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鬼の首10
しおりを挟む呆れたような声は、しかしどこか愉快に思ったようなものが混じっている。
少なくとも、先ほどのような自嘲は感じ取れないものだった。
啓一郎自身、短い付き合いになると思いながらも竹中らと話すのは嫌いではない。元々、誘えば付き合いが悪い人間ではないということもあるが、それ以上に座りが悪くなるような空気がない。楽でいられる。
無駄に怖がられたならば、冗談1つも脅しになる。
だからといって、相手にそういう気の使い方をすることはないが、気を使わないということは気疲れしないという事ではない。
竹中も、神田町も、浅井でさえ啓一郎に恐怖していないわけではない。
しかし、それでも1つの要素でしかないと隠すわけでもなくただ優先順位が低いからこそだろう。
いつかはそれが高くなって、この関係は消えてしまうと思っていても、今啓一郎はこの関係が嫌いではなかった。
おそらく、神田町にとってもそうなのだと。
だから、壊れるようなことを言い出し、認めるのは意外といえば意外な発言だった。
「怒るかと思いましたが」
「怒ってほしかったのか? ――いつもの冗談のように、煽りは含まれてなかったと思うんだが」
「そうですね。そうですよ。言われる前に、言っちゃおうって思っただけですから」
どことなく、投げやりさのようなものを感じとる。
「勘が鋭いって言いましたよね――これって、私にとって重要なものだったんですよ。これがあるから、なんとかなってきた……これがあるせいで、人は信用できなくもなりました」
「それが?」
「雨宮さんからは、何も感じとることができないんですよ。できなかったんです。だから、興味を持ちました」
「恐怖ではなくか」
わかるものがわからない。
そこから生まれるのは、恐怖ではないのかと啓一郎は思った。
そこで何故、ただの興味になるのだろうかと。
「恐怖はありませんでした。だって、わからなかろうが、私にとって私に近づく知らない人はどうしようもなく他人を利用しようとする心にあふれた人でしかないという下敷きがありますから。わからなくても、前提にして、そういう対処をしていれば変わりません」
「面倒なことをしてまでお前をどうこうしようとも思わないし、思ったこともないが」
「でしょうね。だから、わからなくて、観察を続けていました――奇妙にひきつけられる何かすら、貴方には感じたから」
「すぴりちゅあるなわたし」
「茶化さないと生きていけないんですか貴方」
「すまんな」
「見た目や普段の言動からは想像できませんけど、まじめな話とかそらしたがる人ですよね雨宮さんって」
そうだろうか。そう少し考えて。
そうかもしれない。そう思った。
こんこん、と壁を叩く。
「貴方は、変な人です」
「失礼な奴だな本当に」
「近寄っても何も感じない人なんて、今までいなかったんですよ。元々、善意には反応しにくいところがありますけど、悪意を感じ取ることには自信があったんです。接するくらい近寄れば、小さなものだって。でも、雨宮さんからは何も感じ取れなかった。何も、ですよ? 1握りの悪意さえない人間なんていないでしょう? そんな気持ち悪い存在なんて。下心がない、害意が欠片もない人間なんていない。暴いてやろうと思いました」
確かにと賛同する。
そして、確かに感じ取れていないなと同時に。
なにせ、啓一郎も年頃の健康な男だ。悪意とは呼べないレベルでそういう事を考えていることもある。どのレベルまでを下心や悪意と感じているか、感じ取れる等といっているのかはわからないが、確かに性的うんぬんを排しても何かしらの利益云々がない関係というのはそれはそれで不健全でありえないものであると啓一郎も思う。
生きている以上、何か得があるから関係するものであると思うから。
「お前の勘がたまたま通用する人間ばかりしか関わっていないだけとかじゃないのか?」
「確かに、関わってきたのは同じようなゴミばっかりでしたけど、数は多いしそうじゃない人でもある程度はわかっちゃって来たんですよ」
「で、俺がわからないから興味を持った。原因がわかりでもしたのか? 下心なり害意なりを感じられるようになったか? ここでわざわざそれを本人に明かした理由は?」
神田町が、見た目に反して身体能力が高い事には気付いている。
気付いているが、それは一般的な話であり、啓一郎からすれば大したことはないといえる範囲でしかない。
それは、神田町自身も理解できているはずだった。
こんな封鎖的な状況で、場所で、わざわざ反感を買うかもしれない事をいう理由というものが、啓一郎には思い浮かばなかった。
「わかりませんよ、何も。だからイライラしました。だって、こっちは興味を珍しく持てているのに、そっちは勘じゃわからないし、見た目じゃ明らかに持ってない感じじゃないですか。余計イライラします」
「超理不尽」
存外くだらない理由に聞こえる。
しかし、そこには言葉以上の何か感情が込められているようにも。
何か、すがっているような。
「だからこのさい、試してやろうと思ったんですよ。本性は結局そうだとわかったら、勘が働いても働かなくても一緒でしょ? ほら、絶好の機会じゃないです」
声が震えている。
それは、啓一郎が関係しはじめて見る恐怖の感情。
何にだろうか。
それは、ここにきても竹中が啓一郎に向けているものではないような気がしている。
それは――どこか、啓一郎自身が、普段は誤魔化しているような。諦めているような。
(期待でもしたのか? 同じように)
短い関係になるに違いない。
そう頻繁に思うのが、己の予防線であることくらい気付いている。
短い関係になるのだから、深くかかわらなくてもいい。
短い関係になると最初から分かっていれば――離れても、強く感情を揺さぶられることなどないのだと。
確かに、啓一郎はドライだ。
去る者は追わず、またそのこと自体には怒りもしない。1人でも平気である人間だし、そうやって生きることに強い苦痛はない。
ただ、それは関りを持った人間が勝手に恐怖を感じて離れていくことに何も感じないという事を意味しない。
人が近づいて、離れるたび。
啓一郎は父の事を思い出す。
それは深く関係を持てば持つほどに。
先ほど真面目な話をそらしたがるといわれて、考えて、より自覚してしまったもの。
まじめな話をしたくないのも、自分というありかたを変えようとしないのも、名前を覚えないのも。
きっと、自分自身に恐怖の気持ちというものがあるからだった。
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追伸、
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