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5.積もった思いがこの手に溢れて
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しおりを挟む後ろ手に結び直そうとした遥希の手に、葉山の指先が触れる。キュッと腰が絞られて、手際良く紐が結ばれている感触がする。終わりだというように、葉山の大きな手が腰に触れた。じんわりとその熱が広がっていく感覚に襲われる。普通に接することができていると思っていたのに。こんな調子でやっていけるのだろうか。
「ありがとう」
「どういたしまして。どこ塗ったらいい?」
山中が残していったデザイン案を手渡す。教室の入り口に掲げる大看板。店名の周りに可愛らしいホットドッグやドリンクなどが描かれている。色のメモもされているので、それを基に着色している途中だった。
「んー、俺が今右側のジュース塗ってるから、左側の文字から塗ってくれる?」
「左からのがいいの?」
「近くの塗ってたら、邪魔になるじゃん」
「そういうことか。また避けられたのかと思っちゃった」
「な、何いってんの」
そんなつもりは全くなかったのだが、ドキッとして手が止まった。思い当たる節がありすぎる。気にしていなかったのかと楽観的に考えていた。始業式から一度もその話をされたことがなかったから。
「冗談。ただの意地悪」
「夏休み、ほんとごめん。でも、避けてるとかじゃ」
「わかってる。揶揄ってごめんね。これでおあいこ」
含みのない笑顔に胸を撫で下ろして、また着色に集中する。
安心した裏で、少し喜んでもいた。葉山が、避けられていることを気にしてくれていた、と。悪い方の遥希が首をもたげるのを慌てて抑える。申し訳ないことをした、というのもまた本音なのだ。
遥希の中がぐちゃぐちゃになっていく。それは絵の具のようには決して混じり合わない。ぐちゃぐちゃになるのは、葉山の側にいるときだけだ。彼の一挙手一投足にもしかして、なんて期待して冷静な自分がそれを踏みつける。
避けてしまいたい気持ちは山々なのだが、現実はうまくいかない。葉山がことあるごとに遥希に声をかけるからだ。
資材を運んでいるとき、ゴミ捨ての時、その他雑用。そのどれもを一人で引き受けるから悪いのだが。一人で作業をしているから、葉山が気にしてしまうのだ。
「山崎は裏方担当なんだ」
「うん。俺、接客とか無理」
ある日、遥希は内装の装飾に使う小道具を作っていた山崎にそう声をかけた。山崎は顔を顰めてべーっと舌を出す。
意外だ。先日の公園での花火大会も周囲に気を配っていたし、彼らのグループ内でもリーダー的存在だと思っていた。人見知りには見えない。
「千田から聞いてない? 俺、女苦手なの」
「え、そうなの。でも前、彼女がどうこうって」
「恐怖症とかじゃないから。用もなく顔に群がって、ペチャクチャ喋ってるのが嫌いなだけ」
強い言葉で冗談めかして話しているけれど、それなりに本心なのだろう。葉山も、街中で声をかけてきた女性たちに対しては非常にドライな対応を貫いていた。
「かっこいいって大変だね」
「自虐風自慢だって思わんの?」
「自慢なの?」
「この話するとみんなそう言うの。まあ、俺ってイケメンなのかなって鏡見る時はある」
厚紙に巻きつけた毛糸を取り外して、真ん中を縛りながらそう言った。つられて想像して、笑ってしまう。山崎が手鏡を見ているところなんて一度も見かけたことがない。
「でも確かに、顔目当てって言われてみたい気持ちはあるかも」
「佐倉くんかっこいい~って?」
「一度くらいはね」
ジョキ、と小気味いい音を立てながら輪になっている毛糸の両端を断ち切っていく。それをほぐせば毛玉の完成だ。ユメカワイイカフェにするために天井から吊るすのだ。
「んー、でも佐倉はかっこいい系より可愛い系目指した方が早そう」
どう言う意味だ、身長が低いと言いたいのか、と問い詰めようとした遥希の肩を誰かが叩いた。振り返ると葉山が立っている。手には筆が握られていて、自分も作業の途中だったことを思い出した。
「色の相談、したいんだけど」
「あー、ごめん。やらせっぱなしにしちゃって。今戻る」
うん、と怒った様子もなく帰っていく。肩を掴まれた時、かすかに圧を感じたのだが。気のせいだったのだろうか。
「ウヒャヒャ、佐倉も大変だね」
「やっぱり、怒ってると思う?」
「いやぁ? 少なくとも、佐倉には怒ってないよ」
いい玩具を見つけた、とニヤニヤする山崎に遥希は首をかしげることしかできなかった。
*** *** ***
「いきなりごめんね」
人気のない階段。遥希は平井に呼び出されてそこにいた。帰り際、下駄箱の中に入れられたメモにこの場所が記されていたのだ。
平井は壁によりかかったまま、こちらを見ない。
「話っていうのはね、文化祭のことなんだけど。綾と周れるように協力してほしいんだ」
「……どうして、俺に?」
視線は、ちょうど真ん中辺りに落ちる。顔は見られなかった。どうしてわざわざ自分にそんな話をするのだろう。
「綾は私が誘ってもダメだから」
「そんなこと、」
「あるんだよ。だから頼んでるの」
わずかに強くなった声色に思わず圧されてしまう。
夏祭り。浴衣姿の平井に寄り添う葉山の後ろ姿を思い出す。醜い感情だとわかっているのに、心はザワついていく。なんと答えるべきかまだはかりかねている。
「ダメ? 綾とただの友達ならいいでしょ?」
一歩、平井がこちらに近づいて名前の書かれたスリッパが視界に移る。弾かれたように顔を上げた。平井は綺麗に微笑んでいた。その含みのない笑顔はどこか葉山にも似ていて言葉を失ってしまう。
「意地悪してごめんね」
「え?」
「綾は私の事好きじゃないんだって」
驚きのあまり声も出なかった。聞きたいことは山ほどあるけれど、どう反応して良いかもわからない。ただ平井の話を聞くことしかできなかった。
「きっぱりフられちゃった。でもね、そうなるってわかってて告白したからいいの」
「どうして?」
「綾の近くにいることに甘んじて現状維持なんてズルだもん」
ズル。口の中で繰り返す。泣きそうにその喉は震えていたけれど、平井は笑顔を崩さない。目は逸らせなかった。
「誰かにとられちゃう前に思いを伝えておきたかったの。綾のこと好きだった気持ちがなかったことになるのは嫌だから」
「平井さんは強いね」
そう言うと、平井は困ったように笑ってからなにか考える素振りをする。それからまた一歩だけ遥希に近づいて、口を開く。
「私が応援してあげる。ライバルたちにとって、これは大きなハンデじゃない?」
冗談めかして笑う平井につられてしまう。平井は満足したように、じゃあね、と去っていく。
「釣り合うとか釣り合わないとかくだらないこと考えてると、全部なかったことになっちゃうんだからね」
と言い残して。
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