50 / 70
婚約編
51話
しおりを挟む
帝国議会に突如として響いた勅命――「ルゥナ=フェリシェを嫁に迎えよ」。
それは、まるで雷鳴が落ちたような衝撃であった。
皇帝自らの言葉とあって、その影響は凄まじかった。
帝国の名家、騎士団の将、宰相の嫡子、辺境領主の若き後継者……。
名乗りを上げた男たちの名簿は瞬く間に十を越え、次の瞬間には貴族界の争奪戦が静かに、だが確実に始まっていた。
「この機を逃してなるものか」
「皇帝陛下の寵を得た令嬢を迎えれば、家名は盤石となろう」
「政略の軸にして、次代の帝国の母に据えるべし!」
理屈はそれぞれに違えど、彼らの目的はひとつだった。
ルゥナ=フェリシェという“奇跡を起こす存在”を、己が家に迎えること。
帝都の広場では早くも「祝福の婚約者選び」と銘打たれた非公式の噂が飛び交い、酒場では「誰が一番相応しいか」で賭けまで始まった。
中には“婿立候補者限定の詩朗読会”なる奇妙な催しまで開催され、参加者は真顔で恋の詩を吟じていたという。
だが――当の令嬢はというと、まったく別の時間を生きていた。
その日、ルゥナは帝都南の公園にて、白い日傘を片手にベンチへ腰を下ろしていた。
隣には猫、膝には籠入りのサンドイッチ。そして、手元の新聞を広げながら、ふと漏らす。
「まあ……今度は“ご婚約候補者が殺到”ですの?」
それは、あくまで“面白い記事”を眺めるような口調だった。
深刻さも緊張もない。
まるで、どこか遠くの国の出来事でも読んでいるかのような目だった。
そこへ、控えの者が一通の書簡を届けてくる。
差出人は帝国宮内庁。内容は、皇帝の勅命の正式通達と、候補者の選定についての要請書だった。
受け取ったルゥナは、書面を一読し、ため息すらつかずに静かに首を傾げた。
「……まあ、どなたかと結婚するということでございますのね。
それで、わたくしは――誰と結婚していただけるのでしょうか?」
周囲にいた侍従たちが固まった。
そして一拍遅れて、別の意味で凍りついた。
「……い、いえ。令嬢が“お相手をお選びになる”のでございますが……」
「まあ、それはそれは。では、皆さまお優しそうな方に見受けられますし……」
その後も彼女は、選定基準についてまったく関心を示さなかった。
「どなたか、お茶のお供になってくださる方がいらっしゃればそれで」と、実にあっさりとしたものである。
帝都が“次期帝妃の座”を巡り狂乱するその裏で、
本人は、今日の紅茶に合わせる砂糖の分量について猫と相談していた。
風は、その日も穏やかに吹いていた。
だが、帝国貴族たちの胸には、それを上回る“焦燥”の風が吹き荒れていた。
それは、まるで雷鳴が落ちたような衝撃であった。
皇帝自らの言葉とあって、その影響は凄まじかった。
帝国の名家、騎士団の将、宰相の嫡子、辺境領主の若き後継者……。
名乗りを上げた男たちの名簿は瞬く間に十を越え、次の瞬間には貴族界の争奪戦が静かに、だが確実に始まっていた。
「この機を逃してなるものか」
「皇帝陛下の寵を得た令嬢を迎えれば、家名は盤石となろう」
「政略の軸にして、次代の帝国の母に据えるべし!」
理屈はそれぞれに違えど、彼らの目的はひとつだった。
ルゥナ=フェリシェという“奇跡を起こす存在”を、己が家に迎えること。
帝都の広場では早くも「祝福の婚約者選び」と銘打たれた非公式の噂が飛び交い、酒場では「誰が一番相応しいか」で賭けまで始まった。
中には“婿立候補者限定の詩朗読会”なる奇妙な催しまで開催され、参加者は真顔で恋の詩を吟じていたという。
だが――当の令嬢はというと、まったく別の時間を生きていた。
その日、ルゥナは帝都南の公園にて、白い日傘を片手にベンチへ腰を下ろしていた。
隣には猫、膝には籠入りのサンドイッチ。そして、手元の新聞を広げながら、ふと漏らす。
「まあ……今度は“ご婚約候補者が殺到”ですの?」
それは、あくまで“面白い記事”を眺めるような口調だった。
深刻さも緊張もない。
まるで、どこか遠くの国の出来事でも読んでいるかのような目だった。
そこへ、控えの者が一通の書簡を届けてくる。
差出人は帝国宮内庁。内容は、皇帝の勅命の正式通達と、候補者の選定についての要請書だった。
受け取ったルゥナは、書面を一読し、ため息すらつかずに静かに首を傾げた。
「……まあ、どなたかと結婚するということでございますのね。
それで、わたくしは――誰と結婚していただけるのでしょうか?」
周囲にいた侍従たちが固まった。
そして一拍遅れて、別の意味で凍りついた。
「……い、いえ。令嬢が“お相手をお選びになる”のでございますが……」
「まあ、それはそれは。では、皆さまお優しそうな方に見受けられますし……」
その後も彼女は、選定基準についてまったく関心を示さなかった。
「どなたか、お茶のお供になってくださる方がいらっしゃればそれで」と、実にあっさりとしたものである。
