64 / 70
婚約編
65話
しおりを挟む
その朝、帝都には穏やかな風が吹いていた。
やわらかな陽光が石畳を照らし、遠くから鐘の音がかすかに響いてくる。
ルゥナ=フェリシェは、屋敷の庭に出て、静かに空を仰いだ。
リヒャルトの言葉が、胸の奥にまだ残っている。
彼の目の中にあったもの。
あのとき渡された帽子のぬくもり。
そして、何より――自分の心に芽生えた、ひとつの問い。
「……わたくし、ずっと風に流されていたのですわね」
小さく呟いたその声は、自嘲でも後悔でもなかった。
それは、ようやく見つけた“起点”だった。
これまでの彼女は、ただ好奇心のままに歩いてきた。
道に迷っても、風が向くままに進んでいた。
それで良かった。
それが、ルゥナ=フェリシェという存在のかたちだった。
けれど。
「……もし、わたくしが“どこへ行きたいのか”を選べるのだとしたら――」
指先で、帽子のリボンをそっと撫でる。
「それは、とても……こそばゆくて、でも少し嬉しゅうございますわね」
そのとき、風が一筋、彼女の頬を撫でた。
まるで“その選択を待っていた”かのように、そっと背を押してくるようだった。
「風がわたくしを運ぶのではなくて……わたくしが、風の中を歩いて向かっていくのですのね」
庭の花が揺れ、木々が囁き、空が光を注ぐ。
それは何気ない景色だった。
けれど、今のルゥナには、それが“自分の意志で見る風景”に思えた。
「わたくしが、決めてよろしいのですのね?」
その言葉に、誰が答えたわけでもない。
だが、胸の中で何かがふわりと解け、
同時にひとつの輪郭が生まれた。
向かいたい場所。
共にいたい人。
選びたい未来。
小さな決意が、彼女の中でゆっくりと形を取り始めていた。
遠くの通りでは、今日も帝都の人々が活気を放ち、
空にはまた、新しい風が吹き始めていた。
それは、これまでの風と違う。
誰かの期待でも、偶然でもない――
ルゥナ自身が選んだ、最初の一歩の風だった。
やわらかな陽光が石畳を照らし、遠くから鐘の音がかすかに響いてくる。
ルゥナ=フェリシェは、屋敷の庭に出て、静かに空を仰いだ。
リヒャルトの言葉が、胸の奥にまだ残っている。
彼の目の中にあったもの。
あのとき渡された帽子のぬくもり。
そして、何より――自分の心に芽生えた、ひとつの問い。
「……わたくし、ずっと風に流されていたのですわね」
小さく呟いたその声は、自嘲でも後悔でもなかった。
それは、ようやく見つけた“起点”だった。
これまでの彼女は、ただ好奇心のままに歩いてきた。
道に迷っても、風が向くままに進んでいた。
それで良かった。
それが、ルゥナ=フェリシェという存在のかたちだった。
けれど。
「……もし、わたくしが“どこへ行きたいのか”を選べるのだとしたら――」
指先で、帽子のリボンをそっと撫でる。
「それは、とても……こそばゆくて、でも少し嬉しゅうございますわね」
そのとき、風が一筋、彼女の頬を撫でた。
まるで“その選択を待っていた”かのように、そっと背を押してくるようだった。
「風がわたくしを運ぶのではなくて……わたくしが、風の中を歩いて向かっていくのですのね」
庭の花が揺れ、木々が囁き、空が光を注ぐ。
それは何気ない景色だった。
けれど、今のルゥナには、それが“自分の意志で見る風景”に思えた。
「わたくしが、決めてよろしいのですのね?」
その言葉に、誰が答えたわけでもない。
だが、胸の中で何かがふわりと解け、
同時にひとつの輪郭が生まれた。
向かいたい場所。
共にいたい人。
選びたい未来。
小さな決意が、彼女の中でゆっくりと形を取り始めていた。
遠くの通りでは、今日も帝都の人々が活気を放ち、
空にはまた、新しい風が吹き始めていた。
それは、これまでの風と違う。
誰かの期待でも、偶然でもない――
ルゥナ自身が選んだ、最初の一歩の風だった。
51
あなたにおすすめの小説
【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。
拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。
この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。
そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。
ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。
なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。
※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。
助けた青年は私から全てを奪った隣国の王族でした
Karamimi
恋愛
15歳のフローラは、ドミスティナ王国で平和に暮らしていた。そんなフローラは元公爵令嬢。
約9年半前、フェザー公爵に嵌められ国家反逆罪で家族ともども捕まったフローラ。
必死に無実を訴えるフローラの父親だったが、国王はフローラの父親の言葉を一切聞き入れず、両親と兄を処刑。フローラと2歳年上の姉は、国外追放になった。身一つで放り出された幼い姉妹。特に体の弱かった姉は、寒さと飢えに耐えられず命を落とす。
そんな中1人生き残ったフローラは、運よく近くに住む女性の助けを受け、何とか平民として生活していた。
そんなある日、大けがを負った青年を森の中で見つけたフローラ。家に連れて帰りすぐに医者に診せたおかげで、青年は一命を取り留めたのだが…
「どうして俺を助けた!俺はあの場で死にたかったのに!」
そうフローラを怒鳴りつける青年。そんな青年にフローラは
「あなた様がどんな辛い目に合ったのかは分かりません。でも、せっかく助かったこの命、無駄にしてはいけません!」
そう伝え、大けがをしている青年を献身的に看護するのだった。一緒に生活する中で、いつしか2人の間に、恋心が芽生え始めるのだが…
甘く切ない異世界ラブストーリーです。
だってわたくし、悪女ですもの
さくたろう
恋愛
妹に毒を盛ったとして王子との婚約を破棄された令嬢メイベルは、あっさりとその罪を認め、罰として城を追放、おまけにこれ以上罪を犯さないように叔父の使用人である平民ウィリアムと結婚させられてしまった。
しかしメイベルは少しも落ち込んでいなかった。敵対視してくる妹も、婚約破棄後の傷心に言い寄ってくる男も華麗に躱しながら、のびやかに幸せを掴み取っていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
ある公爵令嬢の死に様
鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。
まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。
だが、彼女は言った。
「私は、死にたくないの。
──悪いけど、付き合ってもらうわよ」
かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。
生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら
自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。
十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした
柴田はつみ
恋愛
侯爵令嬢エラナは、父親の命令で突然、10歳年上の国王アレンと結婚することに。
幼馴染みだったものの、年の差と疎遠だった期間のせいですっかり他人行儀な二人の新婚生活は、どこかギクシャクしていました。エラナは国王の冷たい態度に心を閉ざし、離婚を決意します。
そんなある日、国王と聖女マリアが親密に話している姿を頻繁に目撃したエラナは、二人の関係を不審に思い始めます。
護衛騎士レオナルドの協力を得て真相を突き止めることにしますが、逆に国王からはレオナルドとの仲を疑われてしまい、事態は思わぬ方向に進んでいきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる