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4.熱は静かに積もりゆく
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その日遥希が選んだのは白いスタンドカラーシャツと黒いスラックスというまたも無難なスタイルだった。
待ち合わせ場所に向かうと、やはり葉山が先に待っていた。こちらに気付いて嬉しそうに手を振るものだからつられてしまう。Tシャツにジーンズと、シンプルな服装で人知れず胸をなでおろす。
「いっつも急に誘ってごめん」
「ううん。それより品川、大丈夫なの?」
今日も今日とて葉山からのメッセージで目を覚ました。品川と一緒にライブ行く予定だったのだが、風邪をひいてしまったのだという。先日の花火大会で、後処理中にふざけて水を被ったからだろう。
チケットを余らせるのももったいないと思っていた時に、遥希のことを思い出したらしい。以前、葉山とCDショップに行ったときに購入したアルバムのバンドが出演するライブだったからだ。
その話を聞くまですっかりアルバムの存在を忘れていた。慌てて白状すると、葉山は怒ることもせずスマホに取り込んであるからどこかで涼みながら聞かないかと微笑んだ。頷いて、すぐ近くの目についたカフェに入店する。
チェーン店のため前のような緊張感もない。店員の案内もおざなりで、空いているところに座れというので奥のソファ席に座ることにした。葉山に促されるまま壁側に腰を下ろす。
「ごめん、せっかくおすすめしてくれたのに」
「興味持ってくれただけでも嬉しいよ。にしても、どうやって聞くつもりで買ったの?」
「実は何も考えてなかった……。葉山があまりに楽しそうに話すから、ほしくなっちゃって」
「佐倉、壺とか買わないでね」
どんな心配だ。
注文を取りに来た店員にコーラと軽食を頼んで、葉山が取り出したイヤホンの片方を遥希に差し出した。ワイヤレスの右側。取り落としてしまわないように慎重に葉山の手のひらからつまみ上げて耳に装着する。残った左側を葉山が慣れたように自身の左耳に入れた。それからスマホを操作して音楽の再生アプリを立ち上げる。
「今日のやつ、前に佐倉が買ったアルバムのライブなんだよ」
三角のボタンがタップされて、右耳からイントロが流れだす。遥希の持つバンドのイメージとは大きく異なっていた。ドラムの音が響いて、ギターがかき鳴らされる、そんなイメージだった。確かにハイテンポではあるのだが、盛り上がる曲というよりは、こちらに寄り添ってくれるような曲調だ。ボーカルが歌いだす。気になる人を追いかける少年の歌だった。
「ラブソングなんだ。勝手に失恋の歌かと思ってた」
「こういうちぐはぐな曲を作るバンドなんだ。低音メインなのに幸せを叫ぶ歌だったり、逆に爽やかなポップスっぽい曲調なのにドロドロした歌詞だったり」
以前CDショップで葉山が話していたことだ。バンドっぽくないバンド、と言っていた気がする。確かに、ライブハウスで手をあげてノリノリで聞くものではない。それを邪道だと評する声もあるらしいが、キャッチーなその音楽たちは遥希のように普段音楽を聞かない人々の心をつかむ何かがあった。
サンドイッチをつまみながら、いつしか夢中になっていた。全曲聞き終わって、すっかり氷の溶けてしまったコーラを流し込む。
「これを今日聞けるってこと?」
「そう。しかも生演奏」
その言葉は、目を輝かせる遥希をさらに煽った。知る人ぞ知るそのバンドは最近、ファンが急増しておりライブのチケットも倍率が高くなっているらしい。俄然、ライブが楽しみになってきた。
それから今までのライブや、メンバーの話を聞いているうちにあっという間に時間すぎて、会場へ向かおうと会計を済ませる。レシートを受け取って、店の外に出た葉山と、ちょうど通りがかった少年がぶつかった。手に持っていたオレンジジュースが葉山のTシャツに染み込んでいく。
「あ、ちょっと!」
「いいよいいよ。ちょっと汚れただけだから」
どうしていいかわからなくなった少年が謝罪もそこそこに、走って行ってしまった。呼び止めようとした遥希を止めたのは葉山だった。ちょっと、と言うにはそのオレンジは目立ちすぎている。
隣のコンビニで買ったウェットティッシュでも歯が立たない。
「だいぶ薄くなったんじゃない? ありがとう」
「ごめん。それ、今日のバンドのシャツでしょ……」
「なんで佐倉が謝んの」
こんな時に活かせる知識があれば、と肩を落とす遥希の頭にポンと葉山の手が置かれた。優しくその目に見つめられて、また心臓が大きく脈打つ。いつか姉が言っていた、ライブでファンサをされた時というのはこんな気持ちなのだろうか。
待ち合わせ場所に向かうと、やはり葉山が先に待っていた。こちらに気付いて嬉しそうに手を振るものだからつられてしまう。Tシャツにジーンズと、シンプルな服装で人知れず胸をなでおろす。
「いっつも急に誘ってごめん」
「ううん。それより品川、大丈夫なの?」
今日も今日とて葉山からのメッセージで目を覚ました。品川と一緒にライブ行く予定だったのだが、風邪をひいてしまったのだという。先日の花火大会で、後処理中にふざけて水を被ったからだろう。
チケットを余らせるのももったいないと思っていた時に、遥希のことを思い出したらしい。以前、葉山とCDショップに行ったときに購入したアルバムのバンドが出演するライブだったからだ。
その話を聞くまですっかりアルバムの存在を忘れていた。慌てて白状すると、葉山は怒ることもせずスマホに取り込んであるからどこかで涼みながら聞かないかと微笑んだ。頷いて、すぐ近くの目についたカフェに入店する。
チェーン店のため前のような緊張感もない。店員の案内もおざなりで、空いているところに座れというので奥のソファ席に座ることにした。葉山に促されるまま壁側に腰を下ろす。
「ごめん、せっかくおすすめしてくれたのに」
「興味持ってくれただけでも嬉しいよ。にしても、どうやって聞くつもりで買ったの?」
「実は何も考えてなかった……。葉山があまりに楽しそうに話すから、ほしくなっちゃって」
「佐倉、壺とか買わないでね」
どんな心配だ。
注文を取りに来た店員にコーラと軽食を頼んで、葉山が取り出したイヤホンの片方を遥希に差し出した。ワイヤレスの右側。取り落としてしまわないように慎重に葉山の手のひらからつまみ上げて耳に装着する。残った左側を葉山が慣れたように自身の左耳に入れた。それからスマホを操作して音楽の再生アプリを立ち上げる。
「今日のやつ、前に佐倉が買ったアルバムのライブなんだよ」
三角のボタンがタップされて、右耳からイントロが流れだす。遥希の持つバンドのイメージとは大きく異なっていた。ドラムの音が響いて、ギターがかき鳴らされる、そんなイメージだった。確かにハイテンポではあるのだが、盛り上がる曲というよりは、こちらに寄り添ってくれるような曲調だ。ボーカルが歌いだす。気になる人を追いかける少年の歌だった。
「ラブソングなんだ。勝手に失恋の歌かと思ってた」
「こういうちぐはぐな曲を作るバンドなんだ。低音メインなのに幸せを叫ぶ歌だったり、逆に爽やかなポップスっぽい曲調なのにドロドロした歌詞だったり」
以前CDショップで葉山が話していたことだ。バンドっぽくないバンド、と言っていた気がする。確かに、ライブハウスで手をあげてノリノリで聞くものではない。それを邪道だと評する声もあるらしいが、キャッチーなその音楽たちは遥希のように普段音楽を聞かない人々の心をつかむ何かがあった。
サンドイッチをつまみながら、いつしか夢中になっていた。全曲聞き終わって、すっかり氷の溶けてしまったコーラを流し込む。
「これを今日聞けるってこと?」
「そう。しかも生演奏」
その言葉は、目を輝かせる遥希をさらに煽った。知る人ぞ知るそのバンドは最近、ファンが急増しておりライブのチケットも倍率が高くなっているらしい。俄然、ライブが楽しみになってきた。
それから今までのライブや、メンバーの話を聞いているうちにあっという間に時間すぎて、会場へ向かおうと会計を済ませる。レシートを受け取って、店の外に出た葉山と、ちょうど通りがかった少年がぶつかった。手に持っていたオレンジジュースが葉山のTシャツに染み込んでいく。
「あ、ちょっと!」
「いいよいいよ。ちょっと汚れただけだから」
どうしていいかわからなくなった少年が謝罪もそこそこに、走って行ってしまった。呼び止めようとした遥希を止めたのは葉山だった。ちょっと、と言うにはそのオレンジは目立ちすぎている。
隣のコンビニで買ったウェットティッシュでも歯が立たない。
「だいぶ薄くなったんじゃない? ありがとう」
「ごめん。それ、今日のバンドのシャツでしょ……」
「なんで佐倉が謝んの」
こんな時に活かせる知識があれば、と肩を落とす遥希の頭にポンと葉山の手が置かれた。優しくその目に見つめられて、また心臓が大きく脈打つ。いつか姉が言っていた、ライブでファンサをされた時というのはこんな気持ちなのだろうか。
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