十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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イリベロトスドルイワ7

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 薄暗さだった。
 暗い、けれど全てが見えないわけではない。
 目を凝らせば、そこに誰かがいて、それがどういう表情をしているのかがなんとなくはわかる程度の薄暗さだった。

 頭が、ぼんやりとしていた。
 酷く、ぼんやりとしていた。

 何があったんだっけ、と思った。
 何があったんだっけ、何かあったんだっけ、何があったんだっけ、何があった?

(何が――)

 ぃぃぃぃぃぃぃぃ、と金属をひっかく音が鳴り響くような不快感。
 どこか遠くで聞こえるようにぼんやりしているはずなのに、耳元でもならされているような酔うような感覚。
 頭を抑えたくなった。

(うるさいな。手が、手が?)

 持ち上がらない。耳をふさぎたいのに、塞ぐための手がうまく操縦できないようだった。
 きょろきょろと視線を這わすが、己の手は見えなかった。

 視界のようにうすぼんやりと、あぁ、薄暗いしなぁ、と思った。
 今日の晩御飯はなんだろうか、と思った。

 なんとなくだが、しばらく肉は控えたい気分だ。
 どうせなら、しばらくは好んでは食べていなかった野菜でもいいと考える。

 口から、温かいものがぼたぼた垂れていくのを感じる。
 涎だろうか、はしたないなぁ、と思った。自分のお菓子を食べたがる妹でもあるまいし、と思った。

 そういえば、妹はどうしただろうか?
 一緒に出掛けたはずだということを思い出した。犬の散歩に一緒にいこうと、2人で動きたくなさげな犬を引っ張って。きゃらきゃら笑いながら散歩をしていたはずなのだ。
 随分と前の事だったような気がするが、そんなはずはないのだ。
 すぐ前に、出かけたはずだ、そのはずだから。

 どうしてか、動けないし、手も伸ばせないからきょろきょろと視界だけを動かした。リードはどこだろうか? 途中から、妹とも手をつないでいなかっただろうか? どちらもなくて、妹も、犬も、不満を叫んでいないだろうかと思った。迷子になったのだろうかと心配になった。

 あぁ――薄暗いな、と思う。

 ベールがかかったように、見えづらくて仕方ないなと。
 すぐ近くに、何かぶつぶつとつぶやく人がいる。
 顔はよく見えないのだが、どうやらそれは、妹のように思えた。

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』

 どうしてだろうか。
 謝り続けている。声はどこかぼんやりと聞こえる。耳掃除が必要だと思った。
 それはともかく、誰かに、何かをしてしまったのだろうか? と考える。

 うーん、と首を捻りたい気分だが、動かすのも酷くおっくうだった。頭が回らない。
 頭が回らないながら、妹が何かをしたのなら、それが何であっても、自分は味方しなければと思うのだ。誰かに謝るなら、一緒にやってあげようと思うのだ。
 自分は、お兄ちゃんだから。



 雨宮啓一郎様、と書かれた文字は達筆である。
 外からは何もわからない、ただの封筒のはずなのに、それは手に取っただけで異様にぞっとする感覚に落ちらせてくるものだった。
 大きな封筒から、1つの記憶媒体。

 そこには、ファイルがぽつんとある。
 足元から、何かが手招きをしているような気分。
 1、と端的に名付けられているムービーを開いた。

『まず、順番に電気を流します。開幕の挨拶でーす。大丈夫だよ、後遺症も残らないくらいだ。ちゃあんと安心安全の設計をしてある。ただいたーいだけ! 素敵だろう?』

 そこには、見覚えのある兄妹。
 悲鳴を上げている。
 見たことのあるそれは、鼻の奥に、記憶がよみがえるように焦げ付いた臭いをリアルに思い出させる。

『先生が見ているよ! がんばって! がんばって! 麗しの兄妹愛を見せつけてあげるんだっ! 世界は希望で満ちているよね? そうだよね!』

 姿は見えない声だけの存在が、自分が殺したい相手であることは間違いなかった。
 しばらくは姿も形も見せてくれなかった、追うことができずにいた、仕留め損ねた相手。

『ルールを説明しよう! いいかな! へーんじをしろ! 聞けよ! 俺の話は黙って聞け。だまって人の話は聞かないとだめなんだよ!』

 余計なことをいった兄妹の――兄である光太の顔が殴られて首がぐりっと横に回る。口から何かが飛んでいくのが動画から見てわかる。
 妹の方が、それをみてひぃひぃ声にならない声を出して泣いていた。

『痛いのはぁぁぁ――1人! 1人です! やったね! 1人が我慢すれば、1人は助かります! 約束します! 絶対に1人にしか痛いことも苦しいこともしないと! いっぺんに2人とも痛かったり苦しかったりすることはしません! 指切りする? してもいいよ! ハサミだってここにはあるのさ! いろんなおもちゃもね。啓一郎くんごめんねぇ? お弟子さんたちと仲良くさせてもらってまーす!』

 顔が映る。
 それはとても楽しそうな形に作られた顔だった。

『参加まってまーす! 一緒に遊ぼうよ! みんな疲れちゃう前に、これるといいね!』

 ひらひらと、手を振りながら友人に言うような親しげな声を出して。
 そうして、1、という動画ファイルは終了した。
 ぎしり、と、歯噛みする。

 明らかに、関係者として連れていかれたのは間違いなかった。
 また、失敗したのだ。
 啓一郎は失敗した。
 戻ってくるべきなどではなかった。いいや、そもそも、関わったことが間違いだった。

(いいや、そもそも、人を殺そうなどというものが、情が移るほどに人に関わるべきではなかったのだ!)

 関係していなければ、わざわざこうして狙われはしなかった。
 殺したい相手は、天秤と名乗る殺人者は、狡猾だと知っていたはずなのに。
 緩みだ。
 それは、間違いなく、緩みだった。

 最初は誰とも距離をとっていた。関係性はうわべだけだった。でも、ずっとずっと探し続けた心はどこかちぐはぐになっていて。
 無残に殺された、子供を思い出したから。
 それで、流されるように、拒否できずに。
 付き合いを続けてしまったから。

(それを見抜かれて、こうなっている)

 何もかもを自分のせいだとはいわない。思わない。
 もちろん、理性の上では当たり前にそんなことをやるやつが一番悪いのだということも理解できている。そもそも、始まりの事がなければ啓一郎はその才能を発揮して誰かを傷つけるなんてことすらなく人生を終えた可能性のほうが高い。
 けれど、それでも自責の念というものは湧くのだ。

 『本当に?』と問いかけ続ける、責め続けるような目がそこにはある。
 『だって、お前がこなければ兄妹は平和だったのに』と。
 『だって、お前があそこで仕留めていれば、これから誰も殺されなかったのに』と。

 復讐とは、自分のために行うものだった。
 だから、そこで発生したあれこれに――言い訳というものもできない。
 全て、自分のための、自分の我欲によって生み出される犠牲者。

 今まで、それが欠片もなかったわけではない。
 それでも、ここまで関係したものというものがいなかったのだ。痕跡を消す努力をして、やってきたはずだった。
 動画を次々に再生している。
 頭が狂ってしまうそうな気分だった。

 リフレイン。フラッシュバック。
 愛した人と、もっと愛し続けるはずだった子の無惨なさまと重なってしまう。
 頭が狂ってしまいそうだった。
 すぐに殺しだしたい気分になった。
 それでも、目を離すことができない。

『いやだ! いやぁ……お兄ちゃん助けて! お兄ちゃん!』

 足に小さく無数の傷をつけられた状態で、『何か大量の虫』が入っているらしいそこに足を落とされる映像が流れている。
 がくがくと痙攣するように体が小刻みに動き、助けを訴えていた。
 タスケテと繰り返した時点で、天秤と呼ばれる殺人者の声が聞こえ、確認を取った。

『交代する? 交代、しちゃう? いいのかい? それ、とてもとても痛くて気持ち悪いだろう? それを、お兄ちゃんに味合わせるのかい? 本当にいいの?』
『うぅぅぅぅ――!!!』

 それは悪魔の声だった。
 ぶんぶんと、妹の首が、横に振られる。
 そんなことができなくとも、誰にも責められはしないのに。
 妹は本当に兄と仲が良くて、兄妹は本当に仲が良くて。
 だから、そんな状態でも妹は助けを呼んでも、首を横にふれてしまった。
 兄が、光太が、自分が変わるといっても、天秤は決してそうはしようとしない。

『ダメだよ。自分から変わると言い出すのがルールだ』

 足がダメになる。足がダメになる。
 壊れたようにそれだけを繰り返し、光太が天秤に訴えていた。何が楽しいのか、天秤の小さな笑い声が聞こえる。
 啓一郎は、ただ、無言でその中から少しでも状況を探らんと、見続けるほかなかった。
 映像は、ただ啓一郎を追い詰めるだけに行われている。やり口を知っているだけになおさらそれがわかる。
 いつもよりてきとうに、死なないように、苦しむように。
 
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