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5.積もった思いがこの手に溢れて
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始業式。案外、挙動不審になることもなく挨拶を返すことができた。葉山の手に押されて、自転車のチェーンがちゃりちゃりと音を立てている。
「体調、良くなった?」
「もう大丈夫。せっかく色々誘ってくれたのにごめん」
「俺が佐倉と遊びたかっただけだから」
怖がらずに会ってみればよかった。なんでもないとわかっていれば、もっと夏休みの思い出も作れたかもしれないのに。後悔してももう遅い。千田の言葉を思い出す。面倒を理由にしていたら、変われない。面倒くさいからというのは強がりで、結局のところ怖がっていただけなのだ。
自分が自分ではなくなって、恥をかいてしまうのが嫌だった。葉山に馬鹿にされてしまうかもしれない、引かれてしまうかもしれない。葉山はそんな男ではないとわかっていても、だ。
他愛もない話をしながら教室へ向かう。やはり、あちこちから声をかけられて、その全てににこやかに応じる姿はさすが人気者といった様子だ。
卑屈になるつもりもないが、どうしても比べてしまう。嫌でも不釣り合い、という言葉を思い浮かべてしまうのだ。それをどうすることもできない自分は、葉山の隣にいる権利はないんじゃないか、と。
「どうかした?」
「え? あ、ごめん。その……また遊びに行こう」
教室に着いて、遥希とわかれて自分の席に向かおうとする葉山の腕を無意識に掴んでいた。慌てて手を離す。葉山はその突飛な行動にきょとんとしてから、にっこりと遥希の言葉に頷いた。
「うん。絶対な」
ぽんぽんと寝癖を直しただけの遥希の髪に触れた。それだけで心臓は波打って穏やかに染み渡っていく。多くを望むから辛くなってしまうのだ。わざわざ波風を立てる必要はない。
葉山は優しいから、思いを伝えてしまえば気にしてしまうだろう。彼の恋路を邪魔したいわけではない。
楽な方に逃げるなよ、と遥希の中の千田がこちらを睨んでいるのを見て見ぬふりをした。
*** *** ***
「えーでは、ホットドッグカフェに決定したいと思います」
パチパチパチとまばらな拍手が響く。黒板には、お化け屋敷や作品展示、メイドカフェというありがちな提案も書かれている。遥希も手を叩いて賛成した。
ホットドッグと、ドリンク数種類。ホットドッグといっても、市販のパンに焼いたソーセージを挟んだだけのものだ。文化祭といえど、無法地帯ではない。飲食の提供にはそれなりの制限がある。
それでも、一年の間は作品展示しか選択肢がなかったために驚異室内はにわかに盛り上がる。憧れの文化祭然とした出し物ができるからだ。
「佐倉って大道具担当だったっけ?」
「ううん。本当は調理担当だけど。手が足りないっていうから、看板作ってる」
放課後。教室のあちこちで、木の板を前にあれやこれやと手を動かしている。遥希も絵の具を片手にしゃがみ込んでいると葉山に声をかけられた。
看板にはすでに美術部の山中によって下書きが施されており、それに沿って色をつけていくのが遥希に課せられた仕事だった。その山中は現在、メニュー表のデザインを決めるべく、教室の後ろで女子たちと作戦会議中だ。
絵はそんなに得意ではない。選択科目も書道を選んだために、絵の具に触れるのは実に中学生ぶりだ。ネリネリとアクリル絵の具を筆に馴染ませて木の板に滑らせる。
「葉山はウェイターだっけ?」
「無理やりね。俺も調理担当がよかった」
そんなことはクラスメイトたちが許さないだろうが。
来客者数や売り上げによって、ランキング付されるという仕組みが存在する。一位になったから何があるというわけではないが、どうせやるなら盛り上がってほしい。客寄せという点において、葉山を持ち腐れるという選択肢があるわけがないのだ。
「俺もやっていい?」
「制服汚れるから、エプロンした方がいいよ」
「佐倉はしないの?」
「実は今気づいた」
顔を見合わせて笑ってから、教室の後ろに積み重ねられているエプロンを手に取った。作業用に文化祭までの準備期間に貸し出されているエプロンはずいぶんと年季が入っている。あちこちに絵の具がこびりつき、ほつれてきていた。
