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第一話:シュークリームは静寂の科学、そして嵐の序曲
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五月下旬の朝。世界は、生まれたての緑の香りで満たされていた。
夜の間に降りた露を浴びて、生命力を漲らせた街路樹の若葉が、朝日に照らされて眩しいほどにきらめいている。その一枚一枚が光を透かし、まるでエメラルドの薄片のように輝いていた。高層ビルの巨大なガラス窓は、空の青を映し込む巨大な鏡となり、太陽の光を地上へと滑らせる。反射した光はアスファルトの上に柔らかな斑模様を描き出し、風が吹くたびにその光のパッチワークは生き物のように形を変え、ゆらゆらと揺らめいていた。街路樹の葉が擦れ合う音は、さざ波のように軽やかで、その音はまるで、ここから遠く離れたどこかの海岸で打ち寄せる波の囁きのようにも聞こえた。佐藤健人(さとう けんと)は、定刻通りにやってきた路線バスの硬いシートに身を預け、窓ガラスに額を押し付けるようにして、その光景をぼんやりと眺めていた。
バスのエンジンが発する規則的な振動が、座席を通じて健人の身体に心地よく伝わってくる。風が、わずかに開けられた窓の隙間から車内に忍び込み、健人の頬を優しく撫でていった。その風は、様々な情報を運んでくる。雨上がりの湿り気を帯びた土の匂い、アスファルトが太陽の熱を吸い込み始める前のひんやりとした匂い、そして、どこかの民家の庭先でひっそりと咲き始めたクチナシの、濃厚で甘い香り。それらが混じり合い、健人の鼻腔をくすぐるたびに、彼は季節がその濃度を一日ごとに、一時間ごとに増していくのを感じていた。車窓の外では、制服姿の学生たちが楽しげに笑いながら歩道を歩き、犬を散歩させる老人がゆっくりと空を見上げている。ありふれた、しかし二度とはない朝の風景。健人はそのすべてを、一枚の絵画を鑑賞するように、静かに心の中に収めていた。
やがて目的の停留所が近づき、健人は降車ボタンを無言で押し込んだ。柔らかな光が点灯し、次の停車を告げる。バスを降り、オフィスビルへと続く歩道に足を踏み出す。磨き上げられた革靴の底が、ざらりとしたコンクリートを叩く、乾いた規則的な音。こつ、こつ、こつ。その音だけが、健人の日常の始まりを告げるゴングのように、彼の意識に響き渡った。周囲の喧騒も、鳥のさえずりも、その瞬間だけは遠のいていく。ただ、自分の歩むリズムだけが、世界のすべてであるかのように。
巨大なガラス張りの自動ドアが、健人の接近を感知して滑るように開く。その瞬間、空気が劇的に変わった。外の世界に満ちていた生命感あふれる緑の香りは、空調システムが絶え間なく吐き出す、管理された無機質な空気と、床を磨くための業務用ワックスが放つ、つんとした化学的な匂いによって一瞬で塗り替えられてしまう。それはまるで、世界の境界線を越えたかのような感覚だった。
長く、どこまでも続くかのように思える廊下は、深夜のうちに清掃員によって完璧に磨き上げられ、天井に等間隔で並ぶ蛍光灯の白い光を、のっぺりと反射していた。そのテカリ具合は完璧で、まるで静まり返った水面のように、歩みを進める健人の歪んだ姿がぼんやりと映り込む。自分の足音だけが、この静寂な空間ではやけに大きく響いた。こつ、こつ、こつ。しかし、その規則正しい音さえも、この広大な空間の静寂に吸い込まれ、やがて虚空に消えていくようだった。健人はこの、徹底的に管理され、予測可能な空間を嫌いではなかった。むしろ、好ましくさえ思っていた。
経理三課。それが、佐藤健人の戦場であり、同時に彼にとっての安息の地でもあった。プレートに刻まれたその無機質な文字を確認し、彼は静かにドアノブに手をかける。中にはすでに数人の同僚が出社しており、それぞれがそれぞれの儀式を始めていた。健人は誰にともなく軽く会釈をすると、迷いのない足取りでフロアの奥にある自分のデスクへと向かった。
自分の指定席であるオフィスチェアに腰を下ろすと、長年使われてきた椅子が、彼の体重を受け止めてかすかに軋む音を立てた。その小さな音さえも、彼の日常を構成する重要な要素の一つだ。パソコンの電源ボタンを人差し指で静かに押し込む。低いファンの回転音が唸りを上げ、やがて安定した動作音へと変わっていく。隣の席に座る、勤続二十年のベテラン社員である先輩が、景気づけのようにエンターキーを「ターン!」と叩く、プラスチックの鋭い音。向かいの席の新人は、まだ眠気の残る目をこすりながら、あくびを噛み殺している。誰もが、まだ覚醒しきれていない頭で、しかし長年の習慣に導かれるように、無意識に指を動かし始めていた。
健人は、すぐには仕事に取り掛からない。まず、ペン立てに収められた数本のペンの向きを、寸分の狂いもなく完璧に揃える。クリップの向きまで同じ方向に統一されていなければ、彼の心は落ち着かない。次に、デスクトップに置かれた液晶ディスプレイの角度を、机の縁と完璧な直角になるよう微調整する。ほんの僅かなズレも許さない。この一連の儀式を終えて初めて、彼の精神は仕事モードへと切り替わるのだ。
ログインパスワードを打ち込み、業務システムを立ち上げる。画面に表示されるのは、無数の数字、数字、数字。カンマの位置、小数点以下の処理、桁数の確認。そこに曖昧さが入り込む余地は一切許されない。ズレは、エラーだ。間違いは、システムの崩壊を意味する。その厳格で、絶対的なルールに支配された世界こそが、健人にとっては何よりも心地の良い世界だった。感情の揺らぎも、不条理な解釈の余地もない。1はどこまでいっても1であり、0.1の誤差が全体を崩壊させる。その絶対的なルールこそが、混沌とした人間社会における、彼にとっての唯一の光であり、秩序だった。
昼休み。多くの社員が解放感に満ちた表情で社員食堂へと向かい、あるいは連れ立って外のレストランへと消えていく中、健人は自席で手早く弁当を済ませるのが常だった。母親が作ってくれた、栄養バランスは完璧だが彩りに乏しい弁当。彼はそれを、味を確かめるでもなく、ただ燃料を補給するかのように淡々と口に運んだ。
午後の業務が始まると、部屋には再び静寂が戻り、規則正しいキーボードの打鍵音と、時折静寂を破るように響く電話の電子的な呼び出し音、そして部屋の隅に置かれた複合機が、紙を吸い込み、印刷し、吐き出すリズミカルな機械音だけが満ちていた。時間は、まるで水槽の中の水のように、よどみなく、しかし確実に流れていく。やがて西日が差し込み始め、ブラインドの隙間から、まるでサーチライトのような鋭い光が何本も室内に差し込んできた。その光の筋が、空気中を静かに舞う無数の埃を、きらきらと金色に照らし出す。それはまるで、宇宙空間に漂う星屑のようだった。健人は、入力作業の手を止めることなく、その光の帯を横目で見ながら、心の中で思う。この光の筋が、あと十五センチ左に、机の角までずれる頃、終業を告げるチャイムが鳴るだろう、と。彼の予測は、ほとんどの場合、正確だった。
そして、その予測通りにチャイムが鳴り響くと、健人は誰よりも早く、しかし慌てることなく、粛々と席を立った。進行中の作業を完璧な状態で保存し、パソコンのシャットダウンプロセスが完了するのを待つ。開いていたファイルを閉じ、デスクの上をミリ単位で整える。その一連の動作には、一切の無駄も迷いもない。会社を出て、夕暮れの光を全身に浴びる。朝の希望に満ちた白い光とは違う、一日が終わっていくことへの一抹の寂しさを感じさせる、濃いオレンジ色の光が、ビル群の輪郭をくっきりと黒く縁取っていた。
帰りのバスに揺られながら、彼はもう「経理三課の佐藤健人」ではなかった。彼の頭の中は、これから始まる神聖な儀式への期待で満たされていた。彼は指を折りながら、必要な材料を頭の中で再確認する。卵、バター、薄力粉、グラニュー糖。そうだ、牛乳は昨日の帰りに買ったから、まだ冷蔵庫に十分な量が残っているはずだ。バニラビーンズのストックも、まだ二本はあったはずだ。彼の思考は、すでに完璧なレシピの構築と、その再現プロセスへと移行していた。
自宅アパートの、そっけない鉄製のドアを開ける。カチャリ、という鍵の音が、現実世界との境界線を引く。昼間の喧騒や、オフィスでの緊張感とは完全に隔絶された、自分だけの城。誰にも邪魔されない、絶対的な空間。彼はまず、洗面所で丁寧に手洗いとうがいを済ませる。外の世界で付着した、目に見えない汚れをすべて洗い流すための、これもまた重要な儀式だ。窮屈なスーツを脱ぎ捨て、着慣れた柔らかな部屋着に着替えると、彼はまっすぐキッチンへと向かった。
そこは、彼の聖域(サンクチュアリ)だった。決して広くはない、ごく標準的なアパートのキッチン。しかし、磨き上げられたステンレスの調理台の上には、何一つ余計なものが置かれていなかった。壁にかけられた調理器具たちは、まるで外科医が使うメスのように、種類とサイズごとに整然と並べられている。使い込まれてはいるが、手入れが行き届き、鈍い銀色の光を放っている。
この場所で、彼はもう一人の自分になる。会社での地味で無口な「佐藤健人」という仮面を脱ぎ捨て、彼は今夜、「Monsieur Sucre(ムッシュ・シュクル)」になるのだ。SNSの片隅で、その正体を決して明かすことなく、ただひたすらに完璧な菓子とその精密なレシピを投稿し続ける、謎のパティシエに。そこには、現実世界での彼を知る者は誰もいない。人々が評価するのは、彼の作り出す作品、その一点のみ。その純粋な評価こそが、健人の唯一の承認欲求を満たすものだった。
今宵、彼が挑む作品は、シュー・ア・ラ・クレーム。日本で言うところのシュークリームだ。だが、彼が作るのはただのシュークリームではない。シュー生地の上にクッキー生地を乗せて焼き上げる、より高度な技術を要する「シュー・クラックラン」。サクサクとしたクッキー生地の食感と、ふんわりと焼きあがったシュー生地、そしてその中にたっぷりと詰められたなめらかなクリーム。その三位一体のコントラストが命となる、繊細で奥深いお菓子。彼の完璧主義な性格を、存分に満たしてくれる挑戦だった。
まず、クラックラン生地から取り掛かる。すべての基本は、正確な計量と温度管理にある。
冷蔵庫から出したばかりの、指先が触れると白くなるほど冷たく硬い無塩バターを、0.1グラム単位まで表示されるデジタルスケールで正確に40グラム計り取り、1センチ角に切り分ける。冷たいバターが調理台の上で、カツン、カツンと乾いた音を立てる。それを冷やしておいたステンレスのボウルに入れ、ブラウンシュガーを50グラム、ふるっておいた薄力粉を40グラム、静かに加える。そして、ここからはスピードが勝負だ。彼は指先を使い、バターを潰しながら粉と素早くすり混ぜていく。手の体温でバターが溶け出し、生地がだれてしまうことだけは絶対に避けなければならない。指先でバターの塊を感じ、それを粉に押し付けるようにして潰し、擦り合わせる。やがて、ばらばらだった材料が混じり合い、全体がしっとりとしたそぼろ状に変わり、ほろほろとした心地よい手触りに変化する。それを両手でぎゅっとひとまとめにし、一枚のオーブンシートの上に置く。さらにもう一枚のシートを上から被せ、麺棒で丁寧に薄く伸ばしていく。目指す厚さは2ミリ。定規で測ったかのように、どこまでも均一で正確な厚み。彼は生地の端から端まで、何度も指で厚みを確認する。完璧な厚みに達したことを確認すると、彼はそれを天板に乗せ、冷凍庫で急速に冷やし固める。ここまで、一切の無駄な動きも、思考の迷いも存在しない。
次に、この菓子の心臓部とも言える、クレーム・パティシエール(カスタードクリーム)の準備だ。
小鍋に新鮮な牛乳を250cc注ぎ、黒く艶やかなバニラビーンズの鞘を、ナイフで縦にそっと裂く。中から現れる、黒い粒状の種を丁寧にしごき出し、その種と、香りが残る鞘の両方を牛乳の中に入れる。彼は弱火にかけ、鍋の縁がふつふつと微かに泡立つまで、つまり沸騰直前までゆっくりと温めていく。やがて、バニラの甘く、それでいてどこか官能的な、陶然とするような香りが、静まり返ったキッチンに満ち満ちて、立ち上り始めた。
その間に、別のボウルで作業を進める。新鮮な卵を割り、卵黄3個分だけを丁寧に取り分ける。その黄金色の黄身を泡立て器で軽くほぐし、グラニュー糖60グラムを加えて、空気を含ませるようにして混ぜ合わせる。最初は重かった感触が、次第に軽やかになり、卵黄の色が白っぽく、ふんわりとマヨネーズ状になるまで、休むことなく手を動かし続ける。そこに、再度ふるいにかけた薄力粉20グラムを加え、粉気が完全になくなるまで優しく混ぜ合わせる。
温めた牛乳を、卵黄のボウルに少しずつ、糸を垂らすように加えながら、絶えず泡立て器で混ぜ続ける。ここで一気に入れてしまえば、卵黄が熱で凝固し、すべてが台無しになってしまう。滑らかなクリームの敵、ダマになってしまうのだ。この世界のすべてが、このくらい繊細で、正確な手順を踏めば、きっとうまくいくのに、と健人は思う。人間関係のように、予測不能で曖昧なものは、ここにはない。
すべてが混ざり合った液体を、今度は漉し器を通して鍋に戻す。バニラの鞘を取り除くためだ。再び中火にかけ、ここからは一瞬たりとも気が抜けない。絶えず、鍋の底をヘラでかくようにして、焦げ付かないように混ぜ続ける。最初はサラサラとしていた液体が、熱が加わるにつれて次第にとろみを帯び始め、やがてヘラで持ち上げると、ぽってりと落ちるくらいの固さになる。鍋の表面が、ふつ、ふつ、と火山の噴火口のように気泡が立ち始める。ここからが勝負だ。そこからさらにきっかり一分間、加熱を続ける。これは、小麦粉に完全に火を通し、粉っぽさを消し去るための、極めて重要な一分。この一分を惜しむと、ざらついた舌触りの、素人じみたクリームになってしまう。一分後、素早く火から下ろし、仕上げにバターを10グラム加えて溶かす。これが、クリームに美しい艶と、豊かなコクを与える最後の魔法だ。完成した、黄金色に輝く完璧なクリームを、浅いバットに広げ、表面に空気が触れないようにぴったりとラップフィルムを密着させる。そして、氷水を張ったボウルの上にバットを乗せ、一気に、急速に冷却する。
完璧な下準備。健人は、自らの仕事に満足のため息を一つ漏らし、丁寧に手を洗った。
これから始まるシュー生地の作成、そして組み立てと焼成。そのクライマックスを前にした、この静かで満ち足りた瞬間が、たまらなく好きだった。
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その頃、都心にある雑居ビルの一室は、混沌と絶望の空気に満ちていた。
「だーっ!もうダメ!今月のPV数も目標達成率わずか15%!これじゃあ、サービス終了待ったなしだよ!」
床一面に散らばる、過去のボツ企画書の山の頂上で、田中里奈(たなか りな)は両手でわしわしと髪をかきむしり、頭を抱えていた。
彼女が情熱のすべてを注ぎ込み、ディレクターを務める弱小動画配信サービス「バズチャンネル」は、まさに崖っぷち、いや、すでに崖から片足を踏み外した状態で、かろうじて指先だけでぶら下がっているような状況だった。資本金も、知名度も、大手には到底及ばない。だからこそ、情熱だけを唯一の武器に、誰も思いつかないような突飛な企画を連発しては、ことごとく、見事なまでにスベり倒してきた。床に無数に転がるエナジードリンクの空き缶が、彼女の眠れぬ夜と、報われぬ苦闘の歴史を雄弁に物語っていた。
「なにか…なにか、起死回生の一発逆転満塁ホームラン級のネタは…ないのっ!?」
半ばヤケクソになりながら、彼女はスマートフォンの画面を、親指が摩擦で火傷しそうなほどの速さでスクロールしていく。目に飛び込んでくるのは、どれもこれも大手人気チャンネルがすでにやり尽くしたような、既視感のある企画ばかり。大食い、ドッキリ、やってみた系…。その時、苛立ちと諦めが入り混じった彼女の目に、ふと、一つのアカウントが奇妙な引力をもって留まった。
『Monsieur Sucre(ムッシュ・シュクル)』
そのアカウント名は、フランス語で「砂糖さん」あるいは「ミスター・シュガー」を意味するのだろうか。プロフィール欄は空白。アイコンは、ただの真っ白な円。しかし、そこに並んでいたのは、プロのフードフォトグラファーが、完璧なライティングと構図で撮ったとしか思えない、息をのむほどに芸術的なお菓子の写真の数々だった。艶やかなチョコレートのグラサージュ、宝石のように輝くフルーツタルト、繊細な飴細工。添えられているのは、まるで業務用マニュアルのように、感情を一切排した無味乾燥なレシピだけ。作り手の顔も、声も、物語も、そこには何一つない。しかし、その投稿に付随するコメント欄は、熱狂と賞賛の嵐だった。
『神のレシピ…この通りに作ったら、近所のケーキ屋を軽く超える味が完全再現できた!鳥肌立った!』
『この人、一体何者なんだ?絶対にどこかの星付きレストランで働く、世界レベルのパティシエに違いない…』
『ムッシュのレシピは、もはや科学論文。寸分の狂いもない。』
顔も、素性も、性別すら、一切不明。だが、その腕は間違いなく本物。その謎めいた存在感が、逆に人々の想像力を掻き立て、カリスマ性を生み出していた。
「この人だ…」
里奈の目に、それまで淀んでいた絶望の色が消え、希望の光が宿った。いや、それは希望というよりも、獲物を見つけた狩人のような、ギラギラとした野望の光だった。
「この神パティシエを、うちの『バズチャンネル』で独占デビューさせることができれば…絶対にバズる!絶対に!」
だが、どうやって接触すればいいのか?ダイレクトメッセージ機能はオフになっている。コメント欄に書き込んでも、無数の賞賛の中に埋もれてしまうだろう。手掛かりは、ゼロ。里奈は、藁にもすがる、というよりは藁から綱を作り出すような思いで、彼の投稿写真を一枚一枚、徹底的に分析し始めた。写真の隅に、ほんの僅かに映り込んだ食器のロゴマーク、窓の外に見える建物の形状、季節によって変わる光の差し込み方、写真に添えられたレシピで使われている専門的な材料が手に入りそうな店の分布…。彼女は、持ち前の執念と、無駄に培ってきたリサーチ能力を総動員した。
数日後。里奈の執念は、ついに実を結んだ。いくつかの候補地の中から、写真に映り込む風景のディテールと、特殊な製菓材料を扱う店の位置関係を照らし合わせ、彼女は健人が働くオフィスビルを特定するに至ったのだ。もはやディレクターというよりは探偵に近い。彼女はすぐさま行動に移し、そのビルの出入り口で、ひたすら張り込みをするという、ほとんどストーカーまがいの行動に出ていた。
そして、運命の瞬間は、意外なほどあっさりと訪れた。
夕暮れ時、オフィスビルから出てくる人々の波。里奈が目を皿のようにして一人一人をチェックしていると、その中に、ひときわ地味で、猫背気味にトボトボと歩く一人の青年がいた。それが健人だった。里奈が、声をかけるべきか、いや、もし人違いだったらどうしようかと逡巡した、まさにその時だった。健人が、定期券を取り出そうとカバンに手を入れた拍子に、中から小さな白い紙袋が一つ、ぽとりとアスファルトの上に落ちた。
ころん、と乾いた音を立てて転がった紙袋から、まるで生まれたての雛が顔を出すようにして、一つの焼き菓子が姿を現した。それは、完璧な球体をした、均一で美しい黄金色の焼き色がついたシュークリームだった。そして、その表面には、ひび割れたクッキー生地が、まるで芸術家が計算し尽くしたかのように、見事な模様を描いて張り付いていた。ムッシュ・シュクルのSNSで、数日前に投稿されていた「シュー・クラックラン」と、寸分違わぬ姿だった。
「ムッシュ・シュクル…!」
里奈は確信した。彼女は、地面に落ちてしまったその完璧なシュークリームを、まるで聖遺物を扱うかのようにそっと拾い上げると、健人の前に立ちはだかった。
「あの!あなた、ムッシュ・シュクルさん、ですよね!?」
突然、目の前に現れた、エネルギッシュで、やけに美人な女性に、健人の心臓は文字通り、喉から飛び出しそうなくらいに跳ね上がった。なぜ、自分の正体が。この、会社と自宅を往復するだけの、地味な経理部員である自分の、唯一の秘密が、なぜ見知らぬ他人に知られているのか。パニックで頭が真っ白になり、声も出ない。
「私、『バズチャンネル』という動画配信サービスでディレクターをしております、田中里奈と申します!ぜひ、うちで番組をやりませんか!?あなたほどの才能があれば、絶対に世界を獲れます!」
まるで高性能のマシンガンのように、淀みなくまくし立てる里奈の勢いに、健人は思わず一歩、二歩と後ずさる。無理だ。絶対に無理だ。人前でまともに喋ることすらできない自分が、ましてやカメラの前で顔を晒して、お菓子を作るなんて。考えただけで、呼吸が浅くなる。それは、死刑宣告にも等しい。
「い、いえ、人違いです…。そんな名前は、知りません…」
かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く、蚊の鳴くようだった。
しかし、里奈は百戦錬磨のディレクター(自称)だ。この程度のことで諦めるはずがなかった。彼女はにっこりと、しかし目の奥は全く笑っていない笑顔を浮かべると、最終手段に出た。
「…わかりました。それならそれで結構です。あなたの会社の皆さんに、教えてあげますね。『経理三課の佐藤さんが、今ネットで大人気の、あの謎の天才パティシエ、ムッシュ・シュクルなんですよー!』って、ビルの入り口で大声で教えてあげますね!」
それは、悪魔の囁きだった。会社の同僚に、この秘密の趣味がバレる。想像しただけで、健人は全身の血の気が引いていくのを感じた。あの静寂で、秩序の保たれたオフィスが、好奇と噂話の目に満ちた、耐え難い地獄に変わる光景が、まざまざと目に浮かんだ。
「……」
健人は、青ざめた顔で、目の前の女の顔をまじまじと見つめた。その瞳は、狂気と、純粋な情熱で、らんらんと怪しく輝いていた。この人は、本気でやる。理屈や常識が通じる相手ではない。健人は、瞬時にそれを理解した。
こうして、完璧な世界に生きる天才パティシエと、崖っぷちのポンコツディレクターの、奇妙で、甘くて、そして波乱万丈なドタバタ劇の物語の幕は、半ば強制的に、乱暴にこじ開けられたのだった。
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**《ムッシュ・シュクル流:シュー・クラックラン完璧レシピ①》**
**【材料:クラックラン生地(天板一枚分)】**
* 無塩バター(食塩不使用):40g ※必ず使用直前まで冷蔵庫で芯まで冷やしておくこと。これがサクサク感の鍵となる。
* ブラウンシュガー(またはフランス産カソナード):50g ※上白糖でも代用可能だが、コクと風味が格段に変わる。
* 薄力粉:40g ※事前にふるっておくことで、ダマにならず均一に混ざる。
**【作り方】**
1. 冷たいバターを1cm角に正確に切り分け、事前に冷やしておいたボウルに入れる。ブラウンシュガー、薄力粉も同じボウルに加える。
2. 指先を使い、バターを潰しながら粉類と素早くすり混ぜる。手の温度でバターが溶け出さないよう、スピードが重要。決して手のひらで捏ねてはならない。全体が均一な、しっとりとしたそぼろ状になるまで続ける。
3. そぼろ状になった生地を、ボウルの壁に押し付けるようにしてひとまとめにする。練りすぎるとグルテンが発生し、食感が硬くなるため注意。
4. オーブンシート(またはラップ)2枚の間に生地を挟み、麺棒で厚さ2mmになるように均一に伸ばす。厚みが不均一だと焼きムラの原因となる。
5. 天板に乗せ、冷凍庫で最低30分以上、カチカチに硬くなるまで冷やす。(この状態でラップに包めば、冷凍保存も可能。必要な時にすぐ使える)
