悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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46話

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帝国東部の山間にある村の集会所で、小さな集まりがあった。  
円になって座った村人たちは、真剣な面持ちで語り合っている。

「……彼女がこの村を通った翌朝、干ばつの畑に水が戻った。  
風が種を運んで、鳥が鳴き、人の声が戻った……」

「そのあとに置かれていた言葉、“風が気持ち良かったですわね”。あれが神託じゃなければ、何だっていうのよ」

「迷ってたのに、行き先が見つかった。迷うって、悪いことじゃないのかもしれない……“迷いは祝福”って、そういうことじゃろ」

そして、その村に立てられた木の札にはこう刻まれていた。

――“迷いの風を纏いし者、その足跡に祝福あり”――

そうして始まったのは、信仰の芽生えだった。

最初は感謝の証として、次は旅の安全を祈って、  
やがては“彼女と同じように歩くこと”が、人生の導きになると信じるようになった。

「まずは風を読むのよ。風が北なら北へ。ルゥナ様も、そうなさっていたらしいわ」

「道に迷う? それは啓示。新たな出会いへの通過儀礼ですわ!」

「彼女が言ったじゃない、“お菓子は風の香りと合いますわね”って。  
つまり、風向きで今日の献立を決めるべきなのよ!」

こうして、帝国の各地に“ルゥナ教”なる謎の信仰が、静かに、しかし確実に広まり始めていた。

巫女ではない。預言者でもない。  
ただ、風に導かれて歩くひとりの少女の在り方そのものが、人々の心に根を張っていた。

帝都の大学では、“ルゥナ現象”として社会学の講義に組み込まれ、  
商人は“祝福の風が吹いた日”に合わせて出店し、  
宿屋は“迷い者歓迎”を看板に掲げるようになった。

そして、皇帝の側近たちが正式に記録に載せる段となって、彼女に確認を取ろうとしたとき――

「……宗教? どちらの貴族家のご令嬢かしら?」

ルゥナは、心からの無垢な疑問を口にした。

紅茶を飲みながら、焼き菓子を頬張りつつのその一言は、  
話を持ちかけた宮廷書記官の背筋を一瞬で凍らせた。

「……い、いえ……ルゥナ様、ご自身のことを申し上げておりまして……」

「わたくしの? まあ、いつの間にそんなお家を? 相続の話は聞いておりませんけれど……」

「ち、違います、信仰として、庶民の間で――!」

「……? そういえば以前、猫さんのくしゃみを“神託”と仰った方がいらしたような……」

書記官はその場で頭を抱え、  
一方でルゥナは、次の風の流れる方向に首を傾けた。

「……まあ、わたくしは風の吹くままですけれど。  
好きに信じてくださるなら、それも幸せなことでございますわね」

そしてまた、彼女の一歩が新たな“聖地”を生み出していく。

迷うことを肯定し、見えない風に導かれる――  
それこそが、この国で最も信じられている教えとなりつつあった。
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