53 / 70
婚約編
54話
しおりを挟む
帝都の南区、ルゥナ=フェリシェが身を寄せている屋敷の応接間には、今日も変わらず“贈り物の山”が届いていた。
朝一番、薔薇の花束が三十束。
続いて、織り込み香の施された手書きの詩が百編以上。
香水瓶、宝石、絹の扇子、手作りの焼き菓子に至るまで、帝都の名士や貴族家の若君たちから届く“恋文と献上品”は、もはや一日で処理できる量を優に超えていた。
その中には、正式な婚姻契約書すら含まれており、しかも署名済みであった。
「まあ……皆さま、本当に筆まめでいらっしゃるのね」
応接間の窓辺で、ルゥナは手紙の束を一枚ずつ読みながら、猫の背を撫でていた。
驚くでもなく、浮かれるでもなく、ただ「丁寧ですわね」と頷くばかり。
誰の名前を特別に繰り返すこともなく、誰かの文に目を留める様子もない。
そして、その“返答方法”がまた、前代未聞だった。
「皆さまに、お返事として紅茶をお届けいたしましょう。
きっと、お手紙には温かいお茶が似合いますわ」
そう言って、屋敷の給仕に指示したのは――
それぞれの贈り主宛に、ルゥナ自身が選んだ茶葉と手紙の束を同封すること。
ただし手紙の中身は、“ご丁寧なお便りをありがとうございます”の一文と紅茶の淹れ方のみ。
結果、帝都中の貴族邸に“香り高き返答”が届く事態となった。
ある者は感激し、ある者は混乱した。
「こ、これは……つまり“温かい気持ちで見守っております”という意味なのか?」
「いや、逆に“湯気のように消えてください”の暗喩かもしれない……!」
「この紅茶の種類……まさか、“友人止まり”の暗号……?」
推測と解釈が錯綜するなか、“ルゥナ紅茶学派”なる一派まで生まれ、各茶葉の品種や香りが何の感情を意味するかを研究する奇妙な学問が立ち上がってしまう。
一方、ルゥナ本人はといえば――
「お返事がすぐ届くと、皆さま安心なさるでしょう?
それに、紅茶って言葉よりずっと正直ですもの」
そんなことを言いながら、窓辺の陽だまりでまた一杯、ポットから紅茶を注いでいた。
猫がくしゃみを一つし、ルゥナはその音に目を細めた。
「まあ、お茶が少し冷めましたのね。……では、これも“返事”に添えておきましょうか」
そうしてまた一通、温かい紅茶の香りが帝都の空に溶けていった。
言葉よりも静かで、しかし確かな余韻を残しながら。
朝一番、薔薇の花束が三十束。
続いて、織り込み香の施された手書きの詩が百編以上。
香水瓶、宝石、絹の扇子、手作りの焼き菓子に至るまで、帝都の名士や貴族家の若君たちから届く“恋文と献上品”は、もはや一日で処理できる量を優に超えていた。
その中には、正式な婚姻契約書すら含まれており、しかも署名済みであった。
「まあ……皆さま、本当に筆まめでいらっしゃるのね」
応接間の窓辺で、ルゥナは手紙の束を一枚ずつ読みながら、猫の背を撫でていた。
驚くでもなく、浮かれるでもなく、ただ「丁寧ですわね」と頷くばかり。
誰の名前を特別に繰り返すこともなく、誰かの文に目を留める様子もない。
そして、その“返答方法”がまた、前代未聞だった。
「皆さまに、お返事として紅茶をお届けいたしましょう。
きっと、お手紙には温かいお茶が似合いますわ」
そう言って、屋敷の給仕に指示したのは――
それぞれの贈り主宛に、ルゥナ自身が選んだ茶葉と手紙の束を同封すること。
ただし手紙の中身は、“ご丁寧なお便りをありがとうございます”の一文と紅茶の淹れ方のみ。
結果、帝都中の貴族邸に“香り高き返答”が届く事態となった。
ある者は感激し、ある者は混乱した。
「こ、これは……つまり“温かい気持ちで見守っております”という意味なのか?」
「いや、逆に“湯気のように消えてください”の暗喩かもしれない……!」
「この紅茶の種類……まさか、“友人止まり”の暗号……?」
推測と解釈が錯綜するなか、“ルゥナ紅茶学派”なる一派まで生まれ、各茶葉の品種や香りが何の感情を意味するかを研究する奇妙な学問が立ち上がってしまう。
一方、ルゥナ本人はといえば――
「お返事がすぐ届くと、皆さま安心なさるでしょう?
