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36話
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「……そろそろ、一度くらいご連絡を差し上げた方がよろしいかもしれませんわね」
ある晴れた日の午後、ルゥナ=フェリシェは、野花の咲く丘の上に腰を下ろして、小さな羊皮紙を広げていた。
手には羽根ペン。膝には寝そべる猫。風は穏やかで、草の香りが優しく鼻をくすぐる。
「父上はきっとお怒りでしょうし、母上はご心配なさっているでしょうし……ルーカスは、まあ、笑っておりますわね」
にこにこと、そんなことを考えながら、ルゥナは筆を滑らせる。
──ご機嫌よう。わたくしは、今とても元気でございます。
日々、風と共に美味しい空気を吸い、お花とお茶と猫と、静かで楽しい時間を過ごしておりますの。
どうか皆さまも、お元気でいらっしゃいますように。
文面は簡潔で、そしてどこまでも平和だった。
だが、問題は“届け方”だった。
「……宛名……どういたしましょう」
しばし悩んだのち、彼女は封筒の宛先に、こう書いた。
──ベルヴァイン侯爵邸、もしくは風の吹く方へ
「風は、ちゃんと知っておりますわよね?」
満足げに頷き、彼女は手紙を一羽の白い鳥に託した。
風見鶏の向きを見て、「こちらですわね」と微笑みながら、鳥をふわりと放つ。
しかし――
その手紙は、王国には届かなかった。
風に乗って飛んだその先は、帝国西の山岳修道院。
修道女たちはそれを“迷いの聖女からの祈りの書簡”と受け取り、全文を写本し、教義の補遺として保存。
次に届いたのは、帝都北の商会。
商人たちは「巫女様が我々にも平和を願ってくれた!」と感涙し、商業の女神として祠を建てる。
さらにその後、手紙は港町の劇団へと渡り、
「これは物語の序文だ」として舞台脚本に組み込まれ、
最終的には帝国大学の哲学講義で“旅する思想家の断章”として教材に採用されるに至った。
そのすべてで、送り主の名は「ルゥナ=フェリシェ」と明記されていたにもかかわらず、誰ひとりとして“本人がただ家に手紙を出しただけ”だとは思わなかった。
一方その頃、王国の実家では――
「……届かぬ。やはり、あの娘は砂漠にでも落ちたのでは……?」
「いいえ旦那様、落ちていたらむしろ話が早かったかと……」
「笑いごとではない!!」
一方のルゥナは、次の花畑で猫に話しかけていた。
「やっぱり、王国までの風は遠いですのね。でも、きっと誰かが読んでくれたなら、それで充分ですわ」
そう言ってまた、空を仰ぐ。
彼女が書いた一通の手紙は、もはや一種の“神託の書”とされ、帝国各地で語り継がれはじめていた。
本当に伝えたかったのは、ただの“無事報告”だったというのに。
ある晴れた日の午後、ルゥナ=フェリシェは、野花の咲く丘の上に腰を下ろして、小さな羊皮紙を広げていた。
手には羽根ペン。膝には寝そべる猫。風は穏やかで、草の香りが優しく鼻をくすぐる。
「父上はきっとお怒りでしょうし、母上はご心配なさっているでしょうし……ルーカスは、まあ、笑っておりますわね」
にこにこと、そんなことを考えながら、ルゥナは筆を滑らせる。
──ご機嫌よう。わたくしは、今とても元気でございます。
日々、風と共に美味しい空気を吸い、お花とお茶と猫と、静かで楽しい時間を過ごしておりますの。
どうか皆さまも、お元気でいらっしゃいますように。
文面は簡潔で、そしてどこまでも平和だった。
だが、問題は“届け方”だった。
「……宛名……どういたしましょう」
しばし悩んだのち、彼女は封筒の宛先に、こう書いた。
──ベルヴァイン侯爵邸、もしくは風の吹く方へ
「風は、ちゃんと知っておりますわよね?」
満足げに頷き、彼女は手紙を一羽の白い鳥に託した。
風見鶏の向きを見て、「こちらですわね」と微笑みながら、鳥をふわりと放つ。
しかし――
その手紙は、王国には届かなかった。
風に乗って飛んだその先は、帝国西の山岳修道院。
修道女たちはそれを“迷いの聖女からの祈りの書簡”と受け取り、全文を写本し、教義の補遺として保存。
次に届いたのは、帝都北の商会。
商人たちは「巫女様が我々にも平和を願ってくれた!」と感涙し、商業の女神として祠を建てる。
さらにその後、手紙は港町の劇団へと渡り、
「これは物語の序文だ」として舞台脚本に組み込まれ、
最終的には帝国大学の哲学講義で“旅する思想家の断章”として教材に採用されるに至った。
そのすべてで、送り主の名は「ルゥナ=フェリシェ」と明記されていたにもかかわらず、誰ひとりとして“本人がただ家に手紙を出しただけ”だとは思わなかった。
一方その頃、王国の実家では――
「……届かぬ。やはり、あの娘は砂漠にでも落ちたのでは……?」
「いいえ旦那様、落ちていたらむしろ話が早かったかと……」
「笑いごとではない!!」
一方のルゥナは、次の花畑で猫に話しかけていた。
「やっぱり、王国までの風は遠いですのね。でも、きっと誰かが読んでくれたなら、それで充分ですわ」
そう言ってまた、空を仰ぐ。
彼女が書いた一通の手紙は、もはや一種の“神託の書”とされ、帝国各地で語り継がれはじめていた。
本当に伝えたかったのは、ただの“無事報告”だったというのに。
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