**※ポイント:** ブラウンシュガーを使うことで、焼き上がりに深いコクと香ばしい風味が加わる。生地をしっかりと冷やし固めることで、焼成時にシュー生地の上で溶け出すことなく、美しいひび割れ(クラックラン)が生まれる。この工程を疎かにしてはならない。
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夜の間に降りた露を浴びて、生命力を漲らせた街路樹の若葉が、朝日に照らされて眩しいほどにきらめいている。その一枚一枚が光を透かし、まるでエメラルドの薄片のように輝いていた。高層ビルの巨大なガラス窓は、空の青を映し込む巨大な鏡となり、太陽の光を地上へと滑らせる。反射した光はアスファルトの上に柔らかな斑模様を描き出し、風が吹くたびにその光のパッチワークは生き物のように形を変え、ゆらゆらと揺らめいていた。街路樹の葉が擦れ合う音は、さざ波のように軽やかで、その音はまるで、ここから遠く離れたどこかの海岸で打ち寄せる波の囁きのようにも聞こえた。佐藤健人(さとう けんと)は、定刻通りにやってきた路線バスの硬いシートに身を預け、窓ガラスに額を押し付けるようにして、その光景をぼんやりと眺めていた。
バスのエンジンが発する規則的な振動が、座席を通じて健人の身体に心地よく伝わってくる。風が、わずかに開けられた窓の隙間から車内に忍び込み、健人の頬を優しく撫でていった。その風は、様々な情報を運んでくる。雨上がりの湿り気を帯びた土の匂い、アスファルトが太陽の熱を吸い込み始める前のひんやりとした匂い、そして、どこかの民家の庭先でひっそりと咲き始めたクチナシの、濃厚で甘い香り。それらが混じり合い、健人の鼻腔をくすぐるたびに、彼は季節がその濃度を一日ごとに、一時間ごとに増していくのを感じていた。車窓の外では、制服姿の学生たちが楽しげに笑いながら歩道を歩き、犬を散歩させる老人がゆっくりと空を見上げている。ありふれた、しかし二度とはない朝の風景。健人はそのすべてを、一枚の絵画を鑑賞するように、静かに心の中に収めていた。
やがて目的の停留所が近づき、健人は降車ボタンを無言で押し込んだ。柔らかな光が点灯し、次の停車を告げる。バスを降り、オフィスビルへと続く歩道に足を踏み出す。磨き上げられた革靴の底が、ざらりとしたコンクリートを叩く、乾いた規則的な音。こつ、こつ、こつ。その音だけが、健人の日常の始まりを告げるゴングのように、彼の意識に響き渡った。周囲の喧騒も、鳥のさえずりも、その瞬間だけは遠のいていく。ただ、自分の歩むリズムだけが、世界のすべてであるかのように。
巨大なガラス張りの自動ドアが、健人の接近を感知して滑るように開く。その瞬間、空気が劇的に変わった。外の世界に満ちていた生命感あふれる緑の香りは、空調システムが絶え間なく吐き出す、管理された無機質な空気と、床を磨くための業務用ワックスが放つ、つんとした化学的な匂いによって一瞬で塗り替えられてしまう。それはまるで、世界の境界線を越えたかのような感覚だった。
長く、どこまでも続くかのように思える廊下は、深夜のうちに清掃員によって完璧に磨き上げられ、天井に等間隔で並ぶ蛍光灯の白い光を、のっぺりと反射していた。そのテカリ具合は完璧で、まるで静まり返った水面のように、歩みを進める健人の歪んだ姿がぼんやりと映り込む。自分の足音だけが、この静寂な空間ではやけに大きく響いた。こつ、こつ、こつ。しかし、その規則正しい音さえも、この広大な空間の静寂に吸い込まれ、やがて虚空に消えていくようだった。健人はこの、徹底的に管理され、予測可能な空間を嫌いではなかった。むしろ、好ましくさえ思っていた。
経理三課。それが、佐藤健人の戦場であり、同時に彼にとっての安息の地でもあった。プレートに刻まれたその無機質な文字を確認し、彼は静かにドアノブに手をかける。中にはすでに数人の同僚が出社しており、それぞれがそれぞれの儀式を始めていた。健人は誰にともなく軽く会釈をすると、迷いのない足取りでフロアの奥にある自分のデスクへと向かった。
自分の指定席であるオフィスチェアに腰を下ろすと、長年使われてきた椅子が、彼の体重を受け止めてかすかに軋む音を立てた。その小さな音さえも、彼の日常を構成する重要な要素の一つだ。パソコンの電源ボタンを人差し指で静かに押し込む。低いファンの回転音が唸りを上げ、やがて安定した動作音へと変わっていく。隣の席に座る、勤続二十年のベテラン社員である先輩が、景気づけのようにエンターキーを「ターン!」と叩く、プラスチックの鋭い音。向かいの席の新人は、まだ眠気の残る目をこすりながら、あくびを噛み殺している。誰もが、まだ覚醒しきれていない頭で、しかし長年の習慣に導かれるように、無意識に指を動かし始めていた。
健人は、すぐには仕事に取り掛からない。まず、ペン立てに収められた数本のペンの向きを、寸分の狂いもなく完璧に揃える。クリップの向きまで同じ方向に統一されていなければ、彼の心は落ち着かない。次に、デスクトップに置かれた液晶ディスプレイの角度を、机の縁と完璧な直角になるよう微調整する。ほんの僅かなズレも許さない。この一連の儀式を終えて初めて、彼の精神は仕事モードへと切り替わるのだ。
ログインパスワードを打ち込み、業務システムを立ち上げる。画面に表示されるのは、無数の数字、数字、数字。カンマの位置、小数点以下の処理、桁数の確認。そこに曖昧さが入り込む余地は一切許されない。ズレは、エラーだ。間違いは、システムの崩壊を意味する。その厳格で、絶対的なルールに支配された世界こそが、健人にとっては何よりも心地の良い世界だった。感情の揺らぎも、不条理な解釈の余地もない。1はどこまでいっても1であり、0.1の誤差が全体を崩壊させる。その絶対的なルールこそが、混沌とした人間社会における、彼にとっての唯一の光であり、秩序だった。
昼休み。多くの社員が解放感に満ちた表情で社員食堂へと向かい、あるいは連れ立って外のレストランへと消えていく中、健人は自席で手早く弁当を済ませるのが常だった。母親が作ってくれた、栄養バランスは完璧だが彩りに乏しい弁当。彼はそれを、味を確かめるでもなく、ただ燃料を補給するかのように淡々と口に運んだ。