それに、紅茶って言葉よりずっと正直ですもの」
そんなことを言いながら、窓辺の陽だまりでまた一杯、ポットから紅茶を注いでいた。
猫がくしゃみを一つし、ルゥナはその音に目を細めた。
「まあ、お茶が少し冷めましたのね。……では、これも“返事”に添えておきましょうか」
そうしてまた一通、温かい紅茶の香りが帝都の空に溶けていった。
言葉よりも静かで、しかし確かな余韻を残しながら。
59
あなたにおすすめの小説
差し出された毒杯
しろねこ。
恋愛
深い森の中。
一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。
「あなたのその表情が見たかった」
毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。
王妃は少女の美しさが妬ましかった。
そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。
スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。
お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。
か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。
ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。
同名キャラで複数の作品を書いています。
立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。
ところどころリンクもしています。
※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!
病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】
藤原遊
恋愛
病弱な王女として生きてきたけれど、実は転生者。
この世界は、私が前世で読んだ小説の中――そして、弟こそが私の“推し”だった。
本来なら、彼は若くして裏切られ、命を落とす未来。
そんなの、見過ごせるわけない。
病弱を装いながら、私は政敵を操り、戦争を避け、弟の道を整えていく。
そして、弟が王になった時。
「姉さんは、ずっと僕のそばにいて」
囲われることも、支配されることも、甘い囁きも……本望だった。
禁忌の距離で紡がれる、姉弟×謀略×溺愛の異世界転生譚。
逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした
ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。
なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。
ザル設定のご都合主義です。
最初はほぼ状況説明的文章です・・・
拾った指輪で公爵様の妻になりました
奏多
恋愛
結婚の宣誓を行う直前、落ちていた指輪を拾ったエミリア。
とっさに取り替えたのは、家族ごと自分をも売り飛ばそうと計画している高利貸しとの結婚を回避できるからだ。
この指輪の本当の持ち主との結婚相手は怒るのではと思ったが、最悪殺されてもいいと思ったのに、予想外に受け入れてくれたけれど……?
「この試験を通過できれば、君との結婚を継続する。そうでなければ、死んだものとして他国へ行ってもらおうか」
公爵閣下の19回目の結婚相手になったエミリアのお話です。
虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。
ラディ
恋愛
一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。
家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。
劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。
一人の男が現れる。
彼女の人生は彼の登場により一変する。
この機を逃さぬよう、彼女は。
幸せになることに、決めた。
■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です!
■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました!
■感想や御要望などお気軽にどうぞ!
■エールやいいねも励みになります!
■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。
※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。
引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~
浅海 景
恋愛
オッドアイで生まれた透花は家族から厄介者扱いをされて引きこもりの生活を送っていた。ある日、双子の姉に突き飛ばされて頭を強打するが、目を覚ましたのは見覚えのない場所だった。ハウゼンヒルト神聖国の王子であるフィルから、世界を救う御子(みこ)だと告げられた透花は自分には無理だと否定するが、御子であるかどうかを判断するために教育を受けることに。
御子至上主義なフィルは透花を大切にしてくれるが、自分が御子だと信じていない透花はフィルの優しさは一時的なものだと自分に言い聞かせる。
「きっといつかはこの人もまた自分に嫌悪し離れていくのだから」
自己肯定感ゼロの少女が過保護な王子や人との関わりによって、徐々に自分を取り戻す物語。
団長様、再婚しましょう!~お転婆聖女の無茶苦茶な求婚~
甘寧
恋愛
主人公であるシャルルは、聖女らしからぬ言動を取っては側仕えを困らせていた。
そんなシャルルも、年頃の女性らしく好意を寄せる男性がいる。それが、冷酷無情で他人を寄せ付けない威圧感のある騎士団長のレオナード。
「大人の余裕が素敵」
彼にそんな事を言うのはシャルルだけ。
実は、そんな彼にはリオネルと言う一人息子がいる。だが、彼に妻がいた事を知る者も子供がいたと知る者もいなかった。そんな出生不明のリオネルだが、レオナードの事を父と尊敬し、彼に近付く令嬢は片っ端から潰していくほどのファザコンに育っていた。
ある日、街で攫われそうになったリオネルをシャルルが助けると、リオネルのシャルルを見る目が変わっていき、レオナードとの距離も縮まり始めた。
そんな折、リオネルの母だと言う者が現れ、波乱の予感が……
元王太子妃候補、現王宮の番犬(仮)
モンドール
恋愛
伯爵令嬢ルイーザは、幼い頃から王太子妃を目指し血の滲む努力をしてきた。勉学に励み、作法を学び、社交での人脈も作った。しかし、肝心の王太子の心は射止められず。
そんな中、何者かの手によって大型犬に姿を変えられてしまったルイーザは、暫く王宮で飼われる番犬の振りをすることになり──!?
「わん!」(なんでよ!)
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる