悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。

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婚約編

65話

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その朝、帝都には穏やかな風が吹いていた。  
やわらかな陽光が石畳を照らし、遠くから鐘の音がかすかに響いてくる。  
ルゥナ=フェリシェは、屋敷の庭に出て、静かに空を仰いだ。

リヒャルトの言葉が、胸の奥にまだ残っている。  
彼の目の中にあったもの。  
あのとき渡された帽子のぬくもり。  
そして、何より――自分の心に芽生えた、ひとつの問い。

「……わたくし、ずっと風に流されていたのですわね」

小さく呟いたその声は、自嘲でも後悔でもなかった。  
それは、ようやく見つけた“起点”だった。

これまでの彼女は、ただ好奇心のままに歩いてきた。  
道に迷っても、風が向くままに進んでいた。  
それで良かった。  
それが、ルゥナ=フェリシェという存在のかたちだった。

けれど。

「……もし、わたくしが“どこへ行きたいのか”を選べるのだとしたら――」

指先で、帽子のリボンをそっと撫でる。

「それは、とても……こそばゆくて、でも少し嬉しゅうございますわね」

そのとき、風が一筋、彼女の頬を撫でた。  
まるで“その選択を待っていた”かのように、そっと背を押してくるようだった。

「風がわたくしを運ぶのではなくて……わたくしが、風の中を歩いて向かっていくのですのね」

庭の花が揺れ、木々が囁き、空が光を注ぐ。  
それは何気ない景色だった。  
けれど、今のルゥナには、それが“自分の意志で見る風景”に思えた。

「わたくしが、決めてよろしいのですのね?」

その言葉に、誰が答えたわけでもない。  
だが、胸の中で何かがふわりと解け、  
同時にひとつの輪郭が生まれた。

向かいたい場所。  
共にいたい人。  
選びたい未来。

小さな決意が、彼女の中でゆっくりと形を取り始めていた。

遠くの通りでは、今日も帝都の人々が活気を放ち、  
空にはまた、新しい風が吹き始めていた。

それは、これまでの風と違う。  
誰かの期待でも、偶然でもない――  
ルゥナ自身が選んだ、最初の一歩の風だった。
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