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5.積もった思いがこの手に溢れて
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しおりを挟むそうは言っても、じゃあ告白します、となるほど簡単なことではない。現状維持のまま、数日が過ぎた。
「重っ。石でも入ってんの?」
「ちゃんと持って! こっちに重心寄ってる!」
文化祭の準備もいよいよ終盤となり、大掛かりな準備もそれほど残っていない。失くすと面倒だからと、借りていた筆などを返しにいく途中だった。段ボールにまとめてみると、それなりの重量でとうてい一人では持ち上げられなくなってしまった。教室の隅でスマホをいじってサボっていた千田に片方を任せたのだが人選ミスだったようだ。
さっきから文句ばかりで少しでも楽をしようと腕から力を抜いてしまう。その度に遥希が小言を飛ばすのを繰り返していた。
「葉山に頼めばよかったじゃん」
「たまには働けよ」
「俺はマイナスイオン係なの」
なんだその係は。マイナスイオンなんて出したことないだろう。言い返す気力もなく、ため息しか出てこない。そろそろ左腕が痺れてきた。さきほどからダンボールの中身があちこち揺らされてガチャガチャ鳴っているが大丈夫だろうか。
「ねぇ、ほんとちゃんと持って」
「んもー佐倉くんうるさい」
「誰のせいで、」
まさに怒り心頭に発する寸前、横から出てきた腕が遥希の手からダンボールを奪っていった。左腕に血が通っていく感覚がする。
先ほどまで教室で作業していたはずの葉山が立っていた。ついこの間もこのアングルの葉山を見た気がする、とぼんやり考える。
「代わるよ。俺と千田の方が身長近いから」
「いや、いいよ悪いし」
取り返そうとする遥希の手を葉山が遮る。千田が興味なさそうにあくびをしているのが見えた。千田のせいで喧嘩になって、葉山が仲裁に入ってくれたんだんだぞ、と睨むがどこ吹く風だ。
「看板、また色がわからなくなっちゃったから確認しといてくれない?」
代わりの仕事を渡されてしまえば、頷くしかなかった。それに、葉山の目もなぜだか怖くて。その目に背中を押されるように教室に戻る。
教室で放置されていた看板は、どこも完璧に塗られていて、どこがわからなかったのかもわからないほどだった。
「最近の葉山に思うとこないわけ?」
文化祭前日。エプロンを洗っていると、千田がやってくるなりそういった。どうせなら手伝ってくれればいいのだが、そんな気はさらさらなさそうだ。ひと足先に衣替えを済ませた千田の長袖は捲られることもなくピシッと伸びたままである。
「思うとこって?」
「さすがに思い当たる節があるだろ」
そういわれても、ととぼけたいところだったが、ないわけがなかった。
誰かと話していると、葉山が割り込んでくるのだ。初めは放課後だけだった。文化祭の準備中、遥希が誰かと作業していると葉山が必ず手伝いにやってくる。それが徐々に、休憩時間にも話しかけてくるようになって、気がつけばいつでも隣に葉山がいる、という状況が常になっていた。
「おーおー嬉しそうな顔しちゃって」
「うるさいなあ」
エプロンを洗い場に叩きつける。飛沫が遥希と千田のシャツを濡らした。千田が恨めしそうに遥希を睨むが、無視して洗い続ける。結局、何を言いにきたのだろうか。
いつも言いたいことを淡々と話していくくせに、今日はやけに冗長だ。スマホにも飽きて、遥希で暇をつぶしにきたのだろうか。
「もしかして、とか思わないの?」
「まさか。ずっと一緒にいるから好きってなるなら、千田も俺のこと好きってことになるだろ」
蛇口からでた水がエプロンの泡を洗い流していく。色んな色が混ざって濁った泡が、排水で音を立てながら渦巻いている。汚れのひどいところを探して、もう一度石鹸をつけて泡立てた。どうやら最近ついた汚れではなかったらしく、落ちる気配はない。
とうとう見ているのにも飽きたのか、千田は洗い場のふちにもたれかかってスマホをいじりはじめた。本当に何をしにきたんだ。
「おぞましいことを言うな。俺はお前が誰と話していようと割り込んだりはしない」
「照れるなよ」
「俺の話はいい。で、実際どうなの」
恋バナしたがる親戚のおじさんみたいだな、と思ったが言わないでおいた。確実に怒られるからだ。にしても、おぞましいは言い過ぎだろう。
エプロンを絞りながら、最近のことを思い返してみた。
「まぁ、いい夢見てるな~とは、思う」
「いい夢?」
「もしかして、俺のこと好きなのかな~って」
「やっぱ思ってんじゃん」
千田が鼻で笑う。仕方がないと、自分では思うのだ。
みんなに慕われる人気者が、とりわけ自分を気にかけてくれて笑いかけてくれる。嬉しくもなるだろう。自分を特別視してくれているんじゃないか、と考えるのは自由だ。
「ぼっちの佐倉を可哀想に思ってんじゃない?」
「別にそれでもいいよ」
「ちょっとでもいい気になれたから?」
「それもあるけど、そういう誰にでも優しいところが好きだから」
「え、」
その声に、エプロンが手から滑り落ちてまた飛沫をあげた。千田がなにごとか喚いていたが、それどころではない。葉山だ。葉山が立っている。
あ、ああ、あ、と声にならない声が漏れ出た。頭をくしゃくしゃにかきむしりたいが、手が濡れていて敵わない。まだそんな冷静さはもちあわせているらしい。
「な、なんでここに……!」
「千田に呼ばれて」
千田を睨む。スマホ片手にニヤリと怪しく微笑むだけだ。何やらスマホを見ているとは思っていたが、まさか葉山に連絡していたとは。声に出さず、キューピッド、と唇が動いた。とんだ悪魔が何を言うか。
人気のない場所だからと油断していた。声のトーンも全く抑えていなかったように思う。いったい、どこから聞いていたのか。
「好きって誰のこと?」
言うが早いが遥希は走り出した。考えてみれば走り出してしまったらそれはもはや答えているようなものじゃないのか。とはいえ、走り出してしまってはもう遅い。背後から、洗っといてやるよ、と千田が叫んだ。エプロンどころではない。
遥希と葉山では運動能力も大きく異なり、なによりも持って生まれたリーチに大きなハンデがあった。階段の踊り場。カーブに差し掛かったところで失速してしまい、追いつかれてしまった。
葉山の大きな手が、遥希の左手首を掴む。肩で息をする遥希とは違って、ひとつも息は切れていなかった。それなのに、その頬は赤く染まって見える。
窓から差し込む夕陽のせいだろうか、なんてとぼけたことを考えていた。
「好きって、千田のこと?」
「せ、千田は、ただの友達、だけど。」
なんでそんなこと聞くの、と言いかけてハッとした。
これではまるで、千田といつかにシミュレーションした会話そのままではないか。触れている手首から、熱が広がっていく。葉山の顔が、優しく照らされている。その目は、真っ直ぐ遥希を見ていた。
ごくりと、無意識に唾を飲み込んだ。
「なんでそんなこと、聞くの」
「なんでだと思う?」
一歩、葉山が踏み出した。遥希の足は、縫い付けられたように動かない。心臓がバクバクと音を立てて次から次へと血液を送り出している。その血液が全て頬に集まっているような気がしてならない。
「そんな顔されたら、勘違いしちゃうんだけど」
葉山が、目尻をわずかに細めるようにして微笑んだ。
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