【完結】君の手を取り、紡ぐ言葉は

綾瀬

文字の大きさ
19 / 32
4.熱は静かに積もりゆく

4

しおりを挟む
「最高だった!」
「めちゃくちゃかっこよかった……!」

 終演後、退場の混雑に紛れながら感想を言い合う。何曲目の曲フリが、あの曲を演奏するのはレアだ、アレンジがどうだ、と話は尽きない。駅に着いても興奮は治まらなかった。
 どの曲が一番良かったかと聞かれて考えながら何とはなしにホームを見渡して、前方に立っていた女性二人組がこちらを見ていることに気が付いた。初めて一緒にカフェに行った時から今日も、ずっと感じていた視線。葉山に話しかけようか迷っているような素振り。九割ほどはそのままチラチラと視線を寄こすだけなのだが、今回は違ったようだ。

「あのぉ、さっきのライブ行ってたんですか?」
「あぁ、はい」
「私たちも見てたんですー!」
「うわ、」

 詰め寄ってきた女性の一人が持っていたミルクの入ったコーヒーらしき液体が胸元を濡らした。香ばしい豆の香りが立ち込める。なんだか既視感のある光景だ。水難の相でも出ているのか。気付いていないのか知らないふりをしているのか、そっちのけで葉山にアプローチし続ける女性に怒りを通り越して苦笑してしまう。
 周囲もライブ終わりの高揚感に包まれている。トラブルを起こして人々の興を削いでしまうのは本意ではないと、静かにその場を離れることにした。
 しかし、それは腕を掴まれて阻まれた。掴んだのは葉山だ。感情の一切がうかがえない無表情で彼女たちを見ている。

「連れにコーヒーがかかったんですけど」
「あ、ごめんなさーい」
「それだけですか?」
「え?」
「俺たち汚れ落とさないといけないので、では」

 有無を言わさぬ笑顔で、ホームに入ってきた電車を手で指すと遥希の腕を掴んで早足に歩き出す。女性たちは後ろ髪を引かれるようにこちらをチラチラ見ながらも結局その電車に乗り込んだ。
 連れ込まれたトイレで蛇口をひねると同時に、ベルが響いて電車の発車を告げる。促されるままシャツを脱いだ。思ったよりも茶色いシミは広がっていて世界地図を描いている。
 さすがにコーヒーともなるとそう簡単には落ちてくれない。

「いっそのことコーヒーで染めちゃおっか」
「ごめん、佐倉」

 冗談めかしてそういった遥希に葉山が暗い表情のまま謝った。なぜ謝られたのか、としばらく考えてから遥希は吹き出してしまう。葉山が突然笑い出した遥希を不思議そうに見ている。

「葉山も謝るんじゃん」
「昼のとは状況が違うだろ。さっきのは、俺がいなきゃこんなことにならなかった」
「そんなこと言ったら、俺だってそうだよ」

 葉山が一人でライブに参加していれば、彼女たちはコーヒーを遥希にかけてしまうこともなかっただろう。たらればの話をしても仕方がないと言いたかったのだが、まだ納得できないようだ。

「俺は今日葉山と来てなかったらこんなに楽しくなかったと思う」
「そんなの俺だって」
「じゃあいいじゃん。それに、シミラールックってことでいいんじゃない?」

 オレンジジュースとコーヒー。どちらのシミも喫茶店の代名詞たるメニューだし、と言ってのける遥希にぽかん、と口を開けてしばらく呆けていた。間抜けな顔もかっこいいんだな、なんて思っていたらその表情はどんどんと緩んで肩が震えだす。

「ふ、いいね。今日の俺たち全部お揃いだ」
「でしょ。それに、オレンジジュースよりはデザインっぽいし」
「ワンポイント入ったスタンドカラーシャツなんて見たことないけどな」

 つられて遥希も笑い出した。自分の一言で人が笑う。それがこんなに嬉しいのかと初めて知った。
 葉山といると、知らない自分を見つけて世界が広がっていくように思える。できるだけ前向きな気持ちでいたいとも思う。
 そして、こうも思うのだ。
 葉山も同じ気持ちだったらいいのに、と。

 トイレットペーパーでできるだけ水気をふき取って、ホームに出ると駅は閑散としていた。乗り込んだ車両も空いていて、かえってよかったかも、なんて笑いながら並んで腰を下ろす。
 窓の外を流れていく夜景をぼんやりと眺める。あ、と葉山が車内広告を指さした。花火大会の案内だ。先日のことを思い出す。あれを偽物と言いたいわけじゃないが、本物の花火大会だ。ちょうど来週に開催されるらしい。

「これ行ったことある? この辺でも結構大きいお祭りでさ」
「行ったことないな。夏はあんまり出歩かないから」
「あー。佐倉っぽい」

 どういう意味だと非難の目を向けると、良い意味で、と葉山が目を逸らす。良い意味であるはずがないのだが、自分でも思い当たる節があるので見逃してやる。どうせ葉山は大勢の友達に囲まれて行くんだろう、と厭味ったらしく返すと、葉山がわずかに息を吸った。

「俺は予定ないんだけど、い、一緒に行かない?」
「いいの?」
「うん。……佐倉と、行きたいから」

 は、と今度は遥希が息を飲み込んだ。葉山は窓の外を見ていて、目は合わない。けれど、口の端が固く結ばれているのがわかった。

「こっちまで照れる……」
「うるさいなあ! 行きたくないならいいよ!」
「嘘、嘘! 俺も葉山と行きたいよ!」

 言ってから、同時に吹き出した。遠くに座っていたサラリーマンが驚いたようにこちらを見たので、慌てて声を潜める。
 それから、なにも話さなかった。暑さからくる疲れと、ライブ終わりの高揚感、非日常が車内の空調と一緒にかき混ぜられていく。何度も、平井さんは、と聞きかけてやめた。
 遥希の瞼の裏に思い出されるのは、一緒に線香花火を見ていた葉山のあの微笑みと、平井と並んで親し気に花火に照らされている姿だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【短編】初対面の推しになぜか好意を向けられています

大河
BL
夜間学校に通いながらコンビニバイトをしている黒澤悠人には、楽しみにしていることがある。それは、たまにバイト先のコンビニに買い物に来る人気アイドル俳優・天野玲央を密かに眺めることだった。 冴えない夜間学生と人気アイドル俳優。住む世界の違う二人の恋愛模様を描いた全8話の短編小説です。箸休めにどうぞ。 ※「BLove」さんの第1回BLove小説・漫画コンテストに応募中の作品です

ボクの推しアイドルに会える方法

たっぷりチョコ
BL
アイドル好きの姉4人の影響で男性アイドル好きに成長した主人公、雨野明(あめのあきら)。(高2) 学校にバイトに毎日頑張る明が今推しているアイドルは、「ラヴ→ズ」という男性アイドルグループのメンバー、トモセ。 そんなトモセのことが好きすぎて夢の中で毎日会えるようになって・・・。 攻めアイドル×受け乙男 ラブコメファンタジー

【完結】君とカラフル〜推しとクラスメイトになったと思ったらスキンシップ過多でドキドキします〜

星寝むぎ
BL
お気に入りやハートなど、本当にありがとうございます! ひとつひとつが心から嬉しいです( ; ; ) ✩友人たちからドライと言われる攻め(でも受けにはべったり) × 顔がコンプレックスで前髪で隠す受け✩ スカウトをきっかけに、KEYという芸名でモデルをしている高校生の望月希色。華やかな仕事だが実は顔がコンプレックス。学校では前髪で顔を隠し、仕事のこともバレることなく過ごしている。 そんな希色の癒しはコーヒーショップに行くこと。そこで働く男性店員に憧れを抱き、密かに推している。 高二になった春。新しい教室に行くと、隣の席になんと推し店員がやってきた。客だとは明かせないまま彼と友達になり――

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

なぜかピアス男子に溺愛される話

光野凜
BL
夏希はある夜、ピアスバチバチのダウナー系、零と出会うが、翌日クラスに転校してきたのはピアスを外した優しい彼――なんと同一人物だった! 「夏希、俺のこと好きになってよ――」 突然のキスと真剣な告白に、夏希の胸は熱く乱れる。けれど、素直になれない自分に戸惑い、零のギャップに振り回される日々。 ピュア×ギャップにきゅんが止まらない、ドキドキ青春BL!

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

殿堂入りした愛なのに

たっぷりチョコ
BL
全寮の中高一貫校に通う、鈴村駆(すずむらかける) 今日からはれて高等部に進学する。 入学式最中、眠い目をこすりながら壇上に上がる特待生を見るなり衝撃が走る。 一生想い続ける。自分に誓った小学校の頃の初恋が今、目の前にーーー。 両片思いの一途すぎる話。BLです。

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

処理中です...