白衣の下 第二章 妻を亡くした黒崎先生、田舎暮らしを満喫していたやさき、1人娘がやばい男に入れ込んだ。先生どうする⁈

高野マキ

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旅立ち

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藍川夢は、午前10時からの日曜礼拝に辛うじて間に合った。

聖母マリアとイエスキリストを背後にして祭壇に立ち、教会に来た信徒一人一人の顔を、しっかり目に焼き付けて日本での最期の日曜礼拝を心に残る礼拝にしたかった。

夢は深夜の黒崎先生の〝洗礼〟で 自らの穢れを全て受け入れられ、黒崎ヒカルに巡りあわせてくれた神に感謝した。視界に映る全ての信徒に幸あれと 心の中で祈り、牧師の聖書朗読とその後の講話を待っいる信徒に向かった。



黒いガウンを纏った藍川夢は、聖壇の中央で創世記12章1~19節のアブラハムの旅立ちを朗々と朗読し、最期に

「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広い。そしてそこから入る物が多い。命に至る門は狭く、その道は細い。そしてそれを見出す物は少ない。」



(マタイによる福音書7章13節~より)

を、修善寺教会での牧師としての最期の言葉とした。



信者達は牧師が狭い門を見出し、あえてその門から続く細く険しい道を選んで旅立つ事を理解した。


礼拝の後の恒例の食事会も藍川牧師が参加するのは最後とあって、信者がそれぞれの自慢の一品を持ち寄った。

牧師館の大広間の長机に左右に分かれて信徒が着席し、東欧に旅立つ藍川牧師の送別会と、月曜日から着任する新しい牧師の紹介の 質素で厳かな昼食会が開催された。


牧師は改めて この場に集う熱心な信者に礼をのべ、この教会に残るシスター 牧師見習いの紹介と新たに東北教区から異動になった牧師を紹介した。

その後は 和やかな分け隔てない昼食会が進行した。


伊豆半島の南端に近い山側の蜜柑畑の中に見え隠れする古ぼけた診療所

数年前までアメリカカリフォルニア州シリコンバレーの高級住宅街で暮らしていた黒崎先生…
今は外観だけ〝おんぼろ″の診療所を棲家と決めて好き勝手生活している。


お昼を過ぎてもまだベッドの中でぐずぐずとしていた先生に電話の着信音が起きろと急かした。


隣にいるはずだった看護師は早朝 修善寺に帰ってしまっていた。



「うぅん…夢ちゃ…ん…?…何っだぁぁ!…着メロが童謡に変わってるじゃないか…………誰だ? 俺の携帯を勝手に触ったのは?」

 

 …♪雪やこん◯◯…アラレ◯◯…

    

    (マジ…か ユキ!っ いつの間変えやがった⁉︎)



  「ユ…キ…か」



『ダーッドッ! 早く出てよっ!! まだ時差ぼけ治ん無いわけ?』

      
       「…」

 (バカヤロー‘ヤル’ことやって、疲れてんだよ!)



『ダッドっ!聞いてるぅ!』


「そんな大声出さなくても聞こえてるよっ…なんだ…朝っぱらから?」


『朝っぱらって! そっちはもうお昼過ぎてるでしょ? ちゃんと考えて電話してるのにっ 』


  「わかった、わかった…で…用はなんだ?一昨日別れたばかりでもう寂しくなったのか?」



  『ん、なわけ無いじゃん…うちの先生がね♪…急に日本に行くってきかないのよ…ダッドからダメだって注意してよぉ』


(〝うちの先生”だぁ―っ!まだ許すも許さないも言ってないのに、町田のやろう! ユキに手ぇだしたんじゃ無いだろな…!)