午後の業務が始まると、部屋には再び静寂が戻り、規則正しいキーボードの打鍵音と、時折静寂を破るように響く電話の電子的な呼び出し音、そして部屋の隅に置かれた複合機が、紙を吸い込み、印刷し、吐き出すリズミカルな機械音だけが満ちていた。時間は、まるで水槽の中の水のように、よどみなく、しかし確実に流れていく。やがて西日が差し込み始め、ブラインドの隙間から、まるでサーチライトのような鋭い光が何本も室内に差し込んできた。その光の筋が、空気中を静かに舞う無数の埃を、きらきらと金色に照らし出す。それはまるで、宇宙空間に漂う星屑のようだった。健人は、入力作業の手を止めることなく、その光の帯を横目で見ながら、心の中で思う。この光の筋が、あと十五センチ左に、机の角までずれる頃、終業を告げるチャイムが鳴るだろう、と。彼の予測は、ほとんどの場合、正確だった。
そして、その予測通りにチャイムが鳴り響くと、健人は誰よりも早く、しかし慌てることなく、粛々と席を立った。進行中の作業を完璧な状態で保存し、パソコンのシャットダウンプロセスが完了するのを待つ。開いていたファイルを閉じ、デスクの上をミリ単位で整える。その一連の動作には、一切の無駄も迷いもない。会社を出て、夕暮れの光を全身に浴びる。朝の希望に満ちた白い光とは違う、一日が終わっていくことへの一抹の寂しさを感じさせる、濃いオレンジ色の光が、ビル群の輪郭をくっきりと黒く縁取っていた。
帰りのバスに揺られながら、彼はもう「経理三課の佐藤健人」ではなかった。彼の頭の中は、これから始まる神聖な儀式への期待で満たされていた。彼は指を折りながら、必要な材料を頭の中で再確認する。卵、バター、薄力粉、グラニュー糖。そうだ、牛乳は昨日の帰りに買ったから、まだ冷蔵庫に十分な量が残っているはずだ。バニラビーンズのストックも、まだ二本はあったはずだ。彼の思考は、すでに完璧なレシピの構築と、その再現プロセスへと移行していた。
自宅アパートの、そっけない鉄製のドアを開ける。カチャリ、という鍵の音が、現実世界との境界線を引く。昼間の喧騒や、オフィスでの緊張感とは完全に隔絶された、自分だけの城。誰にも邪魔されない、絶対的な空間。彼はまず、洗面所で丁寧に手洗いとうがいを済ませる。外の世界で付着した、目に見えない汚れをすべて洗い流すための、これもまた重要な儀式だ。窮屈なスーツを脱ぎ捨て、着慣れた柔らかな部屋着に着替えると、彼はまっすぐキッチンへと向かった。
そこは、彼の聖域(サンクチュアリ)だった。決して広くはない、ごく標準的なアパートのキッチン。しかし、磨き上げられたステンレスの調理台の上には、何一つ余計なものが置かれていなかった。壁にかけられた調理器具たちは、まるで外科医が使うメスのように、種類とサイズごとに整然と並べられている。使い込まれてはいるが、手入れが行き届き、鈍い銀色の光を放っている。
この場所で、彼はもう一人の自分になる。会社での地味で無口な「佐藤健人」という仮面を脱ぎ捨て、彼は今夜、「Monsieur Sucre(ムッシュ・シュクル)」になるのだ。SNSの片隅で、その正体を決して明かすことなく、ただひたすらに完璧な菓子とその精密なレシピを投稿し続ける、謎のパティシエに。そこには、現実世界での彼を知る者は誰もいない。人々が評価するのは、彼の作り出す作品、その一点のみ。その純粋な評価こそが、健人の唯一の承認欲求を満たすものだった。
今宵、彼が挑む作品は、シュー・ア・ラ・クレーム。日本で言うところのシュークリームだ。だが、彼が作るのはただのシュークリームではない。シュー生地の上にクッキー生地を乗せて焼き上げる、より高度な技術を要する「シュー・クラックラン」。サクサクとしたクッキー生地の食感と、ふんわりと焼きあがったシュー生地、そしてその中にたっぷりと詰められたなめらかなクリーム。その三位一体のコントラストが命となる、繊細で奥深いお菓子。彼の完璧主義な性格を、存分に満たしてくれる挑戦だった。
まず、クラックラン生地から取り掛かる。すべての基本は、正確な計量と温度管理にある。
冷蔵庫から出したばかりの、指先が触れると白くなるほど冷たく硬い無塩バターを、0.1グラム単位まで表示されるデジタルスケールで正確に40グラム計り取り、1センチ角に切り分ける。冷たいバターが調理台の上で、カツン、カツンと乾いた音を立てる。それを冷やしておいたステンレスのボウルに入れ、ブラウンシュガーを50グラム、ふるっておいた薄力粉を40グラム、静かに加える。そして、ここからはスピードが勝負だ。彼は指先を使い、バターを潰しながら粉と素早くすり混ぜていく。手の体温でバターが溶け出し、生地がだれてしまうことだけは絶対に避けなければならない。指先でバターの塊を感じ、それを粉に押し付けるようにして潰し、擦り合わせる。やがて、ばらばらだった材料が混じり合い、全体がしっとりとしたそぼろ状に変わり、ほろほろとした心地よい手触りに変化する。それを両手でぎゅっとひとまとめにし、一枚のオーブンシートの上に置く。さらにもう一枚のシートを上から被せ、麺棒で丁寧に薄く伸ばしていく。目指す厚さは2ミリ。定規で測ったかのように、どこまでも均一で正確な厚み。彼は生地の端から端まで、何度も指で厚みを確認する。完璧な厚みに達したことを確認すると、彼はそれを天板に乗せ、冷凍庫で急速に冷やし固める。ここまで、一切の無駄な動きも、思考の迷いも存在しない。
次に、この菓子の心臓部とも言える、クレーム・パティシエール(カスタードクリーム)の準備だ。
小鍋に新鮮な牛乳を250cc注ぎ、黒く艶やかなバニラビーンズの鞘を、ナイフで縦にそっと裂く。中から現れる、黒い粒状の種を丁寧にしごき出し、その種と、香りが残る鞘の両方を牛乳の中に入れる。彼は弱火にかけ、鍋の縁がふつふつと微かに泡立つまで、つまり沸騰直前までゆっくりと温めていく。やがて、バニラの甘く、それでいてどこか官能的な、陶然とするような香りが、静まり返ったキッチンに満ち満ちて、立ち上り始めた。
