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婚約編
53話
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帝都宮廷では、いまや“婿争奪戦”が新たな局面を迎えていた。
各家の候補者たちは日夜、贈り物や書簡、そして己の家柄と功績をもってルゥナ=フェリシェの心を射止めようと躍起になっていた。
宝石、邸宅、希少な香油、馬車ごと贈られたティーセット。
極めつけには、東方より空輸された“歌う鳥かご”など、もはや品評会の様相である。
だが、当の令嬢は相変わらず風のように穏やかだった。
ある日、屋敷の庭先で猫と共に日向ぼっこをしながら、ぽつりと口にした。
「……そうですわね、やはり、お猫さんを嫌がらぬ方がよろしゅうございますわね。
いくら礼儀があっても、猫さんに威圧的な方はご遠慮したいものですわ」
それは本当に、ただの独り言だった。
猫の耳の後ろを撫でながら、紅茶を一口啜る、その何気ない呟き。
だが――それが、帝国を揺るがすことになる。
その発言を偶然聞いていた侍女の一人が、感動とともにその場を駆け出し、
気がつけば一時間後には“祝福の姫、婿の条件に猫を愛する心を求む”との速報が帝都新聞の夕刊に踊っていた。
翌朝。
「猫と触れ合う者は優しき心の証」
「膝の猫こそ帝妃への道」
などという見出しが並び、貴族社会は新たな価値観に染まっていく。
「我が家には三匹のメインクーンが」
「いや、我は捨て猫を救った経験がある」
「猫を抱いて詩を詠めば完璧ではないか!」
もはや猫好きアピール合戦である。
一方、帝国騎士団内でも混乱が広がっていた。
リヒャルト団長を筆頭に“猫との接し方訓練”が密かに開始され、
訓練室では無言の騎士たちが、借りてきた猫を腕に乗せて黙々と慣れ合いを試みるという異様な光景が広がる。
「腕が攣れそうです」「目を合わせるな、猫は見透かしてくるぞ……」
「殿下、撫ですぎて嫌われました……!」
だが――肝心の本人はというと。
「まあ、皆さま本当に猫さんをお好きなのですね。
お膝に乗せてくださる方も増えて、お猫さんも嬉しゅうございますわ」
嬉しそうに微笑むルゥナの隣で、猫はいつものようにごろりと寝返りを打った。
そう。
令嬢にとってはあくまで“猫が快適かどうか”が重要なのであって、
候補者たちが必死になっている事実など、どこ吹く風であった。
だがその日から、帝都の婚約戦線は静かに――確実に、“猫基準”へと塗り替えられていった。
各家の候補者たちは日夜、贈り物や書簡、そして己の家柄と功績をもってルゥナ=フェリシェの心を射止めようと躍起になっていた。
宝石、邸宅、希少な香油、馬車ごと贈られたティーセット。
極めつけには、東方より空輸された“歌う鳥かご”など、もはや品評会の様相である。
だが、当の令嬢は相変わらず風のように穏やかだった。
ある日、屋敷の庭先で猫と共に日向ぼっこをしながら、ぽつりと口にした。
「……そうですわね、やはり、お猫さんを嫌がらぬ方がよろしゅうございますわね。
いくら礼儀があっても、猫さんに威圧的な方はご遠慮したいものですわ」
それは本当に、ただの独り言だった。
猫の耳の後ろを撫でながら、紅茶を一口啜る、その何気ない呟き。
だが――それが、帝国を揺るがすことになる。
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翌朝。
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などという見出しが並び、貴族社会は新たな価値観に染まっていく。
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「いや、我は捨て猫を救った経験がある」
「猫を抱いて詩を詠めば完璧ではないか!」
もはや猫好きアピール合戦である。
一方、帝国騎士団内でも混乱が広がっていた。
リヒャルト団長を筆頭に“猫との接し方訓練”が密かに開始され、
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「腕が攣れそうです」「目を合わせるな、猫は見透かしてくるぞ……」
「殿下、撫ですぎて嫌われました……!」
だが――肝心の本人はというと。
「まあ、皆さま本当に猫さんをお好きなのですね。
お膝に乗せてくださる方も増えて、お猫さんも嬉しゅうございますわ」
嬉しそうに微笑むルゥナの隣で、猫はいつものようにごろりと寝返りを打った。
そう。
令嬢にとってはあくまで“猫が快適かどうか”が重要なのであって、
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