象の青年――彼こそ、この地を治める若き領主、シグルト=イェルムその人である。

「まあ……ありがとうございます。わたくし、少々うっかりいたしまして」

ルゥナは軽くほほえんで礼を述べると、足元を見て首を傾げた。

「……床が濡れておりますのね」

「失礼。水をこぼしたのに気づかず……今、拭くところでした」

そう言って彼は、バケツと布を手に再びしゃがみ込む。  
そして何のためらいもなく、膝をつき、石畳を黙々と磨き始めた。

「……ご自身でなさるのですか?」

「使用人には任せたくないんです。領主が動く姿を見せた方が、皆も遠慮なく振る舞えるでしょうから」

その姿を、ルゥナはじっと見つめた。

「……素敵な方ですわね」

ぽつりと漏らしたその言葉に、領主の手が止まった。

「……は?」

「助けていただきありがとうございました。わたくし、星の花と同じくらいあなたの真心も美しいと思いましたの」

領主、完全に固まる。  
その頬が徐々に、じんわりと赤くなっていく。

「い、いえ……その、恐縮です」

「どうかご自愛くださいませ。風邪を引かれては、お花も悲しみますわ」

にっこりと微笑むルゥナに、領主はもう何も言えず、ひたすら床を拭き続けた。



その後――

「領主が素手で床を拭いていた! しかも、謎の貴婦人に向かって赤面していた!」

「まさか、恋……!?」

「いや、むしろ“地に伏して彼女を讃えていた”のでは……?」

フェルゼン領内に“花と床と神秘の女”伝説が流布し始め、  
若き領主は、「神託を受けた男」として変な方向で信仰されるようになった。

だが当の令嬢はというと、

「今日の花も、とても綺麗でしたわね。次はどちらへ参りましょうか」

何事もなかったように、野道を歩いていた。  
足元には、もう二度と滑ることのない春風だけがそっと吹いていた。
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