その間に、別のボウルで作業を進める。新鮮な卵を割り、卵黄3個分だけを丁寧に取り分ける。その黄金色の黄身を泡立て器で軽くほぐし、グラニュー糖60グラムを加えて、空気を含ませるようにして混ぜ合わせる。最初は重かった感触が、次第に軽やかになり、卵黄の色が白っぽく、ふんわりとマヨネーズ状になるまで、休むことなく手を動かし続ける。そこに、再度ふるいにかけた薄力粉20グラムを加え、粉気が完全になくなるまで優しく混ぜ合わせる。
温めた牛乳を、卵黄のボウルに少しずつ、糸を垂らすように加えながら、絶えず泡立て器で混ぜ続ける。ここで一気に入れてしまえば、卵黄が熱で凝固し、すべてが台無しになってしまう。滑らかなクリームの敵、ダマになってしまうのだ。この世界のすべてが、このくらい繊細で、正確な手順を踏めば、きっとうまくいくのに、と健人は思う。人間関係のように、予測不能で曖昧なものは、ここにはない。
すべてが混ざり合った液体を、今度は漉し器を通して鍋に戻す。バニラの鞘を取り除くためだ。再び中火にかけ、ここからは一瞬たりとも気が抜けない。絶えず、鍋の底をヘラでかくようにして、焦げ付かないように混ぜ続ける。最初はサラサラとしていた液体が、熱が加わるにつれて次第にとろみを帯び始め、やがてヘラで持ち上げると、ぽってりと落ちるくらいの固さになる。鍋の表面が、ふつ、ふつ、と火山の噴火口のように気泡が立ち始める。ここからが勝負だ。そこからさらにきっかり一分間、加熱を続ける。これは、小麦粉に完全に火を通し、粉っぽさを消し去るための、極めて重要な一分。この一分を惜しむと、ざらついた舌触りの、素人じみたクリームになってしまう。一分後、素早く火から下ろし、仕上げにバターを10グラム加えて溶かす。これが、クリームに美しい艶と、豊かなコクを与える最後の魔法だ。完成した、黄金色に輝く完璧なクリームを、浅いバットに広げ、表面に空気が触れないようにぴったりとラップフィルムを密着させる。そして、氷水を張ったボウルの上にバットを乗せ、一気に、急速に冷却する。
完璧な下準備。健人は、自らの仕事に満足のため息を一つ漏らし、丁寧に手を洗った。
これから始まるシュー生地の作成、そして組み立てと焼成。そのクライマックスを前にした、この静かで満ち足りた瞬間が、たまらなく好きだった。
---
その頃、都心にある雑居ビルの一室は、混沌と絶望の空気に満ちていた。
「だーっ!もうダメ!今月のPV数も目標達成率わずか15%!これじゃあ、サービス終了待ったなしだよ!」
床一面に散らばる、過去のボツ企画書の山の頂上で、田中里奈(たなか りな)は両手でわしわしと髪をかきむしり、頭を抱えていた。
彼女が情熱のすべてを注ぎ込み、ディレクターを務める弱小動画配信サービス「バズチャンネル」は、まさに崖っぷち、いや、すでに崖から片足を踏み外した状態で、かろうじて指先だけでぶら下がっているような状況だった。資本金も、知名度も、大手には到底及ばない。だからこそ、情熱だけを唯一の武器に、誰も思いつかないような突飛な企画を連発しては、ことごとく、見事なまでにスベり倒してきた。床に無数に転がるエナジードリンクの空き缶が、彼女の眠れぬ夜と、報われぬ苦闘の歴史を雄弁に物語っていた。
「なにか…なにか、起死回生の一発逆転満塁ホームラン級のネタは…ないのっ!?」
半ばヤケクソになりながら、彼女はスマートフォンの画面を、親指が摩擦で火傷しそうなほどの速さでスクロールしていく。目に飛び込んでくるのは、どれもこれも大手人気チャンネルがすでにやり尽くしたような、既視感のある企画ばかり。大食い、ドッキリ、やってみた系…。その時、苛立ちと諦めが入り混じった彼女の目に、ふと、一つのアカウントが奇妙な引力をもって留まった。
『Monsieur Sucre(ムッシュ・シュクル)』
そのアカウント名は、フランス語で「砂糖さん」あるいは「ミスター・シュガー」を意味するのだろうか。プロフィール欄は空白。アイコンは、ただの真っ白な円。しかし、そこに並んでいたのは、プロのフードフォトグラファーが、完璧なライティングと構図で撮ったとしか思えない、息をのむほどに芸術的なお菓子の写真の数々だった。艶やかなチョコレートのグラサージュ、宝石のように輝くフルーツタルト、繊細な飴細工。添えられているのは、まるで業務用マニュアルのように、感情を一切排した無味乾燥なレシピだけ。作り手の顔も、声も、物語も、そこには何一つない。しかし、その投稿に付随するコメント欄は、熱狂と賞賛の嵐だった。
『神のレシピ…この通りに作ったら、近所のケーキ屋を軽く超える味が完全再現できた!鳥肌立った!』
『この人、一体何者なんだ?絶対にどこかの星付きレストランで働く、世界レベルのパティシエに違いない…』
『ムッシュのレシピは、もはや科学論文。寸分の狂いもない。』
顔も、素性も、性別すら、一切不明。だが、その腕は間違いなく本物。その謎めいた存在感が、逆に人々の想像力を掻き立て、カリスマ性を生み出していた。
「この人だ…」
里奈の目に、それまで淀んでいた絶望の色が消え、希望の光が宿った。いや、それは希望というよりも、獲物を見つけた狩人のような、ギラギラとした野望の光だった。
「この神パティシエを、うちの『バズチャンネル』で独占デビューさせることができれば…絶対にバズる!絶対に!」
だが、どうやって接触すればいいのか?ダイレクトメッセージ機能はオフになっている。コメント欄に書き込んでも、無数の賞賛の中に埋もれてしまうだろう。手掛かりは、ゼロ。里奈は、藁にもすがる、というよりは藁から綱を作り出すような思いで、彼の投稿写真を一枚一枚、徹底的に分析し始めた。写真の隅に、ほんの僅かに映り込んだ食器のロゴマーク、窓の外に見える建物の形状、季節によって変わる光の差し込み方、写真に添えられたレシピで使われている専門的な材料が手に入りそうな店の分布…。彼女は、持ち前の執念と、無駄に培ってきたリサーチ能力を総動員した。
