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あい すてる らぶ うー2
しおりを挟む悲しい事。
辛い事。
ありきたりの悲劇、喜劇。
ありきたりであることは、ありふれていることは、果たして救いとなるだろうか。
少なくとも、千都子にとってはそうではなかった。
『他にも同じような思いをしている人がいる』ということは、千都子にとってなんら意味あるものではない。
ありきたりの1粒であることを知ろうが、何の解決にもならない。
知ってそれが取り除かれるわけでもない。
もっとつらい人間いることなど、なおさらどうでもよかった。
多くの悩みを抱える人間と同じように。
千都子にとっては、自分の辛さが、苦しさが全てであり、それが1番。
何も間違った事ではない。
口にそれは誹られるけれど、他人がボコボコに暴力を振るわれている光景を見たとて、自分が殴られる痛みが減るわけではないのだ。
ただ、知っていてそれを考えるのと、どうでもいいことと流すのは差が出るという事も知らなかった。
千都子は、優秀であろうとしてできなかった、そんなありふれた人間の1人だ。
「あ」
と、洩れる音どこか他人事のように感じつつも、思い出す。
己の半生。千都子という女の20に届きはしない短い人生。
『千都子は良い子ね』
『俺に似なくてよかったな。頭のいい子供だ』
体をくねらせる千都子は、今でも原初となっているそういう両親の顔を覚えている。
優しげな顔だ。
子供に愛を注ぐ平和の香りがする顔だ。
優し気に撫でる手は、今でも好きだ。
それは、前と今ではどうにも趣が違うけれど。
体温の意味では、同じだからかもしれないと、撫でまわされながら、記憶と現実がリンクした気分。
「あぁ」
体が痙攣するように数度跳ねる。
子供の千都子は褒められること、ただそれが嬉しかったから。
千都子は幼いころから勉学に励むことを覚えた。
子供らしい、素直な気持ちで。
期待に応えようと思ったのだ。なんら重さを感じないものだった。
「もっと、強く」
羽が生えたよう。
率先して責任ある立場につくと一層褒められたから、そうするようになった。周りも千都子を褒めるようになった。
気分がとてもよかった。
嬉しかったし、なんだか自分がとてもいい人間であるような気分になれた。
ずっとそれを続けていると、優等生、良い生徒の見本等と呼ばれるようになった。
「もっとして」
別に苦しくはなかった。望んでやっていることだ。
その時はまだ、千都子にも余裕というものがあったのだ。
早熟であった千都子は、途中までは苦も無くトップクラスの成績をとることができていたし、運動もまた同じであった。
『成績が落ちてるじゃない! どうして同じようにできないの!』
「いつもと、同じようにして!」
怒声が響くようになったのはいつだったろうか?
きっと、それは父がいなくなってからだと熱くなってきたことから意識を少しだけそらすように千都子は考える。
どうやら、母は捨てられてしまったらしい、というのは当時の千都子も理解できることだった。
そして、自分も。
父という存在が、千都子から消えてしまったという悲しみに浸ることもできない。
矛先だ。
傷ついた、それをどうにかするために、母は千都子を選んだのだ。
父は物理的にいなくなったが、その日より母も遠くなってしまった。
『いくのよ、必ず。そこ以外意味なんてないんだから』
「あぁ――!」
意識が白へ、白へとと進んでいく中で、両親を思う。家族を思う。自分を思う。
千都子にとっての父だった男は、あまり学歴は高くなかったようで、母は高校は良いところに行ったらしいが、高校時代に父だった男と出会ったことで大学はいっていない。
学歴というものを求めだしたのも、自己投影の結果であると千都子は思う。
日に日に壊れていくような、知っているものから遠のいていく母の姿。
それを見て、悲しいというよりは鬱陶しく千都子は思った。褒めてくれることはなくなった。
傍目から見て、千都子は努力というものを手抜きをせずに行っていた。
惜しむらくは、それを素直に見ることができるような人間に恵まれなかった事だろうか。
二十歳過ぎればただの人という言葉がある。
千都子は早熟だった。
ただ、天才ではなかった。むしろ平均でいえば、下回るほど。
それでも上位層に残っているのは、努力の結果だ。
だが、積み上げた期待値というものが、それを手抜きだという姿を映す。
競争相手も、あいつはダメになったのだという目を向けだす。
それでも、千都子は手を抜かずに頑張った。
鬱陶しかったけれど、やめたかったけれど、自分も他の年齢の子供と同じような趣味を持ったりもしたかったけれど。
千都子は、ただ褒めてほしかった。
しかし、誰も褒めてはくれなくなっていった。
『――!!!!』
背が弓のように反った。
空白。1つの殻の器となったように。
きっと、自分がそうなら、割れてしまっているのだろうなと千都子は思う。
千都子自身という自らにヒビが入って、壊れたのは受験の結果。
隙間に入るように少し前のことがフラッシュバックする。
声にならぬ声を出して、いつも以上に暴力を振るわれた日に。
千都子はどうでもいい気分になったのだ。
反撃をした。
ずっと従っていた千都子の、初めての反抗だった。
母は止まった。
それから、何も言わなくなったのだ。
いい気味だと思う気持ち。
どこか、何かよくわからない気持ち。
その気持ちを昇華できないままに滑り止めの高校に入った。
しばらくはぼーっとする学生生活。
1ランク以上落ちた学校。
今までのように、1日を勉学や運動に費やすことなく過ごす日々。
なんとなく、中間程度を維持する程度に勉強をなんとなくして、誰に何も言われることなく静かに過ごす。
学校には、今までの千都子を知っていたものは少ない。
今までにはないような、気楽な空間。
褒められることも、叱られることもない。
どこか気が抜けたような。
「……」
ぼんやりとする。
頂点から下山していけば、思い返していた記憶も雲が流れるように遠く離れていく。
事後の空気感が、夢から覚めていくようで千都子はあまり好きではなかった。
霞がかった森の中で過ごせるのなら、千都子はそうしていたいと思う。
「おう、飯作ってくれや」
まどろんでるこちらを気遣うでもなくかけられる声は、いつもと同じだ。
「うん。なんでもいい?」
「肉が腹いっぱい食いてぇけどな。ねぇしなぁ……」
紫煙が漂い出す。
やすっぽい煙のにおい。
父から漂うにおいにそれはよく似ていた。
それが好きなのか、嫌いなのか。
千都子には、わからない。
ただ、止めてくれともいえずに、その空気をすっと吸い込んだ。
いつもの通りに。
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