「縦結びになってる」
「えぇ? うそ」
「佐倉ってたまに不器用だよね。ほら、貸して」
「体調、良くなった?」
「もう大丈夫。せっかく色々誘ってくれたのにごめん」
「俺が佐倉と遊びたかっただけだから」
怖がらずに会ってみればよかった。なんでもないとわかっていれば、もっと夏休みの思い出も作れたかもしれないのに。後悔してももう遅い。千田の言葉を思い出す。面倒を理由にしていたら、変われない。面倒くさいからというのは強がりで、結局のところ怖がっていただけなのだ。
自分が自分ではなくなって、恥をかいてしまうのが嫌だった。葉山に馬鹿にされてしまうかもしれない、引かれてしまうかもしれない。葉山はそんな男ではないとわかっていても、だ。
他愛もない話をしながら教室へ向かう。やはり、あちこちから声をかけられて、その全てににこやかに応じる姿はさすが人気者といった様子だ。
卑屈になるつもりもないが、どうしても比べてしまう。嫌でも不釣り合い、という言葉を思い浮かべてしまうのだ。それをどうすることもできない自分は、葉山の隣にいる権利はないんじゃないか、と。
「どうかした?」
「え? あ、ごめん。その……また遊びに行こう」
教室に着いて、遥希とわかれて自分の席に向かおうとする葉山の腕を無意識に掴んでいた。慌てて手を離す。葉山はその突飛な行動にきょとんとしてから、にっこりと遥希の言葉に頷いた。
「うん。絶対な」
ぽんぽんと寝癖を直しただけの遥希の髪に触れた。それだけで心臓は波打って穏やかに染み渡っていく。多くを望むから辛くなってしまうのだ。わざわざ波風を立てる必要はない。
葉山は優しいから、思いを伝えてしまえば気にしてしまうだろう。彼の恋路を邪魔したいわけではない。
楽な方に逃げるなよ、と遥希の中の千田がこちらを睨んでいるのを見て見ぬふりをした。
*** *** ***
「えーでは、ホットドッグカフェに決定したいと思います」
パチパチパチとまばらな拍手が響く。黒板には、お化け屋敷や作品展示、メイドカフェというありがちな提案も書かれている。遥希も手を叩いて賛成した。
ホットドッグと、ドリンク数種類。ホットドッグといっても、市販のパンに焼いたソーセージを挟んだだけのものだ。文化祭といえど、無法地帯ではない。飲食の提供にはそれなりの制限がある。
それでも、一年の間は作品展示しか選択肢がなかったために驚異室内はにわかに盛り上がる。憧れの文化祭然とした出し物ができるからだ。
「佐倉って大道具担当だったっけ?」
「ううん。本当は調理担当だけど。手が足りないっていうから、看板作ってる」
放課後。教室のあちこちで、木の板を前にあれやこれやと手を動かしている。遥希も絵の具を片手にしゃがみ込んでいると葉山に声をかけられた。
看板にはすでに美術部の山中によって下書きが施されており、それに沿って色をつけていくのが遥希に課せられた仕事だった。その山中は現在、メニュー表のデザインを決めるべく、教室の後ろで女子たちと作戦会議中だ。
絵はそんなに得意ではない。選択科目も書道を選んだために、絵の具に触れるのは実に中学生ぶりだ。ネリネリとアクリル絵の具を筆に馴染ませて木の板に滑らせる。
「葉山はウェイターだっけ?」
「無理やりね。俺も調理担当がよかった」
そんなことはクラスメイトたちが許さないだろうが。
来客者数や売り上げによって、ランキング付されるという仕組みが存在する。一位になったから何があるというわけではないが、どうせやるなら盛り上がってほしい。客寄せという点において、葉山を持ち腐れるという選択肢があるわけがないのだ。
「俺もやっていい?」
「制服汚れるから、エプロンした方がいいよ」
「佐倉はしないの?」
「実は今気づいた」
顔を見合わせて笑ってから、教室の後ろに積み重ねられているエプロンを手に取った。作業用に文化祭までの準備期間に貸し出されているエプロンはずいぶんと年季が入っている。あちこちに絵の具がこびりつき、ほつれてきていた。
「縦結びになってる」
「えぇ? うそ」
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