十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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4つの点がそこにある。出来上がるのは三角形11

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 戸惑うように、由紀子の大きすぎる体が揺れる。
 近づきすぎたアベルとは、もう視線が合わない。

 大きさが違うから、体の都合上、由紀子は下を見ても大きく膨らんだ腹が見えるだけなのだ。しかし確かにそこにいることを、異常に広がっている知覚によっててもいる。逆にアベルから言えば、影が落ちるように大きな腹の底が見えるだけで、顔に当たる部分などは当然見えていない。

 人出会った時には2つだった、今は1つの足で飛ぶように一歩踏み出せば、きっと踏みつぶしてしまえるだろう。簡単に、ぷちっと。人が、地面に落ちたは虫を潰すほどに容易に。

 生物の差、能力の差、存在の差。
 力でいうなら、由紀子から見てもうアベルは取るに足らない存在だ。アベルが、このダンジョンという場所でトップではないとはいえ上位グループに位置するほどの実力者であることは由紀子も知っている。

 しかし、それはもはやでしかなかった。
 戦う必要などない。それがはっきりわかるのだ。敵意云々は置いておいても、簡単に殺害もそれ以外も、さほど労力がいらない事でしかないということが。
 簡単に潰せてしまったキールと同じように、触らずに潰すことさえ容易だ。

 ただ、それができない。
 むしろ、変えてしまわぬよう必死に、慣れない力を操作していた。
 力の差が、得たばかりのそれは、細かい力を制御することができていない。
 運動しない人間が、目をつぶって両手を肩の高さで水平に上げようとしてもどれほどの精度があるだろうか?

 しかも、ことはもっと繊細な制御。吐く息を、その成分ごとに分けられるようになったとしても、人はきっとすぐにわけられるようにはならないだろう。
 感情的にも、言葉に戸惑っている事もある。

 由紀子は、重苦しいだけの日常にいたころに、もっと子供だった頃に、優しい風に扱ってくれた大学生の存在を思い出していた。
 それは、トラウマであり、裏切りの記憶だ。じくじくとうずく治らぬ傷の記憶だ。

 他人がそれを知れば『ありがち』だとこぼすような、そんな記憶だ。
 優しくしてくれる振りをして、助けてくれるとうわべの言葉を口にして、利用するだけ利用して、最後は元の場所に放り出した男。

 わかりやすい等とほざく人間もいるだろう。これだけ、わかりやすいのだからわざと騙されたんだろうなどと、口さがない事をいう人間さえでるかもしれない。しかし、由紀子にとってそれは輝ける蜘蛛の糸だったのだ。
 絶望に垂らされた救援のロープを、特に年若い人間がどうして疑いたいと思うだろうか。

 結果として、信じることは、裏切られることだった。
 由紀子にとって、異性の優しさとはずっとずっとそういうものだったのだ。

 だから、怖かった。アベルと知り合い、話すようになってからはずっと。
 アベルからの好意には、どこかのタイミングで気付いていた。
 鈍感でなければ、それは気付く。だって、アベルという存在は、そういうものに対して不器用であるから。

 由紀子は己に似ているとも思っている部分があって、話していると確かに心地よくなる部分もあって。
 懲りずに優しさに惹かれる自分が、どうしようもなく滑稽に思えて、そして怖かったのだ。
 もう、この人にまで裏切られたら。

 そういう恐怖から逃げるために、また変化を遂げるためのアイテム探しに集中した現実もある。
 そんな時に如月に会い、相談し、『秘密ですよ』と貴重なものを、他の誰もくれないものを融通してくれ続けた彼女を信頼して――ここまできたのだ。

 逃げてしまいたかった。
 怖い全てから、由紀子は逃げてしまいたかった。
 誰も届かぬ場所へ、空を飛んで逃げてしまいたかったのに。

 それが、叶ったのだ目をそらし切れたと思ったのに。
 確定する言葉もない、臆病な2人だったから。

『どうして、今更そういうことを言うの……?
私はもう、鳥になったのに。アベルさんは鳥趣味なの? 鳥もいけてしまう無節操なの? それって、どうかと思うよ。異様におへそ好きなのも本当はちょっと引いてたし、抱っこしてほしいっていうのもどうかと思う。体格差を考えようよ。強化されているからって、重いものは重いんだよ? あと、もうおへそなくなっちゃったし……』
「由紀子ちゃんたまに変な方向性からの毒吐くよね……ちょっと予想外のダメージ」

 混乱する意識からか、出る言葉はぐずぐずだ。
 だが、姿かたちも、状況も、場には全くそぐわないやりとりだったが、どこかそれは日常の香りがした。
 変わってしまった日常の、それでも落ち着けた日々の。

 由紀子は必死だったし、利用してもいた。
 リップサービスだったのも本当だ。
 それでも、いつしか安らぎを感じていたのも嘘ではないし、全部が全部嘘の発言だったわけでもない。
 だから、こうして、逃げたい理由の1つになってしまったのだから。

「届いたよ。でも、そっちからは見えないかな。さすがにもう成長期は過ぎたから、ここから大きくなって君を抱きしめることはできそうにないな」

 大きくなり、変形したカギ爪の1つ。
 由紀子は、それに温かみのようなものを感じた。
 それは確かに体温で、他者が発する熱。今までずっと嫌な記憶ばかりを与えてきたもので。毎日のようなで、記憶の中でもずっとそうで。
 しかし、今感じているそれは嫌ではなく柔らかて優しいものとして、由紀子に温度を伝えてきた。

『……あったかい』
「由紀子ちゃんは意外に冷たい。足だからかな? お腹はちょっと暖かそうだけど」
『……アベルさんには、デリカシーがない。知ってたけど』
「それで、どうかな。
どうか、僕に、君を支えさえてくれないか」
『体重差がありすぎて無理だと思う』
「そうじゃないが」

 思わずアベルはつっこみをいれてしまう。そこにはムードもへったくれもない。

『ふふ……ずるいよ。アベルさんは、ずっとずるい。寂しそうな子供で、お互いそうだったのに、いきなりお兄さんぶるんだもの』
「好きな子の前では格好つけたくなる生き物の事を男っていうらしいって雑誌で見た」
『格好良くはないなかなぁ』
「酷くない?」

 笑う。
 自然な笑い。
 いつからか、2人でいるときにはそうできるようになったことを思い出す。

 軽口のたたき合い。
 嫌ではない空気。
 自然に力を抜いていいような空気。

 混濁していた記憶と意識が、取り戻されていく。大きな1つ目が、青く染まっていく。
 合わせるように、近づきすぎたアベルの変化がストップしている。
 場所も、状態も、それだけ見れば異様な光景だ。

 流されているかもしれないとは思った。
 それでも、温かいと思った。
 感じてしまったら、ダメだった。
 なにより、由紀子は自分がここまで変わっても、それでも関係なくというのが、どこか奥底に火が付くような嬉しさを与えた。きっとちょろい等といわれるだろうと、由紀子はおかしくなる。

 でも、もう一度だけ、信じてみたい。そう思ってしまったから。
 外から見れば安っぽい話のようでも、滑稽でも、もう普通の人同士ではないけど、2人にとって、それは確かにあたたかな空気を出す心地のよいもの。

 2人はようやく、何か繋がった気分で、今までで1番安らかで、見つめ合いはできないが、確かにようやく触れ合った2人。
 ある種2人だけの空間というやつで。
 告白の返事ハッピーエンドの返答をしようと由紀子がしたその時――

「はいどーん!」

 あたたかい体温が、消えた。
 ごろごろと、アベルがゴミのように転がる。

『―――』
「ぐっ……ぁ」
「2人してずるいじゃあないですかぁ、ねぇ? ゆーきこちゃん! 私ともコイバナしーましょ!」

 うめくアベル。
 絶句してか声もなく固まったような由紀子。
 そして、沈黙していた如月が、今そのメイスを振り切って、笑顔でそう言い放った。
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