悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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婚約編

66話

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帝都の空は、春にしては澄みわたっていた。  
雲ひとつない蒼に、カーテンが柔らかく揺れる。

ルゥナ=フェリシェは、屋敷のバルコニーで紅茶を手にしていた。  
胸の奥に残る、いくつもの想いを、少しずつ言葉にしようと、静かに呼吸を整える。

日差しは心地よく、風は穏やかで、猫は膝で丸くなっている。  
いつもの光景――けれど、彼女の心だけは、いつもと違っていた。

「わたくしが……誰かを、選ぶ……?」

ぽつりと漏れたその問いは、風よりも静かに広がっていった。

これまでのルゥナは、選ぶことをしなかった。  
風に吹かれ、流されるままに日々を過ごし、  
誰かの好意にも、熱意にも、ただ笑顔で応えてきた。

だが、リヒャルトは違った。

彼は、何も言わずに隣に立ち、  
何も求めずに彼女を支え、  
何より、自分を“風になる”とまで言った。

その言葉の意味が、いまようやく分かりかけていた。

「わたくし、誰かを選ぶことになるなんて……考えたこともございませんでしたのに」

手の中のカップがほんのりと温かい。  
その熱は、彼の手のぬくもりを思い出させる。

帽子を拾ってくれた日。  
転びそうになった時に、手を取ってくれた日。  
猫が彼の足元に甘えた日。  
そして、静かに「誤魔化さない」と言ってくれた日。

そのどれもが、確かな記憶として胸に残っていた。

「……構いませんのね? わたくしが、選んでも」

言葉にしたその瞬間、胸のざわめきが波のように広がり、  
けれどどこか、心が落ち着いていくのを感じた。

“選んでもいい”――  
そう思えた自分が、いま初めていた。

遠くから馬車の音が聞こえる。  
街の喧騒が、窓辺にかすかに届く。

帝都は、今日も動いている。  
その中心に自分がいることも、いつの間にか当たり前になっていた。

だが、今度は――自分の意志で、一歩踏み出すときだ。

「この気持ち、風ではなく……たぶん、わたくしのものですわね」

そっとカップを置いた彼女の瞳に、迷いはなかった。

もうすぐ答えを出す。  
風に運ばれるのではなく、自らの足で歩いていくために。
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