数日後。里奈の執念は、ついに実を結んだ。いくつかの候補地の中から、写真に映り込む風景のディテールと、特殊な製菓材料を扱う店の位置関係を照らし合わせ、彼女は健人が働くオフィスビルを特定するに至ったのだ。もはやディレクターというよりは探偵に近い。彼女はすぐさま行動に移し、そのビルの出入り口で、ひたすら張り込みをするという、ほとんどストーカーまがいの行動に出ていた。
そして、運命の瞬間は、意外なほどあっさりと訪れた。
夕暮れ時、オフィスビルから出てくる人々の波。里奈が目を皿のようにして一人一人をチェックしていると、その中に、ひときわ地味で、猫背気味にトボトボと歩く一人の青年がいた。それが健人だった。里奈が、声をかけるべきか、いや、もし人違いだったらどうしようかと逡巡した、まさにその時だった。健人が、定期券を取り出そうとカバンに手を入れた拍子に、中から小さな白い紙袋が一つ、ぽとりとアスファルトの上に落ちた。
ころん、と乾いた音を立てて転がった紙袋から、まるで生まれたての雛が顔を出すようにして、一つの焼き菓子が姿を現した。それは、完璧な球体をした、均一で美しい黄金色の焼き色がついたシュークリームだった。そして、その表面には、ひび割れたクッキー生地が、まるで芸術家が計算し尽くしたかのように、見事な模様を描いて張り付いていた。ムッシュ・シュクルのSNSで、数日前に投稿されていた「シュー・クラックラン」と、寸分違わぬ姿だった。
「ムッシュ・シュクル…!」
里奈は確信した。彼女は、地面に落ちてしまったその完璧なシュークリームを、まるで聖遺物を扱うかのようにそっと拾い上げると、健人の前に立ちはだかった。
「あの!あなた、ムッシュ・シュクルさん、ですよね!?」
突然、目の前に現れた、エネルギッシュで、やけに美人な女性に、健人の心臓は文字通り、喉から飛び出しそうなくらいに跳ね上がった。なぜ、自分の正体が。この、会社と自宅を往復するだけの、地味な経理部員である自分の、唯一の秘密が、なぜ見知らぬ他人に知られているのか。パニックで頭が真っ白になり、声も出ない。
「私、『バズチャンネル』という動画配信サービスでディレクターをしております、田中里奈と申します!ぜひ、うちで番組をやりませんか!?あなたほどの才能があれば、絶対に世界を獲れます!」
まるで高性能のマシンガンのように、淀みなくまくし立てる里奈の勢いに、健人は思わず一歩、二歩と後ずさる。無理だ。絶対に無理だ。人前でまともに喋ることすらできない自分が、ましてやカメラの前で顔を晒して、お菓子を作るなんて。考えただけで、呼吸が浅くなる。それは、死刑宣告にも等しい。
「い、いえ、人違いです…。そんな名前は、知りません…」
かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く、蚊の鳴くようだった。
しかし、里奈は百戦錬磨のディレクター(自称)だ。この程度のことで諦めるはずがなかった。彼女はにっこりと、しかし目の奥は全く笑っていない笑顔を浮かべると、最終手段に出た。
「…わかりました。それならそれで結構です。あなたの会社の皆さんに、教えてあげますね。『経理三課の佐藤さんが、今ネットで大人気の、あの謎の天才パティシエ、ムッシュ・シュクルなんですよー!』って、ビルの入り口で大声で教えてあげますね!」
それは、悪魔の囁きだった。会社の同僚に、この秘密の趣味がバレる。想像しただけで、健人は全身の血の気が引いていくのを感じた。あの静寂で、秩序の保たれたオフィスが、好奇と噂話の目に満ちた、耐え難い地獄に変わる光景が、まざまざと目に浮かんだ。
「……」
健人は、青ざめた顔で、目の前の女の顔をまじまじと見つめた。その瞳は、狂気と、純粋な情熱で、らんらんと怪しく輝いていた。この人は、本気でやる。理屈や常識が通じる相手ではない。健人は、瞬時にそれを理解した。
こうして、完璧な世界に生きる天才パティシエと、崖っぷちのポンコツディレクターの、奇妙で、甘くて、そして波乱万丈なドタバタ劇の物語の幕は、半ば強制的に、乱暴にこじ開けられたのだった。
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**《ムッシュ・シュクル流:シュー・クラックラン完璧レシピ①》**
**【材料:クラックラン生地(天板一枚分)】**
* 無塩バター(食塩不使用):40g ※必ず使用直前まで冷蔵庫で芯まで冷やしておくこと。これがサクサク感の鍵となる。
* ブラウンシュガー(またはフランス産カソナード):50g ※上白糖でも代用可能だが、コクと風味が格段に変わる。
* 薄力粉:40g ※事前にふるっておくことで、ダマにならず均一に混ざる。
**【作り方】**
1. 冷たいバターを1cm角に正確に切り分け、事前に冷やしておいたボウルに入れる。ブラウンシュガー、薄力粉も同じボウルに加える。
2. 指先を使い、バターを潰しながら粉類と素早くすり混ぜる。手の温度でバターが溶け出さないよう、スピードが重要。決して手のひらで捏ねてはならない。全体が均一な、しっとりとしたそぼろ状になるまで続ける。
3. そぼろ状になった生地を、ボウルの壁に押し付けるようにしてひとまとめにする。練りすぎるとグルテンが発生し、食感が硬くなるため注意。
4. オーブンシート(またはラップ)2枚の間に生地を挟み、麺棒で厚さ2mmになるように均一に伸ばす。厚みが不均一だと焼きムラの原因となる。
5. 天板に乗せ、冷凍庫で最低30分以上、カチカチに硬くなるまで冷やす。(この状態でラップに包めば、冷凍保存も可能。必要な時にすぐ使える)
**※ポイント:** ブラウンシュガーを使うことで、焼き上がりに深いコクと香ばしい風味が加わる。生地をしっかりと冷やし固めることで、焼成時にシュー生地の上で溶け出すことなく、美しいひび割れ(クラックラン)が生まれる。この工程を疎かにしてはならない。
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