190 / 296
鬼の首10
しおりを挟む呆れたような声は、しかしどこか愉快に思ったようなものが混じっている。
少なくとも、先ほどのような自嘲は感じ取れないものだった。
啓一郎自身、短い付き合いになると思いながらも竹中らと話すのは嫌いではない。元々、誘えば付き合いが悪い人間ではないということもあるが、それ以上に座りが悪くなるような空気がない。楽でいられる。
無駄に怖がられたならば、冗談1つも脅しになる。
だからといって、相手にそういう気の使い方をすることはないが、気を使わないということは気疲れしないという事ではない。
竹中も、神田町も、浅井でさえ啓一郎に恐怖していないわけではない。
しかし、それでも1つの要素でしかないと隠すわけでもなくただ優先順位が低いからこそだろう。
いつかはそれが高くなって、この関係は消えてしまうと思っていても、今啓一郎はこの関係が嫌いではなかった。
おそらく、神田町にとってもそうなのだと。
だから、壊れるようなことを言い出し、認めるのは意外といえば意外な発言だった。
「怒るかと思いましたが」
「怒ってほしかったのか? ――いつもの冗談のように、煽りは含まれてなかったと思うんだが」
「そうですね。そうですよ。言われる前に、言っちゃおうって思っただけですから」
どことなく、投げやりさのようなものを感じとる。
「勘が鋭いって言いましたよね――これって、私にとって重要なものだったんですよ。これがあるから、なんとかなってきた……これがあるせいで、人は信用できなくもなりました」
「それが?」
「雨宮さんからは、何も感じとることができないんですよ。できなかったんです。だから、興味を持ちました」
「恐怖ではなくか」
わかるものがわからない。
そこから生まれるのは、恐怖ではないのかと啓一郎は思った。
そこで何故、ただの興味になるのだろうかと。
「恐怖はありませんでした。だって、わからなかろうが、私にとって私に近づく知らない人はどうしようもなく他人を利用しようとする心にあふれた人でしかないという下敷きがありますから。わからなくても、前提にして、そういう対処をしていれば変わりません」
「面倒なことをしてまでお前をどうこうしようとも思わないし、思ったこともないが」
「でしょうね。だから、わからなくて、観察を続けていました――奇妙にひきつけられる何かすら、貴方には感じたから」
「すぴりちゅあるなわたし」
「茶化さないと生きていけないんですか貴方」
「すまんな」
「見た目や普段の言動からは想像できませんけど、まじめな話とかそらしたがる人ですよね雨宮さんって」
そうだろうか。そう少し考えて。
そうかもしれない。そう思った。
こんこん、と壁を叩く。
「貴方は、変な人です」
「失礼な奴だな本当に」
「近寄っても何も感じない人なんて、今までいなかったんですよ。元々、善意には反応しにくいところがありますけど、悪意を感じ取ることには自信があったんです。接するくらい近寄れば、小さなものだって。でも、雨宮さんからは何も感じ取れなかった。何も、ですよ? 1握りの悪意さえない人間なんていないでしょう? そんな気持ち悪い存在なんて。下心がない、害意が欠片もない人間なんていない。暴いてやろうと思いました」
確かにと賛同する。
そして、確かに感じ取れていないなと同時に。
なにせ、啓一郎も年頃の健康な男だ。悪意とは呼べないレベルでそういう事を考えていることもある。どのレベルまでを下心や悪意と感じているか、感じ取れる等といっているのかはわからないが、確かに性的うんぬんを排しても何かしらの利益云々がない関係というのはそれはそれで不健全でありえないものであると啓一郎も思う。
生きている以上、何か得があるから関係するものであると思うから。
「お前の勘がたまたま通用する人間ばかりしか関わっていないだけとかじゃないのか?」
「確かに、関わってきたのは同じようなゴミばっかりでしたけど、数は多いしそうじゃない人でもある程度はわかっちゃって来たんですよ」
「で、俺がわからないから興味を持った。原因がわかりでもしたのか? 下心なり害意なりを感じられるようになったか? ここでわざわざそれを本人に明かした理由は?」
神田町が、見た目に反して身体能力が高い事には気付いている。
気付いているが、それは一般的な話であり、啓一郎からすれば大したことはないといえる範囲でしかない。
それは、神田町自身も理解できているはずだった。
こんな封鎖的な状況で、場所で、わざわざ反感を買うかもしれない事をいう理由というものが、啓一郎には思い浮かばなかった。
「わかりませんよ、何も。だからイライラしました。だって、こっちは興味を珍しく持てているのに、そっちは勘じゃわからないし、見た目じゃ明らかに持ってない感じじゃないですか。余計イライラします」
「超理不尽」
存外くだらない理由に聞こえる。
しかし、そこには言葉以上の何か感情が込められているようにも。
何か、すがっているような。
「だからこのさい、試してやろうと思ったんですよ。本性は結局そうだとわかったら、勘が働いても働かなくても一緒でしょ? ほら、絶好の機会じゃないです」
声が震えている。
それは、啓一郎が関係しはじめて見る恐怖の感情。
何にだろうか。
それは、ここにきても竹中が啓一郎に向けているものではないような気がしている。
それは――どこか、啓一郎自身が、普段は誤魔化しているような。諦めているような。
(期待でもしたのか? 同じように)
短い関係になるに違いない。
そう頻繁に思うのが、己の予防線であることくらい気付いている。
短い関係になるのだから、深くかかわらなくてもいい。
短い関係になると最初から分かっていれば――離れても、強く感情を揺さぶられることなどないのだと。
確かに、啓一郎はドライだ。
去る者は追わず、またそのこと自体には怒りもしない。1人でも平気である人間だし、そうやって生きることに強い苦痛はない。
ただ、それは関りを持った人間が勝手に恐怖を感じて離れていくことに何も感じないという事を意味しない。
人が近づいて、離れるたび。
啓一郎は父の事を思い出す。
それは深く関係を持てば持つほどに。
先ほど真面目な話をそらしたがるといわれて、考えて、より自覚してしまったもの。
まじめな話をしたくないのも、自分というありかたを変えようとしないのも、名前を覚えないのも。
きっと、自分自身に恐怖の気持ちというものがあるからだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
ダンジョン学園サブカル同好会の日常
くずもち
ファンタジー
ダンジョンを攻略する人材を育成する学校、竜桜学園に入学した主人公綿貫 鐘太郎(ワタヌキ カネタロウ)はサブカル同好会に所属し、気の合う仲間達とまったりと平和な日常を過ごしていた。しかしそんな心地のいい時間は長くは続かなかった。
まったく貢献度のない同好会が部室を持っているのはどうなのか?と生徒会から同好会解散を打診されたのだ。
しかしそれは困るワタヌキ達は部室と同好会を守るため、ある条件を持ちかけた。
一週間以内に学園のため、学園に貢献できる成果を提出することになったワタヌキは秘策として同好会のメンバーに彼の秘密を打ちあけることにした。
現実世界にダンジョンが出現したのでフライングして最強に!
おとうふ
ファンタジー
2026年、突如として世界中にダンジョンが出現した。
ダンジョン内は無尽蔵にモンスターが湧き出し、それを倒すことでレベルが上がり、ステータスが上昇するという不思議空間だった。
過去の些細な事件のトラウマを克服できないまま、不登校の引きこもりになっていた中学2年生の橘冬夜は、好奇心から自宅近くに出現したダンジョンに真っ先に足を踏み入れた。
ダンジョンとは何なのか。なぜ出現したのか。その先に何があるのか。
世界が大混乱に陥る中、何もわからないままに、冬夜はこっそりとダンジョン探索にのめり込んでいく。
やがて来る厄災の日、そんな冬夜の好奇心が多くの人の命を救うことになるのだが、それはまだ誰も知らぬことだった。
至らぬところも多いと思いますが、よろしくお願いします!
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる