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鬼の首9

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 友人というのは、恐らく浅井や竹中を差すのだろう。
 運が悪い人間、というものは確かにいる。
 それにしても、自分のせい等と思いながら、しかも謝罪するというのはおかしな話だと思った。
 啓一郎としては短いながら付き合ってきた時間から見た性格からいえば、自分のせいじゃない、とむしろ怒りが発生しそうなタイプだと思っていたからだ。

「私、勘が鋭いんですよ。悪意を持たれるとわかっちゃうっていうんですかね」
「ここで不思議チャン要素を追加しちゃうのか」
「茶化すのやめません……?」
「ついな」
「ついて」

 ちなみにシリアス風味で話が進んでいるものの、啓一郎は不動で真面目に聞いているという事もなく、壁を叩いたりしながら周りを調べている。
 出ていけそうなほど大きなひび割れや穴等は見たところない。出るにはなにかしら作業が必要だ。
 暗く、閉塞的。男女。逃げ場がない。
 そんな中で、怯え等1つも見せることなく話を続ける神田町は我が強いといえるだろう。
 啓一郎の事を信じ切っている、というわけではないことくらい、本人も察することはできる。

「小さいころから近寄ってくる人は、そういう人ばっかりでした。何回もいってますけど、私、見た目がいいでしょう? でも、全員がそうだとは思わないじゃないですか。騙そうとしたり、害を与えようとしたり、そういう目的だったり、嫉妬の結果だったり、そういう人ばかりじゃないと考えたこともあるんですけどね。私、本当に運が悪いんですよ」

 具体的な話とはいえないが、つまりは碌な人間がよってこなかったという事だろう。
 勘がいい、というのがどこまででどういうことまで回避したり把握したりできるのか、精度的にはどうなのかということは啓一郎にはわからないが、それが正しいのなら、勘が鈍かったら碌なことにはなっていなかったのだろうことが推察される。そういう目に大量にあってきたのだろうということも。
 利用しようという面倒な人間が無駄によってくるという気持ちだけは、啓一郎にも心から理解できる。

「信じてみようって、試みたこともあるんですよ? 勘が鋭いって言っても、思い込みかもしれないって、気のせいかもしれないし、下心があろうが、嫉妬で害意が透けてようが、その親切とか親愛は嘘じゃないかもしれないって……まぁ、結果はお察しでしたけど」
「運が悪いとわかっていて怪しげな飲み会に参加したのは?」
「だからこそじゃないですか。うんざりなんですよね、もう。まともな人間がくることなんて期待してなかったんですよ。どうせ関わるのなら、積極的に潰したほうが楽でしょう?」
「割と脳筋思考だよなぁ……浅井と友達やれてる時点でお察しか」

 壁の脆そうな部分を発見しながら、顔も向けずに言葉だけを返す。
 茶化しすぎるのは諦め、満足するまで話させる方向にシフトしたのだ。
 できればこんな場所でなくとも、付き合いは短くあるものだと考える傾向にある啓一郎は聞くだけ無駄になるという思いがあって聞きたくなどなかったのだが、さすがに諦めたという形である。
 とはいえ、素直に慰めの言葉等を吐くような性格でもない。

「雨宮さんは本当になんというか……こういう時って、落ち込んでるからチャンスだ! ちょっと慰めてポイント稼いどこうゲヘヘってなるタイミングなんじゃないですか」
「受け取り方の悪意がすごいな……!」

 神田町は神田町で、捩じれているなと初対面から感じていた。
 普段の棘や毒めいた言葉は冗談のようで――どこか本心であるとも啓一郎は気付いている。

「親愛の気持ちだけで慰めようとしてくれた人間って、今までの人生の中で祥子ちゃんと竹中君くらいしか知らないので」
「人の事は言えないが、寂しい人生送ってんな」

 こんこん、と壁を叩く。廃墟といえど、当然のように硬い。

「その興味のなさは女に全く興味ないタイプかと思っちゃいますよ。なんですか? 竹中君とベストブラザーなんですか?」
「そういうのは迷惑をこうむらない限り積極的には否定する気持ちは特にないが……俺は異性愛者だぞ?」
「にしては私に興味向けなさすぎじゃないですかね。祥子ちゃんにもですけど」
「お前らみたいな女って、なんで無意味にそんな自信満々なの……? ナチュラルボーン傲慢すげぇよな」
「物凄く失礼ですねぇ」

 くすくすと笑い声が鳴る。
 いつもの如くの冗談めいたやりとりだった、けれど、その結果の笑いはどこか自嘲が含まれているようにも啓一郎には聞こえていた。
 違いは何だろうか。原因は違えど、ろくでもないと思うような人間関係ばかりがそこにあったらしいもの同士。
 啓一郎は思う。
 それはきっと、それでも長く付き合えたものがいるかいないかではないだろうか。啓一郎にとって1番の長い付き合いだった父もいなくなってしまってしばらくと経つ。
 いないから、ある種ドライに生きることができている。
 いたから、いまだどこかに期待というものを持ってしまう。
 どちらがより悲惨であるのか、啓一郎はわかりはしなかった。

「あなたを観察していました。初めて会った時からずっと。それは悪意とは言えませんが、好意的でもなく」
「知ってるよ」
「おや、気付かれていましたか」
「理由までは知らないが、珍獣を見るような目で見ておいて、気付かれないと思っているなら頭おかしいだろ――どうでもいいから、放置していただけだ。危害があるようならその時に粉砕すればいいだけだからな。もちろん、愉快ではなかったけどな」
「あなたも十分脳筋じゃないですか。知ってましたけど」
「類は友を呼ぶらしいぞ」
「ドヤ顔で鬼の首とったようにいう台詞じゃないでしょう。自分が脳筋だって認めちゃってるじゃないですか、それだと」
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