   「お前っ…パパは町田との仲を認めた訳じゃないぞっ なにが“うちの先生”だ! あいつが帰国しようがしまいがどうだっていいっ…くだらない電話をかけてくるなっ」


『ダッドこそアタマおかしいんじゃないの? 付き合うのは二人の問題でダッドには関係ないじゃんっ…今アタシがお願いしてるのは…手術したばっかりなのに、無理しようとしてるから…』

 

 「じゃ、お前が引き止めればいいじゃないか…だいたい…お前みたいな鼻タレに奴の事なんか分かるはずねぇんだ…やりたいようにさせてやれ…………」

(どうせ…ステージⅣの胃がんだったんだ…手術で多少余命が伸びた程度だ…本人の好きなようにするさ…)



  『…もういいっ!頼まないっ!!」



  「ちぃっ!切りやがった…なんだぁ―っ!バカ娘ぇ―――っ」



寝起きの怒りにまかせて携帯電話は、床に投げつけられたうえ、無惨にも弾みで一回転してタッチパネルに亀裂が入った。


同じ頃、町田柊士の忘れてはいけない女、
藍川繭は、二卵性双生児の妹 藍川夢の牧師館に突然現れた。
昼食会の最中だが、藍川繭が夢に何か深刻な相談を持ちかけだした。
夢の表情の翳りがそれを物語っているが、周りのシスターや牧師見習い、信者はその事に気づく事はなかった。

    …………



親子喧嘩が先生を目覚めさせ、おまけのスマートフォンも修理不能なまでの壊れようでも 先生の頭の中は、癌患者町田柊士の事に集中している。



(町田か…ケリつけにくるつもりか?―……娘を巻き込みやがって…💢…せっかくだから、顔見せに来いっ…もう一度、お前の体、俺がきっちり調べてやる…………)



寝乱れた白髪混じりの黒髪を手で掻き上げながら投げつけた携帯を拾った。

液晶のタッチパネルはひびが入り試しに振ってみると…かしゃかしゃと鳴る。

  ( …だめだこりゃ…)

くずかごにポイと投げ捨て、裸のままリビングルームに出て行くと

(ったく…あの女………………俺よりキリスト選びやがって!)


誰もいないリビングで悪態をつきながらコードレス電話のダイヤルナンバーを押す。


 

 「もしも~しっタクヤ?…町田柊士の顧問弁護士さんか?」
  

    ……………早速の嫌味爆弾…



『ダディ…⁈ どうしたの…』

※息子の黒崎タクヤはアメリカで弁護士事務所を経営している。
彼は先生の実子では無い。元妻が現在の夫と不倫関係で出来た婚外子だった。ドイツベルリンで両親と暮らしていたが、先生や先生の家族、特に鎌倉の〝おばあちゃん″綾野カヲルが大好きで毎年のように夏休みは1人で鎌倉に来ていた。実父がドバイへ転勤が決まり13歳だったタクヤも行くはずだったが、「カリフォルニアのパパのところに行く」と両親に宣言。当時スタ◯◯ー◯大学で働いていた先生の元に
強引に〝居候″。そのままアメリカの大学を出てアメリカで暮らしている。


「タクヤ…今いいか?」
エスプレッソが部屋中に芳香を放ち、やっと先生の頭は冷静さを取り戻しつつあった。ガウンを羽織りコードレス電話機を耳に当てながらコーヒーメーカーからソーサーにエスプレッソを注ぐ。


『いいよ、勿論! 今頃の時間ならwelcomeだよ』



「シュウヤマチダが帰国するらしいな?」
マチダの名前を出すだけで怒りが込み上げてくる。

  (俺の娘を誑かしやがってっ💢)



(…………クライアントの個人情報をパパに流すか…
  しかし、クライアントはパパを主治医に指定してるよね…)

タクヤは迷ったが、クライアントの生命と財産の保全するのが仕事と割り切った。



 『ダディ、ユキちゃんだね?その情報元は…』




「お前が奴の顧問してるのはマチダから聴いてるよ、それはいいとしてだ、奴は何しに帰国するんだ?」

      ……………




『これって極秘中の極秘だよ!彼って今や世界中から注目されてるアーティストなんだから、彼がちょっと落書きしたTシャツがネットオークションで1万$以上で取り引きされる世の中だから…』



「凄まじいなっ、動く〝札束状態〟じゃねーの⁈」

黒崎先生は瞬時に池田チハルに進呈したマチダがラフスケッチした紙屑を思い出して…〝しまった(ー ー;)〟と後悔した。




『ダディっ 動く札束って 何なんだよ…まったくう…意味わかんねー……本題にもどるから ふざけないで聴いてよっ!… 表向きは来年1月から国立現代美術館の【現代の巨匠展】で世界のトップアーティストの先陣をきって彼のアートが日本で初めて展示されるんだ。その為の宣伝、デモンストレーション』


(……… あれ程日本の美術界から酷評され排除され、血へど吐きながら立ち上がってきたのに…全く…
っく、日本人ほど手のひら返す民族もそうそういないぞ‥‥
アレっ? 俺だって袋叩きだったのに日本にいるよな…クククク…俺等 〝阿保〟だな…)




「タクヤ、ここからがパパの本題だ、町田柊士はかなりやばい胃癌だった。パパはあの緊急時パパができる最善を尽くした。だが町田のこれからの、命はパパも予測不可能だよ、そんな状態で何故無理して帰国するんだ?」




『帰国の真意は 彼が置き去りにした藍川繭への謝罪と慰謝料による和解。それから…言いにくいんだけど、…』

タクヤが口を濁すその先の話しは先生が本能的に聴きたくないと思った。



「言いにくいなら言うなっ! それよりガキはどうするんだ?あれから気になってたまにTVで見るが、チャラチャラしたアホ面なガキじゃねーか!先が思いやられるぜっ 親父の金で人生狂わすんじゃないか?」




『その事何だけど、ダディの聴きたく無い話しに繋がると思う……だから…飛島純也は〝柊士には昔からずっと世話になりっぱなしで、俺が柊士を、手助けできたのは唯一 柊士の息子の面倒を見る事だけだった。これからもそれは変わらず続けたい。金は全く問題無い。今後は本当の息子として親子で暮らしていきたいから、柊士から養育費だの息子の相続などされたら迷惑だ、柊士は自分の幸せを絶対逃がさないように伝えてほしい〟と 僕に直接言ってきたんだ。だから…シュウジマチダを説得して 飛島柊太に相続放棄の手続きはさせて貰った。』

  


  ( …タクヤ…クライアントの利益になると踏むと容赦無いな…芸能界みたいな浮き沈み激しい世界 いつ誰に地獄に突き落とされるかわからねえのに、飛島純也…欲の無い奴…もとヤンキーの漢気ってやつか?…)




「タクヤっ それのどこにパパの不利な情報が有るんだ?全く問題無いじゃないか! 息子も育ててくれた父親がいいに決まってる…   パパがする事は、マチダを取っ捕まえて検査入院…場合によっては再手術できる病院確保だな…」



『ダディ…それも、全てシュウジマチダの名声と財力でクリアしてるよ… 主治医はダッド 入院先はT大学附属病院VIP roomを1か月押さえてる。シュウジマチダの胃癌はもう世界中に知れ渡っているからね… ダッドは彼の権威で思う存分腕を奮ってよっ 彼の寿命を伸ばしてやって欲しい…兄としても!…』


      ………


「アーッ! 何だってぇーっ! 〝兄ぃ〟! どう言う意味だっ!何でそうなるんだっ💢」




黒崎先生はそのあとのタクヤの話しに 落胆した。予想はしていたが。こころの中では、ひとり娘の心変わりを期待していた。



(……マチダと一緒になるだと!…はぁ…こうなる可能性の予想はしていたが、まさかこのタイミングで…)




黒崎先生も人の子だった。娘の悲しむ姿は見たくはない…町田柊士の躰を復活させないといけなくなってきた……


    …………
      ……………


「藍川先生っ岬診療所の黒崎先生からですよ~」


(こいつっ…バカかっ!保留ぐらいしろっ)



「わかりました…後でかけ直すとお伝え下さい」




「あの…藍川先生が後から…」



『バカヤローっ まる聞こえなんだよ…保留しろっ…藍川にさっさと出ろって伝えろっ』



「はっ、はいっ…すみません、、せっ先生ぇっ~ 黒崎先生がお怒りで…」


受話器を受け取った若い男性牧師が黒崎先生の怒鳴る声にうろたえる。


   「わかりました…出ますから…………………もしもし…場所を変えますから、しばらくこのまま待っていて下さい…」



藍川夢は泰然と食事会に参加した信者達に岬診療所から急な電話だと断りを入れると受話器を持って食堂を出た。


夢は食堂から一番離れた客室に入った。



  「どうなさったんですか?先生が教会に電話してくるなんて…初めてじゃ無いですか…」

  

 『どうもこうも無いっ…お前っ…男よりキリストを選びやがって!!』

 

  「………男って……いつから私に男が出来たのですか?……そんな事で電話してきたのですか?」



  『ムカつくなぁったく………………………まぁそれはアトでいい…お前の姉ちゃんに用事があるんだ…連絡取ってくれ』

    …………

  「姉なら教会に来てます…」



『これぞ神の導きだな…藍川よ…まだオフレコだが、町田柊士が決着つけに帰国するみたいだ、…町田の弁護士が仲介するらしい…(自分の息子が町田の弁護士とは言わない)たんまり慰謝料ふんだくってやりゃいいんだよっ』



「姉も実は、生活に困窮しているようで、今日はその相談で来てます。私立の非常勤講師で都内で暮らすのは大変だと思い、姉にはいくばくか用立てようと思います。」


先生との濃密な〝あの事〟はまるで無かったかのような電話の向こうがわの藍川夢に先生も拍子抜けした。

     (…この二重人格め…)



〝あの時〟の事を声に出すだけで セクハラ モラハラ パワハラ全開になりそうな黒崎先生だった。
 



『お前 姉ちゃんのことはそれでいいんだな…興信所の調査でお前に伝えてなかったが町田は 完全にお前の姉ちゃんと縁切りするつもりだよ。全て自分がヒールになってな…』



先生もこの続きの興信所が調べ上げた事実は、夢に伝えたく無かった。〝町田と藍川繭の息子の存在″




町田柊士が帰国となれば、全国のトップニュースになるのは間違いない。日本を捨て去り二度と日本の土は踏まないと決めていた町田を変えたのは…誰あろう 我が娘かもしれない。


 


 「姉については…私が彼女に出来る事は僅かです。…姉の事は藍川家が何とかしなきゃいけないんです。町田君には関係ない。」

夢は姉藍川繭が左手首に幅広いバングルを付けて入浴時も邪魔だろうに肌身離さずつけたままでいる事が気にはなっていた。

  


  『ああ、まあな…お前の姉ちゃんが金で片付けられる人間ならいいんだが…ちょっと気になってな…』

  


「姉が町田君の事…まだ思っているかはわかりませんが、離れていた年月、二人の住む世界は別次元になってしまった。その事ぐらいは 姉は自覚すべきですよ、町田君は自ら姉との暮らしに未来を見出せず外に飛び出した。姉はいつまでも自らの固執から出られないでいる。それは町田君の責任じゃない。姉自身の問題です。」




(息子は飛島純也に任せられそうだな…親父面して芸能界稼ぎまくってやがるしな、 藍川繭は億万長者になるんだよな…)
   



( 俺の老後は〝奴〟の稼ぎ次第っ…てか マチダ、お前覚悟して待ってろよっ…  ◯々苑の焼肉弁当特上大盛りのツケはデカいぜっ)



   

先生はシリコンバレーのスタ◯◯ー◯の職員住宅に住んでいる香川タカシに電話をかけて、この冬の休暇の予定を尋ねる事にした。

『Hello 』
朝の6時前の着信音
香川タカシはまだベッドの中だった。

「香川かぁっ!」

 
 ………
 『せっ先生、どうされたんですか?』

   
(…ふん相変わらずだな 気取りやがって…
    どんな時間にかけても敬語か…)



「お前さぁ、今年のXmas vacationは予定あるのか?」



『いえ、今のところ父が赴任しているイングランドで年末年始はすごそうかと…父も来年外務省退官しますので今年の正月が最後の大使館勤務のようです。』

香川タカシの父親は外務省職員で現在はイングランドの日本大使館で勤務していた。




「そうか…それじゃクリスマスに帰国予定のシュウジマチダの入院中の世話をたのめねぇな…」




『えっ…シュウジマチダ 帰国するんですか⁈』


香川タカシの医学研究者としての興味が刺激される話しをわざとする先生だった。



「ああ、帰国するんだと、で俺が奴の主治医って勝手に名指ししやがって T大病院に再検査も兼ねて入院することにしたんだと…」


(…末期の胃がん…俺がロボットアームで切った患者…
 香川が気にならないハズないだろっ……)



『先生っ病棟担当させて頂けますか?』

    (…ほら来たっ!…)





「とりあえず、病院から記者会見するらしい…つまり日本滞在中は我が母校T大学附属病院って事だ、お前は俺の1番弟子だから 助手として同行させてやる」



『よろしくお願いします…』




「それから 言い忘れたが、ユキなぁ シュウジマチダと付き合ってる、まぁ、腹立つが一緒に暮らしてるかもしれん」




『えっ えー!それっ許しているんですかっ!ダメですよ!シュウジマチダ幾つだと思っているんですか?俺とそう変わらない歳ですよっ
先生っ 絶対やめさせるべきですっ 僕からユキちゃんに言いますっよ、』




(……香川…お前も歳食ったな…若いユキがお前の古臭い説教なんか聞くもんかっ お前がしそうな事は俺が全部したんだよ その挙句がコレだよ…)

 


月曜日
何時ものように赤いピックアップバンで岬診療所に出勤してきた藍川夢は早速カルテの整理と新しいナースに引き継ぐ書類整理を始め出していた。

 「看護婦さん、今朝は早い出勤だな…」



先生は何時ものように変わらずコーヒーメーカーをいじり始めた。
立ち上がるエスプレッソの香りがいつになく夢の気持ちを高ぶらせる。

その昔コーヒーやカカオの香りは催淫効果もあると信じられいた頃があった。

今は心を落ち着かせリラックス効果があるとされている。



「看護婦さん…コーヒ―が入ったよ」

先生は診察室のドクターズチェアに腰掛けて週末に届いていた医学雑誌の束に目を通している。


  「はい…頂きます」




藍川夢は濃紺のスクラブスーツに何時もの聴診器を首から架けて診察室に入ってきた。


土曜日の夜は…気の迷いとでも言いたげに甘い雰囲気のかけらもない。




「先生…先生が毎朝たててくれるコーヒーだけは、私が今まで飲んだどこのコ―ヒーよりも美味しいです、それをこれから頂けないと思うと…残念です」



 「美味いのは…豆を取り寄せているからだよ…特別なもんじゃない…やはり…行くのか…?」

先生は雑誌から目を離さない。

  

 「はい…先生の事は…一生忘れません。世界中どこにいても、先生の事は一番に神にお祈りします」

口許に傾けるデミタスカップも小さな看護師が持つとレギュラーサイズに映る。

  


  「…まあ…口では何とでも言えるさ」

先生は夢を見ない。



彼女は先生の憎まれ口も今朝に限っては黙っ聞き流す。


「先生…今朝は予約の患者さんも無いですし、ゆっくりして下さい…新しい看護師さんが来られたら、私がきっちり引き継ぎますから…何なら釣りに行かれても…いいですよ」


 「お前…なに勝手に許可してんだよっ…いちいちムカつくっ
ここの決定権者は、俺っ!…勝手に退職日まで決めやがって…俺がまだ同意してないって言ったらどうする?」



先生は老眼鏡を額に引っ掛け、藍川夢の顔を見た。

困り顔の夢が愛おしい…
その場で抱きしめたくなる強い衝動を堪え…無言の夢に向かって


 

 「結局、いつ日本を離れるんだ?」



    「……」

夢は俯き答えに詰まった。

先生の衝動はもう抑える必要もない。 無言で彼女の小さな躯を抱きしめた。



  
  「行くな…俺の傍にいろ」





 夢は両手の平を先生の胸に当て甘い誘惑を拒否するように腕を突っ張り躯を先生から放した。

 ( …避けるなよ…)


先生はチビな藍川夢の頭のつむじを見ながら口を尖らせ拗ねた。


夢は、頭を下げたまま、かすれた声で…


  
  「もう…決めました…  後戻りはしません」



      ………………



その週末
藍川夢は約二年間勤めた岬診療所を退職し同時に修善寺の教会を後進に譲り自らは欧州へ渡航準備の為東京に戻って行った。







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