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35話
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春の終わり、帝国北部の小さな農村――ガルベン。
雪解けの冷気が残るこの地では、例年この時期は霧と湿気に悩まされ、作物の芽吹きも遅れがちだった。
だが、今年は違った。
村の古老によれば、突然風向きが変わり、畑にだけ陽が射し、土が柔らかく蘇ったという。
さらに湿気が引き、村の子供たちの間で流行していた咳の症状が、ある日を境にぴたりと止まった。
その“ある日”とは――
ひとりの白い令嬢が、花の冠を頭に乗せて、猫を連れて現れた日だった。
村の井戸の傍で、彼女は静かに腰を下ろし、摘んだばかりの野草を猫の背に乗せて笑っていた。
その姿は陽光に照らされ、まるで幻のように優しかった。
「まあ、風が通っておりますのね。
空気も澄んでいて……花粉症の方には良さそうですわ」
その言葉を、村人たちは“聖なる加護の言葉”として記録した。
翌日から、畑の麦が一斉に芽を出した。
数年ぶりに、古い井戸の水が澄み、苔も枯れた。
そして、村の教会の鐘が一度も触れられていないのに三度鳴ったとされる。
村人たちは膝をつき、手を合わせた。
“風の巫女”が現れたのだ、と。
この地が、“祝福の巡礼地”になったのだ、と。
急ごしらえの祠が建てられ、彼女が座った石が“神座”と呼ばれ、毎朝花が供えられるようになった。
子供たちは「ルゥナさまの風に乗せて」と風車を回し、老人たちは彼女が手にした草を“癒しの葉”と崇めて乾燥保存し始めた。
その頃、当の本人はといえば、村の外れの風車小屋の前で、のんびり猫の耳を梳いていた。
「……空が広うございますわね。あら、風の音に、鳥の囀りが混ざって……ふふ、まるで祝福の合奏ですわ」
特別なことなど、ひとつもしていない。
ただ、空気が澄んでいて、風が心地よくて、陽射しが穏やかだった――それだけのこと。
だが、それが村人たちにとっては“起こり得ぬ奇跡”だったのだ。
ルゥナが去った後、村は静かに騒ぎ出した。
巫女が風に乗って来た。
神がこの地を選んだ。
彼女が微笑んだ場所には、清めの風が吹いた、と。
そして、帝都の地図にひとつ新たな印が加わる。
“北部ガルベン村――風の祝福地。巡礼推奨”
ルゥナ本人は、次なる目的地へと道を迷いながら歩いていた。
「花粉の飛び方で道を選ぶのも、なかなか乙なものですわね」
その背に吹いた風が、やわらかく、そしてどこまでも瑞々しかった。
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ひとりの白い令嬢が、花の冠を頭に乗せて、猫を連れて現れた日だった。
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村人たちは膝をつき、手を合わせた。
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この地が、“祝福の巡礼地”になったのだ、と。
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子供たちは「ルゥナさまの風に乗せて」と風車を回し、老人たちは彼女が手にした草を“癒しの葉”と崇めて乾燥保存し始めた。
その頃、当の本人はといえば、村の外れの風車小屋の前で、のんびり猫の耳を梳いていた。
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ただ、空気が澄んでいて、風が心地よくて、陽射しが穏やかだった――それだけのこと。
だが、それが村人たちにとっては“起こり得ぬ奇跡”だったのだ。
ルゥナが去った後、村は静かに騒ぎ出した。
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そして、帝都の地図にひとつ新たな印が加わる。
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