悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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24話

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「……あら、ずいぶんと静かですわね」

ルゥナ=フェリシェは、小さな丘の上に広がる神殿風の石造建築を眺めていた。  
風に揺れる草花の香りに誘われて立ち寄っただけだったが、石段の先には清らかな泉と花々が広がり、まるで絵画のような光景だった。

「猫さん、こちらの水は飲んでもよろしいのでしょうか?」

「にゃあ」

猫の許可を得たつもりで、泉に手を浸し、小さくすくって飲んだそのとき――

「……いま、光が……!」

「泉が……神託を受けたときと同じ波紋を……!」

「……まさか……まさか、“神の使い”様!?」

声が上がったのは、丘の向こう側からやって来た信徒の一団だった。  
純白の衣をまとい、胸に紋章を掲げる彼らは、一斉にひざまずき、額を地に伏せた。

「神の使い様、どうか我らにお言葉を!」

「お言葉……?」

ルゥナは首を傾げ、猫を抱きかかえながら丁寧に微笑んだ。

「……ごきげんよう。今日は風が心地よく、泉のお水もたいへん清らかでしたわ」

その瞬間、信徒たちは歓声を上げた。

「“風が心地よく”……神の加護が穏やかに降り注いでいるという暗示!」

「“泉が清らか”……これは浄化と新生の預言だ!」

「記録係! ただちに書き留めろ!」

混乱の中で、ルゥナはそっと泉の脇に腰を下ろし、花を編み始めた。

「まぁ、良い草が揃っておりますのね。花冠でも作りましょうか」

それを見た信徒のひとりが叫ぶ。

「……ああ、神の使い様が“儀式”を始められた!」

「花の冠……我らが戴くべき、祝福の証……!」

やがて、正式な神官までもが現れた。  
荘厳な衣をまとった長身の男は、ルゥナの前で深く頭を垂れる。

「……神の使い様。どうか、帝国の繁栄を導いてくだされ」

「え? あの……わたくし、ただの散歩中なのですけれど……」

「“ただの散歩中”……これもまた奥深き神託の一節……!」

「まさか……“人生は旅であり、神は道に宿る”という古語の意訳か……!?」

「いや、もはやこの場そのものが“聖地”だ!」

気づけば、周囲には花束を抱えた村人、膝をついた貴族、詩を読み上げる神学生が集まりはじめていた。  
すべては、風に導かれて現れた“神の使い様”を一目見ようと。

「……皆さま、本当にご熱心で……ありがたくも、ちょっぴり重たい空気ですのね」

ルゥナは苦笑しつつ、猫に小声で囁いた。

「少しばかり、静かな森へ移動いたしましょうか」

猫が「にゃあ」と鳴いた瞬間、神官が叫ぶ。

「神獣も、進言なされた……!」

その場にいた者すべてが涙し、跪いた。

こうしてルゥナ=フェリシェは、“神の使い”として正式に記録されることとなった。  
本人がその事実を知るのは、もう少し後のことである。
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