帝都が“次期帝妃の座”を巡り狂乱するその裏で、
本人は、今日の紅茶に合わせる砂糖の分量について猫と相談していた。
風は、その日も穏やかに吹いていた。
だが、帝国貴族たちの胸には、それを上回る“焦燥”の風が吹き荒れていた。
82
あなたにおすすめの小説
【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。
拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。
この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。
そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。
ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。
なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。
※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。
助けた青年は私から全てを奪った隣国の王族でした
Karamimi
恋愛
15歳のフローラは、ドミスティナ王国で平和に暮らしていた。そんなフローラは元公爵令嬢。
約9年半前、フェザー公爵に嵌められ国家反逆罪で家族ともども捕まったフローラ。
必死に無実を訴えるフローラの父親だったが、国王はフローラの父親の言葉を一切聞き入れず、両親と兄を処刑。フローラと2歳年上の姉は、国外追放になった。身一つで放り出された幼い姉妹。特に体の弱かった姉は、寒さと飢えに耐えられず命を落とす。
そんな中1人生き残ったフローラは、運よく近くに住む女性の助けを受け、何とか平民として生活していた。
そんなある日、大けがを負った青年を森の中で見つけたフローラ。家に連れて帰りすぐに医者に診せたおかげで、青年は一命を取り留めたのだが…
「どうして俺を助けた!俺はあの場で死にたかったのに!」
そうフローラを怒鳴りつける青年。そんな青年にフローラは
「あなた様がどんな辛い目に合ったのかは分かりません。でも、せっかく助かったこの命、無駄にしてはいけません!」
そう伝え、大けがをしている青年を献身的に看護するのだった。一緒に生活する中で、いつしか2人の間に、恋心が芽生え始めるのだが…
甘く切ない異世界ラブストーリーです。
だってわたくし、悪女ですもの
さくたろう
恋愛
妹に毒を盛ったとして王子との婚約を破棄された令嬢メイベルは、あっさりとその罪を認め、罰として城を追放、おまけにこれ以上罪を犯さないように叔父の使用人である平民ウィリアムと結婚させられてしまった。
しかしメイベルは少しも落ち込んでいなかった。敵対視してくる妹も、婚約破棄後の傷心に言い寄ってくる男も華麗に躱しながら、のびやかに幸せを掴み取っていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
ある公爵令嬢の死に様
鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。
まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。
だが、彼女は言った。
「私は、死にたくないの。
──悪いけど、付き合ってもらうわよ」
かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。
生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら
自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。
十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした
柴田はつみ
恋愛
侯爵令嬢エラナは、父親の命令で突然、10歳年上の国王アレンと結婚することに。
幼馴染みだったものの、年の差と疎遠だった期間のせいですっかり他人行儀な二人の新婚生活は、どこかギクシャクしていました。エラナは国王の冷たい態度に心を閉ざし、離婚を決意します。
そんなある日、国王と聖女マリアが親密に話している姿を頻繁に目撃したエラナは、二人の関係を不審に思い始めます。
護衛騎士レオナルドの協力を得て真相を突き止めることにしますが、逆に国王からはレオナルドとの仲を疑われてしまい、事態は思わぬ方向に進んでいきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる