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イリベロトスドルイワ8

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 手紙が届いた。

『ほんとはたくさん人を用意したり、心と体のふれあいとケアとかそういうのもしたかったんだけど、ちょーっと時間がかかりそうだから諦めちゃったんだよね。ごめんねぇ? ちょっと時間なくてさぁ。でも、ボォク1人でもがんばるから! 頑張るから、一緒に楽しく遊んでいこうね! つきましては、こんな虫も用意しました! 強そうな虫って、子供なら男でも女でも割と好きな子供多くない? そうでもない?』

 手紙が届いた。

『あー、こりゃダメだね! ぼろっぼろだよ! いけない虫さんだ、殺しておこうねー。はいはいぷしゅー。はい安心安心。虫は死ね! あぁーあぁー。肉片も散らばってら。もったいないなぁー……そうだ、野良犬にあげよう! 近くにいたんだっ、エコエコ。ほうら、お腹が空いてたのかなぁ? 貪るように食べてるねぇ。かわいいね? 知り合い?』

 手紙が届いた。

『そろそろお腹空いたよね! ごめんねー、ちょっと準備を忘れててさぁー。でもほら! じゃっじゃじゃーん! いーけづーくーりぃー! どう? 物まねしてみたんだけど似てる? 和んだ? ん? なんだい? この生け作りが? 君たちのよく知っている顔をしてるって? 気のせいじゃないかなぁ? 人と違って、犬の顔ってどれも同じに見えない? そんなことない? ボォクにはわっかんなぁーい』
『……ぇぇっ』
『おーいおい! おいおいおい! 吐くなよきったねぇな。ダメだよもったいないでしょ! もー、1人じゃ食べれないのぉー? 食べさせてあげるからほら、こうやって、こうやるの。わかる? はいぐっちゃぐっちゃかみましょうねぇ』

 手紙が届いた。

『あぁ大変だ! 聞いてくれよ! どうやらウィンナーがなくなってしまったんだ。これじゃあ、楽しい朝食を迎えることができない……指って、似てない? まぁ……爪は邪魔だし、とりあえ全部剥ごっか』
『――』
『ウィンナーには何かかける派?』

 手紙が届いた。

『うぅーん。映像に拘りたいんだけど、視点がよくないなぁ。自分で自分を見るのってどんな気分なんだろう? ちょぉっと教えて欲しいんだ! だから、1個だけ! ねぇー、1ッ個だけだからぁ~! そしたら我慢できるからぁ~。感想を教えてちょーだい、ね!』

 手紙が届いた。

『サービスタァーイム! ここからは、自らの申告も受け付けますっ! お役目をかわってほしい! その思いが重要なんですよ! ボォクはわーかっつぁんですよぉ! ……かんでなーい! かんでないでーす! ちゃんとわかったんですよっていったもんねー、お前らの耳がおかしいんだよぉ!』
『か、かわっ』
『んんん? かぁぁぁぁぁ? わぁぁぁぁ? がんばって! がんばって! ほぅら! お兄ちゃんも見てるっ! 頑張ってよぉ! ほらほらほらほら! 勇気を出して! 大丈夫っ大丈夫だからっお兄ちゃんは男の子だからお前よりぜーんぜんもつって! 早く言えよ』
『か、わってっ……がわっでぇ!』
『よくいえまちたねぇー! ハイ……ダァァァァメェエェェェェェェ! 家族を売るような子に育てた覚えはありませんヨ! いけないんだ! いけないんだ! そんな子はいけないんだぁー』
『やだ! やだぁぁ! だってかわっ、かわって……あああああああ』
『かわる! 俺がかわるから!』

 手紙が届いた。

『お兄ちゃん頑張れ! お兄ちゃん頑張れ!』
『ぃぃぃぃぃぃぃ』
『ごめんなさいごめんなさい』
『いいよ! 言っていいんだよ! 君は頑張った! 肉が苦手みたいなのにお肉も食べたし――かわって上げてもおもしろくもく文句もいわなかった! かわった後はこうしてずっとずっと受け続けてるっ。妹ちゃんは自分から言い出しもしない薄情者なのに、君はずっとずっと悲鳴だけ上げてもかわってほしいとも言わずに健気に頑張ったさぁ……そろそろ変化つけようぜ、つまんねぇよ。こっちはちょっともう壊れ気味だしさぁ。はやくないですか? うるせぇよ自動ごめんなさい装置か何かか! ねぇよそんな装置! ははは!』

 手紙が届いた。

『こうやりますっ! こうやりますっ!』
『やだ、やだあああああああ』
『いやんいやんもいいのうちっていうよね! つまり君は喜んでいる! 頑張って引こうね! おじさんも手伝うからっ! ほらぎーこーぎーこー。見てごらん。痙攣しているね。喜びを表しているに違いないよぉ、がーんばれ! がーんばれ! 大丈夫大丈夫。勘だとまだもうちょい持つから大丈夫だって! ゆぅーきをだーしてー。今日はハンバーグダヨ!』

 手紙が――



 今までの事が嘘だったかのように、隠れ家と思われる場所を見つけることができた。
 それでも、啓一郎に嬉しさといったものはない。

 手紙が来るのだ。
 毎日、毎日。
 足取りを追うことができないままで。

 それを見れば、もう、手遅れであることは疑いようもない事実。
 耐えきれなくて、出歩いたとき、なぜか今日は誘われるように足が向いたのだ。
 気付けばここに来ていたといってもいい。
 無意識に。手を引かれたように。

 しかし、ここにいることは何故だか確信できるのだ。もしかしたら何かされたかもしれないが、どうしてもそれがマイナスなでき事とは思えなかった。
 だから、啓一郎は経緯はどうでもいいと思った。
 自分でも信じられない警戒心の薄さで、その見つけた家に突入した。

 はっきり言って、愚者の行い。
 何の確認もない。武器も何もない。もとより素手が得意ではあるが、ないよりあったほうがいい道具を武器以外も何一つもっていなかったのだ。

 それでも、その感情に身を任せることしかできなかったし、それが正しい選択だとどこか思えた。
 その家は、見たところは誰もいなかった。
 しかし、すえたような臭いと、血の臭いが鼻に届いている。それが、いっそうここが目的の場所であることの証明に思える。
 それを追っていけば、隠されているような扉を見つけることができた。拍子抜けするほどの呆気なさだ。

(誰もいないなんてことはないはずだ。入ってきたことに気付かないなんてことも)

 天秤と呼ばれる殺人者の勘の良さは嫌になるほど知っている。
 前は偶然に偶然が重なった結果でしかなくそれでも逃げ切られているのだ。
 色々とおかしいかった。
 扉を開け、少し通路を進んでいくと――しかしそこに、天秤はいた。
 放心したように、隙だらけで座り込んでいる天秤が。ぐちゃぐちゃと服を濡らしている。酷い匂いに顔をしかめたくなる。

「神はいたのだ。神はいて、でも神だから助けてくれることなんてない。人間は、人は、人にとって」

 ぶつぶつと繰り返すさまは、いつもとはまた別の狂人っぷりを見せつけてくるようだった。

「おい」

 と、話しかけながら、無造作に喉を潰すために手をするりと入れ込み――呆気なく、それは通じた。
 『ンゲ』と潰れたような声を出す天秤に対して、流れるように落ちている血に濡れたノミのようなものを心臓部に肋骨を縫うようにして差し込む。
 これも、また無防備に通る。
 今までの死ななさが嘘だったかのよう。
 殺したい相手は、今、啓一郎の手で、望んだように。

(冗談みたいだな)

 嘘のようなできごとだ。
 バカみたいにすら思えた。
 嘘みたいに無警戒な愚かさで単身きた考え無しの復讐者と、今までは全力でも何を使ってもどうしようもなかったはずなのにただ座り込んでいただけの殺人者。

 何年も何年も。全てをかけてきた結果が。
 こんなあっけのないものになるとは思いもしなかったのだ。

 ただ、それで緩むこともなく、それをしっかりと捩じって、止めを刺した。
 天秤は――どこか、安らかな顔すらしている風に見えた。
 初めて見た時にどこか恐怖しているような顔もない、嘲笑っているようでもない、どこか安らかな。
 それにどうにもイラついて、もう死んでいる顔面をたたき割るように殴りつけた。ごり、と鼻を潰した感触。

(終わった)

 終わった。
 理由もわからず、意味も分からず、あっけもなかった。
 けれど、とにかくそんな感情が湧いた。
 しかしそれに浸る暇などなく、辺りを見回す。
 そこには、見つけたいものがないのだ。
 それは、見たくないものが代わりにあったことを意味しない。

「何故、何もない――?」

 天秤と自分以外の人が、生死関係なく、ここにいない。
 ここで間違いはないはずだ。
 確かに、映像で見たままの部屋で、それを行っている本人もいた。見間違いなどではない。
 影武者という事もありえない。見間違うはずなどなかった。この天秤は本物だと確信できる。

 それでも、ここに、兄妹の姿はない。
 血が残っている。
 どこか、見覚えがある動物の残骸がある。
 そこには、兄妹の姿だけがない。
 そういう意味で始末までしたというのなら、逆に残骸があるのがおかしい。

「どこに……?」

 逃げたということなど
 拘束から解放されたとしても、あんな姿では、天秤から逃げるなどという事は不可能だと啓一郎は思う。
 そもそも、家の外に這いずったような跡はなかった。
 たららら、と電子音。

「っ……携帯?」

 ポケットには、いくつか持っている内ここで使用している携帯があった。
 奥山、と表示されている。

「……もしもし?」
『あ! 先生! 今どこにいる? 帰ってきてる?』
(は――?)

 何を言われているのかわからなかった。
 帰ってきているも何も、先日あったはずだ。しばらく探すとも伝えていたはずだったのだ。

『光太の……光太の妹が事故にあったんだ! それで、その……』

 奥山が話し続ける声が、違和感に凍り付いて返事をすることのできない啓一郎の耳に、ただ流れ続けた。
 つじつまが合わないその内容が。
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